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▼ 勧持品二十行の偈 に対する問難を破すについての反論


   ★ ↑ これに反論 
(このままコピペすると字面があまり美しくないので、内容はコピペして以下へ移したが、細かいリンクとか彩色は消えているので、
↑の本文を見て下さい。)

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▼ もう一つの再反論

★ I 日蓮大聖人が上行菩薩再誕であり、その本地は久遠元初の御本仏

▼ もはや子供の喧嘩レベルにまで議論が劣化しておりますが論じるべき最重要な点を挙げるなら

★ 五百塵点劫 という永劫の昔、しかし、ある時点において「成仏した」ととかれ、それ以前には「菩薩の道を行寺ていた」と示された。
ここの菩薩の道を行じていた時に、仏法があった理屈になる。
その時の仏は誰か?
そしてその時の法は?

▼ ここでしょう。
少なくとも釈尊が法華経で成仏したのは大通智勝佛のもとで、16番目の王子として生まれた時です。三千塵点劫の昔です。(法華経化城喩品)
それより前の「五百億塵点劫」の時の事は、どの経でも解き明かせないし、それを解き明かしたからと言って我々が成仏できるわけでもありません。
密教は、そういう立場に立っています。

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   ★ ↑ 勉強不足。明らかな失態。だから密教は信じられない。というのである。
経典をよく読みなさい。

@ そもそも、三千塵点劫で、釈尊が成仏した、などとは明確に御説きなってない。
あくまで、インドに応誕して「成仏」した。と説かれている。

■ 化城喩品第七
諸の比丘、我汝に語る。
彼の仏の弟子の十六の沙弥は、今皆阿耨多羅三藐三菩提を得て、十方の国土に於て、現在に法を説きたもう
(中略)
第十六は、我釈迦牟尼仏なり。娑婆国土に於て、阿耨多羅三藐三菩提を成ぜり

   ↑ つまり、法華経迹門、またそれ以前の権教には、応身如来としての釈尊自身の成仏は全く説かれていないのである。
これを「始成正覚」=始めてインドに応誕してから成道した。 といい、一切経典を通観した事実である。
(ただし、例えば普賢菩薩説証明経に釈尊が
  ■「我れは本根元にして或は定光仏身、或は是れ句楼秦仏身、或は是れ無光王仏身、或は是れ宝勝仏身等なり」
等と説かれるのは、これら爾前経においても釈尊が諸仏の身を現ずることを述べているようではあるが、これは、爾前の方便説における平等意趣の義である。
 つまり、一切の仏の言説中、衆生に対する応病与薬のため、仏の深い境界より四つの意趣をもって法を説くなかの一つである法身平等の意である。
その意味とは、諸仏の悟った法そのものは一切が平等であるから、過去に出現した毘婆尸仏と今の釈迦仏とは明らかに異なっているが、
■「我れ昔、彼の時、毘婆尸仏と名づけて出現す」と説く如く、法が等しいため我は彼の仏、彼の仏は我なりと説く場合がある。
たとえ普賢証明経に釈尊が諸仏の根源とはいっても、これは今番出現の現実性を主体とした法身平等の意で説いたものであり、釈迦応身自体の久遠性は全く説かれていないのであるから、厳格にこれら諸仏が爾前迹門の釈尊の分身ということはできない。)

では、まず、「釈尊が三千塵点劫の時に、成仏した。」という証拠を挙げていただきましょう。
もし、出せない場合は、問難者の好きな「この点では論破されました。」と潔く謝罪しましょう。

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A 次に、 ▼ 「それより前の「五百億塵点劫」の時の事は、どの経でも解き明かせないし、それを解き明かしたからと言って我々が成仏できるわけでもありません。」

   ★ ↑ これまた、大失態。

寿量品第十六
「我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫なり。

「譬えば」五百千万億那由他阿僧祇の三千大千世界を、仮使人有って、抹して微塵と為して、東方五百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて、乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を尽さんが如き、諸の善男子、意に於て云何。
是の諸の世界は、思惟し校計して、其の数を知ることを得べしや不や。」

弥勒菩薩等、倶に仏に白して言さく、
「世尊、是の諸の世界は、無量無辺にして、算数の知る所に非ず、亦心力の及ぶ所に非ず。
一切の声聞、辟支仏、無漏智を以ても、思惟して其の限数を知ること能わじ。
我等、阿惟越致地に住すれども、是の事の中に於ては、亦達せざる所なり。
世尊、是の如き諸の世界無量無辺なり。」

爾の時に仏、大菩薩衆に告げたまわく、
「諸の善男子、今当に分明に、汝等に宣語すべし。
是の諸の世界の、若しは微塵を著き、及び著かざる者を、尽く以て塵と為して、一塵を一劫とせん。
我成仏してより已来、復「此に過ぎたること」、百千万億那由他阿僧祇劫なり。
是より来、我常に此の娑婆世界に在って、説法教化す。
亦余処の百千万億那由他阿僧祇の国に於ても、衆生を導利す。
諸の善男子、是の中間に於て、我燃燈仏等と説き、又復、其れ涅槃に入ると言いき。
是の如きは皆、方便を以て分別せしなり。』

   ★ ↑ まず、この寿量品に五百塵点の「譬え」が示される。
これはただの「譬え」か否か。
以下に三千塵点劫の箇所を挙げよう。

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妙法蓮華経化城喩品第七

仏、諸の比丘に告げたまわく、
「乃往過去、無量無辺不可思議阿僧祇劫、爾の時に仏有しき。
大通智勝如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏世尊と名づく。
其の国を好成と名づけ、劫を大相と名づく。
諸の比丘、彼の仏の滅度より已来、甚だ大いに久遠なり。

「譬えば」三千大干世界の所有の地種を、仮使人有って、磨り、以て墨と為し、東方の千の国土を過ぎて、乃ち一点を下さん。
大さ微塵の如し。又、千の国土を過ぎて、復一点を下さん。
是の如く、展転して地種の墨を尽さんが如き、汝等が意に於て云何。
是の諸の国土を、若しは算師、若しは算師の弟子、能く辺際を得て、其の数を知らんや不や。

「不なり、世尊。」

「諸の比丘、是の人の経る所の国土の、若しは点ぜると点ぜざるとを、尽く抹して塵と為して、一塵を一劫とせん。
彼の仏の滅度より已来、復是の数に過ぎたること、無量無辺百千万億阿僧祇劫なり。
我、如来の知見力を以ての故に、彼の久遠を観ること、猶今日の如し。」

爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、

「我過去世の 無量無辺劫を念うに
仏両足尊有しき 大通智勝と名づく
如(も)し人力を以て 三千大千の土を磨って
此の諸の地種を尽して 皆悉く以て墨と為し
千の国土を過ぎて 乃ち一の塵点を下さん
是の如く展転し点じて 此の諸の塵墨を尽さん
是の如き諸の国土の 点ぜると点ぜざると等を
復尽く抹して塵と為し 一塵を一劫と為ん
此の諸の微塵の数に 其の劫復是に過ぎたり
彼の仏の滅度より来 是の如く無量劫なり


   ★ ↑ さあ、どうであろうか。
 まず、五百塵点劫 と 三千塵点劫 の説明の構成・構図が同じである。
どちらも、「譬えば」 で始まる形を取っている。
ところが、三千塵点劫では、後に、偈において譬えではなく実際の年月として再説されている。

であるならば、寿量品も五百塵点劫においても同様で、ただ、後の偈による再説が省略されているだけ、と拝することが道理である。

分かりの悪い、聞き分けのない問難者のために図式しておく。

三千塵点劫 五百塵点劫
仏が告ぐ 仏、諸の比丘に告げたまわく、 爾の時に世尊、諸の菩薩の、三たび請じて止まざることを知ろしめして、之に告げて言わく、
久遠を説く
「乃往過去、無量無辺不可思議阿僧祇劫、爾の時に仏有しき。
大通智勝如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏世尊と名づく。
其の国を好成と名づけ、劫を大相と名づく。
諸の比丘、
彼の仏の滅度より已来、甚だ大いに久遠なり。

「汝等諦かに聴け、如来の秘密神通のカを。
一切世間の天、人、及び阿修羅、皆今の釈迦牟尼仏は、釈氏の宮を出でて、伽耶城を去ること遠からず、道場に坐して、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり。
然るに善男子、
我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫なり。
譬え 「譬えば」

三千大干世界の所有の地種を、仮使人有って、磨り、以て墨と為し、東方の千の国土を過ぎて、乃ち一点を下さん。
大さ微塵の如し。
又、千の国土を過ぎて、復一点を下さん。
是の如く、展転して地種の墨を尽さんが如き、



「譬えば」

五百千万億那由他阿僧祇の三千大千世界を、仮使人有って、抹して微塵と為して、東方五百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて、乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を尽さんが如き、

弟子に問う 汝等が意に於て云何。
是の諸の国土を、若しは算師、若しは算師の弟子、能く辺際を得て、其の数を知らんや不や。」
諸の善男子、意に於て云何。
是の諸の世界は、思惟し校計して、其の数を知ることを得べしや不や。」
弟子の答え 「不なり、世尊。」 弥勒菩薩等、倶に仏に白して言さく、
「世尊、是の諸の世界は、無量無辺にして、算数の知る所に非ず、亦心力の及ぶ所に非ず。
一切の声聞、辟支仏、無漏智を以ても、思惟して其の限数を知ること能わじ。
我等、阿惟越致地に住すれども、是の事の中に於ては、亦達せざる所なり。
世尊、是の如き諸の世界無量無辺なり。」
譬えに追説 「諸の比丘、是の人の経る所の国土の、若しは点ぜると点ぜざるとを、尽く抹して塵と為して、一塵を一劫とせん。

彼の仏の滅度より已来、復是の数に過ぎたること、無量無辺百千万億阿僧祇劫なり。

我、如来の知見力を以ての故に、彼の久遠を観ること、猶今日の如し。」
爾の時に仏、大菩薩衆に告げたまわく、
「諸の善男子、今当に分明に、汝等に宣語すべし。
是の諸の世界の、若しは微塵を著き、及び著かざる者を、尽く以て塵と為して、一塵を一劫とせん。

我成仏してより已来、復「此に過ぎたること、百千万億那由他阿僧祇劫なり。

是より来、我常に此の娑婆世界に在って、説法教化す。』
仏の意 爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
「我過去世の 無量無辺劫を念うに
仏両足尊有しき 大通智勝と名づく
如(も)し人力を以て 三千大千の土を磨って
此の諸の地種を尽して 皆悉く以て墨と為し
千の国土を過ぎて 乃ち一の塵点を下さん
是の如く展転し点じて 此の諸の塵墨を尽さん
是の如き諸の国土の 点ぜると点ぜざると等を
復尽く抹して塵と為し 一塵を一劫と為ん
此の諸の微塵の数に 其の劫復是に過ぎたり
彼の仏の滅度より来 是の如く無量劫なり


   ★ ↑ こうしてみれば、やはり五百塵点劫という年月の「譬え」は、単なる譬えではなく、三千塵点劫との対比の上で、釈尊の久遠実成を示す明確な数値であった、ということである。


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