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● キリスト教矛盾(皮肉をこめて)
● エホバ破折
予言の墓場
性的虐待
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神の殺人命令
先住民カナンの人々の土地を、▼「神がわれわれの先祖にに与えると約束してくださった土地」 などという手前勝手な理由で侵略したのは、聖書の神の命令にしたがった 「神の民、イスラエル」
モーセ 女たちを皆、生かしておいたのか。
● ペオルの事件 神がイスラエル人 二万四千人 処刑
生存のための自衛の戦争ではなく、宗教的情熱によって正当化された宗教戦争であり、強欲な略奪戦争。
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● キリスト教の害毒
血塗られたキリスト教史
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宗教殺人の本質
殺人が神の命令によってなされるときは「正しい殺人」であると見なされる
● エホバの証人 神の殺人正当化
クリスチャンは神の殺人命令には、人間にはわからない深い神の理由があったに違いない、と正当化する
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神の残虐さ
「あなたのみどりごを取って岩になげうつ者はさいわいである。」詩篇137:9
詩篇137:8破壊者であるバビロンの娘よ、あなたがわれらにしたことを、あなたに仕返しする人はさいわいである。
「女が教えたり、男の上に立ったりすることを、わたしは許さない。むしろ、静かにしているべきである。」
撃て。あなたの目は惜しみ見るな。またあわれむな。老若男女をことごとく殺せ。
主は彼らに言われた、「宮を汚し、死人で庭を満たせ。行け」。
→ 暴虐・怒りのままの暴君
神が殺した人数
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▼ 神は一つの創造物 (人間)を欠陥物にしてしまったがゆえにすべての生き物を溺死させます
人であって、聖絶されるべきものは、贖われることはできない。その者は必ず殺されなければならない。
▼ そして: ジェプザー(Jephthah)、彼は自分の娘を神の食欲の為に丸焼きにしまた
神の命令でイスラエルの民を二万四千人殺害
紅海の海水でエジプト軍全滅
エジプト中の幼児殺し
▼ 神は奴隷制度を認可します
▼ 新約聖書も確かに奴隷制度に賛成しています
侵略・虐殺の奨励
▼ 奴隷を時間をかけて殴殺するのならば罪に問われない
報復と見せしめで絶対服従を強要する神
▼ 冒涜者、不敬者、思い上がり者は皆死刑
▼ 土曜日に働く者は皆死刑
▼ 安息日に薪を拾うと石で撲殺
▼ 処女を結婚前に失った少女、処女でも初夜に出血しない少女は石で撃ち殺す
▼ 処女膜が完全でない聖職者の娘は火あぶりの刑
▼ 月経中にセックスすると死刑
▼ 神は愚痴を言う民を焼き殺した
▼ 神は欲心の人々を殺す
▼ 神はモーセにミデアン人の大虐殺を命令する。
▼ 神は逆らった人々を地震や火事や疫病で殺す
▼ 神に逆らって歩むと神の復讐は七倍重く、疫病に苦しみ、敵の手に渡される
▼ 神の呪い:“あなたがたは自分の息子の肉を食べ、また自分の娘の肉を食べるであろう。
▼ 神はある民族(女たち子供を含む)の全虐殺を手伝う
煉瓦造りの炉で焼き殺す → 変造
▼ ダビデの人口調査に反対の立場である神は七万人の男性を(女性と子供は別)天使に殺させる
▼ 神の天使は一晩で185,000人を殺す:列王紀下 19:35
“あなたの嬰児を取って岩に投げ打つ者は幸いです!”詩篇. 137:9.
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● イエスが旧約の残虐行為を正当化している箇所
▼ 天国にいる敬謙なキリスチャンは地獄で拷問される人々を見て大喜びする:ヨハネの黙示録. 19: 1-9.
▼ 人類のほとんどは地獄へ行かなければならない:
▼ 神の存在を認めない人は皆 神から報復される
▼ 他人をばか者呼ばわりする者は地獄の火に
▼ イエスを信じている者は病人に手を置けば癒される? 実際そうなっていはいないではないか。マルコによる福音書 16:16
▼ 神はわざわざ人がサタンを信じるように迷わすために仕組み、それで迷って神を信じなかった者を地獄に落す:テサロニケ人への第二の手紙.
2:11, 12.
▼ 神は人が地獄から救われない様にわざと人の“心をかたくなになさった
▼ 報復欲をぶちまける神の最後の行動
▼ 神の徹底した残虐性 ヨハネの黙示録
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新約聖書は激しい復讐心にかき立てられて書かれた<復讐の書>
自分たちの教えに反逆する者は、最終的に殺されて当然、神の目から見て正しい、とするオウムの考えは、新約聖書(キリスト教)の教えそのもの
ヨーロッパ人のキリスト教徒によるアメリカ大陸の侵略・植民地化征服
インディアスの破壊についての簡潔な報告
ローマ教皇 アレキサンデル六世の「贈与大勅令」
神の命令は狂気としか言いようがない
ユダヤの神は、わけのわからない魔物である。
モーセとヨシュアの愚行こそが、後のキリスト教の暗黒史を作ってしまった原因の大きな一つ
キリスト教徒による暴挙は過去形ではなく現在進行形
モーセとヨシュアが、神の命令で、「侵略」「虐殺」「略奪」を働いたその愚行が、後のキリスト教徒にとって、大きな手本・見本になっている。
異端狩り 異教徒狩り 魔女狩り 布教という名の他国への侵略行為 黒人奴隷貿易 キリスト教は惨憺たる惨劇をもたらしてきた
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● 復活したイエスが顕現する部分は後から加えられた
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エホバ関連
聖書との矛盾
予言の外れくじのゴミ箱
1975年の予言墓場
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児童性的虐待
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キリスト教の矛盾(皮肉)
○ 神さまは全知全能なのに、なんでサタンが裏切る事を阻止できなかったのか。だいたい、裏切ると分かってたのなら最初から造らなきゃいいのに。
○ そもそも、食べては行けない知恵の木の実をなんでエデンの園に植えたのか。
そんな危険なものを側において、無知な人間が食べたからといって果たしてそれはアダムとエバの罪なのか。むしろ、神さまが保護者として監督不行届なのでは。。。
○ 神との契約(旧約)は(人類代表とはいえ)ユダヤ人と神との間に交わされたもので、他の民族はそれを守らなかったという理由で罰せられるいわれはない。なぜなら、他の民族はユダヤ人を人類代表と認めていなかったし、それを信頼できるだけのちゃんとした説明を受けていなかった。
○ 殺してはいけないという、神さまが一番人を殺してる。 なぜ神だけ殺人を許されるのか?
○ キリストは「全てを許せ」と教えるが、聖書の神さまは自分に逆らった人間は大抵町ごと滅ぼしている。
○ 「盗むな」といってるのに、ユダヤ人にエリコの人たちを全滅させてカナンの地を盗ませた。
○ 「姦淫するなかれ」といっているのに、自分でヨセフの婚約者を孕ませた。(マリアのこと)
○ 紅海を割ることは出来ても、モーセたちを一瞬でカナンの地へ連れて行く事は出来ない。
○ 自分の子は三日で甦らせるが、自分の子供が生まれたせいでローマ皇帝に殺された赤ちゃんたちはそのまま。
○ 地球を七日で造ることが出来ても、未だにユダヤ人の国を造ることが出来ない。
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神の殺人命令
神がイスラエルの民に与えたとされるカナン人の土地への侵略に関するモーセの教えと彼の後継者ヨシュアの実践を示す部分は、聖書において神が殺人と略奪を命令するもっとも典型的な例。
▼ 『あなたの神、主が、あなたの行って取る地にあなたを導き入れ、多くの国々の民、ヘテびと、ギルガびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、ヒビびと、およびエブスびと、すなわちあなたよりも数多く、また力のある七つの民を、あなたの前から追い払われる時、すなわちあなたの神、主が彼らをあなたに渡して、これを撃たせられる時は、あなたは彼らを全く滅ぼさなければならない。彼らと何の契約もしてはならない。彼らに何のあわれみも示してはならない。』
(申命記7章1?2節)
▼『ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、降伏を勧告しなさい。もしその町がそれを受諾し、城門を開くならば、その全住民を強制労働に服させ、あなたに仕えさせねばならない。しかし、もしも降伏せず、抗戦するならば、町を包囲しなさい。あなたの神、主はその町をあなたの手に渡されるから、あなたは男子をことごとく剣にかけて撃たねばならない。だだし、女、子供、家畜、および町にあるものすべてあなたのぶんどり品として奪い取ることができる。あなたは、あなたの神、主が与えられた敵のぶんどり品を自由に用いることができる。このようになしうるのは、遠くはなれた町々に対してであって、次に挙げる国々に属する町々に対してではない。あなたの神、主が嗣業(※相続地)として与えられる諸国民の民に属する町々で息のある者は、一人も生かしておいてはならない。ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたように必ず滅ぼし尽くさねばならない。
(申命記20章10?17節)
▼七度目に、祭司が角笛を吹き鳴らすと、ヨシュアは民に命じた。「ときの声をあげよ。主はあなたたちにこの町をあたえられた。町とそのなかにあるものはことごとく滅ぼしつくして主にささげよ。(中略)金、銀、銅器、鉄器はすべて主に捧げる聖なるものであるから、主の宝物蔵に収めよ。角笛が鳴り渡ると、民はときの声をあげた。民が角笛を聞いて、一斉にときの声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した。彼らは、男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ろばに至るまで町にあるものはことごとく剣にかけて滅ぼしつくした。
(ヨシュア記6章16?21節)
▼主はヨシュアに言われた。「おそれてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も周辺の土地もあなたの手に渡す。(中略)その日の敵の死者は男女合わせて一万二千人、アイの全住民であった。ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった。
(ヨシュア記8章1?26節)
▼ヨシュアは命じた。「洞穴の入り口を開け、あの五人の王たちを洞穴からわたしたちの前に引き出せ。」彼らはそのとおりにし、エルサレム、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロンの五人の王を洞穴から引き出した。五人の王がヨシュアの前に引き出されると、ヨシュアはイスラエルのすべての人々を呼び寄せ、彼らと共に戦った兵士の指揮官たちに、「ここに来て彼らの首を踏みつけよ」と命じた。彼らは来て、王たちの首を踏みつけた。ヨシュアは言った。「恐れてはならない。おののいてはならない。強く雄々しくあれ。あなたたちが戦う敵に対しては主はこのようになさるのである。」ヨシュアはその後、彼らを打ち殺し、五本の木にかけ、夕方までさらしておいた。
(ヨシュア記10章22?26節)
▼ヨシュアは全イスラエルを率いてマケダからリブナへ向かい、これを攻撃した。主がこの町も王もイスラエルの手に渡されたので、剣を持って町を撃ち、その住民を一人も残さなかった。
(中略)主がラキシュをイスラエルの手に渡されたので、二日目には占領し、剣を持って町の住民を全て撃ち、リブナと全く同じようにした。
(中略)ヨシュアは全イスラエルを率いてラキシュから更にエグロンへ向かい、陣を敷いてこれと戦い、その日のうちに占領し、剣を持って町を撃ち、全住民をその日のうちに滅ぼし尽くし、ラキシュと同じようにした。
(中略)ヨシュアはさらに、全イスラエルを率いてエグロンからヘブロンへ上り、これと戦って、占領し、剣をもって王と町全体を撃ち、全住民を一人も残さず、エグロンと同じようにした。かれはその町とその全住民を滅ぼし尽くした。
(中略)ヨシュアは、山地、ネゲブ、シェフェラ、傾斜地を含む全域を征服し、その王たちを一人も残さず、息のある者をことごとく滅ぼし尽くした。イスラエルの神、主の命じられたとおりであった。
(中略)ヨシュアがただの一回の出撃でこれらの地域を占領し、すべての王を捕えることが出来たのは、イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたからである。
(中略)これらの町々のぶんどり品と家畜はことごとく、イスラエルの人々が自分たちのために奪い取った。
彼らはしかし、人間をことごとく剣にかけて撃って滅ぼし去り、息のある者は一人も残さなかった。
主がそのしもべモーセに命じられたとおり、モーセはヨシュアに命じ、ヨシュアはそのとおりにした。主がモーセに命じられたことで行わなかったことは何一つなかった。(ヨシュア記10章29節?11章15節)
● 神はモーセとヨシュアに殺人と略奪を命令し、モーセとヨシュアがその命令に従順にしたがって、殺人と略奪をおこなったことが、ここには誇らしげに記録されている。
これらの例は、キリスト教とユダヤ教の聖典であり、また「神の言葉」として現在も多くの信者に崇められている、「永遠のベストセラー」聖書の神の殺人命令のほんの一部にすぎない。
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↑
あるクリスチャンの正当化。
▼「モーゼの時代には、戦争をして相手を殺さねばイスラエル人が殺される状況だったのである。」
→ 出エジプト記 や 申命記 や ヨシュア記 や 民数記 を読めば明らかなように、そもそも、先住民カナンの人々の土地を、
▼「神がわれわれの先祖にに与えると約束してくださった土地」 などという手前勝手な理由で侵略したのは、聖書の神の命令にしたがった 「神の民、イスラエル」 だったのであり、自己防衛を強いられたのはイスラエル人に侵略されたカナンの地の人々だったというのが、繰り返し繰り返し語られている聖書の記述。
更に以下の記述 → 聖書の神の殺人命令が自己防衛などではなかったことはあきらか。
▼ モーセは、戦いを終えて帰還した軍の指揮官たち、千人隊長、百人隊長に向かって怒り、かれらにこう言った。「女たちを皆、生かしておいたのか。ペオルの事件は、この女たちがバラムにそそのかされ、イスラエルの人々をヤーヴェに背かせて引き起こしたもので、そのためにヤーヴェの共同体に災いが下ったではないか。直ちに、子供たちのうち、男の子は皆、殺せ。男と寝て男を知っている女も皆、殺せ。女のうち、まだ男と寝ず、男を知らない娘は、あなたたちのために生かしておくがよい。」
(民数記 31章14?18節)
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● ペオルの事件 モーセに率いられたイスラエル人たちがシティムという所に滞在していたとき、その土地のミディアン人の女性たちが、イスラエルの民たちを食事に招いて、その地方の宗教であったバアル神を拝む儀式に参加させたことに端を発している。
イスラエル人がこのようにして他宗教の神を拝んだので、聖書の神ヤーウェは怒り、モーセに対して、イスラエルの「民の長たちをことごとく捕らえ、主の御前で彼らを処刑にし、白日の下にさらしなさい」
と命じ、モーセは裁判人に対して、「おのおの、自分の配下で、ペオルのバアルを慕ったものを殺しなさい」という厳しい粛正を命じた。
この粛正事件で、2万4千人のイスラエル人が処刑されたと記録されている、それが、ペオルの事件。(民数記25章)
25:1イスラエルはシッテムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと、みだらな事をし始めた。 25:2その娘たちが神々に犠牲をささげる時に民を招くと、民は一緒にそれを食べ、娘たちの神々を拝んだ。 25:3イスラエルはこうしてペオルのバアルにつきしたがったので、主はイスラエルにむかって怒りを発せられた。 25:4そして主はモーセに言われた、「民の首領をことごとく捕え、日のあるうちにその人々を主の前で処刑しなさい。そうすれば主の怒りはイスラエルを離れるであろう」。25:5モーセはイスラエルのさばきびとたちにむかって言った、「あなたがたはおのおの、配下の者どもでペオルのバアルにつきしたがったものを殺しなさい」。
このため、イスラエルの神ヤーヴェは、モーセに次のように命令。
▼「ミディアン人を襲い、彼らを撃ちなさい。彼らは、おまえたちを巧みに惑わして襲い、ペオルの事件を引き起こした」からだ。
この神の命令に従って、モーセが、「あなたたちの中から、戦いのために人を出して武装させなさい。ミディアン人を襲い、ミディアン人に対してヤーヴェのために報復するのだ」(民数記31章1?3節)、と命令して起きたのが、この戦争。
軍隊が女や子供を殺すことには躊躇したのか、モーセの軍隊は女や子供は殺さないで帰ってきた。
ところが、そのために、「女たちを皆、生かしておいたのか」とモーセは大変怒った。
それで、「男と寝ず、男を知らない女」は自分たちのために捕虜にし、他はすべて、女も子供も殺せ、と再命令した。
そして、最後に分捕り品が山分けされる。
▼モーセと祭司エルアザルは主がモーセに命じられたとおりにした。
分捕ったもの、すなわち兵士が略奪したものの残りは、羊六十七万五千匹、牛七万二千頭、ろば六万一千頭、人は、男と寝ず、男を知らない女が全部で三万二千人であった。
戦いに出た者の分け前は、その半数であって、羊の数は三十三万七千五百匹、その羊のうち、主にささげる分は六百七十五匹、・・・人は一万六千人、そのうち主にささげる分は三十二人であった。
・・・部隊の指揮官である千人隊長、百人隊長がモーセの前に進み出て、言った。「・・・わたしたちは、めいめいで手に入れた腕飾り、腕輪、指輪、耳輪、首飾りなど金の飾り物を捧げ物として主にささげ、主の御前に、わたしたち自身のあがないの儀式をしたいのです。」モーセと祭司エルアザルは、彼らから金の飾り物をすべて受け取った。
それらはよく細工されたものであった。・・・モーセと祭司エルアザルは、千人隊長と百人隊長から金を受け取り、臨在の幕屋に携えて行って、主の御前に、イスラエルの人々のための記念とした。
(民数記31章31?54節)
→ 生存のための自衛の戦争ではなく、宗教的情熱によって正当化された宗教戦争であり、強欲な略奪戦争。
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害毒 考察
→ 神の名の下に、大量殺人も正当化される → 正義の名の下に、殺人の正当化 → 主観的な「正義」により、他者を排斥・絶滅
→ キリスト教の神を信じない者は 悪魔・サタンに誑かされている者・民族 → 滅ぼしていい。→ 独善性・排他性を強く持つ
→ サディスティック・ヒステリック な凶暴な人格形成
→ キリスト教では表面上博愛を説く。その内面・裏面では、このように凶暴で残酷な神 → 二面性・偽善者・二重人格
→ 神が人間を造った → 神だけが人間の生き死にを自由にできる → 支配者 対 被支配者 という概念 → 信仰者内にも 支配者 被支配者 の概念と関係が生まれる。 → 教団・教会内や信仰家庭内でも 支配者 被支配者 の関係が生まれ、 支配者は被支配者へ 神がした如くの 強圧的で尊大、そして理不尽な暴力や絶対服従の圧力をかける傾向が生じる。
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キリスト教史
聖書の神自身が殺人や戦争や略奪を命令 → キリスト教史において、殺人 や 戦争 や 侵略 が 宗教的に容易に正当化されてきた。
● 十字軍戦争
● 宗教戦争
● 宗教裁判
● 異端狩り
● 魔女狩り
● 植民地拡大政策
● 新大陸侵略
● 免罪符 カトリック教会の腐敗堕落
● 科学の弾圧
● ローマ法皇 が、当時の強国「ポルトガルとスペインに対して世界を二分することを許した」ことはよく知られている事実。
南米大陸で、東側(ブラジル)がポルトガル言語圏となり、西側(ブラジル以外の国)がスペイン言語圏としておさまっているのは、そのため。
・・・・これに比べたらオウム真理教などが犯した罪の量などほんの微々たるもの。
● 北米大陸へ移住してきたピューリタンたちは、先住民たるアメリカン・インディアンたちを虐殺して、合衆国を建設してゆく過程のなかで、しばしば自分たちをモーセやヨシュアに率いられてカナンに侵入していったイスラエル人になぞらえて、自分たちをあたらしい神の選民「新イスラエル人」と自称して、新国家建設(先住民文明壊滅)にいそしんだ。
▼ 『主はわたしたちの神であり、主の民であるわたしたちのなかに臨在されることを喜ばれ、わたしたちの行く手に祝福を与えられるのだから、今まで以上にわたしたちは主の知恵と力と善と真理を見るであろう。わたしたちのうちの十人が、千人もの敵を相手にすることが出来るのを見るとき、また、わたしたちの植民地の成功を見て人々が「主よ、ニューイングランドのようにして下さい」と賛美と栄光を表白するようになるとき、わたしたちはイスラエルの神がわたしたちのなかに臨在されることを見いだすであろう。なぜなら、わたしたちは「丘の上の町」だからだ。全世界の人々の目がわたしたちに注がれていて、もし始められたこの仕事に関してわたしたちの神に不忠実であれば、神はわたしたちから去ってしまわれるのであり、わたしたちの物語は世界中に言葉によって知られるようになるからなのだ。
(ジョン・ウインスロップ、マサチューセッツ・ベイ植民地の初代総督)
▼「わずか十人で千人の敵(先住民)をやっつけることができるとき、神が自分たちの中に臨済していることがわかるであろう、そこに、「主の知恵と力と善と真理」を見るであろう」
アメリカ合衆国の国造り(先住民文明壊滅)の始まり。
キリスト教史における頻繁な 宗教殺人 や 宗教戦争 → 「本来のキリスト教の教えに背いて行われた」などと、言い訳がなされる。
が
聖書の神自身が殺人や戦争を命令する。↑の言い訳は不可。
キリスト教史における頻繁な宗教殺人や宗教戦争は、聖書の教えに背くどころか、むしろ聖書の教えに忠実であったがゆえになされた。
▼ [世界の悪は]、 我々が、それに全力で反対するよう、聖書と主イエスに命じられている。
(ロナルド・レーガン、米国大統領)
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宗教殺人の本質
▼「キリスト教は「愛と平和」の宗教なのではないか、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」、という非暴力の宗教なのではないか、「汝の敵を愛せよ」という無条件の愛の宗教なのではないか。」
宗教殺人の本質 殺人が神の命令によってなされるときは「正しい殺人」であると見なされる
参考資料
● 統一教会
モーセがエジプト人を殺したという事実は、神の摂理を知らない人は誰でも悪だというであろう。しかし、復帰摂理の立場で見ればそれは善であった。そればかりでなく、イスラエル民族が何の理由もなくカナンの地へ侵入して数多くの異邦人を全滅させたという事実も、神の摂理を知らない立場から見れば悪であるといわざるを得ない。しかし、これもやはり、復帰摂理
[神の救済史観] の立場から見れば善であったのである。カナン民族のなかに、イスラエル民族よりももっと良心的な人がいたとしても、当時の彼等はみな一律にサタンの側であり、イスラエルは一律に天の側であったからである。
(『原理講論』542頁)
● エホバの証人
時は西暦前1473年です。光景は最も劇的で、スリルに満ちています。モアブの平原に宿営を張ったイスラエル人たちは、約束の地カナンに入る態勢を整えています。ヨルダンの対岸のその地域には、無数の小王国があり、それぞれが自ずからの軍隊を擁しています。それらは相互に反目し、多年にわたるエジプトの腐敗した支配によって弱体化しています。それでも、イスラエルの国民にとって、彼らの抵抗は手ごわいものがあります。その地を従えるためには、エリコ、アイ、ハツオル、ラキシュなど、城壁で防備を固めた都市を取らねばなりません。前途には難しい時期が控えています。決定的な戦いを行ない、しかもそれに勝たねばなりません。エホバご自身がその民のために強力な奇蹟をもって進んで行かれます。それは、彼らをその地に定住させるというご自分の約束をなし遂げるためです。疑いもなく、ご自分の民に対するエホバの数々のご処置のなかでも特に際立ったこれら興奮させる出来事はどうしても記録にとどめなければなりません。
(『聖書全体は神の霊感を受けたもので、有益です』42頁)
この二つの例は、それぞれ、前者が「世界基督教統一神霊協会」(統一教会)、後者は「エホバの証人」という、現代新興キリスト教の教派がおおやけに発表している教理です。彼らは、よく知られているように、他の既存のキリスト教信者から異端視され、極度に嫌われながらも、むしろそのことに誇りさえ持っているような人たちですが、おそらくそのため、彼らの教えが一般社会の人々に受け入れらやすいかどうか、というような考慮から比較的自由な立場で発言することができるのでしょう、神による殺人命令という、一般の日本人にとっておそらくきわめて不人気な聖書の教えでさえも、このように正直に公言しています。
ところが、一般信者を躓かせはしないかどうか、社会からつまはじきにされはしないかどうか、というようなことに気を使う既存のキリスト教会の聖職者(牧師や神父)たちは、とくに日本ではそうであろうと思われますが、聖書のこの部分を語りたがりません。つまり、この部分が誰かによって問題として取り上げられない限り、彼らが自分たちから率先してこの部分を語ることは決してないのです。それは、彼らの書く聖書入門書や解説書に、この神の殺人命令に深く言及するものがないことから明らかです。最初は、聖書の魅力的な部分だけに注目させておき、聖書を否定できないほどの心理状況、つまり、自分の救いは聖書の教え以外にはないという状態に信者がなったあと、もし必要ならば、しかたなくそのことに言及する、というのが、現代キリスト教のこの問題に対する処理の仕方と言えるでしょう。
しかし、問いつめられれば、伝統的クリスチャンも、やはり、モーセやヨシュアに対する殺人命令を神の命令として認めざるをえません。たとえば、米国ノースカロライナ州のサザン・エバンジャリカル神学校の二人の学者、ノーマン・ガイスラー博士とトーマス・ハウイ助教授による最近の共著『When Critics Ask(聖書批判に答える)』という本で、彼らは、カナン人の住むエリコの町をヨシュアたちが完全に壊滅させたことが道徳的に許されるか、という批判に答えて、次のように述べています。
ヨシュアとイスラエルの民は、神の直接の命令に従って行動したのであって、自分勝手な行動をしたのではありません。確かにエリコの壊滅はイスラエルの軍隊によってもたらされました。しかし、イスラエルの軍隊は単なる正義の道具にすぎないのであって、そこに住んでいた人々の罪を罰するために、全地上の最高裁判官である神によって使用されただけなのです。従って、彼らのやったことの正当性を疑う者は神の正義を疑うことになるのです。(Norman Geisler and Thomas Howe, When Critics Ask, SP Publications, p138)
信仰者にとって、善悪の基準が先にあって、その規準に従って善なる神があるのではなく、むしろ、神が先にあって、その神の命令が善悪の基準となります。したがって、信仰者にとって、神の殺人命令が善となるのは論理的必然です。クリスチャンはしばしば、神の殺人命令には、人間にはわからない深い神の理由があったに違いない、と正当化しますが、まさにその「普通の人間にはわからない深い神の理由」によって、オウムの信者は殺人命令を実行したのです。
殺人は一般社会では犯罪であり、許されないことですが、かならずしも教義上では許されない行為ではありませんでした。麻原の心は「四無量心」そのものであって、すべて見切ることができるが故に、「真の愛」「真の哀れみ」を発揮できる、それ故いかなる時代でも、いかなる社会でも、それに束縛されない「普遍の善」を実践できるということだったのです。(林郁夫『オウムと私』402頁)
どんなに自分では殺人は良くないことだと個人的には思っていても、信仰者は、信仰者であるがために、ありとあらゆる方法を考えて、かならず「神の言葉」(と彼らが信じている超越的な権威)の方を正当化しようとするものです。「敵を愛せよ」と教えるクリスチャンが、聖書の神の殺人命令を否定することに、いかに非力であることか! その事実に宗教殺人の本質を理解する鍵があります。信仰の原理、すなわち、人間的な判断よりも上位にあると考えられている神の意思を先行させる考え方、その信仰の原理が神の殺人命令を正当化するのです。
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聖書の残酷・残忍性
「あなたのみどりごを取って岩になげうつ者はさいわいである。」
詩篇137:9
137:1われらはバビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した。
137:2われらはその中のやなぎにわれらの琴をかけた。
137:3われらをとりこにした者が、われらに歌を求めたからである。われらを苦しめる者が楽しみにしようと、「われらにシオンの歌を一つうたえ」と言った。
137:4われらは外国にあって、どうして主の歌をうたえようか。
137:5エルサレムよ、もしわたしがあなたを忘れるならば、わが右の手を衰えさせてください。
137:6もしわたしがあなたを思い出さないならば、もしわたしがエルサレムをわが最高の喜びとしないならば、わが舌をあごにつかせてください。
137:7主よ、エドムの人々がエルサレムの日に、「これを破壊せよ、これを破壊せよ、
その基までも破壊せよ」と言ったことを覚えてください。
137:8破壊者であるバビロンの娘よ、あなたがわれらにしたことを、あなたに仕返しする人はさいわいである。
詩篇137:1-8
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「女が教えたり、男の上に立ったりすることを、わたしは許さない。むしろ、静かにしているべきである。」 → 女性差別・女性蔑視
テモテヘの第一の手紙2:12 パウロ → 弟子 テモテ への手紙
2:13なぜなら、アダムがさきに造られ、それからエバが造られたからである。
2:14またアダムは惑わされなかったが、女は惑わされて、あやまちを犯した。
2:15しかし、女が慎み深く、信仰と愛と清さとを持ち続けるなら、子を産むことによって救われるであろう。
テモテヘの第一の手紙2:13-15
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「まだ人と婚約しない処女である女に、男が会い、これを捕えて犯し、ふたりが見つけられたならば、女を犯した男は女の父に銀五十シケルを与えて、女を自分の妻としなければならない。彼はその女をはずかしめたゆえに、一生その女を出すことはできない。」
申命記22:28-29
※広告掲示板では「act of raping(強姦行為)」
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「あなたがもつ奴隷は男女ともにあなたの周囲の異邦人のうちから買わなければならない。すなわち、彼らのうちから男女の奴隷を買うべきである。
また、あなたがたのうちに宿っている旅びとの子供のうちからも買うことができる。また彼らのうちあなたがたの国で生れて、あなたがたと共におる人々の家族からも買うことができる。そして彼らはあなたがたの所有となるであろう。」
レビ記25:44-45
→ 奴隷制度容認 → 民族に優劣あり → 独善性・選民意識
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「主のわざを行うことを怠る者はのろわれる。またそのつるぎを押えて血を流さない者はのろわれる。」
エレミヤ書48:10
→ 脅迫・呪い → 復讐・仕返し → 隷属・服属 → 祟り神 → 呪いの宗教 → 意のままにならない者を呪う 怨念深い人格形成
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「またわたしの聞いている所で他の者に言われた、「彼のあとに従い町をめぐって、撃て。あなたの目は惜しみ見るな。またあわれむな。老若男女をことごとく殺せ。しかし身にしるしのある者には触れるな。まずわたしの聖所から始めよ」。そこで、彼らは宮の前にいた老人から始めた。 」
エゼキエル書9:5-6
9:4彼に言われた、「町の中、エルサレムの中をめぐり、その中で行われているすべての憎むべきことに対して嘆き悲しむ人々の額にしるしをつけよ」。
9:7この時、主は彼らに言われた、「宮を汚し、死人で庭を満たせ。行け」。そこで彼らは出て行って、町の中で撃った。
エゼキエル書9:4/7
→ 殺戮宗教 → 殺し神
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「人が自分の娘を女奴隷として売るならば、彼女は、男奴隷が去るときと同じように去ることはできない。
もし、主人が彼女を一度自分のものと定めながら、気に入らなくなった場合は、彼女が買い戻されることを許さねばならない。彼は彼女を裏切ったのだから、外国人に売る権利はない。 」
出エジプト記/ 21章 07節
→ 奴隷制容認
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「わたしの怒りをあなたに注ぎ、わたしの憤りの火をあなたに向けて燃やし、滅ぼすことに巧みな残忍な人の手にあなたを渡す。
あなたは火のための、たきぎとなり、あなたの血は国の中に流され、覚えられることはない、主なるわたしが言う」。 」
エゼキエル書21:31-32
→ 暴虐・怒りのままの暴君
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「そして主はモーセに言われた、「民の首領をことごとく捕え、日のあるうちにその人々を主の前で処刑しなさい。そうすれば主の怒りはイスラエルを離れるであろう」。」
民数記25:4
25:1イスラエルはシッテムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと、みだらな事をし始めた。
25:2その娘たちが神々に犠牲をささげる時に民を招くと、民は一緒にそれを食べ、娘たちの神々を拝んだ。
25:3イスラエルはこうしてペオルのバアルにつきしたがったので、主はイスラエルにむかって怒りを発せられた。
民数記25:1-3
→ 独善・残虐・暴虐・無慈悲・
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聖書の話によれば神は少なくとも240万人殺害している。ちなみに悪魔による殺人は10件
<要約>
聖書内で神によって殺害された人の数 2,476,633人 死亡者数をかなり低く見積もったもの
(大洪水やソドムとゴモラ、疫病、飢饉、燃える蛇などは含んでいない)
※ 具体的な数字がないものも入れた場合推計で2500万人に及ぶ。
http://dwindlinginunbelief.blogspot.jp/2010/04/drunk-with-blood-gods-killings-in-bible.html
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<燃える蛇>
青銅の蛇(せいどうのへび、ヘブライ語: ??????, ??? ???????)は、『ヘブライ語聖書』『旧約聖書』の「民数記」21章4-9に登場する銅像である。
「民数記」では、エジプトを離れたイスラエル人の一行が葦の海の途中までやってきたときに、苦しみに耐えかねて不平を言った。そこで神は炎の蛇を送ったので、かまれた人々の中から死者が出た。
民がモーゼに許しを願うと、モーゼは神の言葉に従って青銅で蛇を作り旗ざおの先に掲げた。この蛇を見たものは炎の蛇にかまれても命を永らえた。
青銅の蛇
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神のみ言葉(聖書)から…
残虐、残酷、惨殺、大破壊、大虐殺...
義なる神、父なる神はどこにいるのか。
全焼の犠牲、人間と獣が全焼丸焼けになって神前に供えられる生け贄...
最も親愛なる神よ、いつになったら満腹になるのか。
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▼ 神は一人の人間のたった一度の違反行為のためにすべての人間を永遠に呪います。→ 現代的な司法制度じゃないですね:
ローマ人の手紙. 5:17-19, 1 → 「一人の人間の作った罪によって全ての人間が有罪とされた」
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▼ 神は一つの創造物 (人間)を欠陥物にしてしまったがゆえにすべての生き物を溺死させます:
創世記. 6:5, 7, 創世記 6:17, 創世記. 7:23. → ノアの方舟
呪いをかけられた魚はどう溺死させられるのでしょう?
→ 全ての魚の種類をつがいでどのように飼ったのか?
→ 元々水の中に棲んでいた魚をどうやって溺死させることができたのか?
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▼ 有罪者の代わりに無罪者が呪われました:
創世記. 9:20-22, 24-25. 後に教会は、裸の父を見てしまったハムの子孫は黒人の祖先で、それゆえ奴隷扱いを正当化しました。
→ ぶどう酒に酔って裸でいたノアを見た息子ハムが呪われた。(裸で泥酔していたノアこそ不行跡ではないのか?)
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▼ 神は人間に犠牲を求めます: → 信仰者内でも上位者が下位者に犠牲を求める傾向が出る。
レビ記. 27:28, 29,しかし、人であっても、家畜であっても、自分の所有の畑であっても、人が自分の持っているすべてのもののうち主のために絶滅すべき聖絶のものは何でも、それを売ることはできない。また買い戻すこともできない。すべて聖絶のものは最も聖なるものであり、主のものである。人であって、聖絶されるべきものは、贖われることはできない。その者は必ず殺されなければならない。
ヨシュア記. 6:17,この町と、その中のすべてのものは、主への奉納物として滅ぼされなければならない。ただし遊女ラハブと、その家に共におる者はみな生かしておかなければならない。われわれが送った使者たちをかくまったからである。
エゼキエル記. 20:25,26
ただしわたしは荒野で彼らに誓い、わたしは異邦人の間に彼らを散らし、国々の中に彼らをふりまくと言った。
20:24これは彼らがわがおきてを行わず、わが定めを捨て、わが安息日を汚し、彼らの目にその先祖の偶像を慕ったからである。
20:25またわたしは彼らに良くない定めと、それによって生きることのできないおきてとを与え、
20:26そして、彼らのういご(初の子供)に火の中を通らせるその供え物によって、彼らを汚し、彼らを恐れさせた。わたしがこれを行ったのは、わたしが主であることを、彼らに知らせるためである。
創世記. 22:2, 9, 10参照: (アブラハム - イサク)
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▼ そして: ジェプザー(Jephthah)、彼は自分の娘を神の食欲の為に丸焼きにしまた: 士師記 11:29-31及び 11:34, 39.
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▼ 神のお気に入りの男が、神の怒りを静めるため、罪のない七人の男を打ち殺させます:
サムエル記下 21:1,3-6,9,14,
21:1[編集]ダビデの世に、年また年と三年、ききんがあったので、ダビデが主に尋ねたところ、主は言われた、「サウルとその家とに、血を流した罪がある。それはかつて彼がギベオンびとを殺したためである」。
21:2[編集]そこで王はギベオンびとを召しよせた。ギベオンびとはイスラエルの子孫ではなく、アモリびとの残りであって、イスラエルの人々は彼らと誓いを立てて、その命を助けた。ところがサウルはイスラエルとユダの人々のために熱心であったので、彼らを殺そうとしたのである。
21:3[編集]それでダビデはギベオンびとに言った、「わたしはあなたがたのために、何をすればよいのですか。どんな償いをすれば、あなたがたは主の嗣業を祝福するのですか」。
21:4[編集]ギベオンびとは彼に言った、「これはわれわれと、サウルまたはその家との間の金銀の問題ではありません。またイスラエルのうちのひとりでも、われわれが殺そうというのでもありません」。ダビデは言った、「わたしがあなたがたのために何をすればよいと言うのですか」。
21:5[編集]かれらは王に言った、「われわれを滅ぼした人、われわれを滅ぼしてイスラエルの領域のどこにもおらせないようにと、たくらんだ人、
21:6[編集]その人の子孫七人を引き渡してください。われわれは主の山にあるギベオンで、彼らを主の前に木にかけましょう」。王は言った、「引き渡しましょう」。
21:7[編集]しかし王はサウルの子ヨナタンの子であるメピボセテを惜しんだ。彼らの間、すなわちダビデとサウルの子ヨナタンとの間に、主をさして立てた誓いがあったからである。
21:8[編集]王はアヤの娘リヅパがサウルに産んだふたりの子アルモニとメピボセテ、およびサウルの娘メラブがメホラびとバルジライの子アデリエルに産んだ五人の子を取って、
21:9[編集]彼らをギベオンびとの手に引き渡したので、ギベオンびとは彼らを山で主の前に木にかけた。彼ら七人は共に倒れた。彼らは刈入れの初めの日、すなわち大麦刈りの初めに殺された。
21:10[編集]アヤの娘リヅパは荒布をとって、それを自分のために岩の上に敷き、刈入れの初めから、その人々の死体の上に天から雨が降るまで、昼は空の鳥が死体の上にこないようにし、夜は野の獣を近寄らせなかった。
民数記. 25:4.
25:1[編集]イスラエルはシッテムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと、みだらな事をし始めた。
25:2[編集]その娘たちが神々に犠牲をささげる時に民を招くと、民は一緒にそれを食べ、娘たちの神々を拝んだ。
25:3[編集]イスラエルはこうしてペオルのバアルにつきしたがったので、主はイスラエルにむかって怒りを発せられた。
25:4[編集]そして主はモーセに言われた、「民の首領をことごとく捕え、日のあるうちにその人々を主の前で処刑しなさい。そうすれば主の怒りはイスラエルを離れるであろう」。
25:5[編集]モーセはイスラエルのさばきびとたちにむかって言った、「あなたがたはおのおの、配下の者どもでペオルのバアルにつきしたがったものを殺しなさい」。
25:6[編集]モーセとイスラエルの人々の全会衆とが会見の幕屋の入口で泣いていた時、彼らの目の前で、ひとりのイスラエルびとが、その兄弟たちの中に、ひとりのミデアンの女を連れてきた。
25:7[編集]祭司アロンの子なるエレアザルの子ピネハスはこれを見て、会衆のうちから立ち上がり、やりを手に執り、
25:8[編集]そのイスラエルの人の後を追って、奥の間に入り、そのイスラエルの人を突き、またその女の腹を突き通して、ふたりを殺した。こうして疫病がイスラエルの人々に及ぶのがやんだ。
25:9[編集]しかし、その疫病で死んだ者は二万四千人であった。
25:10[編集]主はモーセに言われた、
25:11[編集]「祭司アロンの子なるエレアザルの子ピネハスは自分のことのように、わたしの憤激をイスラエルの人々のうちに表わし、わたしの怒りをそのうちから取り去ったので、わたしは憤激して、イスラエルの人々を滅ぼすことをしなかった。
25:12[編集]このゆえにあなたは言いなさい、『わたしは平和の契約を彼に授ける。
25:13[編集]これは彼とその後の子孫に永遠の祭司職の契約となるであろう。彼はその神のために熱心であって、イスラエルの人々のために罪のあがないをしたからである』と」。
25:14[編集]ミデアンの女と共に殺されたイスラエルの人の名はジムリといい、サルの子で、シメオンびとのうちの一族のつかさであった。
25:15[編集]またその殺されたミデアンの女の名はコズビといい、ツルの娘であった。ツルはミデアンの民の一族のかしらであった。
25:16[編集]主はまたモーセに言われた、
25:17[編集]「ミデアンびとを打ち悩ましなさい。
25:18[編集]彼らはたくらみをもって、あなたがたを悩まし、ペオルの事と、彼らの姉妹、ミデアンのつかさの娘コズビ、すなわちペオルの事により、疫病の起った日に殺された女の事とによって、あなたがたを惑わしたからである」。
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▼ 神はファラオの心を頑なにし、他の犯罪も犯させます:
エジプトの軍隊を全員水没・水死させた。 → 残虐な神
14:17[編集]わたしがエジプトびとの心をかたくなにするから、彼らはそのあとを追ってはいるであろう。こうしてわたしはパロとそのすべての軍勢および戦車と騎兵とを打ち破って誉を得よう。
14:18[編集]わたしがパロとその戦車とその騎兵とを打ち破って誉を得るとき、エジプトびとはわたしが主であることを知るであろう」。
14:19[編集]このとき、イスラエルの部隊の前に行く神の使は移って彼らのうしろに行った。雲の柱も彼らの前から移って彼らのうしろに立ち、
14:20[編集]エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれと近づくことなく、夜がすぎた。
14:21[編集]モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分かれた。
14:22[編集]イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。
14:23[編集]エジプトびとは追ってきて、パロのすべての馬と戦車と騎兵とは、彼らのあとについて海の中にはいった。
14:24[編集]暁の更に、主は火と雲の柱のうちからエジプトびとの軍勢を見おろして、エジプトびとの軍勢を乱し、
14:25[編集]その戦車の輪をきしらせて、進むのに重くされたので、エジプトびとは言った、「われわれはイスラエルを離れて逃げよう。主が彼らのためにエジプトびとと戦う」。14:26[編集]そのとき主はモーセに言われた、「あなたの手を海の上にさし伸べて、水をエジプトびとと、その戦車と騎兵との上に流れ返らせなさい」。
14:27[編集]モーセが手を海の上にさし伸べると、夜明けになって海はいつもの流れに返り、エジプトびとはこれにむかって逃げたが、主はエジプトびとを海の中に投げ込まれた。
14:28[編集]水は流れ返り、イスラエルのあとを追って海にはいった戦車と騎兵およびパロのすべての軍勢をおおい、ひとりも残らなかった。
14:29[編集]しかし、イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。
14:30[編集]このように、主はこの日イスラエルをエジプトびとの手から救われた。イスラエルはエジプトびとが海べに死んでいるのを見た。
14:31[編集]イスラエルはまた、主がエジプトびとに行われた大いなるみわざを見た。それで民は主を恐れ、主とそのしもべモーセとを信じた。
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▼ 神は真夜中の殺人犯:
出エジプト記. 12:29, 30
12:29[編集]夜中になって主はエジプトの国の、すべてのういご、すなわち位に座するパロのういごから、地下のひとやにおる捕虜のういごにいたるまで、また、すべての家畜のういごを撃たれた。
12:30[編集]それでパロとその家来およびエジプトびとはみな夜のうちに起きあがり、エジプトに大いなる叫びがあった。死人のない家がなかったからである。
出エジプト記. 11:3-6.
11:4[編集]モーセは言った、「主はこう仰せられる、『真夜中ごろ、わたしはエジプトの中へ出て行くであろう。
11:5[編集]エジプトの国のうちのういごは、位に座するパロのういごをはじめ、ひきうすの後にいる、はしためのういごに至るまで、みな死に、また家畜のういごもみな死ぬであろう。
11:6[編集]そしてエジプト全国に大いなる叫びが起るであろう。このようなことはかつてなく、また、ふたたびないであろう』と。
11:7[編集]しかし、すべて、イスラエルの人々にむかっては、人にむかっても、獣にむかっても、犬さえその舌を鳴らさないであろう。これによって主がエジプトびととイスラエルびととの間の区別をされるのを、あなたがたは知るであろう。
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▼ 神は奴隷制度を認可します:出エジプト記. 21:2, 4-6
21:2[編集]あなたがヘブルびとである奴隷を買う時は、六年のあいだ仕えさせ、七年目には無償で自由の身として去らせなければならない。
21:4[編集]もしその主人が彼に妻を与えて、彼に男の子また女の子を産んだならば、妻とその子供は主人のものとなり、彼は独身で去らなければならない。
21:5[編集]奴隷がもし『わたしは、わたしの主人と、わたしの妻と子供を愛します。わたしは自由の身となって去ることを好みません』と明言するならば、
21:6[編集]その主人は彼を神のもとに連れて行き、戸あるいは柱のところに連れて行って、主人は、きりで彼の耳を刺し通さなければならない。そうすれば彼はいつまでもこれに仕えるであろう。
レビ記. 25:44-46.
25:44[編集]あなたがもつ奴隷は男女ともにあなたの周囲の異邦人のうちから買わなければならない。すなわち、彼らのうちから男女の奴隷を買うべきである。
25:45[編集]また、あなたがたのうちに宿っている旅びとの子供のうちからも買うことができる。また彼らのうちあなたがたの国で生れて、あなたがたと共におる人々の家族からも買うことができる。そして彼らはあなたがたの所有となるであろう。
25:46[編集]あなたがたは彼らを獲て、あなたがたの後の子孫に所有として継がせることができる。すなわち、彼らは長くあなたがたの奴隷となるであろう。しかし、あなたがたの兄弟であるイスラエルの人々をあなたがたは互にきびしく使ってはならない。
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▼ 新約聖書も確かに奴隷制度に賛成しています:
ペトロ第一の手紙. 2:18,
召使いたちよ,あらん限りの恐れをもって自分の主人に服従しなさい。善良で柔和な者だけではなく,意地の悪い者に対してもそうしなさい。
テモテへの第一の手紙. 6:1
くびきの下にある奴隷はすべて、自分の主人を、真に尊敬すべき者として仰ぐべきである。それは、神の御名と教とが、そしりを受けないためである。
テトスへの手紙 2:9,
奴隷には、万事につけその主人に服従して、喜ばれるようになり、反抗をせず、
2:10[編集]盗みをせず、どこまでも心をこめた真実を示すようにと、勧めなさい。そうすれば、彼らは万事につけ、わたしたちの救主なる神の教を飾ることになろう。
エペソ人への手紙. 6:5-8
6:5[編集]僕たる者よ。キリストに従うように、恐れおののきつつ、真心をこめて、肉による主人に従いなさい。
6:6[編集]人にへつらおうとして目先だけの勤めをするのでなく、キリストの僕として心から神の御旨を行い、
6:7[編集]人にではなく主に仕えるように、快く仕えなさい。
6:8[編集]あなたがたが知っているとおり、だれでも良いことを行えば、僕であれ、自由人であれ、それに相当する報いを、それぞれ主から受けるであろう。
コロセイ人への手紙. 3:22.
3:22[編集]僕たる者よ、何事についても、肉による主人に従いなさい。人にへつらおうとして、目先だけの勤めをするのではなく、真心をこめて主を恐れつつ、従いなさい。
3:23[編集]何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から働きなさい。
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▼ 自分の娘を売ってもいい:
出エジプト記. 21:7.もし人がその娘を女奴隷として売るならば、その娘は男奴隷が去るように去ってはならない。
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▼ 遠く住んでいる民族の男性を殴殺し、その女性と子供を奴隷にせよと神が命令した:
申命記. 20:10-15。
20:10[編集]一つの町へ進んで行って、それを攻めようとする時は、まず穏やかに降服することを勧めなければならない。
20:11[編集]もしその町が穏やかに降服しようと答えて、門を開くならば、そこにいるすべての民に、みつぎを納めさせ、あなたに仕えさせなければならない。20:12[編集]もし穏やかに降服せず、戦おうとするならば、あなたはそれを攻めなければならない。
20:13[編集]そしてあなたの神、主がそれをあなたの手にわたされる時、つるぎをもってそのうちの男をみな撃ち殺さなければならない。
20:14[編集]ただし女、子供、家畜およびすべて町のうちにあるもの、すなわちぶんどり物は皆、戦利品として取ることができる。また敵からぶんどった物はあなたの神、主が賜わったものだから、あなたはそれを用いることができる。
20:15[編集]遠く離れている町々、すなわちこれらの国々に属さない町々には、すべてこのようにしなければならない。
20:16[編集]ただし、あなたの神、主が嗣業として与えられるこれらの民の町々では、息のある者をひとりも生かしておいてはならない。
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▼ 近隣民族であるヘテびと, アモリびと, カナンびと, ペリジびと, ヒビびと 及び エブスびとは残らず大虐殺せよと神が命令した:
申命記. 20:16,17.
20:16[編集]ただし、あなたの神、主が嗣業として与えられるこれらの民の町々では、息のある者をひとりも生かしておいてはならない。
20:17[編集]すなわちヘテびと、アモリびと、カナンびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとはみな滅ぼして、あなたの神、主が命じられたとおりにしなければならない。
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▼ 奴隷を時間をかけて殴殺するのならば罪に問われない:
出エジプト記 21:20,21.
21:20[編集]もし人がつえをもって、自分の男奴隷または女奴隷を撃ち、その手の下に死ぬならば、必ず罰せられなければならない。
21:21[編集]しかし、彼がもし一日か、ふつか生き延びるならば、その人は罰せられない。奴隷は彼の財産だからである。
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▼ 魔女たちは殺されなければならない:
出エジプト記 22:18, 魔法使の女は、これを生かしておいてはならない。
レビ記 20:27, 男または女で、口寄せ、または占いをする者は、必ず殺されなければならない。すなわち、石で撃ち殺さなければならない。その血は彼らに帰するであろう』
申命記 18:10, あなたがたのうちに、自分のむすこ、娘を火に焼いてささげる者があってはならない。また占いをする者、卜者、易者、魔法使、
18:11[編集]呪文を唱える者、口寄せ、かんなぎ、死人に問うことをする者があってはならない。
18:12[編集]主はすべてこれらの事をする者を憎まれるからである。そしてこれらの憎むべき事のゆえにあなたの神、主は彼らをあなたの前から追い払われるのである。
ガラテヤ人への手紙 5:19,20. 肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、
5:20[編集]偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、
5:21[編集]ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。
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▼ 占い師に相談しただけで死刑:
レビ記. 20:6.もし口寄せ、または占い師のもとにおもむき、彼らを慕って姦淫する者があれば、わたしは顔をその人に向け、これを民のうちから断つであろう。
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▼ 偶像崇拝と異端も死刑:
出エジプト記. 22:20,主のほか、他の神々に犠牲をささげる者は、断ち滅ぼされなければならない。
申命記. 13:1, 2, 5, 14, 15,
あなたがたのうちに預言者または夢みる者が起って、しるしや奇跡を示し、
13:2[編集]あなたに告げるそのしるしや奇跡が実現して、あなたがこれまで知らなかった『ほかの神々に、われわれは従い仕えよう』と言っても、
13:3[編集]あなたはその預言者または夢みる者の言葉に聞き従ってはならない。あなたがたの神、主はあなたがたが心をつくし、精神をつくして、あなたがたの神、主を愛するか、どうかを知ろうと、このようにあなたがたを試みられるからである。
13:4[編集]あなたがたの神、主に従って歩み、彼を恐れ、その戒めを守り、その言葉に聞き従い、彼に仕え、彼につき従わなければならない。
13:5[編集]その預言者または夢みる者を殺さなければならない。あなたがたをエジプトの国から導き出し、奴隷の家からあがなわれたあなたがたの神、主にあなたがたをそむかせ、あなたの神、主が歩めと命じられた道を離れさせようとして語るゆえである。こうしてあなたがたのうちから悪を除き去らなければならない。
申命記. 17:2-5,
あなたの神、主が賜わる町で、あなたがたのうちに、もし男子または女子があなたの神、主の前に悪事をおこなって、契約にそむき、
17:3[編集]行って他の神々に仕え、それを拝み、わたしの禁じる、日や月やその他の天の万象を拝むことがあり、
17:4[編集]その事を知らせる者があって、あなたがそれを聞くならば、あなたはそれをよく調べなければならない。そしてその事が真実であり、そのような憎むべき事が確かにイスラエルのうちに行われていたならば、
17:5[編集]あなたはその悪事をおこなった男子または女子を町の門にひき出し、その男子または女子を石で撃ち殺さなければならない。
申命記. 18:20.ただし預言者が、わたしが語れと命じないことを、わたしの名によってほしいままに語り、あるいは他の神々の名によって語るならば、その預言者は殺さなければならない』。
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▼ 宗教観の異なる兄弟、娘、息子、妻たちは殺されなければならない: 申命記. 13:6-11.
同じ母に生れたあなたの兄弟、またはあなたのむすこ、娘、またはあなたのふところの妻、またはあなたと身命を共にする友が、ひそかに誘って『われわれは行って他の神々に仕えよう』と言うかも知れない。これはあなたも先祖たちも知らなかった神々、
13:7[編集]すなわち地のこのはてから、地のかのはてまで、あるいは近く、あるいは遠く、あなたの周囲にある民の神々である。
13:8[編集]しかし、あなたはその人に従ってはならない。その人の言うことを聞いてはならない。その人をあわれんではならない。その人を惜しんではならない。その人をかばってはならない。
13:9[編集]必ず彼を殺さなければならない。彼を殺すには、あなたがまず彼に手を下し、その後、民がみな手を下さなければならない。
13:10[編集]彼はエジプトの国、奴隷の家からあなたを導き出されたあなたの神、主からあなたを離れさせようとしたのであるから、あなたは石をもって彼を撃ち殺さなければならない。
13:11[編集]そうすればイスラエルは皆聞いて恐れ、重ねてこのような悪い事を、あなたがたのうちに行わないであろう。
→ 報復と見せしめで絶対服従を強要する神
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▼ 冒涜者、不敬者、思い上がり者は皆死刑:
民数記. 15:30, しかし、国に生れた者でも、他国の人でも、故意に罪を犯す者は主を汚すもので、その人は民のうちから断たれなければならない。
15:31[編集]彼は主の言葉を侮り、その戒めを破ったのであるから、必ず断たれ、その罪を負わなければならない』」。
申命記 17:12, もし人がほしいままにふるまい、あなたの神、主の前に立って仕える祭司または裁判人に聞き従わないならば、その人を殺して、イスラエルのうちから悪を除かなければならない。
17:13[編集]そうすれば民は皆、聞いて恐れ、重ねてほしいままにふるまうことをしないであろう。
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▼ 土曜日に働く者は皆死刑(日曜日に休んで土曜日に働くキリスト教の信者も皆死刑?):
出エジプト記. 31:14, 15.それゆえ、あなたがたは安息日を守らなければならない。これはあなたがたに聖なる日である。すべてこれを汚す者は必ず殺され、すべてこの日に仕事をする者は、民のうちから断たれるであろう。
31:15[編集]六日のあいだは仕事をしなさい。七日目は全き休みの安息日で、主のために聖である。すべて安息日に仕事をする者は必ず殺されるであろう。
出エジプト記. 35:2、3 六日の間は仕事をしなさい。七日目はあなたがたの聖日で、主の全き休みの安息日であるから、この日に仕事をする者はだれでも殺されなければならない。
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▼ 安息日に薪を拾うと死刑:
民数記. 15:32, 35-36.
15:32[編集]イスラエルの人々が荒野におるとき、安息日にひとりの人が、たきぎを集めるのを見た。
15:33[編集]そのたきぎを集めるのを見た人々は、その人をモーセとアロン、および全会衆のもとに連れてきたが、
15:34[編集]どう取り扱うべきか、まだ示しを受けていなかったので、彼を閉じ込めておいた。
15:35[編集]そのとき、主はモーセに言われた、「その人は必ず殺されなければならない。全会衆は宿営の外で、彼を石で撃ち殺さなければならない」。
15:36[編集]そこで、全会衆は彼を宿営の外に連れ出し、彼を石で撃ち殺し、主がモーセに命じられたようにした。
15:37[編集]主はまたモーセに言われた、
15:38[編集]「イスラエルの人々に命じて、代々その衣服のすその四すみにふさをつけ、そのふさを青ひもで、すその四すみにつけさせなさい。
15:39[編集]あなたがたが、そのふさを見て、主のもろもろの戒めを思い起して、それを行い、あなたがたが自分の心と、目の欲に従って、みだらな行いをしないためである。
15:40[編集]こうして、あなたがたは、わたしのもろもろの戒めを思い起して、それを行い、あなたがたの神に聖なる者とならなければならない。
15:41[編集]わたしはあなたがたの神、主であって、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの国から導き出した者である。わたしはあなたがたの神、主である」。
→ 傲慢 強圧 強制 絶対服従の強要
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▼ ユダヤ教の過ぎ越しの祭りを無視すると死刑:民数記. 9:13.
しかし、その身は清く、旅に出てもいないのに、過越の祭を行わないときは、その人は民のうちから断たれるであろう。このような人は、定めの時に主の供え物をささげないゆえ、その罪を負わなければならない。
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▼ 発酵したパンを食べると死刑:
出エジプト記. 12:15; 七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。
12:19.七日の間、家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生れた者であれ、すべて、イスラエルの会衆から断たれるであろう。
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▼ 生け贄の肉を食べると死刑:
レビ記. 7:21.また人がもしすべて汚れたもの、すなわち人の汚れ、あるいは汚れた獣、あるいは汚れた這うものに触れながら、主にささげた酬恩祭の犠牲の肉を食べるならば、その人は民のうちから断たれるであろう』」。
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▼ 肉の脂を食べると死刑:
レビ記. 7:22-25.主はまたモーセに言われた、
7:23[編集]「イスラエルの人々に言いなさい、『あなたがたは、すべて牛、羊、やぎの脂肪を食べてはならない。
7:24[編集]自然に死んだ獣の脂肪および裂き殺された獣の脂肪は、さまざまのことに使ってもよい。しかし、それは決して食べてはならない。
7:25[編集]だれでも火祭として主にささげる獣の脂肪を食べるならば、これを食べる人は民のうちから断たれるであろう。
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▼ 血を飲むと死刑:レビ記. 3:16, 17;
レビ記. 7:26, 27.,7:26[編集]またあなたがたはすべてその住む所で、鳥にせよ、獣にせよ、すべてその血を食べてはならない。
7:27[編集]だれでもすべて血を食べるならば、その人は民のうちから断たれるであろう』」。
レビ記. 17:10-16.
17:10[編集]イスラエルの家の者、またはあなたがたのうちに宿る寄留者のだれでも、血を食べるならば、わたしはその血を食べる人に敵して、わたしの顔を向け、これをその民のうちから断つであろう。
17:11[編集]肉の命は血にあるからである。あなたがたの魂のために祭壇の上で、あがないをするため、わたしはこれをあなたがたに与えた。血は命であるゆえに、あがなうことができるからである。
17:12[編集]このゆえに、わたしはイスラエルの人々に言った。あなたがたのうち、だれも血を食べてはならない。またあなたがたのうちに宿る寄留者も血を食べてはならない。
17:13[編集]イスラエルの人々のうち、またあなたがたのうちに宿る寄留者のうち、だれでも、食べてもよい獣あるいは鳥を狩り獲た者は、その血を注ぎ出し、土でこれをおおわなければならない。
17:14[編集]すべて肉の命は、その血と一つだからである。それで、わたしはイスラエルの人々に言った。あなたがたは、どんな肉の血も食べてはならない。すべて肉の命はその血だからである。すべて血を食べる者は断たれるであろう。
17:15[編集]自然に死んだもの、または裂き殺されたものを食べる人は、国に生れた者であれ、寄留者であれ、その衣服を洗い、水に身をすすがなければならない。彼は夕まで汚れているが、その後、清くなるであろう。
17:16[編集]もし、洗わず、また身をすすがないならば、彼はその罪を負わなければならない』」。
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▼ 割礼をしない子供は死刑:創世記. 17:14.割礼を受けない男子、すなわち前の皮を切らない者はわたしの契約を破るゆえ、その人は民のうちから断たれるであろう」。
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▼ 個人用に香油を作ると死刑:出エジプト記. 30:22-38.
30:22主はまたモーセに言われた、
30:23「あなたはまた最も良い香料を取りなさい。すなわち液体の没薬五百シケル、香ばしい肉桂をその半ば、すなわち二百五十シケル、におい菖蒲二百五十シケル、
30:24桂枝五百シケルを聖所のシケルで取り、また、オリブの油一ヒンを取りなさい。
30:25あなたはこれを聖なる注ぎ油、すなわち香油を造るわざにしたがい、まぜ合わせて、におい油に造らなければならない。これは聖なる注ぎ油である。 30:26あなたはこの油を会見の幕屋と、あかしの箱とに注ぎ、
30:27机と、そのもろもろの器、燭台と、そのもろもろの器、香の祭壇、
30:28燔祭の祭壇と、そのもろもろの器、洗盤と、その台とに油を注ぎ、
30:29これらをきよめて最も聖なる物としなければならない。すべてこれに触れる者は聖となるであろう。
30:30あなたはアロンとその子たちに油を注いで、彼らを聖別し、祭司としてわたしに仕えさせなければならない。
30:31そしてあなたはイスラエルの人々に言わなければならない、『これはあなたがたの代々にわたる、わたしの聖なる注ぎ油であって、
30:32常の人の身にこれを注いではならない。またこの割合をもって、これと等しいものを造ってはならない。これは聖なるものであるから、あなたがたにとっても聖なる物でなければならない。
30:33すべてこれと等しい物を造る者、あるいはこれを祭司以外の人につける者は、民のうちから断たれるであろう』」。
30:34主はまた、モーセに言われた、「あなたは香料、すなわち蘇合香、シケレテ香、楓子香、純粋の乳香の香料を取りなさい。おのおの同じ量でなければならない。
30:35あなたはこれをもって香、すなわち香料をつくるわざにしたがって薫香を造り、塩を加え、純にして聖なる物としなさい。
30:36また、その幾ぶんを細かに砕き、わたしがあなたと会う会見の幕屋にある、あかしの箱の前にこれを供えなければならない。これはあなたがたに最も聖なるものである。
30:37あなたが造る香の同じ割合をもって、それを自分のために造ってはならない。これはあなたにとって主に聖なるものでなければならない。
30:38すべてこれと等しいものを造って、これをかぐ者は民のうちから断たれるであろう」。
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▼ 残り物を食べると死刑:
レビ記. 19:5-8
19:5[編集]酬恩祭の犠牲を主にささげるときは、あなたがたが受け入れられるように、それをささげなければならない。
19:6[編集]それは、ささげた日と、その翌日とに食べ、三日目まで残ったものは、それを火で焼かなければならない。
19:7[編集]もし三日目に、少しでも食べるならば、それは忌むべきものとなって、あなたは受け入れられないであろう。
19:8[編集]それを食べる者は、主の聖なる物を汚すので、そのとがを負わなければならない。その人は民のうちから断たれるであろう。
7:18.もしその酬恩祭の犠牲の肉を三日目に少しでも食べるならば、それは受け入れられず、また供え物と見なされず、かえって忌むべき物となるであろう。そしてそれを食べる者はとがを負わなければならない。
7:19[編集]その肉がもし汚れた物に触れるならば、それを食べることなく、火で焼き捨てなければならない。犠牲の肉はすべて清い者がこれを食べることができる。
7:20[編集]もし人がその身に汚れがあるのに、主にささげた酬恩祭の犠牲の肉を食べるならば、その人は民のうちから断たれるであろう。
7:21[編集]また人がもしすべて汚れたもの、すなわち人の汚れ、あるいは汚れた獣、あるいは汚れた這うものに触れながら、主にささげた酬恩祭の犠牲の肉を食べるならば、その人は民のうちから断たれるであろう』」
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▼ 聖職者を介せず生け贄を捧げると死刑 ← ? :レビ記. 17:8, 9.
17:8[編集]あなたはまた彼らに言いなさい、『イスラエルの家の者、またはあなたがたのうちに宿る寄留者のだれでも、燔祭あるいは犠牲をささげるのに、17:9[編集]これを会見の幕屋の入口に携えてきて、主にささげないならば、その人は、その民のうちから断たれるであろう。
17:10[編集]イスラエルの家の者、またはあなたがたのうちに宿る寄留者のだれでも、血を食べるならば、わたしはその血を食べる人に敵して、わたしの顔を向け、これをその民のうちから断つであろう。
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▼ 神に捧げ物をせず畜殺をすると死刑:レビ記. 17:2-9.
17:2[編集]「アロンとその子たち、およびイスラエルのすべての人々に言いなさい、『主が命じられることはこれである。すなわち
17:3[編集]イスラエルの家のだれでも、牛、羊あるいは、やぎを宿営の内でほふり、または宿営の外でほふり、
17:4[編集]それを会見の幕屋の入口に携えてきて主の幕屋の前で、供え物として主にささげないならば、その人は血を流した者とみなされる。彼は血を流したゆえ、その民のうちから断たれるであろう。
17:5[編集]これはイスラエルの人々に、彼らが野のおもてでほふるのを常としていた犠牲を主のもとにひいてこさせ、会見の幕屋の入口におる祭司のもとにきて、これを主にささげる酬恩祭の犠牲としてほふらせるためである。
17:6[編集]祭司はその血を会見の幕屋の入口にある主の祭壇に注ぎかけ、またその脂肪を焼いて香ばしいかおりとし、主にささげなければならない。
17:7[編集]彼らが慕って姦淫をおこなったみだらな神に、再び犠牲をささげてはならない。これは彼らが代々ながく守るべき定めである』。
17:8[編集]あなたはまた彼らに言いなさい、『イスラエルの家の者、またはあなたがたのうちに宿る寄留者のだれでも、燔祭あるいは犠牲をささげるのに、17:9[編集]これを会見の幕屋の入口に携えてきて、主にささげないならば、その人は、その民のうちから断たれるであろう。
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▼ 儀式を間違えると死刑:レビ記. ←?
22:2[編集]「アロンとその子たちに告げて、イスラエルの人々の聖なる物、すなわち、彼らがわたしにささげる物をみだりに用いて、わたしの聖なる名を汚さないようにさせなさい。わたしは主である。
22:3[編集]彼らに言いなさい、『あなたがたの代々の子孫のうち、だれでも、イスラエルの人々が主にささげる聖なる物に、汚れた身をもって近づく者があれば、その人はわたしの前から断たれるであろう。わたしは主である。
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▼ 聖殿を触ると死刑:
民数記. 4:15
4:15[編集]宿営の進むとき、アロンとその子たちとが、聖所と聖所のすべての器をおおうことを終ったならば、その後コハテの子たちは、それを運ぶために、はいってこなければならない。しかし、彼らは聖なる物に触れてはならない。触れると死ぬであろう。会見の幕屋のうちの、これらの物は、コハテの子たちが運ぶものである。
サムエル記下 6:6-7.
6:6[編集]彼らがナコンの打ち場にきた時、ウザは神の箱に手を伸べて、それを押えた。牛がつまずいたからである。
6:7[編集]すると主はウザに向かって怒りを発し、彼が手を箱に伸べたので、彼をその場で撃たれた。彼は神の箱のかたわらで死んだ。
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▼ 神聖な機器に触れると死刑:民数記. 18:3.
18:3[編集]彼らは、あなたの務と、すべての幕屋の務とを守らなければならない。ただし、聖所の器と、祭壇とに近づいてはならない。彼らもあなたがたも、死ぬことのないためである。
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▼ 聖なる幕に侵入する異人に死刑:民数記. 18:7.
18:7[編集]あなたとあなたの子たちは共に祭司職を守って、祭壇と、垂幕のうちのすべての事を執り行い、共に勤めなければならない。わたしは祭司の職務を賜物として、あなたがたに与える。ほかの人で近づく者は殺されるであろう」。
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▼ 聖殿を見ると死刑:民数記. 4:20.
4:17[編集]主はまた、モーセとアロンに言われた、
4:18[編集]「あなたがたはコハテびとの一族を、レビびとのうちから絶えさせてはならない。
4:19[編集]彼らがいと聖なる物に近づく時、死なないで、命を保つために、このようにしなさい、すなわち、アロンとその子たちが、まず、はいり、彼らをおのおのその働きにつかせ、そのになうべきものを取らせなさい。
4:20[編集]しかし、彼らは、はいって、ひと目でも聖なる物を見てはならない。見るならば死ぬであろう」。
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▼ 鈴を鳴らさずに聖殿に入ると死刑:出エジプト記. 28:34, 35.
28:34[編集]すなわち金の鈴にざくろ、また金の鈴にざくろと、上服のすその周囲につけなければならない。
28:35[編集]アロンは務の時、これを着なければならない。彼が聖所にはいって主の前にいたる時、また出る時、その音が聞えて、彼は死を免れるであろう。 → その服を着さなければ罰が下って死ぬ。ということ。
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▼ 亜麻布のズボンを履かないまま聖殿に入ると死刑:出エジプト記. 28:42, 43.
28:42[編集]また、彼らのために、その隠し所をおおう亜麻布のしたばきを作り、腰からももに届くようにしなければならない。
28:43[編集]アロンとその子たちは会見の幕屋にはいる時、あるいは聖所で務をするために祭壇に近づく時に、これを着なければならない。そうすれば、彼らは罪を得て死ぬことはないであろう。これは彼と彼の後の子孫とのための永久の定めでなければならない。
→ そのズボンを穿かないと罰が下って死ぬ。 ということ。
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▼ 不潔な人に死刑← 死刑ではない
[この不潔とは衛生上の汚れではなく、儀式的、観念的なもので、宗教の儀式を受けてない人または物に触れることです。不潔な物とは例えば動物の死体や豚肉、牡蠣、海老や蟹、梟、鷹、烏、鷺、鷲、はげ鷲、コウノトリ、白鳥、ぺリカン、鵜、タゲリ、さらにコウモリや吸血鬼などの羽毛のない鳥類、ならびに四足の鳥類(?)のすべてなど]:レビ記. 11:4-27,
11:4[編集]ただし、反芻するもの、またはひずめの分かれたもののうち、次のものは食べてはならない。すなわち、らくだ、これは、反芻するけれども、ひずめが分かれていないから、あなたがたには汚れたものである。
11:5[編集]岩たぬき、これは、反芻するけれども、ひずめが分かれていないから、あなたがたには汚れたものである。
11:6[編集]野うさぎ、これは、反芻するけれども、ひずめが分かれていないから、あなたがたには汚れたものである。
11:7[編集]豚、これは、ひずめが分かれており、ひずめが全く切れているけれども、反芻することをしないから、あなたがたには汚れたものである。
11:8[編集]あなたがたは、これらのものの肉を食べてはならない。またその死体に触れてはならない。これらは、あなたがたには汚れたものである。
11:9[編集]水の中にいるすべてのもののうち、あなたがたの食べることができるものは次のとおりである。すなわち、海でも、川でも、すべて水の中にいるもので、ひれと、うろこのあるものは、これを食べることができる。
11:10[編集]すべて水に群がるもの、またすべての水の中にいる生き物のうち、すなわち、すべて海、また川にいて、ひれとうろこのないものは、あなたがたに忌むべきものである。
11:11[編集]これらはあなたがたに忌むべきものであるから、あなたがたはその肉を食べてはならない。またその死体は忌むべきものとしなければならない。
11:12[編集]すべて水の中にいて、ひれも、うろこもないものは、あなたがたに忌むべきものである。
11:13[編集]鳥のうち、次のものは、あなたがたに忌むべきものとして、食べてはならない。それらは忌むべきものである。すなわち、はげわし、ひげはげわし、みさご、
11:14[編集]とび、はやぶさの類、
11:15[編集]もろもろのからすの類、
11:16[編集]だちょう、よたか、かもめ、たかの類、
11:17[編集]ふくろう、う、みみずく、
11:18[編集]むらさきばん、ペリカン、はげたか、
11:19[編集]こうのとり、さぎの類、やつがしら、こうもり。
11:20[編集]また羽があって四つの足で歩くすべての這うものは、あなたがたに忌むべきものである。
11:21[編集]ただし、羽があって四つの足で歩くすべての這うもののうち、その足のうえに、跳ね足があり、それで地の上をはねるものは食べることができる。
11:22[編集]すなわち、そのうち次のものは食べることができる。移住いなごの類、遍歴いなごの類、大いなごの類、小いなごの類である。
11:23[編集]しかし、羽があって四つの足で歩く、そのほかのすべての這うものは、あなたがたに忌むべきものである。
11:24[編集]あなたがたは次の場合に汚れたものとなる。すなわち、すべてこれらのものの死体に触れる者は夕まで汚れる。
11:25[編集]すべてこれらのものの死体を運ぶ者は、その衣服を洗わなければならない。彼は夕まで汚れる。
11:26[編集]すべて、ひずめの分かれた獣で、その切れ目の切れていないもの、また、反芻することをしないものは、あなたがたに汚れたものである。すべて、これに触れる者は汚れる。
11:27[編集]すべて四つの足で歩く獣のうち、その足の裏のふくらみで歩くものは皆あなたがたに汚れたものである。すべてその死体に触れる者は夕まで汚れる。
11:28[編集]その死体を運ぶ者は、その衣服を洗わなければならない。彼は夕まで汚れる。これは、あなたがたに汚れたものである。
11:29[編集]地にはう這うもののうち、次のものはあなたがたに汚れたものである。すなわち、もぐらねずみ、とびねずみ、とげ尾とかげの類、
11:30[編集]やもり、大とかげ、とかげ、すなとかげ、カメレオン。
11:31[編集]もろもろの這うもののうち、これらはあなたがたに汚れたものである。すべてそれらのものが死んで、それに触れる者は夕まで汚れる。
11:32[編集]またそれらのものが死んで、それが落ちかかった物はすべて汚れる。木の器であれ、衣服であれ、皮であれ、袋であれ、およそ仕事に使う器はそれを水に入れなければならない。それは夕まで汚れているが、そののち清くなる。
11:33[編集]またそれらのものが、土の器の中に落ちたならば、その中にあるものは皆汚れる。あなたがたはその器をこわさなければならない。
11:34[編集]またすべてその中にある食物で、水分のあるものは汚れる。またすべてそのような器の中にある飲み物も皆汚れる。
11:35[編集]またそれらのものの死体が落ちかかったならば、その物はすべて汚れる。天火であれ、かまどであれ、それをこわさなければならない。これらは汚れたもので、あなたがたに汚れたものとなる。
11:36[編集]ただし、泉、あるいは水の集まった水たまりは汚れない。しかし、その死体に触れる者は汚れる。
11:37[編集]それらのものの死体が、まく種の上に落ちても、それは汚れない。
11:38[編集]ただし、種の上に水がかかっていて、その上にそれらのものの死体が、落ちるならば、それはあなたがたに汚れたものとなる。
11:39[編集]あなたがたの食べる獣が死んだ時、その死体に触れる者は夕まで汚れる。
11:40[編集]その死体を食べる者は、その衣服を洗わなければならない。夕まで汚れる。その死体を運ぶ者も、その衣服を洗わなければならない。夕まで汚れる。
11:41[編集]すべて地にはう這うものは忌むべきものである。これを食べてはならない。
11:42[編集]すべて腹ばい行くもの、四つ足で歩くもの、あるいは多くの足をもつもの、すなわち、すべて地にはう這うものは、あなたがたはこれを食べてはならない。それらは忌むべきものだからである。
11:43[編集]あなたがたはすべて這うものによって、あなたがたの身を忌むべきものとしてはならない。また、これをもって身を汚し、あるいはこれによって汚されてはならない。
11:44[編集]わたしはあなたがたの神、主であるから、あなたがたはおのれを聖別し、聖なる者とならなければならない。わたしは聖なる者である。地にはう這うものによって、あなたがたの身を汚してはならない。
11:45[編集]わたしはあなたがたの神となるため、あなたがたをエジプトの国から導き上った主である。わたしは聖なる者であるから、あなたがたは聖なる者とならなければならない』」。
11:46[編集]これは獣と鳥と、水の中に動くすべての生き物と、地に這うすべてのものに関するおきてであって、
11:47[編集]汚れたものと清いもの、食べられる生き物と、食べられない生き物とを区別するものである。
レビ記. 22:3, 9,
22:3[編集]彼らに言いなさい、『あなたがたの代々の子孫のうち、だれでも、イスラエルの人々が主にささげる聖なる物に、汚れた身をもって近づく者があれば、その人はわたしの前から断たれるであろう。わたしは主である。
22:4[編集]アロンの子孫のうち、だれでも、らい病の者、また流出ある者は清くなるまで、聖なる物を食べてはならない。また、すべて死体によって汚れた物に触れた者、精を漏らした者、
22:5[編集]または、すべて人を汚す這うものに触れた者、または、どのような汚れにせよ、人を汚れさせる人に触れた者、
22:6[編集]このようなものに触れた人は夕まで汚れるであろう。彼はその身を水にすすがないならば、聖なる物を食べてはならない。
22:7[編集]日が入れば、彼は清くなるであろう。そののち、聖なる物を食べることができる。それは彼の食物だからである。
22:8[編集]自然に死んだもの、または裂き殺されたものを食べ、それによって身を汚してはならない。わたしは主である。
22:9[編集]それゆえに、彼らはわたしの言いつけを守らなければならない。彼らがこれを汚し、これがために、罪を獲て死ぬことのないためである。わたしは彼らを聖別する主である。
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▼ 自然に死んだ動物の肉、あるいは獣に殺された動物の肉を食べると死刑:← ?
レビ記. 17:13-16,
17:13[編集]イスラエルの人々のうち、またあなたがたのうちに宿る寄留者のうち、だれでも、食べてもよい獣あるいは鳥を狩り獲た者は、その血を注ぎ出し、土でこれをおおわなければならない。
17:14[編集]すべて肉の命は、その血と一つだからである。それで、わたしはイスラエルの人々に言った。あなたがたは、どんな肉の血も食べてはならない。すべて肉の命はその血だからである。すべて血を食べる者は断たれるであろう。
申命記. 14:21.
14:21[編集]すべて自然に死んだものは食べてはならない。町の内におる寄留の他国人に、それを与えて食べさせることができる。またそれを外国人に売ってもよい。あなたはあなたの神、主の聖なる民だからである。子やぎをその母の乳で煮てはならない。
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▼ 贖罪の日に自分の体を折檻しないと死刑:レビ記. 23:29.
▼ 贖罪の日に少しでも仕事をすると死刑 レビ記. 23:30. (今日のイスラエルでは安息日にエレベーターのボタンを押さずにすむように、どの階でも自動的に止まる「安息日用エレベーター」がある。)
▼ 幕屋に近づくと死刑:民数記. 1:51; 18:22; 17:13.
▼ 聖職者に近づくと死刑:民数記. 3:10; 18:7, 3:38.
▼ 神を冒涜すると死刑:レビ記. 24:11-23.
▼ 処女を結婚前に失った少女、処女でも初夜に出血しない少女は石で撃ち殺す:申命記. 22:20-21.
▼ 処女膜が完全でない聖職者の娘は火あぶりの刑:レビ記. 21:9.
21:9祭司の娘である者が、淫行をなして、その身を汚すならば、その父を汚すのであるから、彼女を火で焼かなければならない。
▼ 姦通者に死刑:申命記. 22:22.
▼ 強姦に死刑:申命記. 22:23-24.
▼ 強姦された時に大声で叫ばなかった少女に死刑:申命記: 22:24.
▼ 月経中にセックスすると死刑:レビ記. 20:18.
20:18人がもし、月のさわりのある女と寝て、そのはだを現すならば、男は女の源を現し、女は自分の血の源を現したのであるから、ふたり共にその民のうちから断たれなければならない。
▼ 神は愚痴を言う民を焼き殺した: 民数記. 11:1.
11:1さて、民は災難に会っている人のように、主の耳につぶやいた。主はこれを聞いて怒りを発せられ、主の火が彼らのうちに燃えあがって、宿営の端を焼いた。
▼ 神は欲心の人々を殺す:民数記. 11:4-6, 31, 33-34.
11:31さて、主のもとから風が起り、海の向こうから、うずらを運んできて、これを宿営の近くに落した。その落ちた範囲は、宿営の周囲で、こちら側も、おおよそ一日の行程、あちら側も、おおよそ一日の行程、地面から高さおおよそ二キュビトであった。 11:32そこで民は立ち上がってその日は終日、その夜は終夜、またその次の日も終日、うずらを集めたが、集める事の最も少ない者も、十ホメルほど集めた。彼らはみな、それを宿営の周囲に広げておいた。 11:33その肉がなお、彼らの歯の間にあって食べつくさないうちに、主は民にむかって怒りを発し、主は非常に激しい疫病をもって民を撃たれた。 11:34これによって、その所の名はキブロテ・ハッタワと呼ばれた。欲心を起した民を、そこに埋めたからである。
▼ 神はモーセにミデアン人の大虐殺を命令する。ミデアン人はモーセがエジプト兵から逃げた時以来40年間もモーセを客としてもてなしていた。しかし、忘恩は世の習い、神はミデアン人を皆、女達と男性の子供を含めて、殺せと命じた。ただ、処女達は戦利品となり、兵士、聖職者、さらには神自身の慰安婦として生き残ることを許された:民数記. 31:1-2,
9-11, 14-18, 32, 35, 40.
▼ 火付け法を誤った聖職者を神は焼き殺してしまった:レビ記. 10:1,2.
▼ 神は逆らった人々を地震や火事や疫病で殺す:民数記. 16:3、20-22、27、31-33、35。民数記.16:49.
16:29すなわち、もしこれらの人々が、普通の死に方で死に、普通の運命に会うのであれば、主がわたしをつかわされたのではない。 16:30しかし、主が新しい事をされ、地が口を開いて、これらの人々と、それに属する者とを、ことごとくのみつくして、生きながら陰府に下らせられるならば、あなたがたはこれらの人々が、主を侮ったのであることを知らなければならない」。
▼ 神は文句を言う者に毒蛇をもって応える:民数記. 21:5,6.
▼ 神に対する愛が足りないと惨事、旱魃、熱病に見舞われる:レビ記. 26:16.収穫もない:レビ記. 26:20.子供は獣に食われ、土地は不毛になる:レビ記. 26:22.
▼ 神に逆らって歩むと神の復讐は七倍重く、疫病に苦しみ、敵の手に渡される:レビ記. 26:23―25.
26:21もしあなたがたがわたしに逆らって歩み、わたしに聞き従わないならば、わたしはあなたがたの罪に従って七倍の災をあなたがたに下すであろう。 26:22わたしはまた野獣をあなたがたのうちに送るであろう。それはあなたがたの子供を奪い、また家畜を滅ぼし、あなたがたの数を少なくするであろう。あなたがたの大路は荒れ果てるであろう。
▼ 神の呪い:“あなたがたは自分の息子の肉を食べ、また自分の娘の肉を食べるであろう。”レビ記. 26:29.
26:27それでもなお、あなたがたがわたしに聞き従わず、わたしに逆らって歩むならば、 26:28わたしもあなたがたに逆らい、怒りをもって歩み、あなたがたの罪を七倍重く罰するであろう。 26:29あなたがたは自分のむすこの肉を食べ、また自分の娘の肉を食べるであろう。 26:30わたしはあなたがたの高き所をこぼち、香の祭壇を倒し、偶像の死体の上に、あなたがたの死体を投げ捨てて、わたしは心にあなたがたを忌みきらうであろう。 26:31わたしはまたあなたがたの町々を荒れ地とし、あなたがたの聖所を荒らすであろう。またわたしはあなたがたのささげる香ばしいかおりをかがないであろう。 26:32わたしがその地を荒らすゆえ、そこに住むあなたがたの敵はそれを見て驚くであろう。 26:33わたしはあなたがたを国々の間に散らし、つるぎを抜いて、あなたがたの後を追うであろう。あなたがたの地は荒れ果て、あなたがたの町々は荒れ地となるであろう。
▼ 神はある民族(女たち子供を含む)の全虐殺を手伝う:申命記. 2:30, 34.
2:31時に主はわたしに言われた、『わたしはシホンと、その地とを、おまえに渡し始めた。おまえはそれを征服しはじめ、その地を自分のものとせよ』。 2:32そこでシホンは、われわれを攻めようとして、その民をことごとく率い、出てきてヤハズで戦ったが、 2:33われわれの神、主が彼を渡されたので、われわれは彼とその子らと、そのすべての民とを撃ち殺した。 2:34その時、われわれは彼のすべての町を取り、そのすべての町の男、女および子供を全く滅ぼして、ひとりをも残さなかった。 2:35ただその家畜は、われわれが取った町々のぶんどり物と共に、われわれが獲て自分の物とした。 2:36アルノンの谷のほとりにあるアロエルおよび谷の中にある町からギレアデに至るまで、われわれが攻めて取れなかった町は一つもなかった。われわれの神、主がことごとくわれわれに渡されたのである。
→ 侵略の正当化のために生み出された「神」という概念。
▼ バシャンでの大虐殺:申命記. 3:6.
3:2時に主はわたしに言われた、『彼を恐れてはならない。わたしは彼と、そのすべての民と、その地をおまえの手に渡している。おまえはヘシボンに住んでいたアモリびとの王シホンにしたように、彼にするであろう』。 3:3こうしてわれわれの神、主はバシャンの王オグと、そのすべての民を、われわれの手に渡されたので、われわれはこれを撃ち殺して、ひとりをも残さなかった。 3:4その時、われわれは彼の町々を、ことごとく取った。われわれが取らなかった町は一つもなかった。取った町は六十。アルゴブの全地方であって、バシャンにおけるオグの国である。 3:5これらは皆、高い石がきがあり、門があり、貫の木のある堅固な町であった。このほかに石がきのない町は、非常に多かった。 3:6われわれはヘシボンの王シホンにしたように、これらを全く滅ぼし、そのすべての町の男、女および子供をことごとく滅ぼした。 3:7ただし、そのすべての家畜と、その町々からのぶんどり物とは、われわれが獲て自分の物とした。
▼ 神の命令:七つの民族の大虐殺:申命記. 7:1-6, 申命記. 20:6,17.
▼ 神の汚い武器:殺害の熊蜂:申命記. 7:20,21.
▼ ヨシュアはエリコの人々を皆奉納物として滅ぼす。ただ協力した娼婦のラハブと彼女の一族を生き残す事を許した:ヨシュア記. 6:17-21.
▼ ヤエルは信頼を裏切って残酷な殺人する:士師記 4:9-24
▼ それに対する神の誉め言葉:士師記 5:24-31.
▼ 神は、サムソンの愚かな賭博の借金を払うための三十人の殺人の補助正犯となる:士師記 14:19.
▼ 動物虐待と放火罪:士師記 15:4, 5.
▼ 神は、一千人のペリシテ人の殺人の補助正犯となる:士師記 15:14-15.
▼ 平凡な市民の虐殺:士師記 18:6-27.
▼ 丁度また箱の中にしゃがんでいる神がベニヤミン族の虐殺を命じる:士師記 20:27,28.
▼ 敬虔な求婚する方法:親族の皆を殺す事:士師記 21:7-14.
▼ 神は70人を殺す。なぜならば、彼らはある箱の中を見てしまったから:サムエル記 上. 6:19.
6:19ベテシメシの人々で主の箱の中を見たものがあったので、主はこれを撃たれた。すなわち民のうち七十人を撃たれた。主が民を撃って多くの者を殺されたので、民はなげき悲しんだ。
▼ 神は、400年前の罪で、赤子と用畜を含めたすべてのアマレク人の虐殺を命じる:サムエル記上. 15:1-3, 8.
▼ “嬉しそうにサムエルの所に来た”アマレク人の王アガグを主の前で切り刻むサムエル:サムエル記上. 15:33.
▼ ダビデ、神の好みの男、は200人のピリシテ人を殺し、死体から包皮を切り取る:サムエル記上. 18:27.
▼ ダビデは殺人、強盗、恐喝をして生きている:サムエル記上. 27:8, 9及びサムエル記上. 25:5-13.
▼ ダビデは、復讐のためイスラエルに侵入したが誰も殺さずユダヤ人をただ捕虜にしたアマレク人に、大虐殺こそ本当のやり方だと見せつける:: サムエル記上 30:2-18.
▼ 神は神の箱を倒れない様に支えたウザを殺す:サムエル記下 6:6-7.
▼ ダビデはモアビ人の捕虜の三分の二を殺す:サムエル記下 8:2.
▼ ダビデは馬の足の筋を切断する:サムエル記下 8:4.
▼ ダビデはウリヤの妻を誘惑し、そしてウリヤを死に追いやる:サムエル記下 11:2-15.
▼ 神の男ダビデは、キリスト教の宗教裁判官の様にアンモンの人々を鋸、おの、つるはしや鉄の道具での拷問の末、彼らをナチとクロアチのウスタチャ(カトリックのファシスト政府、 1941―45)同様大きな煉瓦造りの炉で焼き殺す:歴代志上 20:3
ダビデはまたその町のぶんどり物を非常に多く持ち出した。 20:3また彼はそのうちの民を引き出して、これをのこぎりと、鉄のつるはしと、おのを使う仕事につかせた。ダビデはアンモンびとのすべての町々にこのように行った。
及び サムエル記下 12:31.
12:31またダビデはそのうちの民を引き出して、彼らをのこぎりや、鉄のつるはし、鉄のおのを使う仕事につかせ、また、れんが造りの労役につかせた。彼はアンモンの人々のすべての町にこのようにした。
1956年、聖書のこの個所はアウシュビッツの大虐殺を連想させるとの理由でルーテル派の聖書協会により“煉瓦工場の労役につかせた”との表現に変えさせられた。私の手元にある日本版の聖書にもそう書いてあります。聖書の言葉は変わり易いですね。永遠の真実とは何なのでしょうか?
▼ ダビデの人口調査に反対の立場である神は七万人の男性を(女性と子供は別)天使に殺させる:歴代志上. 21:1-15,
▼ ダビデは臨終の床に至るまで、復讐心から殺人を命じる:列王紀上 2:5-9.
▼ 神の予言者は政治的、宗教的な大虐殺を引き起こす:列王紀上 21:20-24,
21:17そのとき、主の言葉がテシベびとエリヤに臨んだ、 21:18「立って、下って行き、サマリヤにいるイスラエルの王アハブに会いなさい。彼はナボテのぶどう畑を取ろうとしてそこへ下っている。 21:19あなたは彼に言わなければならない、『主はこう仰せられる、あなたは殺したのか、また取ったのか』と。また彼に言いなさい、『主はこう仰せられる、犬がナボテの血をなめた場所で、犬があなたの血をなめるであろう』」。
列王紀下 9:6-10, 列王紀下 10:10, 11, 16-19, 25, 28, 30.
▼ 神の従者で大量殺人者、エリヤは天からの火で二回大尉と50人を焼き殺す:列王紀下 1:10-12.
▼ エリヤは競争相手の聖職者450人を冷酷に殺す:列王紀上 18:40.
▼ エリシャをいじめた子供42人は熊に引き裂かれ殺された:列王紀下 2:23-24.
▼ 神の天使は一晩で185,000人を殺す:列王紀下 19:35.
19:35その夜、主の使が出て、アッスリヤの陣営で十八万五千人を撃ち殺した。人々が朝早く起きて見ると、彼らは皆、死体となっていた。
▼ 子供は父親の身代わりに罰せられる:イザヤ書 14:21, 出エジプト記. 34:7, 民数記. 14:18.
▼ 信心深い夫ならびに父親は、外国の妻とその子供を捨てなければならない:エズラ 10:2-3.
▼ 神はサタンとの信心試しの為にヨブを苦しめ、ヨブの子供、召使い、羊を殺すことをもいとわない:ヨブ記 1:12-19.
▼ 神は予言者を彼らを虐殺する為に騙す:エゼキエル記. 14:9.
“あなたの嬰児を取って岩に投げ打つ者は幸いです!”詩篇. 137:9.
137:8破壊者であるバビロンの娘よ、
あなたがわれらにしたことを、
あなたに仕返しする人はさいわいである。
137:9あなたのみどりごを取って
岩になげうつ者はさいわいである。
ラスカサス(Bartolome de LasCasas)ドミニコ会の宣教師(1474-1566)は、中米を征服したスペイン人が実際にインディオの赤ちゃんを母のおっぱいから引き離し、岩に投げつけ殺したのを目撃したと書きました。ところで、 アフリカからアメリカへの黒人の輸入は、インディオを守るためのラスカサスのアイディアでした。
▼ 奇妙な慈しみについて:詩篇. 136:2, 10, 15, 17-21.
▼ 残酷な行為が延々と続く:哀歌. 2:21, 哀歌. 3:10, 11, ホセア書. 13:7, 8, エゼキエル記. 6:12, 13, エゼキエル書. 13:6, 9, 16-18, ナホム書. 1:2-3, 5-6, ハバクク書. 3:5, ゼパニヤ書. 1:2, 3.
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▼ 新約聖書は旧約聖書の残酷行為を正当化する:
ルカによる福音書 16:31,
アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』」。← ? ← モーセの言動を追認・正当化
● イエスが旧約の残虐行為を正当化している箇所
マタイによる福音書. 5:17-19,
わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。
5:18[編集]よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。
5:19[編集]それだから、これらの最も小さいいましめの一つでも破り、またそうするように人に教えたりする者は、天国で最も小さい者と呼ばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう教える者は、天国で大いなる者と呼ばれるであろう。
ルカによる福音書 16:17, しかし、律法の一画が落ちるよりは、天地の滅びる方が、もっとたやすい。
テモテへの第二の手紙. 3:15, 16, また幼い時から、聖書に親しみ、それが、キリスト・イエスに対する信仰によって救に至る知恵を、あなたに与えうる書物であることを知っている。
3:16[編集]聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。
3:17[編集]それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。
ヨハネによる福音書. 5:39,
あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。
46, 47,
もし、あなたがたがモーセを信じたならば、わたしをも信じたであろう。モーセは、わたしについて書いたのである。 5:47しかし、モーセの書いたものを信じないならば、どうしてわたしの言葉を信じるだろうか」。
ルカによる福音書 24:25, 27, そこでイエスが言われた、「ああ、愚かで心のにぶいため、預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ。
24:26[編集]キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか」。
24:27[編集]こう言って、モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた。
ヘブル人への手紙. 11:17,信仰によって、アブラハムは、試錬を受けたとき、イサクをささげた。すなわち、約束を受けていた彼が、そのひとり子をささげたのである。
30-31, 信仰によって、エリコの城壁は、七日にわたってまわったために、くずれおちた。
11:31[編集]信仰によって、遊女ラハブは、探りにきた者たちをおだやかに迎えたので、不従順な者どもと一緒に滅びることはなかった。
ヤコブの手紙 2:21- 25.わたしたちの父祖アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげた時、行いによって義とされたのではなかったか。
2:22[編集]あなたが知っているとおり、彼においては、信仰が行いと共に働き、その行いによって信仰が全うされ、
2:23[編集]こうして、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」という聖書の言葉が成就し、そして、彼は「神の友」と唱えられたのである。
2:24[編集]これでわかるように、人が義とされるのは、行いによるのであって、信仰だけによるのではない。
2:25[編集]同じように、かの遊女ラハブでさえも、使者たちをもてなし、彼らを別な道から送り出した時、行いによって義とされたではないか。
▼ 新約聖書は人間の恐れや悩みを地獄での永遠の苦しみにより倍増する:← ?
マタイによる福音書. 18:8, もしあなたの片手または片足が、罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。両手、両足がそろったままで、永遠の火に投げ込まれるよりは、片手、片足になって命に入る方がよい。
18:9[編集]もしあなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。両眼がそろったままで地獄の火に投げ入れられるよりは、片目になって命に入る方がよい。
マタイによる福音書. 25:41, それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。
25:42[編集]あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、
25:43[編集]旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。
46, そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。
マルコによる福音書 9:43-48, ルカによる福音書 12:5, マタイによる福音書. 10:28, マタイによる福音書. 23:33, ルカによる福音書 16:23, 24.
▼ 聖ヨハネは、自ら地獄を語ることで有頂天になる:← ?
ヨハネの黙示録. 14:9-11;
また、ほかの第二の御使が、続いてきて言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。その不品行に対する激しい怒りのぶどう酒を、あらゆる国民に飲ませた者」。
ほかの第三の御使が彼らに続いてきて、大声で言った、「おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者は、神の怒りの杯に混ぜものなしに盛られた、神の激しい怒りのぶどう酒を飲み、聖なる御使たちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。
その苦しみの煙は世々限りなく立ちのぼり、そして、獣とその像とを拝む者、また、だれでもその名の刻印を受けている者は、昼も夜も休みが得られない。
19:1, 3-4, この後、わたしは天の大群衆が大声で唱えるような声を聞いた、「ハレルヤ、救と栄光と力とは、われわれの神のものであり、そのさばきは、真実で正しい。神は、姦淫で地を汚した大淫婦をさばき、神の僕たちの血の報復を彼女になさったのである」。
再び声があって、「ハレルヤ、彼女が焼かれる火の煙は、世々限りなく立ちのぼる」と言った。
すると、二十四人の長老と四つの生き物とがひれ伏し、御座にいます神を拝して言った、「アァメン、ハレルヤ」。
20; 20:1-3, 10.
▼ 天国にいる敬謙なキリスチャンは地獄で拷問される人々を見て大喜びする:ヨハネの黙示録. 19: 1-9.
この後、わたしは天の大群衆が大声で唱えるような声を聞いた、「ハレルヤ、救と栄光と力とは、われわれの神のものであり、そのさばきは、真実で正しい。神は、姦淫で地を汚した大淫婦をさばき、神の僕たちの血の報復を彼女になさったのである」。
再び声があって、「ハレルヤ、彼女が焼かれる火の煙は、世々限りなく立ちのぼる」と言った。
すると、二十四人の長老と四つの生き物とがひれ伏し、御座にいます神を拝して言った、「アァメン、ハレルヤ」。
その時、御座から声が出て言った、「すべての神の僕たちよ、神をおそれる者たちよ。小さき者も大いなる者も、ともに、われらの神をさんびせよ」。
わたしはまた、大群衆の声、多くの水の音、また激しい雷鳴のようなものを聞いた。それはこう言った、「ハレルヤ、全能者にして主なるわれらの神は、王なる支配者であられる。
わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。
彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。
それから、御使はわたしに言った、「書きしるせ。小羊の婚宴に招かれたものは、さいわいである」。またわたしに言った、「これらは、神の真実の言葉である」。
▼ 人類のほとんどは地獄へ行かなければならない:
▼ 神の呪詛:異教者は皆地獄へ落ち、永遠に苦しまなければならない:
ヨハネの黙示録. 21:8, しかし、おくびょうな者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである。これが第二の死である」。 → 博愛 など全くない。
コリント人への手紙. 6:9.それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、
6:10[編集]貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。 → ほとんどの人類は地獄行き。
▼ 神の存在を認めない人は皆 神から報復される:
テサロニケ人への第二の手紙. 1:7-9, それは、主イエスが炎の中で力ある天使たちを率いて天から現れる時に実現する。
1:8[編集]その時、主は神を認めない者たちや、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者たちに報復し、
1:9[編集]そして、彼らは主のみ顔とその力の栄光から退けられて、永遠の滅びに至る刑罰を受けるであろう。
→ 報復 仕返し 刑罰を与える 一方的に責める 救い出そうと言う慈悲が全くない。 → 対立構図を招き、増長させるだけ。
使徒行伝. 4:12, このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。
4:12[編集]この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。
詩篇. 9:(特に 18).← ?
▼ 他人をばか者呼ばわりする者は地獄の火に:
マタイによる福音書. 5:22. しかし、わたしはあなたがたに言う。兄弟に対して怒る者は、だれでも裁判を受けねばならない。兄弟にむかって愚か者と言う者は、議会に引きわたされるであろう。また、ばか者と言う者は、地獄の火に投げ込まれるであろう。
← イエス自身は同胞を愚かな盲目な人、蛇、まむしの子ら等と呼ぶ:
マタイによる福音書. 23:17, 23:17愚かな盲目な人たちよ。黄金と、黄金を神聖にする神殿と、どちらが大事なのか。
ルカによる福音書 11:40, 11:40愚かな者たちよ、外側を造ったかたは、また内側も造られたではないか。
ルカによる福音書 24:25, 24:25そこでイエスが言われた、「ああ、愚かで心のにぶいため、預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ。
マタイによる福音書. 3:7, 3:7ヨハネは、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けようとしてきたのを見て、彼らに言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、おまえたちはのがれられると、だれが教えたのか。
マタイによる福音書. 12:34, 12:34まむしの子らよ。あなたがたは悪い者であるのに、どうして良いことを語ることができようか。おおよそ、心からあふれることを、口が語るものである。
マタイによる福音書. 23:33.23:33へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰をのがれることができようか。
▼ 不信心と不倫の報いは火と硫黄の燃えている池へ:
ヨハネの黙示録. 21:8, 既出
ヨハネによる福音書. 3:36, 3:36御子を信じる者は永遠の命をもつ。御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまるのである
ルカによる福音書 12:46, 例えが曖昧
マルコによる福音書. 16:16.
▼ イエスを信じている者は病人に手を置けば癒される? 実際そうなっていはいないではないか。マルコによる福音書 16:16
16:17信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、 16:18へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる」。
▼ 金持ちに呪い:マタイによる福音書. 19:24, ルカによる福音書 6:24, ルカによる福音書 16:19-31.
▼ 罪の洗剤は血である:1 ヨハネによる福音書. 1:7, ヘブル人への手紙. 9:22, 28, ヘブル人への手紙. 9:12-14, 10:29, マタイによる福音書. 26:28, 使徒行伝. 20:28, エペソ人への手紙. 1:7, コロセイ人への手紙. 1:20, ヨハネの黙示録. 1:5, ヨハネの黙示録. 5:9, ペトロ第一の手紙. 1:2, ヨハネの黙示録. 7:14.
▼ 父は、自ら造った罪人に対しての報復を止める前に、自分の息子に残酷な死を要求する:ヨハネによる福音書. 3:16, Phil. 2:8, コロセイ人への手紙. 1:19-20, ガラテヤ人への手紙. 3:13, テモテへの第一の手紙. 2:5-6, エペソ人への手紙. 2:13, 16, ローマ人の手紙. 3:24, 15, ローマ人の手紙. 4:25, ローマ人の手紙. 5:1, 6, 8-11.
▼ 神はわざわざ人がサタンを信じるように迷わすために仕組み、それで迷って神を信じなかった者を地獄に落す:テサロニケ人への第二の手紙. 2:11, 12.
2:9[編集]不法の者が来るのは、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力と、しるしと、不思議と、
2:10[編集]また、あらゆる不義の惑わしとを、滅ぶべき者どもに対して行うためである。彼らが滅びるのは、自分らの救となるべき真理に対する愛を受けいれなかった報いである。
2:11[編集]そこで神は、彼らが偽りを信じるように、迷わす力を送り、
2:12[編集]こうして、真理を信じないで不義を喜んでいたすべての人を、さばくのである。
▼ 人がイエスの教えを理解せず救われない様に、イエスはわざと理解出来ない事を言う:マルコによる福音書. 4:11, 12.← ?ピンボケ
▼ 神は人が地獄から救われない様にわざと人の“心をかたくなになさった”:ヨハネによる福音書. 12:39, 40.← ? ピンボケ
▼ 予定説:人間は無力で、地獄から自力で抜けられない:
▼ 神は人が地獄から救われない様にわざと人の“心をかたくなになさった
ローマ人の手紙. 9:9-13, 16, 18, 21- 22.
9:15[編集]神はモーセに言われた、「わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ」。
9:16[編集]ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである。
9:17[編集]聖書はパロにこう言っている、「わたしがあなたを立てたのは、この事のためである。すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである」。
9:18[編集]だから、神はそのあわれもうと思う者をあわれみ、かたくなにしようと思う者を、かたくなになさるのである。
9:19[編集]そこで、あなたは言うであろう、「なぜ神は、なおも人を責められるのか。だれが、神の意図に逆らい得ようか」。
9:20[編集]ああ人よ。あなたは、神に言い逆らうとは、いったい、何者なのか。造られたものが造った者に向かって、「なぜ、わたしをこのように造ったのか」と言うことがあろうか。
9:21[編集]陶器を造る者は、同じ土くれから、一つを尊い器に、他を卑しい器に造りあげる権能がないのであろうか。
▼ 予定説: すべては神によって定められた(私が無神論者であることも?):8:29, 30, エペソ人への手紙. 1:4, 5, ←ピンボケ
ヨハネの黙示録. 17:8, ×
ヨハネの黙示録. 20:15.×
▼ 二律背反:良い行いはどうでもいい、信じる事がすべて:ローマ人の手紙. 4:5, 8, 5:1, 6:18, 22 u. 8:33, 使徒行伝. 13:39, 1 コリント人への手紙. 6:12, 1 ヨハネによる福音書. 3:9 u. 5:1, ルカによる福音書 14:26.
▼ キリスト教に抵抗した人が盲にされた:使徒行伝.: 13:8-11.
13:8[編集]ところが魔術師エルマ(彼の名は「魔術師」との意)は、総督を信仰からそらそうとして、しきりにふたりの邪魔をした。
13:9[編集]サウロ、またの名はパウロ、は聖霊に満たされ、彼をにらみつけて
13:10[編集]言った、「ああ、あらゆる偽りと邪悪とでかたまっている悪魔の子よ、すべて正しいものの敵よ。主のまっすぐな道を曲げることを止めないのか。
13:11[編集]見よ、主のみ手がおまえの上に及んでいる。おまえは盲になって、当分、日の光が見えなくなるのだ」。たちまち、かすみとやみとが彼にかかったため、彼は手さぐりしながら、手を引いてくれる人を捜しまわった。
13:12[編集]総督はこの出来事を見て、主の教にすっかり驚き、そして信じた。
▼ 報復欲をぶちまける神の最後の行動:
ペトロ第一の手紙. 4:7, ←?
ルカによる福音書 17:29, 30, ←?
ペトロ第二の手紙. 3:7, 10, ×
ローマ人の手紙. 2:5, 2:8他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと激しい憤りとが加えられる。2:9悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、患難と苦悩とが与えられ、
マタイによる福音書. 25:41-46
25:41それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。 25:42あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、 25:43旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。 25:44そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。 25:45そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。 25:46そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入るであろう」。
▼ 神の徹底した残虐性
それからもちろん神の最終解決である
ヨハネの黙示録、特に:1:13-16,
2:18, 22,
6:4,
8:1-13,
9:1-20,
14:10, 11, 19, 20,
14:9ほかの第三の御使が彼らに続いてきて、大声で言った、「おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者は、 14:10神の怒りの杯に混ぜものなしに盛られた、神の激しい怒りのぶどう酒を飲み、聖なる御使たちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。 14:11その苦しみの煙は世々限りなく立ちのぼり、そして、獣とその像とを拝む者、また、だれでもその名の刻印を受けている者は、昼も夜も休みが得られない。 14:12ここに、神の戒めを守り、イエスを信じる信仰を持ちつづける聖徒の忍耐がある」。
▼ 上の残酷な聖書の内容はAmerican Atheists Pressの “The Bible Handbook”を元にして書きました。
住所は:American Atheists Press、PO Box5733、 Parsippany NJ 07054―6733
USA
http://www.atheists.org
ftp.atheists.org/pub/atheists/
http://www.americanatheist.org
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Takeです。
ユダヤ教の教義を昇華させる形でキリスト教が生まれた、と思っています。そして、主イエスの十字架による罪の許しが、旧約の怒れる神と新約の許しの神の違いだと思います。
旧約=新約であったなら、イエスがなぜ十字架にかからなければいけないのか、単に無意味な死でしかなくなる訳です。クリスチャンは、ここに神の許しを感じ、だからこそ、十字架のイエスを主とあがめるわけです。つまりイエスが十字架で死んだからこそ、神は「殺せ」と命じないわけです。モーセやヨシュアが神様とどうかかわったかだけならば、そこにイエスの存在はないのではないでしょうか?
貴兄が仰るとおり、(僕の聖書理解と反している)クリスチャンの殺戮の歴史はおかしいと思います。どう読んでも、旧約のみをクローズアップしているような気がします。
聖書に間違いがある、だから聖書は正しくない。と言うご意見なら、僕らが主とあがめるイエスの生き方(これも記載したのが人間ですし、イエスの言いたかった神の御国の到来でない、物質的・現世的な王国の到来を望んでいたようにTakeは読めますので)のみ後を歩むのがクリスチャンだと思うからです。
再度お手間をおかけしますが、Takeの意見に対しご意見をお聞かせくだされば幸いです。
Takeさんへ
2001年4月29日
1.新約聖書の神は旧約聖書の神よりもっと残虐です
イエスが十字架で死んだからこそ、神は「殺せ」と命じないわけです。
これはまたずいぶん都合の良い解釈ですが、そんなことは新約聖書のどこにも書いてありません。わたしが「殺せ!と神が命じるとき」において語っている神は旧約聖書や新約聖書の神です。
むしろ、新約聖書で描かれる神は、旧約聖書で描かれる神よりはるかに残虐な形で、人殺しを命じています。読んでいただけなかったようですので、もう一度、ここに引用しておきます。念のために繰り返しますが、これは旧約聖書の引用ではなく、新約聖書の引用です。
小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。かれらは大声で言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでもさばきを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」
すると、彼らのひとりひとりに、白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。
・・・[そしてついに]私は見た。一羽のわしが中天を飛びながら、大声で言うのを。「わざわいが来る。わざわいが、わざわいが来る。地に住む人々に。・・・」
[第五の天使がラッパを吹き鳴らすと、]いなごが地上に出てきた。彼らには、地のさそりの持つような力が与えられた。そして彼らは・・・ただ、額に神の印を押されていない[すなわち、クリスチャンでない]人間にだけ害を加えるように言い渡された。しかし、人間を殺すことは許されず、ただ五ヶ月の間苦しめることだけが許された。その与えた苦痛は、さそりが人を刺したときのような苦痛であった。その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げてゆくのである・・・。
[第六の天使がラッパを吹き鳴らすと、]四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放たれた。騎兵の軍勢の数は二億であった。・・・騎兵は、火のような赤、くすぶった青、燃える硫黄の色の胸当を着けており、馬の頭は、ししの頭のようで、口からは火と煙と硫黄とが出ていた。これらの三つの災害、すなわち、彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された・・・。
[第七の天使がラッパを吹く鳴らすと、]天に大きな声々が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」それから、神の御前で自分たちの座についている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、言った。
「万物の支配者、常にいます神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。諸国の民は怒りました。しかし、[神である主なる]あなたの御怒りの日がきました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さいものも大きいものもすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。・・・」
・・・また、私は、大きな声が聖所から出て、七人の御使いに言うのを聞いた。「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」そこで第一の御使いが出て行き、鉢を地に向けてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々に、ひどい悪性のはれものができた。第二の御使いが鉢を海にぶちまけた。すると、海は死者の血のようになった。海の中の命あるものは、みな死んだ。第三の御使いが鉢を川と水の源とにぶちまけた。すると、それらは血になった。
また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」
・・・私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」・・・獣と偽預言者]は、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。残りの者たちも、馬に乗った方[キリスト]の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。
(「ヨハネの黙示録」6章9?19章21節、新改訳)
ここに描写されている<未来のキリスト>の姿は、剣をもって「自由人と奴隷、小さい者と大きい者」を殺す騎馬上の軍神(「王の王」)です。ここに描写されている神の「御怒り」は、旧約の神ではなく、新約聖書「ヨハネの黙示録」の描く神のそれです。いくら旧約聖書の神が怒りの神であるとはいえ、これほど陰険な残虐さはありません。新約聖書は激しい復讐心にかき立てられて書かれた<復讐の書>です。
2.「イエスの生き方・・・のみ後を歩む」とどうなるか
僕らが主とあがめるイエスの生き方・・・のみ後を歩むのがクリスチャンだと思う・・・
オウムの麻原は、あの地下鉄サリン事件をおこす、少し前に「キリスト宣言」をしましたが、かれのハルマゲドンの思想とその実践は、この新約聖書(「ヨハネの黙示録」)に書かれている「イエスの生き方・・・のみ後を歩」んだものです。すなわち「最終戦争」による大量殺人です。自らをキリストであると思い込んだ麻原は、新約聖書(「ヨハネの黙示録」)に書かれているキリストにならって、自ら武器をもって、神の命令である人殺し(最終戦争)を身をもって実践したのです。
わたしはキリストである。(麻原彰晃、『キリスト宣言:キリストの教えのすべてを明かす』、『キリスト宣言 Part2:再臨・裁き・終末』より、未見)
自分たちの教えに反逆する者は、最終的に殺されて当然、神の目から見て正しい、とするオウムの考えは、新約聖書(キリスト教)の教えそのものです。新約聖書の教えにそのまま盲目的に従えば、自分の生き方をキリストの生き方と同一視する者(「イエスの生き方・・・のみ後を歩む」者)が、自ら武器をもって、自分の教えを信じない者たちを大量殺人(最終戦争)で処理しようとしても、なんの不思議もありません。
弟子たちに対する国家の弾圧は、はたしてこれから迎えるであろうハルマゲドン[新約聖書、ヨハネの黙示録、15章16節]において、日本をどのような方向に導くのか、わたしはそれを考えると非常に悲しく、そして哀れみの心が出てくるのである。(麻原彰晃、『亡国日本の悲しみ』、197頁)
ここに潜んでいる問題は、「何が正しいか」を、自分で判断せず、神の判断(神の言葉、聖書、教祖の言葉)に従う(「イエスの生き方・・・のみ後を歩む」)ことの危険性なのです。それが、わたしが「殺せ!と神が命じるとき」において提起した問題の本質なのです。
3.問題の本質
貴兄が仰るとおり、(僕の聖書理解と反している)クリスチャンの殺戮の歴史はおかしいと思います。どう読んでも、旧約のみをクローズアップしているような気がします。
聖書の神は旧約の神も新約の神も、人や御使いやキリストに殺人を命じる残酷な神ですが、前回も指摘しましたように、わたしの取り上げた問題の本質は、聖書の神は残酷である、というようなことではありません。問題は、神の命令(聖書に書いてある)なら、神の命令である(聖書に書いてある)という理由で、たとえ人殺しのような命令でも、それを正しいこととして認めるかいなか、というところにあります。
したがって、「イエスが十字架で死んだからこそ、神は『殺せ』と命じない」というような言い訳では、この問題を避けることはできません。
前回は、
旧約聖書の「殺せ!殺せ!」はもしかしたらイスラエルの民の心からの願いだったのかもしれません。先住民を駆逐して豊かな土地を自分達だけのものにしようという。
と言われましたので、わたしは、てっきり、
(1)神は殺人を命令したのではなかった、聖書は間違っている
と言われているのかと思いましたが、今回は、「イエスが十字架で死んだからこそ、神は『殺せ』と命じない」と言われているので、これでは、まるで、
(2)旧約の時代では神は殺人命令を行ったが、イエス以後神は殺人をしなくてもよくなった
と言われているようです。どちらなのですか、ハッキリさせてください。後者ならば、場合によっては、神は女や子どもさえも殺す、殺人を命じる、ということを認めることになります。この問題は、言い換えれば、もしあなたがモーセの指導する古代イスラエルの民の一人であったなら、聖書が述べているように、殺人行動に参加するのは神の目から見て正しかった、と考えておられるのかどうかという問題なのです。聖書の言うように、旧約の時代で神は殺人命令を行ったのですか?
おたより、ありがとうございました。
佐倉 哲
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聖書が最初に書かれたとき神の聖霊が働いたかどうか知る由もないが、聖書が現代人の手に渡るまでの伝承過程では神の聖霊が働いたとはとうてい考えられない。発見される聖書の写本の内容が一致しないので、どれがオリジナルの内容かわからないからです。たとえば、ある写本ではマルコによる福音書の最終章は8節で終わるけれで、他の写本では19節まで続くのもあるからです。
復活したイエスが顕現する部分は後から加えられた
現在日本でもっとも普及している日本聖書協会の「改訳版」のマルコによる福音書の最終章(第16章)を注意深くみると、ある一つの異常さが発見されます。それは、9節から19節までの復活したイエスが顕現する物語の部分が括弧で囲まれていることです。「改訳版」はこれに何の説明もしていませんが、実は、この部分がもともと聖書の一部であったかどうかが大変疑わしいからです。むしろ、この部分は後からつけ加えられたものある、というのが現代聖書学の定説です。というのは、現代聖書学が「長い結び」と呼ぶ9節から19節までのこの部分は4世紀以後の写本にしか存在せず、それ以前の古い写本には全くないものだからです。
しかも、この「長い結び」とは別の「短い結び」と呼ばれている仕方でつけ加えた写本も発見されているのです。
つまり、マルコによる福音書の最終章の終わり方には写本によって、大きく分けて三つの異なった終わり方があるのです。
ひとつは、8節で終わる。これがもっとも古い写本(例えば、シナイ写本、バチカン写本1209号など)の終わり方です。
二つ目は「長い結び」で終わる写本です。
そして三つ目は「短い結び」で終わる写本です。
例えば、8世紀のレギウス写本(Codex Regius, L 019)には、地域によって(現在「長い結び」と「短い結び」と呼ばれている)二種類の異なった結びが流布していたことが記されています。
日本聖書協会の新共同訳版『聖書』(1987)では、「結び一」と「結び二」として、「長い結び」を先に、「短い結び」をその後に続けています。
ちなみに、8世紀のレギウス写本は、「短い結び」を先に、「長い結び」をその後に続けています。
日本聖書協会の改訳版『聖書』(1955)では、「短い結び」が訳出されていません。
こういう状態ですから、たとえば、聖書を完全な神の言葉として信じることを強調するある教団(エホバの証人)の解説書にさえ、この問題については次のような説明がなされています。
しかしながら、16章8節の後にしばしばつけ加えられる長い結びや短い結びは、信憑性のあるものとはみなされていません。シナイ写本、バチカン写本1209号など、たいていの古代写本の中にこれらは含まれていません。4世紀の学者であるエウセビオスとヒエロニムスは、信憑性のある記録が、「恐れに満たされていたのである」という言葉で終わっているという点で一致しています。これ以外の結びは、この福音書の唐突な終わり方を和らげるためにつけ加えられたものでしょう。(ものみの塔聖書冊子協会発行『聖書全体は神の霊感を受けたもので、有益です』183頁)
日本聖書協会の「共同訳版」では、「結び一」「結び二」という言い方で、「長い結び」と「短い結び」の両方がそれぞれ括弧に囲まれて訳出されています。残念ながら、おそらく信者を動揺させないためでしょうが、なぜこれらが括弧に囲まれているのか、また、「結び一」と「結び二」は何なのかの説明がまったくなされていません。
このように、マルコによる福音書の最終章は信頼できないことになり、聖書が現代人の手に渡るまでの伝承過程では神の聖霊はあまりよく働かなかったことになります。
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宣教師ラス=カサスが16世紀のラテンアメリカのスペイン支配の状況を告発した書物。
インディオという人びと
「インディアスが発見されたのは1492年のことである。その翌年、スペイン人キリスト教徒たちが植民に赴いた。したがって、大勢のスペイン人がインディアスに渡ってから本年(1542年)で49年になる。彼らが植民するために最初に侵入したのはエスパニョーラ島(現在のハイチ、ドミニカ)で、それは周囲の広さおよそ600レグワ(1レグワは約5.6キロ)もある大きな、非常に豊かな島であった。スペイン人の破壊行為
「スペイン人たちは、創造主によって前述の諸性質を授けられたこれらの従順な羊の群に出会うとすぐ、まるで何日もつづいた飢えのために猛り狂った狼や虎や獅子のようにその中へ突き進んで行った。エスパニョーラ島にて
「彼らは、誰が一太刀で真二つに斬れるかとか、誰が一撃のもとに首を斬り落とせるかとか、内臓を破裂させることができるかとか言って賭をした。レケリミエント(催告)の欺瞞
「これまでにインディアスを統括し、インディオたちの改宗と救済を実行したり、それを命じたりするのを任務としてきた人びとは、口ではいろいろと言い、口実を設け、また偽ったけれども、結局のところ、実際には、その聖なる使命をいつもないがしろにしていた。征服者は「人類最大の敵」
「1518年4月18日にヌエバ=エスパーニャに侵入してから1530年にいたる12年の間ずっと、スペイン人たちはメキシコの町とその周縁部で、つまり、スペインと同じぐらい大きく、また、それ以上に豊饒な王国が4つも5つもあった広さ約450レグワの領土で血なまぐさい残忍な手と剣とでたえず殺戮と破壊を行った。食人を強制する
(イサベラの死とキリスト教徒の残虐行為の法則
「特に注目しなければならないのは、キリスト教徒たちが1504年のイザベル女王の薨去を知ってから大々的にこれらの島や土地を破壊しはじめたということである。「黒い伝説」という反論
この書は1552年に印刷され、さらに各国語に翻訳されてその衝撃的な内容に大きな反響を呼んだ。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
予言の墓場
ものみの塔(エホバの証人)はその教理において、彼らが聖典としている聖書との矛盾点を多く抱えています。
そのうちのいくつかについて二つのグループにまとめてみました。
◆聖書に禁止の根拠がなく、ものみの塔が禁止していること
①輸血を受けること
②タバコを吸うこと
③大学教育
④デート、マスターベーション
⑤排斥者、断絶者との会話、同席
これらはいずれも ものみの塔 の教理に反し、排斥や、特権の剥奪に値する行為です。
しかし、これらを明確に禁止する聖句は何処にあるのでしょうか?
あるというのであれば示してもらいたいものです。
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◆聖書に禁止の根拠があり、ものみの塔が無視していること
①終わりの日を予言すること
致命的な欠陥を指摘されているBC607年を起算点として、ものみの塔は終わりの日、ハルマゲドンについて「予言」しつづけ、全て外しつづけています。
● 1975年に終わりが来る
● 21世紀を迎えるよりずっと早く終わりが来る
● 1914年を経験した世代が過ぎ去らないうちに終わりが来る
これらは全部、偽りの予言に終わりました。
それもそのはずです。
何しろイエス・キリストご自身が、終わりの日を予想する事について次のように言われているのです。
ルカ21:8
8 [イエス]は言われた,「惑わされないように気を付けなさい。多くの者がわたしの名によってやって来て,『わたしがそれだ』とか,『その時が近づいた』とか言うからです。そのあとに付いて行ってはなりません。
イエス・キリストの仰る通り、「その時が近づいた!」と叫び続ける ものみの塔協会 の後に付いて行ってはなりません!
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②人物崇拝あるいは組織崇拝
ものみの塔協会とその統治体は自らを神の組織と自称し、聖書の言葉を踏み越えた教理を信者たちに強要して来ました。
特に最近ではインターネットを通して統治体の成員たちの姿を配信する事により、聖書やイエス・キリストよりも自分たちと自分たちの組織に注目が集まるようにしつづけています。
信者たちの注目を意識しながら得意顔で講話をしている彼らを見ていると、聖書の中に収められているヘロデ王の死を思い出させられます。
使徒12:21-23
21 ところが,ある決められた日に,ヘロデは王衣をまとって裁きの座に座り,彼らに向かって演説を始めた。 22 集まっていた民のほうは,「神の声だ,人の[声]ではない!」と大声で叫びはじめた。 23 するとたちどころにエホバのみ使いが彼を撃った。彼が神に栄光を帰さなかったからである。そして,彼は虫に食われて息絶えた。
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③崇拝の場を利用したカネ儲け
ものみの塔協会は信者から寄付を集めながら、その会計を信者に決して公表しません。
彼らが行うのは足りない、足りない、という寄付の無心だけです。
さらに、会衆基金の収奪や、最新の話題として王国会館に飾る絵の販売など、信者たちを対象にしたカネ儲けには枚挙にいとまがありません。
こうした商行為に対するイエス・キリストの態度はあまりにも明確です。
ヨハネ2:13-17
13 さて,ユダヤ人の過ぎ越しが近かったので,イエスはエルサレムに上って行かれた。14 そして,神殿で,牛や羊やはとを売る者たちと,席に着いている両替人たちをご覧になった。15 それで,縄でむちを作ると,それらの者をみな羊や牛もろとも神殿から追い出し,両替屋の硬貨をまき散らし,彼らの台を倒された。16 そして,はとを売っている者たちに言われた,「これらの物をここから持って行きなさい! わたしの父の家を売り買いの家とするのはやめなさい!」17 弟子たちは,「あなたの家に対する熱心がわたしを食い尽くすであろう」と書いてあるのを思い出した。
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嘘をつくことについてはイエス・キリストの次の言葉から明らかなように、明確な罪です。
ルカ18:20
20 あなたはおきてを知っています。『姦淫を犯してはいけない,殺人をしてはいけない,盗んではいけない,偽りの証しをしてはいけない,あなたの父と母を敬いなさい』」。
聖書の中には嘘をついたために神に撃たれて死んだ、アナニアとサッピラの話しも教訓として出てきますね。
さらに、イエス・キリストの弟子たちも繰り返し嘘をつくことを戒めています。
コロサイ3:9前半
9 互いに偽りを語ってはなりません。
エフェソス4:25
25 それゆえ,あなた方は偽りを捨て去ったのですから,おのおの隣人に対して真実を語りなさい。わたしたちは肢体として互いのものだからです。
では、現代の地上における神の組織を自称するものみの塔、そしてその中心的な存在、代表者である統治体の明確な嘘をご覧ください。
↓ ↓ ↓
エホバの証人の中に性的虐待の問題が存在していることを、背教者のウソ、としてハッキリと否定したレット。
オーストラリアの公聴会で、つまり公の場で、エホバの証人の中に性的虐待の問題が起きていることをハッキリと認めたジャクソン。
https://youtu.be/KSl7cfvWdR4
https://youtu.be/t8ZdD4k0MPA
https://youtu.be/8psxo0s1MXk
彼らはともに統治体のメンバーです。
どちらかがウソをついている事になりますね。。
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⑤人の上に立とうとすること
エホバの証人の組織には様々な特権があり、それらが信者に対するマインドコントロールに利用されて来ました。
聖書研究生がバプテスマを受けると兄弟・姉妹と呼ばれます。
同じ神への信仰を持っていてもバプテスマの有無により、呼ばれ方が違うのです。
兄弟・姉妹になると、月50時間を伝道活動に費やす 補助開拓者 を目指します。
さらに、月70時間の正規開拓者…
男性であれば、奉仕の僕、さらに長老としての特権を得て教えてとして行動するようになることを目指します。
さらに、特別開拓者とか、MTSとか、巡回監督とか、ベテル奉仕とか、ギレアデ宣教学校とか、様々な特権があり、同じ崇拝の仲間であるはずの人たちの間に多くの階級が作られています。
とんだ階級社会ですね。
そして、次の聖句を読むと、イエス・キリストの示された考え方からはかけ離れていることがわかるでしょう。
マルコ10:43-45
43 あなた方の間ではそうではありません。だれでもあなた方の間で偉くなりたいと思う者はあなた方の奉仕者でなければならず,44 また,だれでもあなた方の間で第一でありたいと思う者はみんなの奴隷でなければなりません。45 人の子でさえ,仕えてもらうためではなく,むしろ仕え,かつ自分の魂を,多くの人と引き換える贖いとして与えるために来たのです。
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さて、結論です。
ものみの塔協会(エホバの証人)の教え、教理は、聖書の教えではありません!
ものみの塔協会とその統治体は、イエス・キリストに成り代わって信者たちの崇拝の対象に自らの立場を置く 偽キリスト です!
彼らに付いて行ってはなりません!
彼らに寄付をするのをやめましょう!
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引用開始1975年に千年統治が始まることはありませんでした。当然ですが大患難もハルマゲドンも起きませんでした。
ものみの塔 1968年8月15日号 502頁 7節
「終わりの時」に関する聖書預言の最後の部分は、ここ何年かの間に成就を見、生き残った人類はキリストの栄光ある千年統治の下で解放される・・
王国宣教 1970年2月 3ページ
この古い体制がもうすぐ滅びる・・・
目ざめよ! 1970年 4月22日 8ページ
その滅びは今やわずか数年先に迫っています。
ものみの塔 1970年 6月15日号 370ページ 34節
現在の凶暴な事物の体制に残されている数年のあいだ・・・
王国宣教 1970年8月 1ページ 1節
その日,その時は近づいています!
目ざめよ! 1971年 3月22日号 4ページ
今や現在の事物の体制の終わりまでに,あと数年を残すのみとなり,・・・
ものみの塔 1971年 7月15日号 431ページ 1節
現在の事物の体制とその一部を成す人々すべてがそれほど遠くない将来に滅びをこうむる・・・
ものみの塔1971年 12月15日号 755ページ 17節
この世的な職業はすべてまもなく終わりを告げます。
ものみの塔 1972年 2月15日号 101ページ
ごくまぢかに,神の王国が現在の邪悪な体制を滅ぼし,・・・
目ざめよ! 1972年 4月22日号 26、27ページ
わたしたちの世代は,圧迫に満ちた現体制の終わりを見るでしょう。事実,この70年代に,神のお立てになる新秩序が発足するという希望さえもてる十分の理由があります。
・・・
人間存在の6,000年がこの70年代に終わりに近づくので,休息と解放の大安息が非常に近いというすばらしい希望があるのです。
目ざめよ! 1972年 7月8日号 20ページ
・・・創造者の計算に基づく人類生存の6,000年目の終わりに・・・
王国宣教 1972年12月 2ページ
ごく近い将来に良い政府が世界を治めるという見込みがほんとうにあるのです。
ものみの塔 1973年 2月1日号 80ページ 12節
『事物の体制の終結』の終わりを非常に間近に控えています。
目ざめよ! 1973年 7月8日号 16ページ
非常に近い将来です!
・・・
神の勘忍がつきる時は非常に近くなっています。神が許しておられた期間は残り少なくなっています。
王国宣教 1974年3月号 2ページ
あらゆる事実は,神の王国の千年統治がわたしたちの目前に迫っていることを示しています。
ものみの塔 1974年 4月1日号 199ページ
聖書の時間表によれば,わたしたちは人類史の六千年の終わりに近づいており,人類の救済と回復をもたらすキリストの王としての統治は目前に迫っています。
王国宣教 1974年6月 3ページ
この体制の終わりはまさに非常に近づいています!
・・・
猛然とラストスパートをかけるランナーから大切なことを学べます。
・・・
家や資産を売って,開拓奉仕をしてこの古い体制における自分たちの残りの日々を過ごそうとする兄弟たちのことをよく耳にしますが,確かにそれは,邪悪な世が終わる前に残された短い時間を過ごす優れた方法です。
引用終了
引用開始この予言も 目ざめよ!誌 1995年11月8日号 以降撤回されました。
目ざめよ! 1972年 4月22日号 16ページ
・・1914年の「終わりの時代」の開始を見た人々のある者は,生きてその終わりをも見る,ということを意味します。
目ざめよ! 1973年 10月8日号 19ページ
・・・1914年に勃発した世界的な戦争とともに世界的規模の災いが始まるのを見た世代の人たちは,サタンの地上の全体制の滅びをも見るということです。
ものみの塔 1974年 5月1日号 275ページ 11節
聖書は明白に西暦1914年を,「世の王国」が主である神とそのキリストの王国となった時として正確に示しています。その時に生きていた世代が死に絶えないうちに,「大患難」は突如襲来するでしょう。
1983年発行 唯一まことの神の崇拝において結ばれる 22章 169?170ページ 2節
・・・現在の邪悪な体制の終わりの日は既に始まりました。1914年の出来事を目撃した世代の人々が死に絶えないうちに,神はサタンの事物の全体制を打ち砕かれます。
ものみの塔 1984年 6月1日号 18?19ページ 12節
1914年の「世代」は『これらのすべての事が起こるまで,決して過ぎ去らない』ともイエスは言われました。(マタイ 24:34)その「世代」の人々の中には,今世紀の終わりまで生き残る人が幾らかいることでしょう。
ものみの塔 1985年 5月1日号 4ページ
・・1914年の世代の人々が完全に死に絶えてしまわないうちに神の裁きは執行されるはずです。
ものみの塔 1986年 10月15日号 7ページ
「終わりの時」は1914年に始まったので,もうかなり経過しています。イエスは,その時の始まりを見た世代はその終わりをも見ると言われました。(マタイ 24:32‐34)
目ざめよ! 1986年 12月8日号 10ページ
1914年に生きていた人々の中に,生きて世の終わりを目撃する人がいる・・
王国宣教 1988年10月 7ページ
確信をこめ大胆に予約を提供する
2 また「目ざめよ!」誌は,物事の真相を探り,現代の出来事の背後にある真意を指摘し,1914年の出来事を見た世代が過ぎ去る前に平和で安全な新しい世をもたらすという,創造者の約束に対する確信を強めてくれます。
1989年発行 聖書から論じる 358ページ
1914年に生きていた世代の最後の成員が姿を消さないうちに,現在の邪悪な世が終わりを迎える「大患難」を含め,予告されていた事柄がすべて起きるのです。―マタイ 24:21,22,34。
ものみの塔 1992年 5月1日号 7ページ
1914年の世代が過ぎ去る前に,王国宣明の業は目的を達成していることでしょう。
1993年発行 エホバの証人―神の王国をふれ告げる人々 33章 715?716ページ
1914年に生きていた「世代」の人数は急速に減少しています。終わりが遠いはずはありません。
王国宣教 1993年10月 7ページ
家から家の業で雑誌を用いる
1 「目ざめよ!」誌の4ページには毎号,この雑誌の目的がはっきりと次のように記されています。「本誌は,1914年の出来事を見た世代が過ぎ去る前に平和で安全な新しい世をもたらすという,創造者の約束に対する確信を強めます」。確かに,そのような雑誌は,家から家の宣教でできるだけ広く配布する価値があります。
目ざめよ! 1994年 11月8日号 10ページ
1914年の真の意味
本誌の4ページに示されているように,「本誌は,1914年の出来事を見た世代が過ぎ去る前に平和で安全な新しい世をもたらすという,創造者の約束に対する確信を強めます」。
目ざめよ! 1994年 11月8日号 10ページ
しかし,この終わりの時は比較的短期間で,1世代に及ぶに過ぎません。(ルカ 21:31,32)1914年から80年が経過したということは,神の王国による救出を間もなく期待できることを示しています。
ものみの塔 1995年 2月15日号 12ページ 16節
16 サタンの事物の体制の最後のこの何年かの期間・・
引用終了
ものみの塔協会は創立以来その出版物中で、特に主流のクリスチャンや元エホバの証人からの批判を生む数多くの発言を行ってきた。こうした批判により、ものみの塔協会により行われた数多くの物議をかもす発言、教理の変更、外れた予測が強調されてきた。以下に示すような物議をかもす発言の一覧が、多数の本[57]やおびただしい数のウェブサイト[58]に見られる。
ものみの塔による出版物には、以下のように様々な予測が掲載されていた[59]。
多数のクリスチャン擁護者は、ものみの塔協会の出版物が用いた「預言者」という言葉をしばしば引用して[70]、ものみの塔協会が将来についての予言をするとき預言者としてふるまったと主張した[71][72]。ものみの塔協会自体は、他者を、将来についての偽った予言をしたことで非難し、そのような人々には「偽預言の罪」があると述べてきた[73]。それら擁護者は、
預言者が主の名において話す時、もしその言葉が起こらなかったり実現しなかったりするなら、それは主がお話しになった言葉ではありません。その予言者は、僭越にそれを話したのです。その人のことを恐れる必要はありません。(When a prophet speaks in the name of the LORD, if the word does not come to pass or come true, that is a word that the LORD has not spoken; the prophet has spoken it presumptuously. You need not be afraid of him. )(イングリッシュ・スタンダード)
という申命記18:22に基づき、ものみの塔協会が神を代表してはいないと主張している。
ものみの塔協会は早くも1908年に「我々は預言しているのではない。我々は単に推量を知らせているだけである。…我々は、自分たちの預言解釈や年代計算に間違いがないと主張することさえしない。我々はこのようなことをあなた方へ単に提出してきたのあり、それらに関して自分自身の信仰や疑念を働かせることは各人にゆだねている。」("We are not prophesying; we are merely giving our surmises....We do not even [assert] that there is no mistake in our interpretation of prophesy and our calculations of chronology. We have merely laid these before you, leaving it for each to exercise his own faith or doubt in respect to them.")と述べた[74]。自分たちが預言の賜物を持っていないとも述べている[75]。さらに最近では、「偽りの預言」という主張に対し、自分たちは霊感を受けた預言者であると断言していない[76]、また、自分たちの予言は「エホバの名前によって」なされたものでは決してなくむしろ1つの聖書解釈として与えられたものである[77]、と述べることで身を守っている。
しかしながらものみの塔協会は、自分たちの予言が確かであると主張するような、相反する発言も行っている。「そうした『戦い』の終わりの日は確かに1914年10月であると聖書は示している。それは既に進行中であり、始まったのは1874年10月からである。」("The date of the close of that ‘battle’ is definitely marked in Scripture as October, 1914. It is already in progress, its beginning dating from October, 1874.")[78]「確かに、主イエスが臨在しており1874年以来そうであることについて、本当に聖化された神の子の心の中では疑うわずかな余地もない」("Surely there is not the slightest room for doubt in the mind of a truly consecrated child of God that the Lord Jesus is present and has been since 1874")[79] (とりわけこれは1923年に書かれたもので、その後のある期間までは1914年がキリストの臨在の始まりであると教えられていなかったことを示しているが、これはエホバの証人が「『ものみの塔』誌は、天の王国の権能を持つイエスの臨在が1914年に始まったという証拠を、誠実な態度で聖書預言を研究する人々に首尾一貫して示してきました。」[80]と主張しているのと矛盾している。)「我々には数字を変える理由はなく、もし数字を変えようとしても変えることはできない。我々はそれら数字が我々の日付ではなく神の日付であることを信じている。しかし、1914年の終わりは苦難の時の始まりのための日付ではなく終わりを示すものであると心に留めておきなさい。」("We see no reason for changing the figures ? nor could we change them if we would. They are, we believe, God’s dates, not ours. But bear in mind that the end of 1914 is not the date for the beginning, but for the end of the time of trouble.")[81].