秋谷の負け惜しみ
裁判長発言 報道差し止めの条項を組み込んだ和解は、三十数年間の経験の中で初めて
高裁は創価学会の事実証明に対して厳しい心証
名誉棄損




シアトル和解内容


控訴人ら(※日蓮正宗側)
被控訴人ら(※創価学会側



和解内容 (東京高裁)

第1 当裁判所は、次の理由により、控訴人らが本件各訴えを取り下げ、被控訴人らがいずれもこれに同意して、本件訴訟を終了させることを強く勧告する。

1 本件訴訟の係属そのものが、控訴人ら及び被控訴人らにおいて、それぞれの教義をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成して、その維持、発展を図っていく上で、相応しくなく、むしろその妨げとなるおそれがあること そして、控訴人ら及び被控訴人らのそれぞれの多数の信者等も、本件訴訟が、早期に、かつ、できる限り双方の宗教団体としての損減を損なわないで、終息することを希求していると推測されること

2 本件訴訟の最大の争点は、控訴人ら代表役員のおよそ40年前のアメリカ合衆国ワシントン州シアトル市内における行為が何かという点にあるところ、その事実を確定するには、証拠上、時間的にも空間的にもまた言語上ないし制度的にも、通常の訴訟に比して、格段に多くの障害があり、これまでの双方の当事者、代理人の努力自体は多とするものの、これ以上事実の解明に努力することが上記1の趣旨に沿うとはいい難いこと

第2 当事者双方は、当裁判所の和解勧告の趣旨を尊重し、次のとおり和解をする。

1 控訴人らは本件各訴えを取り下げ、被控訴人らはいずれもこれに同意する。

2 控訴人ら及び被控訴人らは、相互に、今後、上記第1、2記載の争点にかかる事実の摘示、意見ないし論評の表明をしない。

3 控訴人ら及び被控訴人らは、控訴人らと被控訴人らとの間において、本件に関し、本件和解条項に定める以外に、他に何らの債権債務がないことを相互に確認する。

4 訴訟費用及び和解費用は、第1、2審を通じ 各自弁とする。

以上

追記  和解条項第2、2は、相互に名誉毀損にあたる行為をしないことを確約する趣旨のものであり、同第1、2記載の争点にかかる事実の存在を単純に否認することはこれに抵触しない。


当事者目録(抜粋)
  控訴人  日蓮正宗
  控訴人  大石寺  
被控訴人  池田大作  
被控訴人  創価学会

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

民事訴訟法

第2編 第一審の訴訟手続

第5章 裁判によらない訴訟の完結 (第261条〜第267条)

(訴えの取下げの効果)

第262条

1  訴訟は、訴えの取下げがあった部分については、初めから係属していなかったものとみなす。

2 本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

●法解釈上も、
■「控訴審において……訴えを取り下げると、第1審判決も失効する」(新堂幸司『新民事訴訟法』304頁)とされていて、異論を見ない。(宗門側弁護団『大白法』H14.3.16)


● 訴訟は、訴えの取下げがあった部分については、初めから係属していなかったものとみなす。(民事訴訟法262条/栗田・法令集・平成民事訴訟法・H8.6.26法律第109号)
http://civilpro.law.kansai-u.ac.jp/kurita/statutes/procedure/heisei/hCP243-280.html


● 訴えの取下げによって訴えの提起に基づく訴訟関係や訴訟行為は遡及的に消滅する (民事訴訟法262条1項/『民事訴訟法』[補訂版]伊藤眞著 有斐閣 2000年補訂第1版)
http://www.houko.com/00/01/H08/109B.HTM#s3.1


●(訴えの取り下げの)効果:@訴訟係属の遡及的消滅(262条1項) A終局判決言い渡しの後の訴えの取り下げの場合は、再訴の禁止(262条2項)←終局判決を無駄なものとしたことに対する制裁(取下濫用制裁説)(民事訴訟法ノート/元ネタ『ハイローヤー』H12.12)
http://ww2.tiki.ne.jp/~tanaka-y/note/minso-5.html
-----------------------
訴えの取り下げによって原則再訴が禁止されるが、それには「終局判決を無駄なものとしたことに対する制裁」の意味がある。つまり、訴えの取り下げによって1審下田判決(終局判決)は「無駄なもの」=無効となったのである。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

(シアトル裁判)

 クロウ事件で学会側大敗北の真相!!

全ての学会報道を粉砕する
「一審・判決の無効」と「報道差し止め」は事実
アンフェアな歪曲報道で会員欺く学会!
----------------------------------------------------------------

 提訴から約八年、そして、あの一審不当判決に対する控訴(こうそ)から一年十ヶ月−、創価学会によるセンセーショナルな報道に端(たん)を発した通称・シアトル裁判(法律的には、学会員ヒロエ・クロウによって起きた問題ゆえに、この訴訟をクロウ事件と称する)が、ついに決着した。

結果は、日蓮正宗側の全面勝利・創価学会側の大敗北ともいうべき内容の和解が成立したのである!!

 これにつき学会側は、じつにアンフェアで姑息(こそく)な報道を行ない、会員の目を欺(あざむ)こうとしているが、時間の経過と共に、和解内容が重くのしかかり、学会大敗北の事実が露呈(ろてい)しつつある。

今回は、クロウ事件(シアトル裁判)の決着と、その後について報ずる。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 学会の勝利報道を糾す
   敗北の見通しに和解案呑む

----------------------------------------------------------------
宗門側全面勝利の和解内容
----------------------------------------------------------------
 去る一月三十一日、東京高等裁判所において、クロウ事件(シアトル裁判)につき裁判上の和解が成立した。

 これは、今から四十年近くも前の昭和三十八年当時の、アメリカ・シアトルでの出来事について、それがあったとも、なかったとも、立証することは裁判上極めて困難である、ということから、東京高裁より日蓮正宗及び創価学会側に強く和解勧告があり、この決着となったものである。

 この和解をすることでの具体的効果をわかりやすくいうならぱ、

  ○ 今後、創価学会による「シアトル」事件云云々などという報道は厳禁され、完全に差し止められる

  ○ 一昨年三月に下った一審・東京地裁での下田判決(学会員ヒロエ・クロウの証言を一方的に採用した、宗門敗訴の不当判決)を無効とする

  ○ 日蓮正宗側が、″学会の報道したごとき「シアトル事件」なるものはなかった″と否定することを、創価学会側も承諾(しょうだく)する


というものであり、まさに日蓮正宗全面勝利・学会大敗北の和解である。


----------------------------------------------------------------
敗訴を恐れて同意した学会
----------------------------------------------------------------

 では、一審の不当判決により、いったん優勢になったかに見えた学会側が、何故、こうした逆転敗北ともいえる和解勧告に応じたのか。

 それは、もとより、シアトルでの事件なるものが「あった」として大宣伝を繰り返した学会側には、その立証責任があったが、客観的に第三者を納得させうるような立証が全くできなかったからに他ならない。

 学会としては、一審では

 ″瓢箪(ひょうたん)から駒(こま)″のごとく、その辺に目をつぶった偏向判決を得ることができたものの、二審の高裁では、そのような期待はできそうもない(つまり、事実の立証責任があるのに立証できなければ、敗訴となってしまう)見通しが高まってきた、そこで、やむなく高裁の勧告に応ずることにしたものといえよう。

 かくして、学会側が和解の文案を呑(の)んだのに伴(ともな)い、日蓮正宗としても訴訟を取り下げ、これ以上、本件に関して学会側の悪を責め積極的に攻撃することはしない、ということにしたのである。

----------------------------------------------------------------
負け惜しみの学会の大報道
----------------------------------------------------------------

 しかるに創価学会側では、和解当日の深夜から怪文書で「勝った、勝った」と騒ぎ出し、
翌・二月一日付「聖教新聞」では、会員を欺(あざむ)くような、「学会側が全面勝利」「学会勝訴の一審判決は歴史的事実」「宗門側の訴え取り下げは″事実はなかった″との主張、立証を放棄(ほうき)」等の見出しを付け、大報道を行なった。

 また、二月一日の幹部会でも、学会弁護士・福島啓充や会長・秋谷栄之助らが同様の発表をしているが、これは、いずれも会員の動揺を抑(おさ)えるための、負け惜しみに他ならない。

 それを如実に表わしているのが、幹部会で和解について触(ふ)れた、
会長・秋谷栄之助の

「本来、こんな汚(けが)らわしい話は、言うのも嫌だし、皆さんも、聞くのも嫌だと思っていたと思います。
決着がついて、言わないでいいなら、ちょうどよかったということです。
私たちは、もっと大きな次元に立ち、広宣流布のため、堂々と対話の拡大に取り組んで、前進してまいろうではありませんか」


との言葉であろう。

 要するに、これまで秋谷らが好んで散々言い触らしてきた「シアトル事件」云々などという喧伝(けんでん)が、このたびの和解内容によって完全に差し止められたため、今度は、「汚らわしくて言うのも嫌だから、もう言わないでおいてやる」といった調子で、ふんぞり返っているわけで、これでは子供にでもわかる″負け惜しみ″だというのである。

 もっとも、こうした負け惜しみのゴマカシ報道をしてみたものの、日蓮正宗側から、今回の和解の意義についての「お知らせ」や「報道」が行なわれ、真実が伝わり始めたことに、危機感を抱(いだ)いたのであろう。

二月八日付『聖教新聞』は、学会側弁護団長の宮原弁護士を再び登場させ、

 ▼「日顕宗の訴え取り下げは"白旗"、敗訴以上の大敗北である」
 ▼「一審・下田判決は有効」
 ▼「報道差し止めは大ウソ」

等の見出しを打ち、さらに踏み込んで、日蓮正宗側の報道を全面否定する記事を載(の)せたのであった。

 無知な学会員がこれを読めば、まんまと引っかかりそうな内容でもあるので、この際、その誤りを整理して指摘しておこう。

----------------------------------------------------------------
やっぱり無効一審・下田判決
----------------------------------------------------------------
まず、「訴えの取り下げは″白旗″」とかいう点だが、

二審への控訴(こうそ)を取り下げたのなら、それは宗門が自らの主張を放棄したことになり、一審判決が確定することになる。

 たが、このたびの取り下げは、和解案に同意して訴訟そのものを取り下げたのであるから、民事訴訟法第二六二条@(訴えの取り下げの効果)により、訴訟が初めから無かったことになって、一審判決も無効化したのである。

 これを偽(いつわ)り、

▼「無効にするというものではない」
▼「一審・下田判決は有効」

などと会員に喧伝するとは、いったいどういう神経をしているのだろうか。


----------------------------------------------------------------
高裁の見解は事実の確定なし
----------------------------------------------------------------

 次に、

▼「高裁は″事実の確定ができない″とは思っておらず、むしろ、学会のシアトル報道が真実であるとの心証を抱いていた」

との点について。

 ここまで来たら、もはや与汰(よた)話というしかないレペルだが、それなら裁判所の示した和解条項第一の二を刮目(かつもく)して見るべし,

 ■ 「事実を確定するには、証拠上、時間的にも空間的にも、また言語上ないし制度的にも、通常の訴訟に比して、格段に多くの障害があり」

との文を読み過(す)ごしてはいけない。

 要するに高裁は、
四十年前の事実の確定はいまだなされていない、との見解(言い換えれば、一審・下田判決を認めていない、との見解
)と、
事実の確定は不可能であろう、との見方を示しているのだ!

 これを示されたからこそ学会は、逆転大敗北ともいうべき和解に、やむなく同意したのである。
しかるに、これを無視して、勝手な憶測(おくそく)だけで
「高裁はシアトル報道が真実であるとの心証を抱いていた」
などと言うに至っては、呆(あき)れてしまって開いた口が塞(ふさ)がらない。


----------------------------------------------------------------
一審と異なる今回の和解
----------------------------------------------------------------

 次に、

▼「一審の下田裁判長も、判決前に宗門に取り下げ勧告をした。これは、宗門側の完敗だよ、という警告だった。
今回高裁も取り下げを勧告したのだから、一審と同じ心証を抱いていたのである」

との点について。

 これも、まったくのゴマカシである。
一審では、不当判決を出すのに多少ためらいがあってか、判決前に、宗門側に訴えの取り下げを打診してきたことがあったが、それは
▼「学会が無条件取り下げなら同意すると言っている」、
などというものであったから、宗門はこれを拒否した。
当然のことである。

 ところが今回の和解勧告は、これとは大いに異なり、

■ 事実の確定ができていない

という見解や、

■ 学会側のシアトル報道差し止め

まで折り込んだ、事実上の日蓮正宗大勝利の和解であったから、これに応じて訴えを取り下げ、裁判を終結させることにしたのである。


----------------------------------------------------------------
学会の報道は完全差し止め!
----------------------------------------------------------------

次に、これに関連して、

▼ 「報道差し止めは大ウソ」

などと嘯(うそぶ)いている点について。

 およそ大謗法を繰り返していると、日本語の読み方までおかしくなってくるのか、学会側は、
▼「報道差し止めなんて、和解条項に書かれていない」
というのだが、

和解条項第二の二、

「今後、上記第一、二記載の争点にかかる事実の摘示(てきじ)、意見ないし論評の表明をしない」

とは、まさに学会側が「あった」として言い散らかした「シアトルでの事件」なるものについて、今後の報道を完全に差し止めるものではないか。

 むろん、これについては「相互に」ということであるから、日蓮正宗として、事件の内容の一いちを検証して学会側を追撃することも控(ひか)えねばならないが、
一方、和解条項の追記によれば、

学会側の名誉を毀損(きそん)しない限りにおいて、日蓮正宗側が、学会の言うような「シアトルでの事件』なるものはやはり存在しなかった、と否定することは認められており、これについても学会側は承諾したのである。

 かくして見れば、日蓮正宗側としては今後、表現に留意しつつも、学会の言う「シアトル事件」なるものを全面否定していけるが、学会側は、従前のようなシアトル報道は完全差し止めとなった

これが実際である。


----------------------------------------------------------------
勝訴判決献上の大勝利とは
----------------------------------------------------------------

 最後に、

▼ 「本当に勝訴すると思っていたなら、宗門側は訴えを取り下げずに判決そ求めたはず」

との言い掛かりについて。

 そもそも、勝訴判決まで持ち込んだとしても、言論の自由を謳(うた)う憲法との関係で、報道の完全差し止めはできない。

それは、まさに、相手側が 「報道差し止めで結構でございます」 と同意しての″和解″でしか得られない効果なのだ。

 ゆえに、様々な意見があるにせよ、この際、創価学会によるシアトル報道を封ずる意義を重んじて、この和解勧告に応ずることにしたものと拝するのである。

 これについて学会側弁護士は、何を思ったか、

▼「自分のこれまでの経験の中で、名誉毀損事件でこんな一方的な取り下げは極めてまれなケースであり、学会側の大勝利」

と述べている。

 たしかに、依願人である学会に対する説明としては、こう述べざるをえない心情もお察しするが、すでに述へてきたように、これは「一方的な取り下げ」などではないし、事実、裁判長も、和解成立にあたって

■「報道差し止めの条項を組み込んだ和解は、三十数年間の経験の中で初めてです」と述べられた


という。

 まさに言論の自由を謳う憲法の下、多くの制約がある中で、この和解条項を得られたのは、極めて稀(まれ)なことであり、それ故に日蓮正宗としては

「勝訴判決以上の大勝利」

と断じたのである。


----------------------------------------------------------------
条項違背の言動を監視
----------------------------------------------------------------

 以上、縷々(るる)述べてきたが、
今後、学会側がまたぞろクロウ事件と同様の報道を始めたり、怪文書・インターネット・口コミ等を使って、同様の報道・宣伝を続けるとしたら、和解条項に対する重大な違約となる。

 法華講員は、そうした事例が起こらないか、しっかり学会を監視(かんし)し、その報告を怠(おこた)ってはなるまい。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


宗門 勝訴判決以上の大勝利

池田創価学会の報道を完全差し止め

一審の下田判決は無効!!


東京高裁において係属中であったいわゆるクロウ事件は、本年1月31日、池田大作および創価学会が今後はクロウ事件報道を一切しない旨の約束をなしたことにより、提訴以来八年余の長きにわたった裁判に、ようやく終止符が打たれた。

クロウ報道が事実に反することを訴訟上確定しないままに裁判を終えることになるが、これ以上いつまでも創価学会のクロウ報道を糾弾し続けることは、宗旨建立750年の重要な慶祝事業を控える宗門にとって決して好ましいことではない。
そこで東京高裁による強い和解勧告に応じて、訴訟を終了させることとしたのである。

この和解によって、創価学会側に、今後はクロウの話にまつわる報道を一切しないとの約束をさせるという勝訴判決でも得られない多大な成果を勝ち取るとともに、宗門が訴訟を取り下げることにより、その不当性を強く訴えてきた東京地裁・下田判決が無効と化することに、創価学会を同意せしめたものである。

もとよりクロウ報道のような事実ははじめから存在するはずもないが、これ以上の長きにわたって裁判を続けるよりも、宗門の本来の務めである広宣流布に全力を傾注することこそ今や最も重要なことであり、われわれは総力をあげてこれに邁進すべきである。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

院3380号 クロウ事件裁判に終止符
院第3380号
宗 内 一 般
平成14年1月31日
日 蓮 正 宗 宗 務 院[印]


クロウ事件裁判に終止符
遂に池田創価学会の報道を完全に差し止め
― 一審の下田判決も無効となる(東京高裁) ―


創価学会は平成4年6月以来、ヒロエ・クロウの話として、御法主日顕上人猊下が昭和38年(1963年)3月、海外出張御授戒のためアメリカ合衆国シアトル市に赴かれた際、深夜現地で売春婦とトラブルを起こしたなどと大報道を繰り返してきた。

これに対し宗門はクロウ報道が事実無根であることから、池田大作および創価学会を被告として名誉毀損訴訟を提起したが、一審東京地裁はあろうことか宗門敗訴の判決をした。
宗門はかかる極めて不当な判決は到底受け入れがたいとして直ちに控訴し、事件は東京高裁に移行して審理が行われていたが、このたび裁判所より、池田大作および創価学会が今後このような報道をしないことを条件に、宗門に対し訴訟を取り下げることの強い和解勧告がなされた。
宗門としては熟慮の末、これ以上いつまでも創価学会のクロウ事件報道を糾弾し続けることは、宗門にとっても好ましいことではないと判断し、裁判所の和解勧告に良識と寛容をもって応ずることとした。

こうして、本日、

■ 池田大作および創価学会は今後同種の報道をしないこと、
■ 宗門は訴訟を取り下げ、創価学会側はこれに同意すること


などを内容とする裁判上の和解が成立し、ここに長期にわたったクロウ事件裁判も

創価学会側による報道が将来にわたって厳禁されるという勝訴判決以上の成果を得て終止符が打たれたのである。

もとよりクロウ報道は事実無根であるが、創価学会が報道をしないと誓った以上、宗門ももはやクロウ報道を問題にすることなく、この点にこれ以上積極的に言及して創価学会側を攻撃することはしない旨、和解条項において同意した。

但し、クロウ報道が伝えたような話を事実に反するとして否定することは、なんら差し支えないことも確認された。

さらに特筆すべきは、宗門が訴訟を取り下げ、創価学会側がこれに同意したことにより、クロウの話を一方的に採用した東京地裁の1審下田判決は、本日、東京高裁において無効のものと化したことである(民事訴訟法262条)

こうして今般、池田大作および創価学会のクロウ事件報道を完全に差し止めることにより、クロウ事件裁判は決着を見たのである。

宗門としては、今回クロウ報道の継続を禁止し得たことを意義ある成果として受けとめる一方、これによって些かも手を緩めることなく、池田創価学会の大謗法を徹底的に破折するとともに、本年宗旨建立750年の大佳節の意義のうえから、慶讃事業の完遂に向け全力を傾注する所存である。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

和解内容

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

※裁判上の「和解」とは 仲直りするわけではなく、一定の合意をして、その裁判を終了させること

ところで今回の訴訟の終結は、 「裁判上の和解」 という形で行われたが、 「和解」 というと、宗門は創価学会と仲直りしたのかと奇異に受け取る向きもあろうかと思われる。
しかし、ここでいわれている 「和解」 とはあくまでも法律用語であって、世間でいわれる 「和解」 とは意味合いが異なっている。
一般に 「和解」 というと、当事者が仲直りすることを意味するが、 「裁判上の和解」 は必ずしも仲直りを意味しない。

「裁判上の和解」 とは、単に一定の事項につき当事者が合意をして訴訟を終了させることであり、仲直りを伴うこともあれば、そうでないこともある。

例えば、ある会社が不行跡を重ねる社員を解雇したところ、その社員は逆恨みし、会社に押しかけて大声で罵ったり、会社や社長の悪口を書いたビラを会社周辺で配布したり、あるいは嫌がらせ電話を執拗に架けてきた。
会社はたまりかねて、この元社員を相手に損害賠償訴訟を起こしたが、裁判の途中で、元社員は今後一切会社に嫌がらせをせず、接触もしないと約束したので、会社も賠償金を請求しないこととして、訴訟を終了させたとする。
これが 「裁判上の和解」 である。
会社と元社員は仲直りをしたのではなく、逆に相互の関係をきっぱり断ち切ったのであるが、それでも裁判上ではこれを 「和解」 というのである。

今回のクロウ事件における 「裁判上の和解」 も、宗門と創価学会が仲直りをしたわけではない。
あくまでもクロウ事件訴訟に関し、一定の合意をして裁判を終了させたというに過ぎない。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

解説 池田創価学会クロウ事件の全面否認に同意



○ 池田創価学会のクロウ事件報道、今後一切差し止めに

創価学会は平成4年6月以来、ヒロエ・クロウの話として、御法主日顕上人猊下が昭和38年(1963年)3月、海外出張御授戒のためアメリカ合衆国シアトル市に赴かれた際、深夜現地で売春婦とトラブルを起こしたなどと大報道を繰り返してきた。

これに対し宗門は、クロウ報道が事実無根であることから、池田大作および創価学会を被告として名誉毀損訴訟を提起したが、一審東京地裁はわれわれの予想に反して、あろうことか宗門敗訴の判決をした。
宗門は、かかる不当な判決は到底承服しがたいとして直ちに控訴し、事件は東京高裁に移行して審理が行われていたが、このたび裁判所より、池田大作および創価学会が今後は一切このような報道を繰り返さないとの約束の下に、宗門に対し訴訟を取り下げることの強い和解勧告がなされた。

宗門は熟慮の末、これ以上いつまでも創価学会のクロウ報道にかかわることは、宗門にとって好ましい事ではないと判断し、裁判所の勧告に良識と寛容をもって応ずることとした。

こうして平成14年1月31日、池田大作および創価学会がこれ以上同種の報道をしないことを条件に、宗門は訴訟を取り下げ、創価学会側はこれに同意することなどを内容とする裁判上の和解が成立した。

ここに長期にわたったクロウ事件裁判も創価学会側によるクロウ報道が将来にわたって厳禁されることで終止符が打たれた。

ちなみに創価学会が報道をしないと誓った以上、宗門ももはやこれまでのクロウ報道を問題にすることなく、この点に積極的には言及しない旨、和解条項において同意したものである。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

○ 学会、下田判決の"無効"化に同意

さらに特筆すべきは、宗門が訴訟を取り下げ創価学会側がこれに同意することにより、クロウの話だけを一方的に採用した、あの東京地裁・下田判決は、ついに東京高裁において無効と化したことである。

創価学会側は、宗門の訴訟の取り下げを、

▼「宗門が事件が存在しなかったことの主張・立証を放棄した」

などと、あたかも自らが勝利したかのように書き立てているが、
もし宗門が主張・立証を断念したのであれば、 「訴訟の取り下げ」 ではなく、 「控訴の取り下げ」 をすることになる。

控訴を取り下げれば、一審判決は確定し、その効力は維持される。

これに反して「訴訟の取り下げ」は、相手方である創価学会の「同意」のもとでなされるものであって、訴訟は初めからなかったものとなり、一審判決も効力を失うのである(民事訴訟法262条)。

どうして創価学会側はせっかくの一審判決をむざむざ失効させることに同意したのか。
控訴審で、一審判決を維持し得る自信がないからではないか。
とても一審判決を支えきれる見通しがないからこそ、控訴審判決によって真正面から一審判決が取り消されることを危惧して、一審判決が効力を失うことに「同意」したとしか考えられない。

こうして、創価学会側は、クロウ関連の宗門攻撃報道を完全に差し止められ、さらに東京地裁の判決を無効化することにも同意を余儀なくされた。

今回の和解によって、どちらが実質的に勝利したかは、誰の目にも明らかであろう。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

○和解内容の構成

ところで、今回の合意内容を正確に理解し、無用の誤解を避けるために、ここで裁判上成立した和解の内容を少し詳しく見ておこう。
和解内容は、

第1に裁判所が両当事者に和解を勧めるにあたっての所見を示した部分、
第2に当事者の合意内容を示す部分、
そして最後に
「追記」
として注意書が付される構成になっている。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

○裁判所の示した所見の内容

裁判所は第1の部分で自らの所見を披瀝しているが、その中で、クロウ訴訟の係属が宗教団体としての活動に支障をきたし、宗教団体の尊厳を損なうおそれがあると述べている。
クロウ報道の内容は、とうてい高度な教義上の論争などといえるものではないだけに、このような次元の話をめぐる訴訟が10年近くも続いていることは、確かに好ましいことではない。
宗門としても、でき得れば早期にこのような訴訟に決着をつけたいところであったが、創価学会側による執拗なクロウ報道が続く限り、訴訟の提起も、またこれを続けることも、やむを得ないことであった。
しかし、今回は裁判所の強い勧告により、創価学会側はクロウ報道を今後一切やめると約束したのである。

さらに裁判所は、クロウの話の真否を確定することは、それが約40年も前の外国での出来事というのであるから、きわめて困難であること、これ以上事実の解明に努力をすることは、裁判をますます長く続けることになり、それは結局、宗教団体としての活動に支障をきたしかねないとして、和解による訴訟の終了を勧告したのである。

クロウの言うような事実はなかったのであるが、「事実がなかったこと」を証明することはきわめて難しい。
原則として裁判上は不可能とされている。

特に40年も前の外国での出来事であれば、なおさらである。

たとえば、あなたが仮に40年前に外国に行ったことがあるとして、その時に万引きをしたと、今になって誰かに言われたとしよう。
あなたは一人だったので、あなたの潔白を証明してくれる人は誰もいない。
あなたの外国での四六時中の行動を逐一明らかにして、万引きし得たはずはないことを証明するなどということは、できないことである。
とすれば、あなたが万引きをした「事実がなかったこと」を証明することは不可能となる。
逆に「事実があったこと」の方が裁判上証明しやすい。
このような場合、裁判では、「万引きをした」と主張する側が、その事実を証明する責任があるとされている。

クロウ訴訟においても、クロウの言うような「事実があったこと」は創価学会側が証明する責任を負っていたのである。
創価学会側は、クロウの主張した「事実があったこと」を証明できなければ、負けであり、名誉毀損の責任を免れないのである。

ところで東京高裁は、
■「事実を確定するには、証拠上、時間的にも空間的にもまた言語上ないし制度的にも、通常の訴訟に比して、格段に多くの障害があ(る)」 とし、
■「これ以上事実の解明に努力すること」は適当ではないとした。

創価学会側に立証責任があること、言いかえれば創価学会側に事実を確定する責任があることを考えると、事実の確定に格段に多くの障害があるとの見解は、東京高裁の創価学会側に対するきわめて厳しい姿勢を示すものである。
これでは、創価学会側もクロウ報道を断念し、一審判決が無効になることに同意せざるを得なかったのも道理である。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

○和解の合意内容

次に、裁判所の所見を受けた形で、第2の部分に当事者の合意内容が続く。
すなわち、第2の1において、宗門側は訴訟を取り下げ、池田大作および創価学会はこれに同意することが合意された。

先にも述べたように、訴訟の取り下げとこれに対する同意によって、東京地裁の下田判決は無効のものとなったのである。

次に第2の2において、当事者双方は相互に、今後、クロウ事件の争点にかかる事実の摘示、意見ないし論評の表明をしないことが合意されたが、これは実質的には、池田大作および創価学会は、今後、クロウ報道により宗門や御法主日顕上人猊下に対する名誉毀損行為をしてはならないことを意味する。

宗門側はクロウ報道の被害者であり、創価学会側が報道しない以上、宗門側がすすんでクロウの話を取り上げることなどないのであるから、この条項は双方に向けられた形をとってはいるが、実質的には創価学会側の報道を厳禁することに主たる意味を有している。

ただ、創価学会側が今後報道をやめる以上、宗門側もこの点に積極的に言及して創価学会を攻撃しないことを約する意味もある。
しかし、宗門側がクロウの言うような話は事実無根であると否定することは、それが相手方をいたずらに攻撃するものでない限り、構わないとされていることは次に述べるとおりである。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

池田創価学会は 宗門が「事実はなかった」と否認することを受諾

最後に「追記」として記載されたのは、
■「(クロウ訴訟の)争点にかかる事実の存在を単純に否認すること」は構わないというものであるが、この事実の存在とは、クロウの話が真実という意味ではなく、単にその発言内容そのものをさすのであり、これは宗門側がクロウの主張した事実を否認することは差しつかえないことを、念のため明らかにしたものである。

たとえば、誰かが宗門側に対して、

▼「シアトルでクロウの言ったような事実があったのか」

と質問した場合に、宗門側は、

▲「そのような事実はなかった」

と否定することは構わないということである。

これはもともと事実無根である以上、当然のことである。

ただし、創価学会側の述べる事実を否認することを超えて、それにかこつけて創価学会側をクロウ事件報道に関してことさらに非難攻撃するようなことは、相手が今後一切報道しないと約束して和解した以上、こちらもしてはならないのである。

このように
○ 宗門側が「争点にかかる事実の存在を単純に否認すること」は差しつかえないが、
×逆に創価学会側が「事実の存在を単純に肯定すること」は許されない。
それは直ちに和解条項違反になり、宗門側に対する名誉毀損行為になる
のである。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

いずれにしても、今回の裁判上の和解により、池田創価学会によるクロウ報道を将来にわたってやめさせたうえ、東京地裁の下田判決を無効にしたことは、宗旨建立750年の慶讃事業を控える宗門にとって意義ある成果と言えよう。

クロウ訴訟は終わったが、池田創価学会の大謗法が改まったわけではない。
宗門としては、正しい教義・信仰の立場から、引き続き池田創価学会の大謗法を徹底して破折すべく一層の努力をしていかねばならない。