★ 桐山靖雄の詐欺的人生 & 教団の矛盾
学歴詐称
昭和二十八年 (一九五三年) 八月、桐山は密造酒を販売して逮捕
首吊りか服毒か
昭和六二年一月、教団の関連会社「光和食品」が、無許可の漢方薬を原料とした密教食を販売したことによって摘発を受け、元会長の清雄をはじめ営業部長ら七名が薬事法違反の罪でそれぞれ罰金二〇万円の略式命令を受けた。
トリック
妻は癌
ある信者さんの質問に対する返事(口頭)によって、阿含経を全然読んでいない、ということがバレてしまった
阿含宗管長桐山靖雄氏は、どうして阪神淡路大震災や東日本大震災の予知をしなかったのでしょうか。
実際に阪神大震災の時には前日から京都に居たのにもかかわらず何の事前連絡も無かった。
M田先達は在家として最高の徳を積んでいたから、 60歳そこそこで癌で死ぬなど、教義からいったらありえない。
熱心に修行したにも拘らずガンになり自分が苦しみ、周囲にも迷惑をかけ、 立場を失い、桐山ゲイカに助けを求めた信者に対して
因縁解脱をうたっても、桐山さんは密教食事件で罰金刑の有罪だったし、 脳梗塞になったし、奥さんはガンで死んだ。
守護神は基本料金が最低400万円だから、額も大きく、 一見、詐欺で訴えることができそうです。 だが、無理です。
ご宝塔を捨てたらタダでは済まないと座右宝鑑に今でも書いてある。
生きてるうちから、本山に自分のデカイ像を建立する。
数々の各種布施金額
護摩木分納誓約書
アゴン宗は今でも海外に巨額の投資をしている。
1995年(平成7年)1月16日、阿含宗総本山(京都)にて冥徳祭。 翌日17日、阪神・淡路大震災。
桐山氏は著書『密教ー超能力の秘密』において山崎泰広教授の学説を盗用したことを新聞記事(毎日新聞、1976年6月24日、朝刊)により指摘
桐山氏(管長)は、「真言宗○○寺の○○師によって得度した。」と、かつては言っておられましたが、「この師のもとで得度した」と名指しをされた、その真言宗の師は、裁判において、「そのような者は知らない。」と証言をされています。
阿含宗管長桐山靖雄氏は本当に偽ビール事件を懺悔していると言えるのでしょうか?
モンゴルで雨を降らして山火事を消したなどと宣伝しているが、 山火事の鎮火を言い出したのは、自己申告ですら、二日前です
ゲイカが未得度未入壇であることは、周知の事実なのである。護国寺での小田慈舟師の講伝でも、未入壇の疑いで追い出されている。にもかかわらず、後に小田師から金胎両部の奥伝を授かったとされる。
阿含宗は権威を認められたのである。ほかならぬ中国というアジアの大国から
■自ら粗暴なことばを使う、他人にも粗暴なことばをつかうことを勧める、
管長が長年の夢であったロールスロイスを購入
★ 色川千景氏との裁判
桐山から色川への手紙
内弟子と男女関係を色濃く疑わせる裁判
内弟子になると同時に、桐山氏は毎月生活費が支給され、それは07年6月まで18年間にも及んでいる。
「釈迦が桐山靖雄を出現させるために現れた」 などという表現は非常に鋭いと思う。
私自身そう思っているが自分では言えない。
2回目の脳梗塞
「千景がいないとさびしい」という意味の言葉が返ってきた
桐山氏は退院後、ホテルオークラに長期滞在し、同所で色川氏は桐山管長と多くの時間を過ごした。
妹が登場するのは桐山氏の介護のためもあるが、たとえば外で食事する際、男女2人と、男1人女2人では目撃した者の印象が違う、つまりカムフラージュを狙ってのことという。
もし教団に霊の浄化能力があったら、管長や教団幹部は醜聞が出るような社会的に問題のある行動を自ずから採らないし、宗教家としての良心の呵責から採れない筈です。
「“成功の副作用”としての骨肉の争いや愛人問題という金・色・地位に絡む醜聞(悪因縁)が起きないように、先祖供養や奉仕作業、チャクラを開発してそれらを解決、または未然に防ぎましょう」
★ N本女史問題
愛人に持たせた店「シャンバラ」
直言した職員は叩き出された
愛人であることを否定しなかった
男の負け惜しみ
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★ 教義的矛盾
御宝塔
本尊の変遷と自己矛盾
本尊の変遷A
たまたま 手に入れた舎利をもって教団の本尊に即座にしてしまういい加減な教団
知ったかぶりの大乗非仏説論
大乗非仏説反証
舎利弗 まさに知るべし、如来に四の不可思議のことあり、小乗の能く知るところにあらず
経典にもない成仏論
金儲け目的のまやかし宗教
信徒には勤行において「般若心経」を読ませ、「阿含経」には説かれていない「三種真言」を唱えさせている。
★ 三福道
「三福道」など阿含経には全く説いていない
桐山捏造文 『増一阿含経』「三供養品」に、
漢訳経典の原文
「是を阿難、この三善根は窮尽す可からず。涅槃界に至ることを得と謂ふなり」
福を受ける三つの道、方法、この場合の福とは霊性開眼して聖者になること。
■ 復た三法有り。謂く、「三福業」、「施業」と「平等業」と「思惟業」となり。
三福業とは施、平等、思惟である、と説いているだけで、それらの解説すらもありません。
そのままの文章は漢訳『増一阿含経』には存在しません
「三供養品」という品名は、現在伝わる『増一阿含経』(東晋・瞿曇僧伽提婆訳)には確認できません。
「功徳を種う」という**和訳表現に近い思想は存在しますが、語句そのものは一致しません。
「三福道あり。窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る」という漢訳原文は確認できません。
● 護摩関連
バラモンよ。木片を焼いたら浄らかさが得られると考えるな。
火への供養は、祭祀のうちで最上のものである。
愚かな者たちよ、汝らは、星宿を崇拝して、 森の中で火神に仕えて、如実に見ることなく、 そういうものを、清浄であると思い込んでいる
火の献供 は無益 邪な生活
法に依らず、律に依らぬ者は、我が弟子にあらず。
護摩は阿含経にはない
阿含経では護摩を否定
阿含を標榜しながら、なにゆえに護摩を焚かれているのか、それも、天界壇・仏界壇などという奇妙な修法を行われているのか、またその際に修験道の衣装を採用されておられるのか、さらに何故に七福神が登場するのか、私にはさっぱり理解不能です。
護摩へ供養することは真の阿含経の教ではない↓
九字を切る など阿含経には全くない 密教・修験道の関連
むしろ禁止・否定している
占星・相術の禁止
● 因縁解脱関連
阿含宗HP から
一、解脱供養法
解脱供養法は、つよい怨念(おんねん)を持つ霊障のホトケを、完全解脱させる法であり、「解脱成仏法」ともいいます。
つよい怨念を持つ霊障のホトケは、子孫に非常な悪影響をあたえる。
こういう先祖の霊を霊視してさがし出し、良い戒名をつけてあげて、導師が成仏法を修するのである。
占いは禁止
因縁解脱の法って、阿含経のどこにあるのだ?
釈尊は因縁解脱など説いていないし、大乗仏教を含めて、 仏教には因縁解脱など最初から存在しない。
● 仏教 阿含経にも違背
佛ヘは無霊魂説です。霊魂の存在を認めるとそれだけで佛ヘから逸脱してしまいます。
末世成仏本尊経
魔の通力
いかなる修行僧、尼僧、在俗信者、在俗信女でも、理法にしたがって実践し、正しく実践して、法にしたがって行っている者こそ、修行完成者を敬い、重んじ、尊び、尊敬し、最上の供養によって供養しているのである。
阿含宗の布施や導き数の多い人に、豪華な賞品を与えまた信者がそれを欲し
分別善惡報應經
阿含経ですら、後世の混ぜ物と思われるものが入っている
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★ 桐山管長没後の教団の矛盾
コロナ沈静化が阿含宗のお陰?
20万円也 「延命長寿健康息災三身即一薬師如来瑠璃光瞑想法曼荼羅」
洗脳信者以外信じない、誰でもインチキとわかる開祖霊諭の連発
阿含宗の力でコロナが終息! ならば世界に公表せよ!
星祭りの護摩木も、ありし日は祭壇から正面桟敷席まで、人の背丈以上の高さで万里の長城のの如くびっしりと積み上がっていた
先月、阿含宗開祖が仏界から降ろしたという「霊諭」を読むと、
和田尚子氏が理事長になったそうです。
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★ 現役信者 元信者の悲惨な現状
解脱供養をすると必ずと言っていいほど不具合が起こる。殊に冥徳供養は人間関係が 険悪になるとだいたいみんな口を揃えて言う。
私!失業したんですっ!ど、どうしてこうなったんでしょう!
それにしても気の毒なのは、独身を通してこられた女性のの方々です。
金で解決できる教えを説くとは到底思えなかった
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阿含宗
一、成立の歴史
「阿含宗」の創始者は、桐山靖雄(せいゆう)(一九二一年〜2016年〈平成28年〉8月29日)である。
桐山靖雄 (本名・堤真寿雄) は、大正十年に神奈川県横浜市の土建屋の長男に生まれ、一家の転居先である千葉県流山市で育った。
郡内の私立中学に進んだが、家計が苦しくなって中退し、出版社に就職した。
したがって、学歴は 「小学校卒」 もしくは 「中学校中退」とすべきであるのに、後に「早稲田大学卒」 とか 「日本大学卒」などと学歴詐称し、それがマスコミによって暴露されたりしている。
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「目で見る桐山阿含宗の嘘とオカルト」この画像は「深山氏」から提供していただいた、桐山 靖雄氏(本名 堤 眞寿雄)の直筆の履歴書です。
説明の文章もありますので、掲載いたします。
資料:桐山氏の自筆の履歴書
出典:『文化評論』、新日本出版社、1984年7月号、63頁
出典題名:<特集>“密教ブーム”を問う
「星まつり」の秘密
―― 新興教団の“急成長”を支えるものは? ――
著者:柿田睦夫、ジャーナリスト
<解説>
桐山氏の虚言癖を示す自筆の履歴書です。

この履歴書は、桐山氏が昭和43年8月に天台宗の僧侶の資格を取るために提出したものです。
この履歴書には嘘が4つあります。
1.東京府立第四中学校卒という嘘
桐山氏は後に私立の大成中学に入ったと書いています(文献1の26頁)。
大成中学も中退ですから、1の学歴は嘘です。
2.早稲田大学中退という嘘
桐山氏は後に日本大学中退であると書いています(文献1の46〜48頁)。

日大中退が事実かどうかは別として、桐山氏は早大に入学した記録はありません(文献4の149頁)。
3.真言宗金剛院派得度という嘘
得度とは僧侶になるための儀式ですが、金剛院派は桐山氏を得度した事実はないと否定しています(文献2の114頁)。
得度すると度牒を授けられますから、これを桐山氏が示せばいいだけなのに、今日に至るまで示したことはありません。
4.伝法勧請を受けたという嘘
伝法勧請とは阿闍梨になるための資格と儀式をさします。
しかし、伝法勧請を授けたとされる金剛院派の北野師も、証明師とされた大原師も、桐山氏に伝法勧請を授けたことはないと否定しています。(文献3の173頁、文献5)
阿闍梨の資格も証拠を示せばいいだけだが、桐山氏は示したことはありません。
以上のように、この履歴書はほぼ全部が学歴詐称、僧籍詐称、阿闍梨詐称という嘘でできています。
桐山氏は、この履歴書の二年後の昭和45年8月6日、小田師による金剛頂経の講義の受講の際に提出した履歴書にも、2〜4と同様の学歴、僧籍、阿闍梨を詐称しています。(文献2の41頁、文献4の146頁、文献5)
わかっているだけでも三年間に同じような詐称を二度もしたということは、常習犯であったことをうかがわせます。
昭和45年は念力の護摩を焚いた年であり、超人的能力を獲得したと自称していた時期です。
しかし、現実の桐山氏は天台宗の僧侶の資格や受講資格に必要のない学歴まで詐称するような人物であったことになります。
文献1.『現世成仏』桐山靖雄、力富書房、1983年
文献2.『阿含宗・桐山靖雄の正体』早川和廣、1986年、
文献3.『密教宝庫を開く』織田隆弘、1983年、
文献4.月刊『宝石』、1978年11月号、
文献5.『毎日新聞』、朝刊、第3面、「宗教を現代に問う170」、1976年6月24日天照の画像(廣野さんの本画像)に行くにはこちらから

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十八歳の頃、結核性の痔ろうとカリエスに罹った桐山は、二十代半ばまで入退院を繰り返すのであるが、この頃、作家を志して小説を書いたり、宗教書を読みあさり、自ら考案した瞑想法を試みたりしたという。
戦後の桐山は、製粉機と精米機のヤミ販売や、水産加工物販売など、さまざまな事業に手を出すが、失敗を重ね、さらに病苦と相俟(あいま)って、三度にわたり自殺を図ろうとした。
これにつき、桐山自身の著書では、
▼「三度目は首つり自殺に失敗」 (昭三十九年発行『大白身』・昭和五十二年発行『正法の歩み』) としていたかと思えば、
▼「三度目は服毒自殺に失敗」 (昭和四十八年発行『密教占星術』・昭和五十五年発行『月刊アーガマ』) とするなど、一貫性がない。
こうしたところにも、口から出まかせ的な桐山の人格が、如実に露呈されている。
ともあれ、自殺に失敗した桐山は、同時期、たまたま目にした『般若心経』『准胝(じゅんてい)観音経』等の経巻を読み、これをきっかけに観音信仰に励むようになり、また運命学や易を学ぶようになった。
だが、昭和二十八年 (一九五三年) 八月、桐山は密造酒を販売して逮捕された。
これは、醤油工場を借りて合成ビールを造り、勝手に印刷したキリンビールのラベルを貼って販売した、という悪質な事件で、昭和二十九年三月、第一審において懲役一年六ケ月および罰金の実刑判決を受けた。
桐山は、この判決を不服として控訴・上告し、これによって服役を免れている間の昭和二十九年八月、桐山は横浜市鶴見区生麦の借家にて、「観音慈恵会」 を設立。
人生相談や運命鑑定を中心とする活動を始めた(事件のイメージを払拭するためであろう、この時、自分の名を堤真寿雄≠ゥら桐山靖雄≠ニ改めている)。
そして、密教に傾倒するようになり、昭和三十年十月には、姫路市の真言宗金剛院派本覚寺において得度し、僧籍を得た。
(※ これも嘘
参照 3.真言宗金剛院派得度という嘘
得度とは僧侶になるための儀式ですが、金剛院派は桐山氏を得度した事実はないと否定しています(文献2の114頁)。
得度すると度牒を授けられますから、これを桐山氏が示せばいいだけなのに、今日に至るまで示したことはありません。)
昭和三十五年(一九六〇年) に、ビール事件の有罪が確定し、習志野刑務所に服役した桐山は、出所後も活動を続け、昭和四十二年(一九六七年)、「観音慈恵会」 を「大日山金剛華(け)寺観音慈恵会」と改称し、昭和四十四年には、教団の所有地があった石川県で宗教法人を取得した。
昭和四十六年、当時のオカルトブームに乗って出版した、自著『変身の原理』が売れたことに活路を見いだした桐山は、妻名義で株式会社平河出版社を設立して密教解説書を次々と出版するとともに、昭和四十八年には、株式会社光和食品を設立して密教食を売り出すなど、事業面にも乗り出した。
このように、密教一色に染まっていた桐山だが、やがて 「釈迦が説いた経は阿含経だけである」 と言いだし、昭和五十三年四月 (一九七八年)、突如として、『阿含経』を根本の依経とする「阿含宗」を立宗。
教団名を「阿含宗総本山大日山金剛華寺観音慈恵会」 とし、翌年四月、東京都千代田区平河町に東京総本部道場を建設した。
その後、昭和五十六年には、教団名を現在の 「阿含宗」 に改称した。
そして、昭和六十一年 (一九八六年)、教団関係者一三〇名を引き連れて訪問したスリランカで、たまたま同国から「真正仏舎利」を贈与されたことにより、今度は本尊を、それまでの准胝観世音から「真正仏舎利」変更した。
現在の阿含宗は、平成三年に建てた釈迦山大菩提寺(京都市山科区)を本山とし、そこで 「阿含の星まつり」と称する華々しい護摩焚きを行なうのをはじめ、全国各地の神社等を会場として借りて、盛んに 護摩焚き=@を行ない、
また、若年層をターゲットにして開設した、神戸の 「メシヤ館」、横浜の 「占いの館・シャリーラ」 などで密教占星術等を行ない、信者獲得と金儲けに余念がない。
なお、公称信者数は、約二十六万人とされる。
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二、教義と本尊
阿含宗の本尊は、昭和五十三年に阿含宗を立宗した後も、しばらくは観音慈恵会当時の 「准胝観世音」 であったが、昭和六十一年、たまた、まスリランカから「真正仏金利」(釈尊の遺骨)といわれるものを貰い受けたことで、それに変更した。
また、昭和五十四年の 「大柴燈(だいさいとう)護摩供」(星まつり)で火焔から姿を現わしたとする (燃え上がる炎が、桐山らの目には仏の姿に見えたという) 「大日如来・釈迦如来・准胝如来の三身即一の如来」 も、いちおう本尊としている。
信者は、各家庭に 御宝塔″ と称する仏舎利塔を祀る。
この中には石が納められており、桐山の修法によって、「真正仏舎利」 と同じ功徳が備わったもの、とされる。
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破折
@ 仏舎利にどんな功徳があるのか?それを示す経典は?
A 桐山さんはどんな修法でその石に”功徳”をこめることができるのか?
B 石などどこでも手に入るが、それはまさにただの物から口先だけで大金を生み出す詐欺的手法ではないか。
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所依の経典は、立宗以前は『准胝観音経』や『般若心経』 であったが、立宗後は『阿含経』(小乗経) を立てて、大乗非仏説論を主張するようになった。
阿含宗の特徴的な教義は、悪因緑″ を説くところにある。
つまり、「人間の不幸は、成仏できない先祖の霊 −− 特に、怨念の強い霊障によって、引き起こされる」 として、家運衰退の因縁・中途挫折の因縁・肉親血緑相克の因縁・我が子の運気剋(こく)する因縁・逆恩の因縁・夫婦縁障害の因縁・夫婦縁破れる因縁・刑獄の因縁・肉体障害の因縁等々の悪因緑を挙げている。
そして、この因縁から離れることを 「因縁解脱」と称し、その実践法として、観音慈恵会時代から立宗当初にかけては 「准胝尊・千座行」(※一日三、四十分の行を千日間、欠かさず行なう、というもの)を中心としていたが、「阿含経にそのような修行法は説かれていない」 との批判を受け、「真正仏舎利」 を本尊としてからは、一日十分程度の礼拝を行なう 「仏舎利尊・解脱宝生行」に変更した。
また、「解脱宝生行」 を行なえば、あらゆる悪因縁が断ち切れ、福徳宝生の功徳が備わるとしながら、さらに、「護摩供養すれば、護摩木に書いた先祖の悪因縁が切れ、願い事も叶う」と言ってどんどん護摩木を勧めたり「不成仏霊解脱供養」 「水子霊解脱供養」等を勧めたりして、一体につき十万円から数十万円といわれる供養料を搾取している。
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三、破 折
阿含宗は、一般の雑誌や新聞等に、桐山靖雄の著書あるいは 「阿含の星まつり」 の、派手な広告を打ち続けているから、そういう意味ではかなり知れ渡った教団といえよう。
その名称や仏舎利″などという語から伝統的な仏教の一派″との印象を受けてしまいがちであるが、実際には、桐山の己義である「先祖の悪因縁」説を仏教で荘厳しただけのもので、随所に矛盾が露呈した、似非仏教である。
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本尊の変遷と自己矛盾
日蓮大聖人は、
「諸宗は本尊にまどえり」 (御書五五四郎.)
と仰せられて、邪宗の邪宗たる所以を喝破されているが、阿含宗についても、その本尊の変遷ぶりを見れば、迷える邪宗教団であることは一目瞭然であろう。
すなわち、阿含宗の本尊は、
昭和五十三年の立宗後しばらくは、それ以前の観音慈恵会時代から引き続き「准胝観世音」を立てながら、
昭和六十一年になって、突然、「真正仏舎利」に変更された。
仏舎利を入手できたことで大いに浮かれ、教団の目玉にしようとした桐山の目論見は容易に推測できるが、所詮は思い付きの本尊変更であるから、信者に対してすら明確な説明ができないまま、「仏様の御霊示」としてウヤムヤにしたらしい。
観音慈恵会時代からの信者であった麻原彰晃(オウム真理教の教祖) あたりから、後にこの点を指摘された桐山は、
▼「教団を立てるとしたら、本尊の仏を決めなければならないが、それは、生身の釈尊とされる仏舎利以外あり得ない」 (『オウム真理教と阿含宗』) と答えるのみで、仏舎利を本尊とすることについての文証はもちろん、何らの根拠も挙げられずにいる。
※ 仏舎利以前の本尊は功徳がるのか?ないのか?未完・未熟なのか?それとも完全だったのか?
もし、功徳が完全でない、未完・未熟だったとしたら、その時代の信者は救われてない事になる。
逆にもし完全な本尊だったのならばそのままで良いことになる。仏舎利に変える必要はなかったはず。
さらに、阿含宗では、「大柴燈(だいさいとう)護摩供」で火焔の中に姿を現わしたとして、
昭和五十四年以来、「大日如来・釈迦如来・准胝如来の三身即一の如来」と称する大仏を造り、以来それをも本尊に加えているが、これは、大乗非仏説論を顕揚する桐山靖雄の主張 (※後述) とまったく逆行している。
つまり、大日如来″や准胝観世音″(准胝如来などという如来はない)は大乗経に説かれているのであって、『阿含経』には片鱗すら説かれていないのである。
大乗非仏説論を立てながら、肝心の本尊を大乗経から持ってくるとは、自己矛盾の極致であり、まさに本尊に迷う邪宗の典型といえよう。
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知ったかぶりの大乗非仏説論
次に、桐山は、昭和の初期に大乗非仏説論(※小乗の阿含経のみが釈迦の説いた法であり、それ以外の大乗経は後の偽作である」 とする説) を再燃化させた、増谷文雄の著作物に影響されて『阿含経』 に走り、今日に至っている。
大乗非仏説論とは、文献学上から見て、最初に文字をもって成立した経典は、釈尊滅後百年頃に結集されたと思われる小乗経の経典であり、それ以外の大乗経の経典は、釈尊滅後四百年頃の成立である。
したがって、釈尊の時代に最も近い時期に編纂された小乗経こそ、釈尊の説いた真実の仏教であり、大乗経は全て後世の弟子達の創作である″ というもので、つまりは、あくまでも想像による憶説にすぎない。
また、釈尊入滅と仏典結集の間が時間的にかなり隔たっているから、釈尊の説いたとおりの内容であるはずがない、との見方も、早計というべきであろう。
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大乗非仏論への反証
漢訳の『増一阿含経』の所説には、しばしば大乗仏教の影響がみられる。
たとえば
■ 舎利弗 まさに知るべし、如来に四の不可思議のことあり、小乗の能く知るところにあらず
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今日においても、時として異常な記憶力を持つ人が現われることがあるが、ましてや、いまだ文字による記録の手段を持たない時代の人々が、現代人には及びもつかない勝れた記憶力を持っていたであろうことは、容易に推測できる。
そうした時代の人々が、多数集まり、「是くの如く我れ聞きき」と言って、自らが記憶している仏の教えを出し合い、補完し合って編集するならば、釈尊の説いた経教の内容を、誤りなく文字にしてまとめることは、充分に可能なはずである。
また、さらに言えば、小乗経典と大乗経典の成立年代に関してであるが、その後の研究によって、小乗経典も、明らかに大乗経典より後代にまとめられた部分が多い、ということも判ってきている。
したがって、釈尊の時代に最も近い時期に結集された小乗経だけが仏説で、大乗経は後世の創作である、とする主張は、まったく意味をなさないのである。
なお、これは経典の内容から見た場合のごとであるが、個々の経典をただ較べて見ているだけでは、それぞれ、まったく異なる教えが説かれているようにしか見えないが、じつは、膨大な量の経典も、法華経を中心にして見直してみれば、小乗経も大乗経も、全てが一つの法門の一部分・一部分を構成している − つまり、仏教全体が一念三千の法門を説いている、ということが明らかに判る。
これは、仏教が、たしかに一人の仏によって説かれた教えである、との証明であり、大乗非仏説論を打ち砕くものである。
仏の真意である一念三千の法門も判らずに、昭和初期の学者の不完全な説に飛びつき、「小乗経のみが仏説である」などと知ったかぶりをする桐山のような者には、やはり、仏教者を名乗る資格はない。
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経典にもない成仏論
次に、「不成仏霊の霊障による悪因縁」 という考えについて破折する。
そもそも仏教では、個々の行ないによって善悪・苦楽の業が生ずる、という因果の理を説くものであって、「全ての不幸は、不成仏霊の霊障による」 などということは、阿含経はもちろん、どの経典にも説かれていない。
もちろん、現実に親・先祖から身体を分けて生まれてきている以上、少なからず影響し合うことは否定しないが、しかし、それによって善悪・幸不幸が決定されるものではない。
さらに、桐山は、
▼「護摩木に不成仏霊の名を書き、火に燃やせば、悪因縁が断ち切れる」
とか、
▼「悪因縁を全て断ち切った人を仏という」
などと言うが、いったい、経典のどこにそのような成仏論が説かれているというのか。
これまた、桐山の己義・創作以外の何ものでもない。
このように、阿含宗では、桐山のコジツケ理論により、成仏への修法を立てるのだが、もとより小乗の『阿含経』には、成仏するための法門はおろか、衆生が成仏できるということすら説かれていないのだから、羊頭狗肉もよいところである。
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金儲け目的のまやかし宗教
また、金儲けに余念のない阿含宗では、
▼「病気になるのは、先祖の霊障・悪因緑」
と教え、治らなければ、
▼「もっと護摩を焚け」
▼「もっと喜捨金を出せ」
とけしかける。
何かと金ばかりむしり取られて、いっこうに良くならないので、不信を起して教団から離れていく信者も多いようである。
しかも、桐山靖雄の妻はガンで亡くなっており、元信者達から「護摩の焚き方が足りなかったのか」などと揶揄される始末である。
ちなみに、桐山は信者の前で、密封された質問書に対し、封も開けずに回答してみせたり、あるいは、マッチ等を使わず、念力で護摩壇に点火してみせたりと、ミスター・マリックの真似事のような奇跡を演じ、自身が超能力者であることをアピールしてきた。
しかし、それらは全て、薬品の化学反応などを利用し、たトリックであることが、元信者らによって暴かれている。
【トリック1】
しっかり封をした、信者からの「御伺い書(質問書)」を、開封せずに超能力で透視して「御霊諭(返答)」を下す
これは、御伺い書の袋をアルコールにひたして中の文字を読み、アルコールはすぐに乾くのでもと通りになり、開封しなくても読むことができる、というだけのトリックでした。塚田康人という人が、この手品を桐山に教えたのだそうです。
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【トリック2】
護摩壇(ごまだん)に点火する際、火を使わず、桐山の念力で発火・点火させる「念力護摩」
これは、「無水クロム酸」という発火剤を使ったトリックです。奉書紙に道教の呪符(じゅふ)と梵字を書いたものを護摩壇の中央の炉の上に置くのですが、この梵字を発火剤で書いておくのです。ここに、散杖(さんじょう・護摩で使う道具)で水をかけると発火する、という仕組みです。つまり、いかにも桐山の念力で点火したように見える奇跡は、無水クロム酸と水による化学反応だったのです。
以上のように、桐山はどこまでも不純な「宗教詐欺師」と呼ぶべきです。過去の犯罪に対する真摯(しんし)な反省など、この教祖には微塵もありません。
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まったく、「まやかしも、ここに極まれり」と言う以外に言葉がない。
信者らには、不幸から脱したいなら、まずは桐山靖雄のまやかしを見抜き、速やかに阿含宗と縁を切ることが先決である″と言いたい。
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阿含宗
[創 立]昭和五三年四月八日
[創 始 者]桐山靖雄(管長)
[信仰の対象]真正仏舎利
[教 典]阿含経
[本部所在地]京都市山科区花山大嘩町一七−五
[信 者 数]三二一、二八三
名称の変遷
観音慈恵会(昭和二九年)
大日山金剛華寺観音慈恵会(昭和四二年)
阿含宗大日山金剛華寺観音慈恵会(昭和五三年)
阿含宗(昭和五六年)
【沿革】
阿含宗は、桐山靖雄が
▼「阿含経の教説を密教の方式で実践することにより、誰でも超能力を備え、仏陀になれる」と王張し、設立した教団である。
創始者桐山靖雄は本名を堤真寿雄といい、大正一〇(一九二一)年一月、横浜市神奈川区において四人兄弟の長男として生まれた。
両親が仕事の関係から千葉県流山に転居したため、真寿雄もここで幼少時代を過ごした。
昭和九年に単身で上京した真寿雄は、新聞販売店に住み込みながら神田三崎町の私立中学に通った。
しかし新聞配達と学業の両立ができず、やがて中途退学し、一五歳で出版会社に入社した。
同一四年、結核性の痔ろうとカリエスに罹り、房州上総の病院に入院した真寿雄は、精神的安心を得るために宗教書を読み漁り、自ら考案した瞑想法や数々の養生療法を試みたという。
戦後、退院した真寿雄は、弟たちとはじめた製粉機と精米機のヤミ販売で利益を上げ、さらに水産加工物販売にも手を広げた。
この頃、歯科医師の渡辺たちと結婚している。
まもなく水産加工物の事業に失敗した真寿雄は、多大な負債を抱え、債権者に強く責められて、父親の残した廃工場で首つり自殺をはかろうとした。
そこでたまたま目にした『般若心経』 『准胝観音経』等の経巻を読み、死ぬのを思い止まった。
このことがきっかけとなり、真寿雄は観音信仰に励む一方、運命学や因縁解脱などを学んだという。
同二八年八月、真寿雄は合成ビールを密造販売したことにより、酒税法違反と私文書偽造の容疑で逮捕され、翌二九年三月、第一審において懲役一年六カ月及び罰金五万円の実刑判決を受けた。
この判決を不服として控訴したが、七年後には有罪が確定し、真寿雄は習志野刑務所で約一年間服役した。
逮捕をきっかけに、一から出直すことを決意した真寿雄は、同二九年八月、横浜市鶴見区生麦の借家において「観音慈恵会」を設立し、母方の姓をとって自らの名を「桐山清雄」と改めた。
靖雄は主に、人生相談や運命鑑定を中心とした活動を展開するが、収入は少なく、家賃を滞納したため、立ち退きせ迫られた。
東京在住の会員を頼って転々としながら、靖雄は東京と京都・大阪・愛知・石川等を往復して会員を増やし、やがてそれらの地域に支部や道場を開設するまでになった。
この間、靖雄は断食・滝行などを行ずる一方、法華経などの大乗経典を学んだが満足できず、次第に密教に傾倒し、同三〇年一〇月には、姫路市の真言宗金剛院派本覚寺において得度し、僧籍を得たという。
同四二年、靖雄は「観音慈恵会」を「大日山金剛華寺観音慈恵会」と改称し、すでに開設した道場の中で唯一、加賀市の北陸道場だけが土地建物ともに教団の所有であったことから、同四四年八月に石川県において宗教法人を取得した。
翌年、靖雄は静岡県富士宮市天母台において、第一回「大柴燈護摩供」と称する世界平和祈願祭を行った。
これが後に、教団の最大行事となる「火の祭典 阿含の星まつり」のはじまりである。
また同五二年には、港区北青山や京都市内に瞑想道場「ニホン・メディテーションセンター」(後に求聞持スクールと改称)を開設した。
このころ、靖雄は「密教は成仏の修行法が観念化されているが、『阿含経』には『七科三十七道品』という真実の成仏法が説かれている」との考えにいたった。
同五三年四月、『阿含経』を根本経典とする「阿含宗」を立宗し、同年八月には教団名を「大日山金剛華寺観音慈恵会」から「阿含宗総本山大日山金剛華寺観音慈恵会」と変更した。
翌年四月、千代田区平河町に東京総本部道場を建設し、同五六年には石川県から京都府に宗教法人を移転するとともに、教団名を「阿含宗」と改称した。
同五八年には京都市東山区に関西総本部を完成させた。
同六一年、スリランカから「真正仏舎利」が贈与されたことにより、靖雄は本尊を従来の准胝観世音から「真正仏舎利」に変更した。
同六二年一月、教団の関連会社「光和食品」が、無許可の漢方薬を原料とした密教食を販売したことによって摘発を受け、元会長の清雄をはじめ営業部長ら七名が薬事法違反の罪でそれぞれ罰金二〇万円の略式命令を受けた。
平成二年、教団は布教の拠点として神戸に「メシア館」を、翌年は横浜に「占いの館・シャリーラ」を開設し、主に若者を対象にして密教占星術による占いやカウンセリングを行っている。
同三年月に教団は、京都市山科区に総本殿・釈迦山大菩提寺を建て本山とし、毎年二月に阿含の星まつを催している。
同年七月、教団は地球の守護仏と称して真正仏舎利を人工衛星に依頼し搭載した。
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【教義の概要】
靖雄は観音慈恵会以来、たびたび本尊を変更しているが、現在、教団が総本尊と称して祀っているのは「真正仏舎利」である。
清雄が過去ば立てた本尊には、
一、「大白身如来最勝金剛仏母准胝観世音」…観音慈恵会時代
二、「大白身如来最勝金剛仏母准胝観世音大菩薩」…昭和五三年の立宗時
三、「大日如来・釈迦如来・准胝如来の三身即一の如来」…昭和五四年二月の「大柴燈護摩供」(阿合の星まつり)で、火焔の中に姿を現した
四、「真正仏舎利」…昭和六一年にスリランカから贈られた釈尊の遺骨
などがあり、大日如来・釈迦如来・准胝如来の三身即一の如来は現在でも、一応本尊としている。
信者は、各家庭に御宝塔″と称する金属製の仏舎利塔を祀る。
この舎利塔には石が納められており、それは靖雄が七日間「真正仏舎利」の前で「舎利法」を修し、真正仏舎利と同等の功徳力が備わったとされるものである。
教団の所依の経典は、立宗以前は『准胝観音経』や『般若心経』であったが、立宗後は『阿含経』としている。
、
阿含宗では、人間自身には各自が前世から担ってきた「ヨコの因縁」と、祖先から受け継ぐ「タテの因縁」とがあり、そのタテとヨコの因縁が交わるところにカルマ(業)があると説明している。
そして、人間が不幸になる悪因緑は、執着や執念のために成仏できない「不成仏霊」、不成仏霊のなかでも特に怨念の強い「霊障のホトケ」によって引き起こされる。
さらに教団発行の『修行者座右宝鑑』には家庭衰退の因縁・二重人格の因縁・色情の因縁など、霊障によって形成される三七種の悪因緑を挙げている。
教団では、これらの霊障を取り除き、さまざまな悪因縁から解放され(因縁解脱)、自由自在の境地になるための実践法として、「成仏法」「如意宝珠法」「求聞持聡明法」
の三つを挙げている。
「成仏法」とは、『阿含経』に説かれる「七科三十七道品」である。
七科三十七道品とは、四念住・四正断・四神足・五根・五力・七覚支・八正道等の修行方法のことであり、靖雄はこれを「七つのシステムと三十七のカリキュラム」と称し、生者、死者の業を断ち、因縁解脱をして仏になるための実践法としている。
「如意宝珠法」とは、「真正仏舎利」(釈尊の遺骨)の力よって、願うままに福徳宝生が与えられ、因縁解脱成就へと導く法であるという。
「求聞持聡明法」とは、一人の記憶力を数倍にも高め超能力を与え、凡夫を天才にすると同時に、仏陀の悟りに至らしめる法であるとしている。
これらの修行法は、阿含経の教説に基づくとしながら、実践においては密教様式を採りいれたものである。
また、教団における行法は、観音慈恵会時代と立宗当時は、一日三、四〇分の行を欠かさず1000日間続ける准胝尊・因縁解脱千座行」が中心であった。
この行は、自己の悪因縁を断ち切る(因縁切り)ことを目的に行われた。しかし、立宗から八年後の昭和六一年にスリランカから贈られた仏舎利を本尊にしてからは、一日一〇分間程度の「仏舎利宝珠尊・解脱宝生行」と称する礼拝供儀を行うだけで、因縁切りと福徳宝生の功徳が備わるとしている。
信者は、「不成仏霊」を供養する「冥徳供養法」と「霊障のホトケ」を供養する「解脱供養法」を行う。
冥徳供養法は、管長の靖雄が供養した塔婆を自宅の舎利塔に置き真言を唱える。
そしてその塔婆を教団に返納し、毎月管長が供養を続けることにより「守護霊」を持つことができるとする。
「解脱供養法」は、管長が「霊障のホトケ」を探り出し、戒名・法名をつけ、そのホトケを完全解脱させるという。
その他に同教団には、教団運営のための奉仕活動や布教を行う「梵行」や自身の欠点や短所を消滅させる「戒行」、徳を積み福を伸ばすための「課行」という実践修行がある。
さらに教団は、土地や家の霊障を取り払う目的で、「土地浄霊法」「地鎮屋敷浄霊法」を行っている。
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【破折の要点】
本尊
根本尊崇 根本として尊崇すべきもの
本有尊形 元々遥かなる永遠の昔から尊い形相として存在していた
本来尊重 無始以来の過去より不動にして元より尊重すべきもの
● 靖雄は、本尊について
▼「教団を立てるとしたら、本尊の仏をきめなければならないが、それは、生身の釈迦とされる仏舎利以外あり得ない」(オウム真理教と阿含宗一四七)」と述べながら准胝観音を本尊とした。
教義・修行についても
▼「立宗時に、ある程度の教義が樹立されていたが、それが完成し、修行法までできあがるのには『熟成』の期間が必要である」 (同前・趣意)と述べている。
実際に、
昭和五三年四月の立宗以後、
八年もたってから
本尊を 准胝観音 から 真正仏舎利 に、
修行は 「准胝尊・因縁解脱千座行」 から 「仏舎利宝珠尊・解脱宝生行」 に変更 している。
つまり阿含宗は、立宗時に本尊・修行が決まっていなかった奇妙な教団である。
● 阿含宗では、立宗以来
「大白身如来最勝金剛仏母准胝観世音大菩薩」
↓
「大日如来(三身即一身)」
↓
「真正仏舎利」
等と本尊を変更している。
しかしいずれの本尊も、教団が依経とする『阿含経』には、本尊にせよ、とは説かれていない。
しかも変更した本尊に関する法義的一貫性はない。
実際、靖雄は
Q「やたらに本尊や教義を変えるものではない」
との質問に、
▼A「かれらは、『なぜそうしたか?』という理由など全然知ろうとせず、だた、本尊や教義は変えるものではないと、一方的に攻撃するのである。
私は、内心、かれらの無知を笑って一瞥もくれなかった」(オウム真理教と阿含宗一六二)
と答えていながら、その後も本尊の変更理由について一切の説明が行われていない。
これは靖推の単なる思いつきによる本尊変更の証左である。
● 靖雄は、真正仏舎利を
▼「これこそが真実の仏であり、仏教徒の総本尊」
と高言している。
ところが、この真正仏舎利なるものはたまたま入手できたに過ぎない。
靖雄自身が、舎利を入手した経緯を
▼「日本の某教団が舎利を受けることになり、その分骨式をスリランカの国家的行事として行ったが、相手の不都合により贈与が中止となった。
しかし国家的に分骨式を行った手前、従来仏舎利を蔵していた寺院にもどすことはできず、急速、阿含宗に贈与されることになった」(オウム真理教と阿含宗・取意)
と説明をしている。
阿含宗として立宗してから、偶然 たまたま 手に入れた舎利をもって教団の本尊に即座にしてしまういい加減な教団である。
● 靖雄は自分がかつて『法華経』等の大乗経典を用いていたときには、大乗非仏説を否定していた。
ところが、自ら『阿含経』を用いるようになってからは、釈尊の直説は唯一『阿含経』のみであると主張しはじめ、大乗経典は後人の「創作」「偽作」であると決めつけ、大乗非仏論を盛んに展開している。
しかし信徒には勤行において「般若心経」を読ませ、「阿含経」には説かれていない「三種真言」を唱えさせている。
靖雄の大乗非仏説論は極めて恣意的であり、その主張には一貫性がなく自己矛盾と欺瞞に満ちた邪論である。
● 靖雄は「自分の持つすべての悪い因縁(条件)をすべて無くしてしまった人を『仏』という」と述べ、独自の成仏論を主張している。
靖雄がいかに現世の成仏を強調しても、所依の経典である『阿含経』には、即身成仏の法門はまったく示されておらず、その主張は机上の空論にすぎない。
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「大乗非仏説」批判への反論としてよく出されるのが、
**初期仏教(いわゆる小乗系=上座部系)経典の中にも、大乗と共通する思想・表現・萌芽が見られる**という指摘です。
ここでは宗派的立場ではなく、**文献学・比較仏教学の観点**で、
* どの初期経典に
* どんな文言・思想が
* どういう意味で「大乗的」と言われるのか
を具体箇所ベースで整理します。
※「小乗」という語は本来は大乗側の呼称なので、学術的には「初期仏教経典」「ニカーヤ/阿含経典」と表現するのが中立です。
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# ?? 対象となる初期仏教経典群
大乗的萌芽が指摘されるのは主に:
* パーリ語ニカーヤ(上座部)
* 漢訳阿含経(説一切有部系など)
例:
* 長部(D?gha Nik?ya)
* 中部(Majjhima Nik?ya)
* 相応部(Sa?yutta Nik?ya)
* 増支部(A?guttara Nik?ya)
* 漢訳四阿含
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# @ 菩薩(ボーディサッタ)概念は初期経典に存在
大乗だけの専売ではありません。
## ■ パーリ経典中の「bodhisatta」
釈尊自身が成道前を語るとき:
> 「その時、私はまだ**菩薩(bodhisatta)であった**」
という定型句が何度も出ます。
### 出典例
* 中部経典 Ariyapariyesan? Sutta(聖求経)
* 増支部経典
### 意味
* 仏になる以前の修行者
* 成仏志向者
?? 後の大乗の「菩薩道」の核概念がすでに語彙として存在。
---
# A 一切衆生への慈悲(普遍救済志向)
## ■ 初期経典の慈悲思想
### 有名な経:
**メッタ・スッタ(慈経)**
> 「すべての生きとし生けるものが幸せであれ」
これは:
* 差別なき慈悲
* 無量の慈心
* 全存在への利益願望
?? 大乗の「一切衆生救済」と思想的に重なる。
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# B 六波羅蜜の原型がすでに存在
大乗の六波羅蜜:
* 布施
* 持戒
* 忍辱
* 精進
* 禅定
* 智慧
## ■ 初期経典では
完全な「六波羅蜜セット」はないが:
* 布施(d?na)
* 戒(s?la)
* 忍耐(khanti)
* 精進(viriya)
* 禅定(jh?na)
* 智慧(pann?)
が徳目として広く説かれている。
?? 構造的対応がある。
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# C 三十二相思想(仏身超越観)
仏の身体が:
* 三十二相
* 八十種好
を具えるという教説は、
* パーリ長部経典
* 漢訳長阿含経
にも出る。
?? 大乗の「超越仏身観」「法身思想」の基礎とされる。
---
# D 未来仏思想(弥勒)
## ■ 弥勒仏は初期経典に出る
* パーリ経典
* 漢訳阿含
両方に未来仏として登場。
?? 仏は一回限りではないという思想
?? 大乗の多仏思想の萌芽
---
# E 空に近い表現(無我・縁起の徹底)
大乗の空思想は:
> 無我+縁起の徹底展開
と見る学者も多い。
## ■ 初期経典の有名句
> 「これあるがゆえに、かれあり
> これ生ずるがゆえに、かれ生ず」
縁起法
?? 大乗中観の論理的基盤。
---
# F 無量心(四無量心)
初期経典:
* 慈
* 悲
* 喜
* 捨
を無量に修する。
?? 大乗の菩薩実践と極めて近い。
---
# G 仏の超人的理解
初期経典でも仏は:
* 人間以上の知
* 宇宙的洞察
* 他心智
* 神通
を持つ。
?? 後の大乗仏観へ発展可能な土壌。
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# ?? 学術的評価
仏教学では現在:
> **大乗は突然出現したのではなく、初期仏教の内部から漸進的に展開した**
という見解が主流。
つまり:
* 完全新作ではない
* 既存思想の拡張
* 実践理想の拡大
という理解。
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# ?? 注意
ただし:
* 大乗経典そのものの文言は初期経典には無い
* 「六波羅蜜」「空」「法身」などは体系化されていない
?? 「萌芽はあるが体系は後世」
というのが中立的評価です。
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阿含経の中で「大乗的思想の萌芽が見られる」と議論される代表的な**漢文原文箇所**を、実際の経文ベースで挙げます。
ここでは評価や宗派解釈ではなく、**テキスト上どこにその表現があるか**を示します。
対象は漢訳の四阿含:
* 長阿含経
* 中阿含経
* 雑阿含経
* 増一阿含経
(※大正新脩大蔵経版に基づく代表箇所)
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# @ 菩薩(成仏志向)の語が出る箇所
## ■ 長阿含経「大本経」
釈尊の過去世修行を語る場面:
> **爾時菩薩作是念:我今寧可求無上正真之道。**
意味:
> その時、菩薩はこのように思った。「私は今こそ無上正真の道を求めよう」
?? 「菩薩」が明確に仏道完成以前の修行主体として用いられている。
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# A 三十二相(仏身の超越性)
## ■ 長阿含経「三十二相経」
> **如來有三十二大人相。若在家者當為轉輪聖王;若出家學道,當成無上正真之道。**
意味:
> 如来には三十二の大人相がある。在家なら転輪聖王、出家すれば無上正真道を成ずる。
?? 後の大乗仏身論の基盤になる思想。
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# B 一切衆生への慈悲
## ■ 雑阿含経(慈心修習)
> **以慈心遍滿一方,乃至十方,無怨無嫉,廣大無量。**
意味:
> 慈しみの心をもって一方に満たし、十方に及ぼし、怨みなく妬みなく、広大無量にする。
?? 大乗の「無量慈悲」と構造が同じ。
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# C 四無量心(大乗菩薩行と共通)
## ■ 中阿含経
> **修慈、修悲、修喜、修捨,心廣大無量。**
?? 菩薩行の基礎徳目と一致。
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# D 布施徳の強調(波羅蜜の原型)
## ■ 増一阿含経
> **布施者,得福無量,不可稱計。**
意味:
> 布施する者は無量の福を得て、計り知れない。
?? 六波羅蜜の第一徳目に対応。
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# E 忍辱(忍耐徳)
## ■ 雑阿含経
> **若人行忍,是名第一安隱之法。**
意味:
> 忍を行ずる者、これを第一の安穏の法という。
?? 忍辱波羅蜜の原型とされる。
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# F 精進・禅定・智慧(六波羅蜜の構成要素)
## ■ 中阿含経
> **精進修行,專念不忘,得三昧,成就智慧。**
?? 六波羅蜜の後半三徳と一致する構造。
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# G 未来仏(弥勒)予言
## ■ 長阿含経「転輪聖王修行経」系統
> **當來世有佛,名彌勒如來。**
意味:
> 未来世に仏あり、名を弥勒如来という。
?? 多仏思想の萌芽。
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# H 縁起法(空思想の基礎とされる箇所)
## ■ 雑阿含経(縁起)
> **此有故彼有,此生故彼生;此無故彼無,此滅故彼滅。**
意味:
> これあるがゆえに彼あり、これ生ずるがゆえに彼生ず。これなきがゆえに彼なく、これ滅するがゆえに彼滅す。
?? 中観空思想の論理基盤と見られる。
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# ?? 学術的評価ポイント
仏教学の比較研究では:
* 菩薩語は既に存在
* 六波羅蜜の徳目は分散して存在
* 無量慈悲は明確に説かれる
* 仏の超越相は早期から確立
* 多仏思想の種子あり
と整理されます。
ただし重要なのは:
> **大乗の体系はまだ無いが、部品は既にある**
という評価です。
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もし必要でしたら、次は:
?? 大正蔵の巻・頁番号
?? 原文の前後文脈
?? パーリ対応箇所との対照
まで掘り下げて提示できます。どこまで詳細に出しますか?
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「**大乗非仏説**」への反論・反証は、宗派的立場・歴史学的立場・文献学的立場で論点が分かれます。ここでは感情論ではなく、**実際に提示されている主要な反論ロジックを体系的に整理**します。
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# ?? 大乗非仏説とは何か
主張の骨子:
* 大乗経典は釈尊滅後かなり後に成立
* 初期経典(阿含・ニカーヤ)に存在しない
* 文体・思想が発展しすぎている
* よって仏説ではない
これは近代仏教学(歴史文献学)で強く主張されました。
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# ?? それに対する主要な反論体系
反論は大きく **4系統** に分かれます。
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# @ 阿含・ニカーヤに大乗的要素が既に存在する反論
対象経典群:
* 阿含経
* パーリ・ニカーヤ
## 主張
大乗の核心要素は既に存在:
* 菩薩語の使用
* 無量慈悲
* 多仏思想
* 六波羅蜜の要素分散
* 仏の超越観
* 縁起=空の基礎構造
## 論点
> 大乗は突然の創作ではなく、初期仏教の展開形
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# A 仏説の定義そのものを再検討する反論
大乗側の重要論点:
> 「仏が語った言葉」=仏説ではない
## 仏教伝統の定義
仏説の基準:
* 仏の悟りに合致する
* 解脱へ導く
* 正法と一致する
これを **義理仏説論** と呼ぶ。
## 経典例
* 大智度論
* 瑜伽師地論
ここで:
> 菩薩・天・聖者が仏意に基づき説いた法も仏説
と定義。
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# B 秘密説法・深義説法モデル
## 大乗側説明モデル
釈尊は:
* 能力差に応じて法を説いた
* 深義は一部の菩薩にのみ説いた
* 後に顕現した
## 経典根拠として引用される代表:
* 法華経
* 華厳経
論理:
> 同時期に複層的説法があった
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# C 口伝保存の多系統性
歴史学的反論:
初期仏教は:
* 単一伝承ではない
* 多部派並立
* 口伝ルート多数
## 事実
* 上座部系
* 説一切有部系
* 大衆部系
それぞれ経典が異なる。
?? 「現存最古=唯一の正統」ではない。
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# D 文体後代化 ≠ 内容後代創作
非仏説論の弱点として指摘:
* 経典は翻訳時に文体が変わる
* 編集が入る
* 注釈が混入する
例:
* 漢訳経典は翻訳者の文体になる
* パーリも編纂済み形態
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# E 実践継続性の反論
大乗経典の教えが:
* 修行体系として機能
* 解脱体験を生む
* 菩薩実践が成立
という点をもって:
> 実証的に仏法性を持つ
とする実践論的反論。
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# F 中観・唯識の哲学的一貫性
大乗哲学:
* 龍樹
* 無著
* 世親
これらは:
* 縁起論の徹底展開
* 無我思想の深化
?? 初期仏教の否定ではなく展開。
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# G 近代仏教学も現在は単純否定していない
最新研究動向:
> 「大乗は仏説か否か」ではなく
> 「仏教運動の発展段階」
として理解する方向。
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# ?? 公平なまとめ
歴史学的事実:
* 大乗経典の成立は後代
* 逐語的仏説とは証明不能
反論側の論理:
* 教義の連続性あり
* 萌芽は初期経典に存在
* 仏説定義は逐語ではない
* 多系統伝承モデル
* 実践的妥当性
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■ 大乗非仏説 破折
大乗経非仏語説 反論 学者達の見解
大乗経非仏語説 破折のための要点
大乗非仏論反論 富士学報16 高橋慈豊師
→破折用・要点
大乗非仏説反論 富士学報16 細川明仁師
→破折用・要点
大乗非仏説反論 真言宗信者からの邪難破折
大乗非仏説に対する考察と反論・日蓮正宗・日顕上人
大乗非仏説に関して仏教史的な見地からの懐疑論
大乗非仏説に対する考察・一般
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**護摩(ごま)**の起源は、インドの古代宗教であるヴェーダ祭祀の**火供儀礼**にあります。仏教オリジナルではなく、**バラモン教 → ヒンドゥー教 → 密教 → 日本仏教**へと継承・変容してきたものです。
順序立てて説明します。
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# ?? 起源:古代インドの火祭祀
護摩の源流は、古代インドのヴェーダ宗教における火供(かく)儀礼。
## ■ 中心神格
* アグニ(火の神)
ヴェーダ祭祀では:
* 火は神と人間をつなぐ媒体
* 供物を火に投じることで神に届く
* 供物=穀物・酥(バター)・香木など
これを **ホーマ(homa)** と呼びます。
?? 護摩(ごま)はこの *homa* の音写。
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# ?? ヒンドゥー教での継承
ヴェーダ祭祀はその後ヒンドゥー教儀礼へ継続:
* 火中供養
* 真言と供物
* 願望成就祈願
* 災厄除去
ここで既に:
* 罪障焼却
* 浄化
* 願望実現
という意味づけが成立。
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# ? 仏教への導入(密教化)
初期仏教には火供儀礼はありません。
仏教に入るのは**密教成立期(4〜7世紀頃)**。
## ■ インド密教で採用
密教は:
* 既存のバラモン祭式
* マントラ
* 火供
を取り込み、仏教化しました。
ここで:
* 火=智慧
* 焼却=煩悩滅尽
* 供物=執着の象徴
という再解釈が行われます。
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# ?? 密教経典での体系化
護摩法が体系化されるのは密教経典:
* 『大日経』
* 『金剛頂経』
系統の儀軌(実践マニュアル)です。
特徴:
* 真言を唱える
* 特定の木片を投じる
* 本尊別に作法が違う
* 息災・増益・調伏など目的別
---
# ???? 日本への伝来
日本には9世紀に密教と共に伝来。
## ■ 主要伝来ルート
* 空海 による真言密教
* 最澄 による天台密教
以後:
* 真言宗
* 天台宗
* 修験道
で発展。
---
# ? 日本での発展形
日本では特に:
* 不動明王護摩
* 柴燈護摩(野外)
* 大護摩供
などに発展。
## ■ 本尊例
* 不動明王
* 愛染明王
* 毘沙門天
---
# ?? 意味の変化(重要)
| 時代 | 意味 |
| ----- | -------- |
| ヴェーダ | 神への供物送達 |
| ヒンドゥー | 願望祈願・浄化 |
| 密教 | 煩悩焼却・成就法 |
| 日本密教 | 修法・加持祈祷 |
---
# ? まとめ
護摩の起源は:
> **古代インドの火神アグニへの供犠(ホーマ)**
それが:
ヴェーダ祭祀
→ ヒンドゥー火供
→ インド密教
→ 中国密教
→ 日本密教(護摩)
へと発展したものです。
---
もし必要でしたら、
?? 最古のホーマ儀礼のヴェーダ原文
?? 密教儀軌の具体手順
?? 日本護摩壇構造の象徴解釈
まで詳しく解説できます。どこまで掘りますか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
**阿含経には「修行に護摩(火供)が必要である」とする教えはありません。**
むしろ逆に、**外的な火祭祀よりも内面的修行を重視する明確な記述があります。**
ここでは、阿含経の原典レベルで確認できる内容を、具体的な経文趣旨と代表箇所で示します。
対象経典群:
* 長阿含経
* 中阿含経
* 雑阿含経
* 増一阿含経
---
# ?? 阿含経の立場:火供修行を否定・再解釈している
阿含経では、バラモンの火供儀礼(=護摩の原型)に対して、
> **解脱は火祭ではなく、戒・定・慧による**
と繰り返し説かれます。
---
# @ 火祭祀では清浄にならないとする教え
## ■ 対バラモン祭祀批判の趣旨
多くの経で、
* 火に供物を投じる
* 動物供犠
* 火祭修行
では解脱できないと説きます。
代表趣旨:
> 外の火を焚くより、心の貪欲・瞋恚・愚痴を滅することが修行
---
# A 「真の火供」の再定義(内面化)
有名な型の教えがあります。
## ■ 内容要旨(阿含・ニカーヤ共通伝承)
釈尊がバラモンに対して:
> **外の火ではなく、内なる火を修せよ**
と説く。
三つの火:
* 貪欲の火
* 瞋恚の火
* 愚痴の火
これを消すことが修行である、という教え。
---
# B 漢訳阿含の対応趣旨例
## ■ 中阿含系の説法趣旨
要旨型表現:
> 祭祀・火供・呪術ではなく
> 正見・正念・正定によって清浄となる
(※経により文言差あり)
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# C 修行道の定義が明確に別
阿含経で繰り返される修行体系:
## 八正道
* 正見
* 正思惟
* 正語
* 正業
* 正命
* 正精進
* 正念
* 正定
ここに**護摩・火供・儀式修法は含まれない。**
---
# D 阿含経で肯定される修行
阿含経が一貫して強調:
* 戒律
* 禅定
* 観察
* 無常観
* 無我観
* 縁起観
儀礼ではなく心理修行。
---
# E 歴史的事実
護摩が仏教に入るのは:
**初期仏教より数百年後**
流れ:
ヴェーダ火供
→ ヒンドゥー儀礼
→ 密教
→ 仏教護摩
つまり:
> **阿含経時代にはまだ仏教護摩は存在しない**
---
# ? 結論
客観的に言えること:
* 阿含経に「護摩が修行に必要」という教えはない
* むしろ火祭祀依存を批判する教えがある
* 修行は内面的道徳・瞑想中心
* 護摩は後代密教の導入要素
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阿含宗では『三福業道』を説いています。
『人間改造の原理と方法』という本に詳しく糧あります。
『三福業道』とは阿含経の長部、衆集経、第五にかいてあると桐山さんが主張していますがウソです。
この『三福業道』を実践することは結局、「ご供養」をささげることだと桐山さんは主張していますがウソです。
この手法に多くの人がだまされたわけですね。

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桐山氏は阿含経の三供養品にある三福道こそが、在家信者に説かれた成仏法であると主張しています。
三福道は阿含宗の二つある根本経典の一つで、在家信仰の拠り所であり、根拠です。
この経典の重要性は『末世成仏本尊経』という名前を桐山氏がつけたことからもわかります。
だが、阿含経には三福道など存在せず、三福道という言葉自体が桐山氏の捏造です。
単に言葉を捏造しただけでなく、三善根の元々の意味とは正反対に用いています。
桐山氏の主張を見てみます。
『社会科学としての阿含仏教』に掲載されているのが下記の二つの経典です。
桐山氏は、三供養品には三福道と書いてある経典と(288〜289ページ)、三善根と書いてある経典(290ページ)の二種類があると主張しています。
次に漢訳経典を見てみましょう。
『國訳一切経 阿含部 8』にある三供養品のすべてです。
三供養品とは十からなる経典群を指します。
個々の経典には名前はなく、冒頭に「一」「二」…「十」といった番号をついているだけです。
三善根を説いた経典は、「二」(191頁)にあるのがわかります。
一方、三福道を説いた経典はどうでしょうか。
三善根と書いてある経典はあるが、三福道と書いてある経典はありません。
桐山氏は増一阿含経の三供養品であると指定しています(『末世成仏本尊経』254頁)。
増一阿含経の三供養品のすべてですから、この中に三福道があるはずです。
しかし、ありません。
いかにも似たような経典が二つあるかのように見せかけたのです。
つまり、三善根という言葉をただ三福道に置き換えたのではなく、一つの経典をまるごと捏造したのです。
阿含経に実在する『國訳一切経 阿含部 6』の経典と、桐山氏が捏造した経典を比較すると、単に三善根を三福道と置き換えただけでなく、文言が追加され、捏造されているのがわかります。
漢訳経典の原文
「是を阿難、この三善根は窮尽す可からず。涅槃界に至ることを得と謂ふなり」
桐山氏によって捏造された経典
「是を阿難、この三福道は窮尽すべからず、須陀?より阿那含に至り、五下分結を断ず。即ち涅槃界に至る三福道なり。」
桐山氏はかねてより大乗経典を偽経典として厳しく批判してきました。
ところが、その桐山氏本人が経典捏造に手を染めたことになります。
しかも、驚くべきことに、桐山氏は自らの経典捏造を堂々と本に書いています(『末世成仏本尊経講義』255頁)。
また、この書き加えは意味においても矛盾しています。
桐山氏は 「涅槃界とは完全解脱の境地」 と表題まで付けながら、経典に書き加えた文章では、須陀?から阿那含までと、完全解脱ではない境涯と解釈しています。
原文では、須陀?から阿那含までなど説いておらず、涅槃界というのだから、阿羅漢しか説いていません。
桐山氏がこのような矛盾した書き加えをしたのは、三供養品が在家に説かれた経典であり、在家は須陀?から阿那含までしか到達できないということの辻褄合わせをするためです。
だが、この経典は涅槃界とあるのだから、明らかに出家のために説かれた経典です。
桐山氏は経典に書き加えることが捏造であり、悪事であるという意識すらないことを示すのが次の一文です(『末世成仏本尊経講義』255ページ)。
上記で桐山氏は註解として、次のように記述しています。
▼福を受ける三つの道、方法、この場合の福とは霊性開眼して聖者になること。
一書には「三善根」「三福業」とあり。
阿含宗は「三福道」をとる。
また、「自須陀?至阿那含断五下分結」の十三句は、のちに述べる通りの理由により、同意の他の阿含経から取り入れた。
ここで、桐山氏は文言を他の経典から「取り入れた」と述べて、捏造したことを告白しています。
桐山氏は経典に書き加えることが捏造という宗教的な犯罪であるという意識すらないようです。
記述にはさらに首をひねるような、三福道の由来が述べられています。
それは、「三善根」と「三福業」のうちから「三福道」を採用したという記述です。
言うまでもなく「三善根」と「三福業」のうちから「三福道」を選ぶことはできません。
一見、三福道を三福業と書き間違えた単純ミスのように見えますが、実はここに桐山氏の捏造の元ネタが隠されています。
立宗前後に書かれた本には記述があります(『人間改造の原理と方法』210〜211ページ)。
運をよくする修行法として「三福業道」なるものがあると記述しています。
では、桐山氏のあげた長阿含経の衆集経の三福業道を見てみましょう(『『國訳一切経 阿含部 7』158ページ)。
三福業について書かれているのは、1〜2行目の次の文章です。
■ 復た三法有り。謂く、「三福業」、「施業」と「平等業」と「思惟業」となり。
ここには桐山氏のいう「三福業道」などなく、「三福業」です。
桐山氏は『人間改造の原理と方法』で、
▼ どんな修行法か?『三福業道』と名付ける修行法である。
と書いていますが、これ自体が捏造です。
衆集経には 「三福業」 はあっても、 「三福業道」 などという言葉はありません。
三福業に道を付けることで、特別な修行法であるかのように見せかけたのでしょう。
だが、三福業道は桐山氏の造語あり、捏造です。
桐山氏は、三福道ではなく三福業であることを百も承知だったから、「三善根」と「三福業」のうちから「三福道」を選んだなどと書いたのでしょう。
三福業 → 三福業道 → 三福道
と、まるで伝言ゲームのように捏造したことは明らかです。
三福業が三福道の元ネタであることは意味をみてもわかります。
桐山氏は三福業について次のように説明しています。
▼ 仏陀は、運のわるい修行者のために、運をよくする修行法を説いているのである。
衆集経の三福業は『國訳一切経 阿含部 7』に示したたった一文です。
三福業とは施、平等、思惟である、と説いているだけで、それらの解説すらもありません。
云何為三福業事。所謂布施、持戒、修行。是謂三福業事。
(これを三福業事という。いわゆる布施・持戒・修行である。)
ところが、桐山氏によれば、これが運をよくするための修行法であるというのです。
桐山氏は施だけを取り上げて、様々な施しをすることで運をよくするだという意味不明の記述をしています(『人間改造の原理と方法』212〜215ページ)。
仏教では運や運命など修行や信仰の対象ではありませんから、運に関する記述などもともと阿含経にあるはずもなく、衆集経にもありません。
桐山氏は経典そのものを引用せず、運を良くする修行法がさもあるかのように見せかけたのです。
そして、十年ほど後に、仏に供養すれば運がよくなり解脱するという三福道として、修行法の捏造へと発展させました。
桐山氏によれば、三福道も三善根も意味は同じであり、仏に供養するとその見返りに徳を授けてもらい、その徳によって解脱するという考えです。
しかし、仏教にはこのような教法は存在しません。
三供養品にある三善根には桐山氏のいうような意味はないからです。
三供養品にある三善根とは、貪・瞋・癡と呼ばれる根本煩悩をなくすことです。
この三つの根本煩悩から解放されたら解脱者、ブッダです。
つまり、三善根とは煩悩を断ち切るという仏教の目標や修行そのものを指す言葉です。
どこにも仏に供養して解脱を得るなどという意味はありません。
「三善根」 は煩悩を断ち切れという教えであり、
一方、「三福道」 は仏に供養してその見返りを得ようというのだから、欲望そのものです。
両者は正反対の意味です。
桐山氏は、三善根ではインパクトが弱いので、三福道といういかにも御利益のありそうな名前にすげ替えたのです。
以上、三福道を用いた桐山氏の捏造は次のようにまとめられます。
・三福道と書いてある別経典があるかのように経典を丸ごと捏造した。
・阿含経に存在しない三福道という言葉を捏造した。
・経典に文言を加筆して意味を歪めた。
・出家に説かれた経典を在家に説かれたかのように偽った。
・衆集経に三福業道という修行法があるかのように捏造した。
・衆集経の三福業が運を良くする修行法であるかのように嘘を書いた。
・三善根の本来の意味とは正反対の意味であるかのように歪めた。(「阿含経の捏造」HPより抜粋)
「運を好くする修行法」という意味合いを「善き行いをせよ」という阿含経に捏造を加えて強引にこじつけてしまったんですね。
ポイントはこの国訳一切経のどこにも載っていない阿含経“三福道”を未発見?の重要なお経だとして信者会員は毎日「読経・勤行」しているという事実ですw
阿含宗は阿含経を広めた事蹟によって世間や仏教学会に評価されたわけですが、お膝元の会員は捏造された桐山さんによって書かれた偽経を毎日読まされているわけです。
でも皆さん愉しそうですけどね…さかもと未明先生の泥沼不倫訴訟の記事が削除されていましたので、替りに掲載しました。
目的が心地よい響きだと手段はどうでもよくなってしまうんですよね。
それも集団でやれば無責任だし…2012年の社会も目が離せそうにありません。
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ご提示の文は、桐山靖雄(桐山靖雄)氏が引用しているとされる
> 『増一阿含経』「三供養品」
の一節とのことですが、結論から申しますと――
## @ そのままの文章は漢訳『増一阿含経』には存在しません
増一阿含経(大正蔵第2巻)を確認すると、
* 「三福道あり。窮尽す可からずして…」
* 「如来のみもとにおいて功徳を種う」
* 「正法において功徳を種う」
* 「聖衆において功徳を種う」
という**和文調に整えられた文章構造の原文は存在しません**。
漢訳は通常、
> 云何為三…
> 何等為三…
という定型で始まります。
また「三供養品」という品名は、現在伝わる『増一阿含経』(東晋・瞿曇僧伽提婆訳)には確認できません。
---
## A しかし「類似思想」は確かに阿含に存在します
### ?? 三宝に対する供養の功徳
阿含経には、
> 供養如来
> 供養法
> 供養比丘僧
が大福徳である、という思想は明確に存在します。
たとえば『増一阿含経』には
> 若有衆生供養如来…得無量福
という趣旨の文が複数箇所に見られます。
パーリ経典では
Anguttara Nik?ya に
> Buddha? sara?a?
> Dhamma? sara?a?
> Sa?gha? sara?a?
三宝への帰依・供養が無量功徳であると説かれます。
---
### ?? 「功徳を種う」という表現
漢訳阿含では
> 植諸善本
> 種諸善根
という語が使われます。
「功徳を種う」という**和訳表現に近い思想は存在しますが、語句そのものは一致しません。**
---
### ?? 須陀?から阿那含、五下分結
これらは確かに阿含に出ます。
* 須陀?(須陀?)
* 阿那含
* 五下分結
は『雑阿含経』『中阿含経』等に明確に存在します。
---
## B 問題点
桐山氏の引用文は、
1. 阿含の三宝供養思想
2. 三福業思想
3. 声聞四果の教義
を**編集的に再構成した文章**である可能性が高いです。
少なくとも、
> 「三福道あり。窮尽す可からずして、漸く涅槃界に至る」
という漢訳原文は確認できません。
---
## C 結論
? 三宝供養の思想 → 阿含に存在
? 善根を「種える」思想 → 阿含に存在
? 須陀??阿那含、五下分結 → 阿含に存在
? しかし提示文そのままの経文 → 確認できない
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・お坊さん達も、専修学院が出来てからは、今までの職業を辞めて、
青雲の志で、選ばれた(つもりで)法務部に入って、
何も得るところが無いのでは、とても気の毒です。
一部のお坊さんは、状況を悟ってか、すでに生臭状態になっているとの噂も聞きますが。
・愚問時報にしても、USで英語話さないので、信者から、
「愚問時報やってるのにどうして話せないのか」って質問したら、
「勉強しなきゃだめだ」とのご指導でした。
30年以上の大先達もこの時点で、そうだったのかと思ったらしです。
・それにしても気の毒なのは、独身を通してこられた女性のの方々です。
数十年、管長猊下を信じて、結婚して幸せな家庭が持てると思って
金をつぎ込んで、気が付いたら、50、60、70になっている。
最近は、特に管長猊下が言っていることに矛盾が多くても、
もう、アゴン以外の友人も少なく、立ち去るアテも、勇気も無い。
**九字を切る(くじをきる)**とは、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」
という九つの字(九字真言)を唱えながら、指や手刀で空中に縦横の線を切る作法のことです。
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## 起源
もともとは中国の道教に由来し、日本では修験道や密教系の呪法として伝わりました。
とくに山岳修行者である修験道(例:修験道)や、密教(例:天台宗、真言宗)の加持祈祷の作法に見られます。
---
## 九字の意味(一般的解釈)
| 字 | 意味(代表的な解釈) |
| - | ------------ |
| 臨 | 神仏の力が臨む |
| 兵 | 兵(エネルギー)を整える |
| 闘 | 悪と戦う |
| 者 | 修行者自身 |
| 皆 | すべて |
| 陣 | 陣立て・守護 |
| 列 | 整列 |
| 在 | 存在する |
| 前 | 目の前に |
※宗派によって解釈は異なります。
---
## 作法
一般的には:
1. 両手で印(九字印)を結ぶ
2. 空中に縦4本・横5本の線を切る(格子状)
3. 九字を唱える
これを「九字を切る」と言います。
---
## 目的
* 魔除け
* 邪気払い
* 自己防衛
* 精神統一
* 戦い・修行前の加持
中世では武士も戦場で行ったとされ、忍者のイメージとも結びついて広まりました。
---
## 仏教経典との関係
九字は密教系・修験系の呪法であり、
初期仏教経典(阿含経など)に「九字を切れ」という教えは見られません。
---
**阿含経に「九字を切る」という教義は存在しません。**
また、直接「九字」を名指しで否定する経文も当然ながら存在しません(九字は後代中国道教系の呪法で、原始仏教期には存在していないためです)。
---
## @ 阿含経に九字はあるか?
阿含経(例:長阿含経・中阿含経・雑阿含経など)に、
* 九字真言
* 印契を結んで空を切る作法
* 呪法による結界
といった教えは見当たりません。
九字(臨兵闘者皆陣列在前)は、中国道教由来で、
日本では修験道や密教に取り入れられたものです。
したがって、成立時代がそもそも合いません。
---
## A むしろ否定的な教えはあるか?
阿含経には、**呪術・占術・まじないへの依存を否定的に見る経文は存在します。**
代表的なのは:
### ■ 『梵網経』(阿含系の長部経典)
(パーリ仏典では D?gha Nik?ya 1)
ここでは、沙門・婆羅門が行うさまざまな
* 呪術
* 占い
* 護符
* 祈祷
* 方位や吉凶の判断
などを列挙し、それらを**低い生業(卑しい行為)**として退けています。
---
### ■ 阿含経全体の傾向
初期仏教の基本立場は:
* 解脱は戒・定・慧による
* 外的儀式や呪術で煩悩は滅しない
* 神秘的儀式よりも正しい見解が重要
という方向です。
したがって、九字のような
* 印を結ぶ
* 空間を切る
* 呪文で結界を作る
という行為は、**阿含経の修行体系には含まれず、思想的にも中心ではありません。**
---
## B まとめ
| 質問 | 結論 |
| ---------- | --------------- |
| 阿含経に九字はあるか | ない |
| 名指し否定はあるか | ない(時代的に存在しないため) |
| 呪術一般への態度 | むしろ距離を置く傾向 |
『長阿含経』
巻第二(大正蔵1巻 15頁付近)
遊行経(対応:大般涅槃経)
當以法爲師,當以律爲師。
また別経では、
不依於法,不依於律者,非我弟子。
(版本により若干異同あり)
法に依らず、律に依らぬ者は、我が弟子にあらず。
『長阿含経』
巻第十七
梵動経(大正蔵1巻 88頁付近)
※パーリ対応は『長部経典』第1経 Brahmaj?la Sutta
或為人?吉凶、占相、卜筮、推?日月星宿、占候災祥……
如是等種種邪命自活,沙門瞿曇所不為也。
吉凶を説き、相を占い、卜筮し、
日月星宿を推して災祥を占う……
これら種々の邪命による生活は、沙門瞿曇の行うところではない。
ここで明確に
占星術
日月星宿の運行による吉凶判断
卜筮
を**邪命(micch?-?j?va)**としています。
同じく『長阿含経』では、
不為看相、占夢、解鳥鳴、察星宿……
相を見、夢を占い、鳥の鳴き声を解し、星宿を察することを為さず。
ここでも星占い的行為を明確に退けています。
『長部経典』
Brahmaj?la Sutta より
nakhatta-vijja?…
upp?ta? nimitta? lakkha?a?…
nakhatta-vijj? = 星宿術(占星術)
nimitta = 吉凶兆候占い
これらを
tiracch?na-vijj?(畜生的学問)
と表現しています。
阿含経では、
星占い
吉凶判断
卜筮
災祥予言
は
邪命
低俗技芸
正道ではない行為
として退けられています。
これは明確です。