質問です。


日蓮宗の人を折伏する為との事。

1.頼基陳状にある、日興上人のお言葉ですが、日蓮大聖人様は上行菩薩の再誕とおっしゃっている箇所を取り上げて、言い掛かりを付けてくるので、どう反論したらいいか?
日蓮宗の折伏ポイントなどご教示下さい。

以下が当該文か

■ 日蓮聖人は御経にとかれてましますが如くば、久成(くじょう)如来の御使ひ、上行菩薩の垂迹(すいじゃく)、法華本門の行者、五五百歳の大導師にて御坐候聖人を、

■ 日蓮聖人の御房は三界の主、一切衆生の父母、釈迦如来の御使ひ上行菩薩にて御坐候ひける事の法華経に説かれてましましけるを信じまいらせたるに候。

@ 「日蓮本仏」という真相は、そもそも秘伝中の秘伝、深秘の、究極の御法門であり、当時はたやすく他に説く事柄ではない。

A しかも頼基陳状は金吾殿の主君である江間氏への奏上書であり、権実相対の辺で「法華経最第一」を明示すれば四条金吾殿の信仰上の正当性を証明できる、という内容と考えられる。
が故に、ここであえて日蓮本仏を表示する必要はない。

B 日蓮大聖人が御本仏であることを明示・暗示されている文証

■ 日蓮宗系他門破折基礎資料

日蓮大聖人が久遠の本仏であったことの簡明な道理
日蓮大聖人が御本仏であることの文証と証明
法華経で予証された末法の法華経の弘通者
日蓮大聖人が上行再誕に触れられた御文
日蓮大聖人が釈尊より勝れた仏である法華経の文証
日蓮大聖人自ら釈尊以上の仏と御指南された御真筆御書
日蓮大聖人・曼荼羅正意の証明
法華経において末法曼荼羅本尊を予証する経文
南無妙法蓮華経 とは 曼荼羅本尊

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2 所属寺院での問題点

アシスタントの若い御僧侶に対する意見は直接言うべきかどうか?
例えば、日曜日の朝勤行は10:00からですが、お寺は8:00に開くのでなのでその時間に行ってお題目をあげるようにしています。
疑問に思うのは、毎週御本尊様の御水が9:00頃になってようやく供えられます。
おそらく御僧侶は朝食を召し上がられた後では?と推測されますが、それでもよかったでしょうか?

↑それは誠意をもって直接言上申し上げればよろしいかと思います。

文証・根拠


  御法主日顕上人猊下お言葉
     法華講連合会
      夏季総登山お目通りの砌
                          昭和六十三年七月二十八日
                          於 総本山大書院

 皆さん、今般は夏季総登山にそれぞれ遠路のところ御登山、まことに御苦労さまです。
 私の下におります僧侶の者達にも場合によって心掛けが不充分であるというような振る舞いがあれば、私は充分注意をいたします。
もし皆さん方に、これでは日蓮正宗の僧侶としてふさわしくないから御注意申し上げたいということがあるならば、遠慮なく注意をしていただきたいと思います。
ただし、それは人と相談して陰口を言いながら注意をするのではなく、自分一人で深く考え、その上できちっとした文書にして、あるいは口頭において、何人とも関係なく自分の真心をもって、その僧侶なら僧侶に注意をしていただきたい。
 それに対して僧侶が、あなたはそう言うけれども、それはまだ一分の小さな見方である。
大聖人様の仏法のなかには、こういう立場もあり、さらにこういう立場もある。
その全体の上からいって、あなたはこれが絶対と思っておられるかも知れないけれども、それは間違いであるということを指摘されたならば、また、それで自分の納得がいけば、潔く自分の考えを捨てて、あくまで正理・正義ということを基準として考えていく。
しかし、僧侶のほうが悪ければ、あくまでこれは直していってもらわなければならない。
また、そのことが私の耳に入り、その僧侶が本当に悪ければ、私の立場からもその僧侶に注意をいたします。
これが本当の切磋琢磨であり、正法正義の正しい研鑚であると思います。


日顕上人・昭和六十三年七月二十八日

 皆さん、今般は夏季総登山にそれぞれ遠路のところ御登山、まことに御苦労さまです。
 私の下におります僧侶の者達にも場合によって心掛けが不充分であるというような振る舞いがあれば、私は充分注意をいたします。
もし皆さん方に、これでは日蓮正宗の僧侶としてふさわしくないから御注意申し上げたいということがあるならば、遠慮なく注意をしていただきたいと思います。
ただし、それは人と相談して陰口を言いながら注意をするのではなく、自分一人で深く考え、その上できちっとした文書にして、あるいは口頭において、何人とも関係なく自分の真心をもって、その僧侶なら僧侶に注意をしていただきたい。
 それに対して僧侶が、あなたはそう言うけれども、それはまだ一分の小さな見方である。
大聖人様の仏法のなかには、こういう立場もあり、さらにこういう立場もある。
その全体の上からいって、あなたはこれが絶対と思っておられるかも知れないけれども、それは間違いであるということを指摘されたならば、また、それで自分の納得がいけば、潔く自分の考えを捨てて、あくまで正理・正義ということを基準として考えていく。
しかし、僧侶のほうが悪ければ、あくまでこれは直していってもらわなければならない。
また、そのことが私の耳に入り、その僧侶が本当に悪ければ、私の立場からもその僧侶に注意をいたします。
これが本当の切磋琢磨であり、正法正義の正しい研鑚であると思います。

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3. 所属寺院の問題点について誰に言うべきか?

例えば、メンバーは妙法寺年間の折伏目標数を知らない。知らされてもいない?
御会式の参詣者も年々減っています。
改善策をご教示頂けますか。

↑ これも上記同様、直接指導教師へ言上申し上げればいいのではないかと思います。

と同時に、自身はひたすら懸命に折伏行に励み、大勢の入信者を出すために必死の努力・行動を為すことが最もだいじなことかと思います。

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4. 原殿御返事で神道について諸天善神は集まらないと書いてあるのに、何故北山本門寺に神社を作ったか?
(資料はみつかっていないのですが、主人が日蓮正宗の御僧侶に北山本門寺に連れて行ってもらった際に神社を見ながら日興上人が建てられたと説明されたとのことです。)


化儀抄

【099】一、日興上人の時、八幡の社壇を重須に建立あり、内には本尊を懸けらる。是れは本門寺の朽木書と云々、今の義にあらず、天下一同に法華経信仰の時は当宗の鎮守は八幡にて在すべし云云、大隅の八幡宮の石の文に昔は霊山に在りて法華経を説き、今は王宮の中に有りて大菩薩と現すと八幡の御自筆有り、釈迦仏の垂迹にて在すが故なり云云、所詮朽木書きとは手本と云う意なり。

[日達上人略解]

朽木書きとは絵画の下書のこと、手本の意。二祖日興上人の時に重須(北山)に八幡の社(垂迹堂、今はなし)を建て、その中に本尊を懸けられたのであります。これは将来本門寺を建立した時の手本という意で現在の意義をもっているのではありません。広宣流布の暁には当家の守護神は八幡であると云う意であります。

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第九世日有上人が『化儀抄』に
 「日興上人の時、八幡の社壇を重須に建立あり、内には本尊を懸(か)けらる、是れは本門寺の朽木書(くちきがき)と云々、今の義にあらず、天下一同の法華経信仰の時は当宗の鎮守は八幡にて在すべし云々」(聖典九九一頁)
と御指南されているように、御開山日興上人の御代に、広宣流布の暁の手本として、重須に社(やしろ)を建立され、その中に御本尊を御安置されていたのである。

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三堂本尊とは板本尊、生御影、垂迹堂本尊と云ふ事か、若し爾らば板本尊とは日興、日目以来相続して而も大石寺にあるなり、垂迹堂の本尊は是れ日目御相伝にして今房州妙本寺に在り(家中抄 同書221頁)

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其聖跡は開山三堂建立せらるる其棟札に、一日蓮聖人御影堂、一本化垂迹天照大神宮、一法華本門寺根源、裏書に国主此法を立てらるるの時は三堂一時に造営すべき者なり、願主白蓮阿闍梨日興判と記し什宝に之有り候、

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又重須御影堂御棟札に云く、一日蓮聖人御影堂・一本化垂迹天照太神宮・一法華本門寺根源・永仁六年二月十五日・国主此法を立てらるゝの時は、三堂一時造営為すべきなり、願主白蓮阿闍梨日興在判、大施主地頭石川孫三郎源能忠、合力小泉法華衆等、大施主南条七郎次郎平時光、同上野の講衆等已上、故に知ぬ本門寺建立並に御本尊堂造営正く広宣流布の時に在るなり、御遺状に云く一つ日興が身に宛て給う所の弘安二年の大御本尊日目に之を相伝す本門寺に掛け上る可しと云云、余は之を略す具に之を拝見し奉るべきなり。(有師物語聴聞抄佳跡上 大石寺三十一代隠居日因在御判。)

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一、日蓮聖人御影堂 一、本化垂迹天照太神 一、法華本門寺根源(『日順雑集』/『富士日興上人詳伝下』68頁)
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日亨上人解説には、記述に対する批判なし

●但し本門流宣の代、垂迹還住の時は尤も上下を撰んで鎮守を定む可し云云。(『五人所破抄』全集1614頁)

●国家正法になるとき悦んでもとの社壇に還り鎮まるを還住というが、この時には、王朝以前からの厳格なる式をもって神社を整理し、すなわち、邪横の社を撤廃し、正直の社を設置、または新設するとき、上下の資格を定むるのである。(第59世日亨上人『富士日興上人詳伝下』183頁)

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日順雑集(2−085)

垂迹宮棟札
一 日蓮聖人御影堂 一本化垂迹天照大神
一 法華本門寺根源 是札の面分[永仁六年二月十五日之を造立す]
国主此の法を立る時
願主白蓮阿闍梨日興[在御判]・ 大工本門寺
三堂一時に造立すべきなり・[大大工]椎地四郎宗友
大施主地頭石河孫三郎源能忠
大施主南条七郎次郎平時光
合力小泉法華宗等・同上野講衆[是裏分也]

一 本門寺・貞和三年丁亥十月十三日造営なり
願主 日妙 日順 日済等
大施主石河式部太輔源実忠
大施主南条太郎兵衛平高光
大施主秋山式部太夫源宗信
大工本門寺大工兵衛目末信
日興上人御遺跡事
日蓮聖人御影並御下文薗城寺申状
上野六人の老僧之方巡に守護し奉るべし、但し本門寺建立の時は本堂に入れ奉るべし、此条日興上人の仰に依て支配し奉る事此の如し、此の旨に背き異義を成し失せ奉り為らん輩は永く大謗法為るべきなり、誡の状件の如し。
正慶二年癸酉二月十三日 日善 日仙 日目

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5. 日興上人、日目上人の書かれた御本尊様の中で、在御判と書かれていない御本尊様があるようですが、その理由は?

↑ 御本尊書写はまさに唯授一人の秘伝。 その箇所は「日蓮聖人」となっていたはず。
今活字で読む「御本尊七箇相承」は、保田妙本寺などへ伝播されていった文献を日亨上人がまとめたもの。
唯授一人の御本尊書写の御相伝の全てではない、ということ。

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6. お数珠について。
みかん玉は無限地獄に堕ちるからだめだといわれているのに、何故今も使われているのか?
(ミカン玉については、御書のなかにある戒法門と、富士宗学要集にある、袈裟数珠の事、日因上人の個所だそうです。)
↑ 

■ 人をも悪道に堕とさん料(りょう)に、天狗外道平形(ひらがた)の念珠を作り出だして、一遍の念仏に十の珠数(たま)を超(く)りたり。乃至一万遍をば十万遍と申す。是念珠の薄く平(ひら)たき故なり。是も只申すにあらず。念珠を超(く)るに平数珠を禁めたる事諸経に多く候。繁き故に但一・二の経を挙ぐ。数珠経に云はく「応に母珠を越ゆべからず、過(とが)諸罪に越ゆ。数珠は仏の如くせよ」と。勢至菩薩経に云はく「平形の念珠を以(もち)ふる者は此は是外道の弟子なり、我が弟子に非ず。我が遺弟(ゆいてい)は必ず円形の念珠を用ゆべし。次第を超越する者は因果妄語の罪に依って当に地獄に堕すべし」云云。此等の文意を能く能く信ずべし。平たき念珠を持ちて虚事をすれば、三千大千世界の人の食を奪ふ罪なり。其の故は世間の人虚事をする故に、春夏秋冬たがひて世間の飢渇(けかち)是より起こり、人の病これより起こる。是偏(ひとえ)に妄語より始まれるなり。(戒法門   寛元元年  二二歳)

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真言諸宗違目(平成新編P602)の最後の個所で

敢テ不可扶ク後生ヲ

の意味は英語でwill not と翻訳されていますが、can not の間違いじゃないかと物議を醸しています。
本当はどちらが正しいのでしょうか?

↑  これは大聖人のご意思ですから、will not  でしょう。
後生を扶けることができなくて、こう仰せではないからです。
扶ける力は十二分にお持ちですが、修行者の心得違いで正しい道筋に則って修行しないから扶けられないのであって、それは大聖人様に力がなくてすることができない。という意味ではないからです。