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   ★ → 真言宗がいかに邪教であるか。(かい摘んで少々挙げる)
尚、以下の真言宗及び伊藤真乗の矛盾点に対する指弾は、確かに日蓮大聖人の破折の理論を基にしているが、別に日蓮大聖人が言ったから、という理由で盲目的に根拠にしているのではなく、仏教の基本的教義・教説から、真言宗及び伊藤真乗の矛盾を顕らかにしているのである。


▼ そもそも大日の三部を 「密教」 と云い、法華経を 「顕教」 という事などどの経典にも全く書かれてない。弘法の自見・己義・我見である。

■顕密二教判

顕密二教判(けんみつにきょうはん)とは、弘法が『弁顕密二教論』で説いた教義で、「顕教」 と 「密教」 の勝劣を判じたもの。以下、簡単に概要を記す。

(1)
顕教……歴史上の釈尊によって説かれた随他意(ずいたい)・方便の教え
密教……大日如来が説いた随自意(ずいじい)の真実の教え

(2)
顕教……修行について説くが、悟りの境涯(きょうがい)を説くことができない教え
密教……悟りの境涯を説いた教え

(3)
顕教……生まれ変わり死に変わり、長い間修行しないと成仏できない教え
密教……即身成仏の教え

以上の違いによって、弘法は 「顕劣密勝(顕教は劣り、密教が勝れている)」 と主張した。

つまり、弘法が自身が日本に持ち込んだ真言宗を正当化するために経典に何の根拠もなく勝手に言いだした我見・己義。

▼  真言宗では 
▼「真言三部経 理趣経などは、法そのものである最尊尊極の大日如来が説いた経であるから、肉身を持った劣った仏である釈迦如来が説いた法華経・華厳経。般若経(一部を除く)・涅槃経などより遥かに優れている。」
と主張している。
もし、そうであるならば

1 大日如来の 出世・成道・説法・利生(りしょう)は釈尊より前か後か?如何(いかん)。
  → 当然、これについてどこにも具体的なことは説かれていない。
  → ということは大日如来などというものは架空の仏であり、実体がない。
  → その教えも、架空の話であって、実体はない。

2 1、と同様かも知れないが、重ねて指弾すれば、仏として法を説く、という限りは必ず実在の仏として 「八相作仏」 が明確でなければ信用できる対象ではない。

八相作仏

@ 下天(げてん)       
A 託胎(たくたい)      
B 出胎(しゅったい)     
C 出家(しゅっけ)      
D 降魔(ごうま)       
E 成道(じょうどう)     
F 転法輪(てんぽうりん) 
G 入涅槃(にゅうねはん)

では、例えば大日如来が実在の仏だとしたら 「託胎」 したその父母は誰か。その名前は?→ 破折は同上。

3 もし、「大日如来が娑婆世界の仏」 と言うのであれば、 「世に二仏無く、国に二主無き」 という仏教の基本的な決まりごとに反する。

涅槃経の三十五 
■「我処々の経の中に於て説いて言はく、一人出世すれば多人利益す。一国土の中に二の転輪王(てんりんおう)あり。一世界の中に二仏出世すといはゞ是の処(ことわり)有ること無し」


竜樹菩薩 大智度論
■ 「十方恒河沙の三千大千世界を名づけて一仏国土と為す。是の中に更に余仏無し。実に一の釈迦牟尼仏のみなり」

もし 「他土の仏」 と言うのであれば、なんでこの娑婆世界有縁の我々衆生にとって主師親三徳を具しておられる釈尊を蔑(ないがし)ろにして、他方疎縁の仏を崇めるのか。
これ不忠・不孝の極みではないか。

もし 「大日如来も釈尊も一体」 と言うのであれば、何で釈尊を下し、捨て去るのか。

   ★ → つまり、大日如来などは架空の仏であり、弘法の 「顕劣密勝」 との主張は全くの根拠のない邪義である。

涅槃経に云く
■ 「若し仏の所説に順わざる者有らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり」  との経文の如くの魔師・大悪師。

   ★ →  大日経には 「仏不思議真言相道(そうどう)の法を説いて、一切の声聞・縁覚を共にせず。世尊普(あまね)く一切衆生の為にするに非ず」 云云。とあり二乗を隔てている。その他の真言三部経も同様。
つまり一切衆生の成仏が説かれていない劣った経典群である。
仏教の全体観を弁えず、しかもそのような、一切衆生が皆成仏することが出来ない劣った教説を説く、真言三部経を最勝と位置付ける弘法は邪師。

   ★ →  弘法の秘蔵宝鑰(ほうやく)には  
▼「此くの如き乗々は自乗に名を得れども後に望めば戯論と作す」。とあって、法華経を「戯論」と蔑如し下している。
そのような説は大日経・蘇悉地経・金剛頂経など真言三部経にも全くない我見・己義である。

法華経最第一は決定的判釈である。

その法華経に

■ 「法華経譬喩品第三
若し人信せずして 此の経を毀謗せば則ち一切 世間の仏種を断ぜん
或は復?蹙(ひんじゅく)して 疑惑を懐かん
汝当に 此の人の罪報を説くを聴くべし
若しは仏の在世 若しは滅度の後に
其れ斯の如き経典を 誹謗すること有らん
経を読誦し 書持すること有らん者を見て
軽賎憎嫉して 而も結恨を懐かん
此の人の罪報を 汝今復聴け
其の人命終して 阿鼻獄に入らん
一劫を具足して 劫尽きなば更生れん
是の如く展転して 無数劫に至らん」

とあり、弘法大師は間違いなく無間地獄に堕ちているということになる。
それは弘法自身の言葉 ▼「謗人謗法は定めて阿鼻獄に堕せん」 の通りでもある。

   ★ → 伊藤真乗はその真言宗の流れを誇示しているが、自身地獄へ行く系譜図を示していることになる。
■「師は針の如く、弟子は糸の如し」 師である弘法大師が地獄へ堕ちていれば、その堕獄の系譜を誇示する真乗は、同様に地獄に堕ちていることになる。
地獄に堕ちる者が「正しい師」である訳がない。

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★ そもそも、真乗のいう以下の系譜図自体も矛盾だらけである。
(以下の系譜図が違うと言うのであれば、正当というべきものを示していただきたい)

真如苑の主張する系譜

久遠常住釈迦牟尼如来
→法身大日如来
→普賢菩薩
→龍猛
→龍智
→金剛智
→不空
→恵果
→空海
→聖宝理源大使
→佐伯恵眼   
→金剛真乗(伊藤真乗教祖)
→伊藤真砂子(真聡)

★ 「久遠常住釈迦牟尼如来」 など、元来の真言宗の系譜にはない。
真言系では、

付法の八祖
大日如来 → 金剛薩?(こんごうさった) → 龍猛(りゅうみょう) → 龍智(りゅうち) → 金剛智 → 不空 → 恵果 → 空海

ということで、大日如来が根本・元初である。
「久遠常住釈迦牟尼如来」 をその元とする教義などない。

自己正当化のために真言密教の系譜はちゃっかり借用してきているくせに、その系譜の元に、真言密教の教義にもない 「久遠常住釈迦牟尼如来」 を持ち込んできて涅槃経を依経とする真如苑の正当性を謀る。実に姑息・卑怯な卑劣漢である。
その涅槃経も、弘法は「顕教」として仏の真実の悟りを顕していない、と下しているのである。
真乗は二重三重に矛盾だらけの邪師である。

日蓮大聖人の言葉である。
■ 我が宗を厳(かざ)るとも、皆是妄語(もうご)胸臆(くおく)の浮言(ふげん)にして荘厳己義(そうごんこぎ)の法門なり。(真言見聞)

(自分の立てた真如苑を正当化しようとしても、全て経典に根拠のない虚言であり、自分だけがそう思い込んでいる戯言(たわごと)で、己義で飾り立てただけの邪宗教である。)

と弘法を厳しく指弾しているその叱責はそのまま真乗にも突き刺さる。
やはり、真言醍醐派僧侶の資格を持つだけあり、教祖弘法に似てくるわけである。
真言宗の傾向性として、
「言動に虚飾・虚言が多い。」というその害毒そのままか。

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