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▲  教義と実践

霊能 易占い 真言密教を混ぜ 
そこへ、釈尊(お釈迦様)最後の説法である『大般涅槃経』を根本の経典とし、この経典に説かれる「一切衆生・悉有仏性(いっさいしゅじょう・しつうぶっしょう)」の経文によって、誰もが仏性を有し霊能を具(そな)えていると定義し、その霊能を開発し霊位を向上させることによって「常楽我浄(じょうらくがじょう)」の歓喜の境涯(きょうがい)を顕(あらわ)すことができるとしています。
(仏性=霊能 と勘違い)
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  ▼ 間違いではありませんが、仏性=霊能ではありません。
より近い定義としては 仏性=良き個性 です。
私の経験上、 霊能 = 良き個性 ではないですし、
もし霊能=仏性なら私は真如苑を辞めます。
霊能者でも個性に問題がある方は非常に多いですし、真如苑を辞める霊能者もたくさんいます。

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   ★ → ▼「霊能者でも個性に問題がある人は非常に多い」  →  これこそ問題ではないか
本来正しい宗教ならば、修行を積んだ者達は、一部の例的な不徳も者もいようが、概ねは人徳が備わって、人からも尊敬される人格者になっていかなかったら、何のための宗教であろうか。
また、釈尊がそういう修行を積んだ者の中に「個性に問題のある人が非常に多い」宗教を認めるであろうか。

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朝夕に写真本尊に涅槃経読誦 

▲>さらに、教団では「三つの歩み」を信者に義務づけています。
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  ▼義務でも強制でもありません。

自主的に行うものでなければ意味なしとされています。
ただ、それが建前になってしまい、指導的立場の教徒が被指導的立場の教徒に反強制的に行わせるという事は事実としてあると思います。
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   ★ → だとすればそれも教団そのもののの宗教として歪んだ教義・本尊からくる人間性の破壊ではないか?



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