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大聖人 曼荼羅本尊正意  (釈尊像が本尊ではあり得ない)  の証明

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★ 本尊問答抄   弘安元年九月  五七歳 1274

■ 問うて云はく、末代悪世(あくせ)の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや。

答へて云はく、法華経の題目を以て本尊とすべし。


■ 此は法華経の教主を本尊とす

(※←この 「此」 とは次上の ■「不空(ふくう)三蔵の法華経の観智(かんち)の儀軌(ぎき)は釈迦・多宝を以て法華経の本尊とせり」  とのことを指す)

法華経の正意にはあらず。

上に挙ぐる所の本尊

(※←冒頭の、「法華経の題目を以て本尊とすべし」 を指す)

釈迦・多宝・十方の諸仏の御本尊、法華経の行者の正意なり。

→ 「法華経の題目(十界曼荼羅御本尊) は 釈迦が尊仰した 本尊 である」 と仰せ。
→ 釈迦が 本尊 に成り得ない証拠。


→注、※この 「法華経の題目」 はただ 「南無妙法蓮華経」首題 だけのことではない。
なぜならば、この本尊問答抄の末文に

■ 御本尊を書きをく(送)りまいらせ候に、他事をすてヽ此の御本尊の御前にして一向に後世をもいの(祈)らせ給ひ候へ。

とあり、

大聖人御図顕の御本尊で、 「南無妙法蓮華経の首題のみの御本尊」 など存在しないからである。

つまり、「本尊とは、迹仏の釈尊像などではなく、三世諸仏の能生の本源、法華経こそ本尊とすべき」と、法を選び取るために簡明に

■「法華経の題目を以て本尊とすべし」と仰せられたのである。

更に、後掲の御文証に示される 御本尊=十界曼荼羅の御相貌のご説明 から言っても、大聖人御正意の本尊とは、十界曼荼羅であることは間違いないことである。

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★ 本尊問答抄 法華経・天台大師からの証文

■ 法華経の第四法師品に云はく
「薬王、在々処々に若しは説き若しは読み、若しは誦(じゅ)し若しは書き、若しは経巻所住の処には皆応(まさ)に七宝の塔を起(た)てヽ極めて高広厳飾(こうこうごんじき)ならしむべし。復舎利を安(やす)んずることを須(もち)ひず。所以(ゆえん)は何(いかん)。此の中には已に如来の全身有(ましま)す

■涅槃経の第四如来性品に云はく
「復次に迦葉、諸仏の師とする所は所謂(いわゆる)法也。是の故に如来恭敬(くぎょう)供養す。法常なるを以ての故に諸仏も亦常なり」

■天台大師の法華三昧に云はく
「道場の中に於て好き高座を敷き、法華経一部を安置し、亦必ずしも形像(ぎょうぞう)舎利並びに余の経典を安んずべからず。唯法華経一部を置け」

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★ 仏と法華経との勝劣



■「問ふ、(中略)仏と経と何れか勝れたるや。」

「答へて云はく、本尊とは勝れたるを用ふべし。」


↑※仏より、法華経が勝れている。だから法華経を本尊とせよと仰せ。




■「問うて云はく、然らば汝云何(いかん)ぞ釈迦を以て本尊とせずして、法華経の題目を本尊とするや。」

「答ふ、上に挙ぐるところの経釈を見給へ、私のぎ(義)にはあらず。
釈尊と天台とは法華経を本尊と定め給へり。末代今の日蓮も仏と天台との如く、法華経を以て本尊とするなり。

其の故は法華経は釈尊の父母、諸仏の眼目なり。
釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり。
故に全く能生を以て本尊とするなり。

「問ふ、其の証拠(しょうこ)如何。」

「答ふ、普賢経に云はく

■「此の大乗経典は諸仏の宝蔵也、十方三世の諸仏の眼目なり、三世の諸の如来を出生する種なり

(中略)

■「此の方等経は是(これ)諸仏の眼なり。諸仏は是に因って五眼を具することを得たまへり。仏の三種の身は方等より生ず。是大法印(ほういん)にして涅槃海(ねはんかい)を印す。此くの如き海中より能く三種の仏の清浄の身を生ず。
此の三種の身は人天の福田(ふくでん)、応供(おうぐ)の中の最なり」

此等の経文、仏は所生、法華経は能生、仏は身なり、法華経は神(たましい)なり。

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★ 観心本尊抄 での文法上からの論証



■※0 「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字」 に於ては仏猶(なお)文殊薬王等にも之を付属したまはず、何(いか)に況(いわ)んや其の已外(いげ)をや。但(ただ)地涌千界を召して八品を説いて之を付属したまふ。

※1「其の本尊の為体(ていたらく)」、

本師の娑婆の上に宝塔空(くう)に居(こ)し、
塔中(たっちゅう)の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、
釈尊の脇士(きょうじ)上行等の四菩薩、
文殊・弥勒等は四菩薩の眷属(けんぞく)として末座に居し、
迹化(しゃっけ)・他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処(しょ)して雲閣月卿(うんかくげっけい)を見るが如く、
十方の諸仏は大地の上に処したまふ。迹仏迹土を表する故なり。

(※↑これまさに大聖人が図顕された曼荼羅本尊の相貌である)



※2 「是くの如き本尊」は在世五十余年に之(これ)無し、八年の間但八品に限る。

正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為(な)し、
権大乗並びに涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て脇士と為す。

※3 「此等の仏」 をば正像に造り画(えが)けども未(いま)だ ※4 「寿量の仏」 有(ましま)さず。末法に来入して始めて ※5 「此の仏像」 出現せしむべきか。

(如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永一〇年四月二五日 五二歳 654)




論証

※0 「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字」

=※1 「其の本尊

=※2 「是くの如き本尊」


であることは文意明白である。


そして、


※1 「其の本尊の為体(ていたらく)」

※2 「是くの如き本尊」 と、 「本尊」の説明をされている文脈で

※3 「此等の仏」 と言われる 「仏」 とはまさに 「本尊」 と 同義・同意である。

  仏=本尊 である。



であるから、

※4 「寿量の仏」 の 「仏」 もまさに 「本尊」 の意。



文法上

※4 「寿量の仏」 = ※5 「此の仏像」 であるから、

※5 「此の仏像」 の 「仏像」 も 「本尊」 との意である。



しかも※4 「寿量の仏」 の 「寿量」 の義は

※0 「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字」 の 「本門の肝心」 と同義であることは文意明白。



つまり、

※0 「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字」 = ※4 「寿量の仏」



これを分けて分類すると、

※0 「此の本門の肝心」 = ※4 「寿量」

※0 「南無妙法蓮華経の五字」 = ※4 「仏」


となる。




以上を整理すると

※0 「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字」

=※1 「其の本尊
 
=※2 「是くの如き本尊」

=※4 「寿量の仏」

=※5 「此の仏像」


となる。



その※1 「其の本尊の為体(ていたらく)」 とは、既に詳細に明示されている大聖人御図顕の曼荼羅本尊の御相貌であるから、

※5 「此の仏像」 は、まさに 「文字曼荼羅御本尊」 であって、決して 「釈尊像」  でなどあり得ない。

これは文法上、当然の通解である。



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以下 参考

補足


次下の文

■ 問ふ、正像二千余年の間は四依(しえ)の菩薩並びに人師等、余仏、小乗・権大乗・爾前・迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども、「本門寿量品の本尊」 並びに 「四大菩薩」 をば三国の王臣倶(とも)に未だ之を崇重せざる由(よし)之(これ)を申す。此の事粗(ほぼ)之を聞くと雖も前代未聞(みもん)の故に耳目(じもく)を驚動(きょうどう)し心意を迷惑す。請(こ)ふ、重ねて之を説け、委細(いさい)に之を聞かん。


ここに 「本門寿量品の本尊」 並びに 「四大菩薩」 ということは、 「本門寿量品の本尊」 と 「四大菩薩」 は別のものということである。


つまり、上記の※1 「其の本尊の為体(ていたらく)」 の中にある 「四大菩薩」 はまさに 「文字曼荼羅御本尊」 の中の 「四菩薩」 であって、それと別体で奉安する 「四大菩薩」 のことではない証明でもある。
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★ 日蓮宗系の邪難

■ 此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為(な)す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。

この中の

「地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為(な)す」

の原文はこうである。

「地涌千界出現本門釈尊為脇士」

釈尊像を本尊と立てる日蓮宗系の者達は、この文を

▼「地涌千界出現して、『本門の釈尊の脇士と為(な)り』、一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。」

と読む。

それによって、釈尊像を本尊と建て四菩薩を左右に添加する本尊式の依文としている。

がこれは正しい読み方か?



同じ観心本尊抄の少し上には

■『小乗釈尊迦葉阿難為脇士』

■『法華経迹門等釈尊以文殊普賢等為脇士』

とあり、『釈尊為脇士』と同じ字句の構成となっている。



これを日蓮宗系では

『小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為す』

『法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て脇士と為す』

と何の論議もないまま、"素直に"読んでいる。




であるならば、当該文も、同様に読むべきではないのか?

全く同じ字句の構成であるのに、敢えてこの

「地涌千界出現本門釈尊為脇士」の箇所だけ、無理無理に、恣意的に

▼「釈尊の脇士と為り」

と読ませる(読まなければならない?)のは、あまりにも無理があるのではないか?(^^;)




日蓮宗系が、釈尊を本尊と建てる根拠に、この箇所を用いるのは、文法的には、全く非合理かつ非法である。

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★ 報恩抄の三大秘法を示される御文


■「問うて云はく、天台伝教の弘通し給はざる正法ありや。

「答ふ、有り。

「求めて云はく、何物ぞや。

「答へて云はく、三つあり、末法のために仏留め置き給ふ。迦葉・阿難等、馬鳴・竜樹等、天台・伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり。

「求めて云はく、其の形貌(ぎょうみょう)如何(いかん)。

「答へて云はく、一つには日本乃至一閻浮提(えんぶだい)一同に※1「本門の教主釈尊」を本尊とすべし。
所謂(いわゆる)※2「宝塔の内の釈迦・多宝、外(そのほか)の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士(きょうじ)となるべし。」




この※「本門の教主釈尊」を、日蓮宗系は、ただ単に「釈尊」と取り、釈尊像を建てる依文にしている。


確かにこの御文は誰しもが躓きやすい箇所である。
(一応の興門派であった要法寺日辰などもこの文に躓いて、造仏派となっているのである。)


がしかし、よく次の御文を拝すると、疑難は氷解するであろう。

■※2 「宝塔の内の釈迦・多宝、外(そのほか)の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士(きょうじ)となるべし。」


もし、※1「本門の教主釈尊」 をただの 「釈尊像」 と解釈して、本尊としたらどうなるか?


"中央に釈尊像があり、その左右のどちらか(恐らくは左側)にもう一体釈尊像が立ち・・・"


といった実に珍妙な景色になる。

こんな本尊式があり得るのか?(^^;)

当然のことながらあり得ないのである。



ならば、この※1 「本門の教主釈尊」 はどう拝するのか?

これこそが、「久遠元初の自受用身如来」 であり、人法一箇の本仏 を表事されているのである。


■ 本尊とは法華経の行者の一身の当体なり(御義口伝 1773)


■ 無作(むさ)の三身(さんじん)とは末法の法華経の行者なり。無作三身の宝号(ほうごう)を南無妙法蓮華経と云(い)ふなり。(御義口伝 1765)

注 御義口伝が正文書であることの論証


との御文を合わせ拝すれば、その 久遠元初の自受用身如来=日蓮大聖人 であり、



御本尊には

 『南無妙法蓮華経 日蓮 花押』

このように御顕示されるのである。

そうすれば当該御文はまさに、十界文字曼荼羅御本尊の御相貌と説示されていることが領解できるのである。

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★ 大聖人の随身仏 が根拠?



日蓮宗系は、伊東八郎左衛門から献上された釈迦立像仏を大聖人様が終生随身されたことを依挙としている。

■ 墓所(むしょ)の傍らに立て置くべし(御遷化記録・日興上人正筆)

→ 「本尊」とするならば、墓所の傍らへ置け と御遺言されるはずがない。


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文証


★ 日蓮大聖人の出世の本懐=十界文字曼荼羅本尊


● あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ。子にあらずんばゆづ(譲)る事なかれ。信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ。出世の本懐とはこれなり。(中略)宝塔をば夫婦ひそかにをがませ給へ
(阿仏房御書 文永一二年三月一三日 五四歳 793)

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● をさな(幼)き人の御ために御まぼ(守)りさづけまいらせ候。この御まぼ(守)りは、法華経のうちのかんじん(肝心)、一切経のげんもく(眼目)にて候。たとへば、天には日月、地には大王、人には心、たからの中には如意宝珠(にょいほうじゅ)のたま、いえ(家)にははしら(柱)のやう(様)なる事にて候。
 このまんだら(曼荼羅)を身にたもちぬれば、王を武士のまぼるがごとく、子ををや(親)のあい(愛)するがごとく、いを(魚)の水をたの(恃)むがごとく、草木のあめ(雨)をねが(楽)うがごとく、とり(鳥)の木をたのむがごとく、一切の仏神等のあつまりまぼり、昼夜にかげのごとくまぼらせ給ふ法にて候。よくよく御信用あるべし。
(妙心尼御前御返事 建治元年八月二五日 五四歳 903)

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●0685
    経王殿御返事 文永一〇年八月一五日  五二歳

先日のまぼ(守)り暫時も身をはなさずたもち給へ。其の御本尊は正法・像法二時には習へる人だにもなし。ましてかき顕はし奉る事たえたり。
(中略)
此の曼茶羅能く能く信じさせ給ふべし。
(中略)
 日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ。仏の御意(みこころ)は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし。
(中略)
あひかまへて御信心を出だし此の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき。「充満其願、如清涼池」「現世安穏、後生善処」疑ひなからん。

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●1387
    日女御前御返事    弘安二年八月二三日  五八歳

※6「 抑(そもそも)此の御本尊は在世五十年の中には八年、八年の間にも涌出品(ゆじゅっぽん)より嘱累品(ぞくるいほん)まで八品に顕はれ給ふなり。さて滅後には正法・像法・末法の中には、正像二千年にはいまだ本門の本尊と申す名だにもなし、何に況んや顕はれ給はんをや。又顕はすべき人なし。
(中略)
 然るに仏滅後二千年過ぎて、末法の始めの五百年に出現せさせ給ふべき由、経文赫々(かくかく)たり明々たり。天台・妙楽等の解釈分明(ふんみょう)なり。
 爰(ここ)に日蓮いかなる不思議にてや候らん、竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん)等、天台・妙楽等だにも顕はし給はざる大曼荼羅(だいまんだら)を、末法二百余年の比(ころ)、はじめて法華弘通のはたじるし(旗印)として顕はし奉るなり。是全く日蓮が自作にあらず、多宝塔中(たほうたっちゅう)の大牟尼世尊(だいむにせそん)・分身(ふんじん)の諸仏のすりかたぎ(摺形木)たる本尊なり。」


(※6↑この文意は、観心本尊抄の上掲の 「仏像出現」 御文の文意と等同である。
そして以下の如くに、宗祖御図顕の十界曼荼羅御本尊の御相貌を御説示されるのである。
これ、どう見ても、観心本尊抄の御教示は、釈尊像ではなく、十界曼荼羅本尊であることは、更に明確である。)


されば首題の五字は中央にかゝり、
四大天王は宝塔の四方に坐し、
釈迦・多宝・本化(ほんげ)の四菩薩肩を並べ、
普賢(ふげん)・文殊(もんじゅ)等、舎利弗(しゃりほつ)・目連(もくれん)等座を屈し、
日天・月天・第六天の魔王・竜王・阿修羅(あしゅら)・其の外(ほか)不動・愛染(あいぜん)は南北の二方に陣を取り、
悪逆の達多(だった)・愚癡(ぐち)の竜女一座をはり、
三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神(きしもじん)・十羅刹女(じゅうらせつにょ)等、
加之(しかのみならず)日本国の守護神たる天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神々、
総じて大小の神・(しんぎ)等、
体の神つら(列)なる、
其の余の用(ゆう)の神豈(あに)もるべきや。

宝塔品に云はく
「諸の大衆を接して皆虚空(こくう)に在り」云云。
此等の仏・菩薩・大聖(だいしょう)等、総じて序品列座の二界・八番の雑衆等、一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明(こうみょう)にてらされて本有(ほんぬ)の尊形(そんぎょう)となる。
是を本尊とは申すなり。
経に諸法実相と云ふは是なり。
妙楽云はく「実相は必ず諸法、諸法は必ず十如乃至十界は必ず身土」云云。
又云はく「実相の深理、本有の妙法蓮華経」等云云。
伝教大師云はく「一念三千即自受用身(じじゅゆうしん)、自受用身とは出尊形の仏なり」文。
此の故に末曽有(みぞう)の大曼荼羅とは名付け奉るなり。
仏滅後二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云ふ事なり。
(中略)
此の御本尊全く余所(よそ)に求むる事なかれ。只我等衆生、法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり。是を九識心王真如(くしきしんのうしんにょ)の都とは申すなり。十界具足とは十界一界もか(欠)けず一界にあるなり。之に依って曼陀羅とは申すなり。曼陀羅と云ふは天竺(てんじく)の名なり、此には輪円具足(りんねんぐそく)とも功徳聚(くどくじゅ)とも名づくるなり。
 此の御本尊も只信心の二字にをさまれり。以信得入(いしんとくにゅう)とは是なり。日蓮が弟子檀那等「正直捨方便」「不受余経一偈(ふじゅよきょういちげ)」と無二に信ずる故によ(因)て、此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり。たのもしたのもし。

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■ 此の御本尊は世尊説きおかせ給ひてのち、二千二百三十余年が間、一閻浮提(えんぶだい)の内にいまだひろめたる人候はず。漢土の天台・日本の伝教はほヾ(粗)し(知)ろしめして、いさヽかもひろ(弘)めさせ給はず。当時こそひろまらせ給ふべき時にあたりて候へ。
      (本尊問答抄   弘安元年九月  五七歳 1283)


(※この御文も、やはり上掲の観心本尊抄の「仏像出現」の箇所と等同。
御本尊=法華経の題目(宗祖御図顕の十界曼荼羅本尊)
決して、仏=釈尊像 ではない。


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妙法曼陀羅供養事 文永一〇年  五二歳 689

■ 妙法蓮華経の御本尊供養候ひぬ。
 此の曼陀羅(まんだら)は文字は五字七字にて候へども、三世諸仏の御師、(中略)成仏得道の導師なり。
此の大曼陀羅は仏滅後二千二百二十余年の間、一閻浮提(いちえんぶだい)の内には未だひろまらせ給はず。

(※「此の「大曼陀羅」は仏滅後二千二百二十余年の間、一閻浮提(いちえんぶだい)の内には未だひろまらせ給はず。」
の箇所も文意は上掲、観心本尊抄の御文の「仏像出現」の箇所に相当する。

であるから


仏像=大曼荼羅


となる。


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■ 三大秘法其の体如何。答ふ、予が己心の大事之に如(し)かず。
(三大秘法稟承事 弘安五年四月八日 六一歳 1594)

三大秘法

本門の本尊
本門の戒壇
本門の題目

この三つが明確に整足していなければ「日蓮大聖人の南無妙法蓮華経」ではない。

世のあらゆる「南無妙法蓮華経」を唱える宗派はこの「三大秘法」になっていない。
が故に、間違った宗派、ということである。

三大秘法=一大秘法=戒壇の大御本尊

この↑論証



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■二十四、本化の本尊の本迹 七字は本なり、余の十界は迹なり。諸経・諸宗中王の本尊は万物下種の種子無上の大曼荼羅なり。
(百六箇抄 弘安三年一月一一日 五九歳 1697)



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ここまで複数の御文で 「曼荼羅正意」 と整足されているのに、なぜ、「釈尊像」 などを本尊とできうるのか?

日蓮宗系他門の不勉強さには驚くばかりである。




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