3、最蓮房御返事 文永一〇年一月二八日 五二歳
一、御状に十七出家の後は妻子を帯せず肉を食せず等云云。権教を信ぜし大謗法の時の事は何なる持戒の行人と申し候とも、法華経に背く謗法罪の故に正法の破戒の大俗よりも百千万倍劣り候なり。彼の謗法の比丘は持戒なりと雖も無間に墜す。正法の大俗は破戒なりと雖も成仏疑ひ無き故なり。但今の御身は念仏等の権教を捨て正法に帰し給ふ故に誠に持戒の中の清浄の聖人なり。
この御文からも大聖人の御真意が拝せられる。
→権教・謗法をなす僧侶は仮に魚鳥を食せず、妻帯しないという戒を持っていたとしても、正法を護持する破戒の在俗よりも百千万倍劣る。(況や僧侶と比した場合においてをや。との意が篭められておられると拝せる)
→前者は地獄に堕し、正法を持つ破戒の在俗は成仏間違いない。(大聖人の御心はそもそも在俗に持戒を求めてはおられないので、この「大俗」という御表現は邪僧との対極の意義としてであり、そこに僧俗共に含まれる事は、文意と道理から明らかである)
→権宗を捨て正法へ帰依することは最高の「持戒」(本門無作の大戒・金剛宝器戒)であり、まことの清浄の聖人である。
その上で、次下の御文で最蓮房が妻帯せず、魚鳥を食せず、という姿を愛でられておられるが、それは、上記の根本義の上における補足的・付加的な激励のお言葉ということが、大意として領解できるのである。
■尤も比丘と成りては権宗の人すら尚然るべし。況んや正法の行人をや。仮使権宗の時の妻子なりとも、かゝる大難に遇はん時は、振り捨てゝ正法を弘通すべきの処に、地体よりの聖人尤も吉し尤も吉し。相構へ相構へ向後も夫妻等の寄り来とも遠離して一身に障礙無く、国中の謗法をせめて釈尊の化儀を資け奉るべき者なり。