宗内のある御僧侶の証言。
鳥本氏の行状について。
本山では、在勤者が全国の末寺などでの経験を積み、年時を重ね、いよいよ末寺の住職として任命される時期となると、その前に総本山に招集され、大御本尊様の御開扉の運営管理などをする勤務をしながら、住職となる準備をする期間があるそうである。
人数は5名。
その中から一人の在勤者が住職として赴任すると、また各地から一人補充される。といった仕組みだ。
この役職名は本来「奉安堂勤務(かつて正本堂が解体し、奉安堂が出来るまでの間は「奉安殿勤務」」であるが、
正本堂時代、正本堂を囲むように点在していた衛一坊、衛二坊・・・衛五坊とあって、総称して「衛坊」と呼び、この呼び名がそのまま、この住職として巣立つ前の本山・大御本尊へのご奉公の勤務に就く5名の在勤者への通称になっているという。
さて、本題はこれからだが、鳥本氏もかつて、この「衛坊」さんとなり、本山に在勤していた時期がある。
この時、鳥本氏に近しい所化さんの証言である。
この鳥本氏は、とにかく、常に
「なんかうまい話ないかなあ。(なんか儲かるウマいことはないかなあ・・との意)」
と、ぼやいていたそうである。
いつも、いつも、そんな金みたいな俗なことにまつわる話ばっかり聞かされた所化さんは、
「いつもこんな話ばっかりで、本当に嫌だった。」
と話している。
また、宗内の他のある御尊師は、
「奴(鳥本氏)は、ありゃぁ、まさに、詐欺師だったよなぁ〜〜」
とも証言している。
さて、どうであろうか。
確かにこれはある御僧侶の証言である。
しかしテープはない。
それはまるで、鳥本氏が今、河邊御尊師にまつわる「死人に口なし」の”証言”と同じ状況での話である。
もし、鳥本氏や、善Q麿、また うたけい などが上記の伝聞を否定するであれば、同様に、鳥本氏の何の証拠も根拠もない河邊御尊師に関する話をも否定しなければならない。
逆に、何の根拠も証拠もない、”鳥本証言”を採用するのであれば、上記の証言を採用しなければ論理が通らない。
さてさて、保田妙本寺鳥本一派、どうしたものか?