●夫婦の在り方
▲女房にも此の由(よし)を云ひふくめて、日月両眼さう(双)のつばさ(翼)と調(ととの)ひ給へ。日月あらば冥途(めいど)あるべきや、両眼あらば三仏の顔貎(げんみょう)拝見疑ひなし。さうのつばさあらば寂光の宝刹へ飛ばん事須臾(しゅゆ)刹那なるべし。(四条金吾殿御返事 文永九年五月二日 五一歳 599
▲女と申す文字をばかヽ(掛)るとよみ候。藤の松にかヽ(掛)り、女の男にかヽ(掛)るも、今は左衛門殿を師とせさせ給ひて、法華経ヘみちび(導)かれさせ給ひ候ヘ。757
▲いかなる男をせさせ(夫為)給ふとも、法華経のかたきならば随ひ給ふべからず。いよいよ強盛の御志あるべし。897
▲をとこ(夫)のしわざはめ(女)のちからなり。(富木尼御前御書 建治二年三月二七日 五五歳 955
▲をとこ(夫)を見ればめ(女)をみる。955
▲女人となる事は物に随って物を随へる身なり。夫(おとこ)たの(楽)しくば妻もさか(栄)ふべし。夫(おとこ)盗人ならば妻も盗人なるべし。偏(ひとえ)に今生計(ばか)りの事にはあらず、世々生々(せせしょうじょう)に影と身と、華(はな)と果(このみ)と、根と葉との如くにておはするぞかし。兄弟抄 建治二年四月 五五歳 987
たゞ女房と酒うちのみて、南無妙法蓮華経ととなへ給へ。991