ある創価学会男子部創価班の学会版本尊による転落人生

皆さん、こんにちは。私は埼玉県に在住しておりますT.Mと申します。

私は、この度、平成20年9月7日に勧誡の儀式を受けさせて頂きました。

今後は、日蓮正宗信徒として、力の限り広布のお役に立てるよう戦っていく決意です。今後とも宜しくお願い申し上げます。

 

 まずは、最初に私の生い立ちから述べさせて頂きます。

私は、元々学会2世で幼少の頃から親と一緒に座談会等に参加しておりました。

中等部の時には創価大学で開催された夏期講習会に出席させて頂き、念願の池田先生にお会いする事が出来ました。

大歓喜の中で先生をお迎えし、涙した事をはっきりと覚えております。

また、男子部時代は、創価班として地元会館の任務に就かさせて頂き、「寒風に1人立ちたり創価班」の言葉を胸に、会員を獲る戦いをして参りました。

その後は、本部担当として学会本部内及び周辺施設の警備にも就かせて頂きました。

幹部からは「ここは訓練を受ける場ではない、訓練を受けた人間だけが集まっている。だから失敗は絶対に許されない。」との厳しい指導の中で、私はただひたすら「池田先生をお護りするんだ。」との一念で任務を遂行して参りました。

一方、地元でのラインの戦いもし烈でした。

SP啓蒙(※聖教新聞啓蒙)は個人で本部1位になった事もありましたし、折伏は本流10世帯、座談会結集に於いては、地区リーダーの時に、部員さんの掘り起こしをやり切り100%の結集をした事もありました。

自宅を男子部の拠点として提供していた事もあり、毎日が大変忙しく、しかし、その一方で私自身、夢と希望に満ち溢れ、とても充実した有意義な日々を過ごしていたのでした。

仕事に於いても、私の営業開発により、大手メーカーとの新規取引、官庁からの大型受注等、売り上げを大きく伸ばしておりました。

時代の背景があったとは言え、私自身も驚く程の成果を出す事が出来たのは明らかに功徳以外の何ものでもありません。

「今後も先生の期待を裏切ることなく結果でもって実証を示して行こう!」と決意し、折伏に取り組んで行ったのでした。

 

そんな中、平成3年に誰もが忘れる事の出来ない、あの宗門・学会問題が起こりました。

そして、更にその数年後、俗に言う“坂道を転げ落ちる人生”を私自身迎える事になるのです。

毎日大変忙しい生活を送っている中で、私にも人並みに恋愛する女性が現れました。外部の方ではありましたが、今の私の考えている事に理解を示してもらい、2年後には結婚をしました。

まさに私は幸せの絶頂にあったと思います。

そういう中で、あの痛ましい宗門・学会問題は起こったのでした。

聖教新聞、創価新報に書いてある記事を読んでいく内に、私は大変驚きました。

「宗門はこんなに堕落していたのか。こんなにひどい坊主がいたのか。。。」

記事に書いてある内容は凄まじく、これはどう見ても仏法者のやる事ではないし、絶対に許してはならないとの思いを強くしたのでした。

そして、いよいよ御本尊の問題です。

「腐りきった宗門に大聖人の血脈などあるはずがない。」

私は何のためらいもなく、学会の本尊に替えたのでした。

そして、日顕宗を撲滅するまで戦い抜いて行く事を、同志と共に誓い合ったのです。

そんなある日のことです。

私が先ほど述べさせてもらった、職場での売り上げを伸ばすなど、大きな体験を積ませてもらったその会社を辞める羽目になりました。

原因は度重なる仕事上のミスと、上司との関係が悪化した事によるものです。

社会人になってから10年間勤めた会社であり、私は本当に辛く切ない気持ちで、その職場を後にしました。

私は必死に題目を上げました。

心の中では「今、三障四魔が競い起こっているんだ。自分の生命(いのち)の傾向性をしっかり見つめ、また新たな気持ちで頑張ろう。次の職場でも、きっと結果を出して見せる!」そう胸に秘めながら求職活動をしたところ、この業界では県内でも売り上げがベスト10に入るという会社に入社する事が出来たのです。

私は必死になって働きました。

しかし、この会社も長続きしませんでした。

原因は、余りにも私の能力を超えたオーバーワークが、やる気をすっかり無くしてしまったのです。

「所詮、私が行く会社ではなかったのだ。」そう思い、また更に次の職場へと挑戦するのですが、やはり長続きしません。

4回目、5回目と、どんどん転職を重ねてしまいました。

いつの間にか、私は口だけが達者で全く実行を伴わない人間になってしまい、人から指摘を受けると直ぐに腹を立てたり、気にして落ち込んだりという事を繰り返していました。

また私は、業績を上げていた頃にマイホームを購入していたのですが、転職を繰り返していた為にローンの返済が家計を圧迫していたのでした。

私は題目を上げながら、「この状況を何としても打開させて下さい!」と御祈念していたのですが、状況は変わらず、むしろ悪くなる一方でした。

私が組んだローンはステップ返済で、5年目までは低く押さえ、6年目から大幅にアップする内容でしたので、その6年目で遂に支払い不能となりました。

私はやむ無く自己破産し、家は競売に賭けられました。

更に追い討ちをかけるように妻から離婚の話を切り出され、私はそれに同意しました。そんな状況が続いている中でも、私は学会に対して何の疑いも持ちませんでした。

「いつか必ず逆転して見せる。このままでは終わりたくない。」そんな気持ちとは裏腹に、今度はギャンブルにハマってしまい、パチンコ漬けの生活となりました。

その内に、マスコミにも出てくるパチプロ集団に入ろうとして、百数十万円ものお金を費やしました。

結局、ただ単に騙されただけの事だったのですが、私はそれに気付くことなく、どっぷり浸かってしまったのです。

それだけではありません。

風俗店にも通うようになり、いつも財布の中身は空っぽでした。

職場に於いても相変わらず転職が続き、既に13社目に入っておりました。

そんな生活が数年間続いていたある日、ふと思ったのです。

「幸せになる為に学会活動を一生懸命やって来た。でも、現実は転職・自己破産・離婚、そして今は遊び呆けていて今後の事は全く目途が立っていない。蓄えも無い。まさしく“その日暮らし”の連続だ。自分はこれからどうなって行くのだろう。」

毎日毎日考えました。

そして、題目を上げても、会合に出ても、新聞を読んでも、全く歓喜しない自分に気付いたのです。

 

この時、初めて私は学会に対して不信を抱くようになりました。

今迄では絶対に有り得ないことでした。

学会に対する不信は、池田先生への裏切りとなり、それはイコール自分自身の死を意味する。

そこまで私は凝り固まった考えを持っていたからです。

 

そんなある日、私はインターネットでユーチューブの「toyoda.tv」を見たのです。

その内容には大変驚きました。

この場で全てを語り尽くす事は出来ませんが、中でも一番注目したのが、「学会のニセ本尊の害毒について」でした。

特にビックリしたのは、私が今まで体験した内容と、その時期がピッタリと同じだったという事です。

そこから私の心の中で葛藤が始まりました。

「本当にニセ本尊の害毒なのか?ただ単に自分自身が招いた失敗を転嫁しているだけの事ではないのか?」と、色々な想いが頭の中で錯綜するのでした。

そしてこれを機に、私は聖教新聞と「toyoda.tv」を同時に並行して見るようになりました。自分の人生の為だと思い、しっかりと見させて頂きました。

自分の頭で考えさせてもらいました。

自分自身に悔いを残すことの無いように、これがラストチャンスだと思って!

そして遂に私は結論を出す事が出来ました。

 

私は樋田様のリーダーシップのもと、日蓮正宗の信徒として深く仏法を学び、そして一人でも多くの方に、この仏法の素晴らしさを語って行く決意をしました。

そしてこれは、創価学会 第2代会長 戸田先生の教えであるという事も深く自覚する事が出来ました。  

今の学会はどう変わってしまったのか、どういう方向へ進んでいるのか、そして学会の活動家にはどういう現証が出ているのか。

「toyoda.tv」には、これらの問題について、きちんと破折されております。今の学会員全員が歓喜の中で活動しているとはとても思えません。

今この大事な時期を決して見過ごす事なく、戒壇の大御本尊様に手を合わせて題目を上げる事の歓びを全身に感じながら、一人でも多くの方に、この仏法を語ってまいります。

 

以 上