▼なお、当方は、樋田が憶病ゆえにグダグダと述べる「基本的法論約定」なるものについて取り合うつもりはない。ゆえに今日まで言及すらしてこなかった。
なぜか。邪正を決する法論を行うにあたり、そのような約定は不要だからである。
「法論」が何であるかを知らない樋田のために、ひとつ教えてやろう。
正本堂落慶直前、宗門内事部は、浅井先生と学会首脳部(秋谷・原島・山崎)が常泉寺において法論を行うことを決定し、双方に昭和47年9月6日付けで書面を送付した。
そこには宗門内事部が法論を行う上で、双方に「遵守」するよう定めた「条件」として次の5つが記載されていた。
1 両者とも人数は3人以内とする。
2 礼儀正しく、理をつくして話し合うこと。
3 話し合いの途中で、経過や話しの内容を機関紙・口頭等で発表してはならない。又、テープは使用しないこと。
4 意見が通らないからといって、示威行為や非常手段に訴えたりしてはならない。
5 話し合いの結果がまとまったら、総本山に報告すること。又、結果についても、総本山の許可なく発表してはならない。
これだけである。
樋田よ、お前はこれまで「真に実力があり、正当な法論を真剣に望む者ほど厳格・明瞭なルールを必要とする」と言っていたな。
樋田にとって、「真に実力があり、正当な法論を真剣に望む者」に当たるであろう宗門内事部が、法論に先立って定めた条件は先の5つのみである。
樋田が並べ立てた約定のごときくだらない内容はどこにも書かれていないだろう。
なぜか。先ほども言ったが、邪正を決する法論を行うにあたり、樋田が求めるような約定はそもそも不要だからである。
所詮、樋田がこれまでに「法論」と称してきたものは、その全てが「法論」の真似事、「ごっこ遊び」だったということだ。
それゆえに「法論」を、小学生が行う討論会やディベートか何かと勘違いしてしまったのだろう。
図らずも樋田は、このような約定の追加設定を当方に懇願してきた時点で「真に実力があり、正当な法論を真剣に望む者」ではなく、「ペテン師」であることを自ら世間に晒したのである。
恥を知れ。
以上、樋田が要求しているつまらぬ約定がいかに不要であるか、悩乱したペテン師にもわかるレベルで説明してやったつもりだが、果たして樋田は理解できただろうか。
結局、憶病な樋田は、つまらぬ約定を定め、それに当方が違反したとの難癖をつける以外に勝ち目がないことを自認しているわけだ。
哀れな樋田がどうしてもと言うのであれば、今回の法論はかつて宗門内事部が定めた条件のうち、録音の禁止や公開の制限等を除いた次の3つを採用しよう。
1 両者とも人数は3人以内とする。
2 礼儀正しく、理をつくして話し合うこと。
3 意見が通らないからといって、示威行為や非常手段に訴えたりしてはならない。
また当然ながら、回答不能に陥ったものを敗者とする。
これで十分だろう。
仮にも法華講員であれば、まさか宗門内事部が定めた条件に異存はあるまい。
もし、上記3つ以外にどうしても法論に先立って当方に「お願い」したいことがあれば、明日、直接会場で聞いてやってもよい。
その上で当方は樋田と法論を行い、宗門の御遺命違背を徹底的に糾弾し、くだらぬ邪義を粉砕してみせよう。
繰り返しになるが、万が一、約束通り法論の会場へ来なかった場合、または法論の会場には来たが屁理屈をこねて当方との法論を拒否した場合、法華講員・樋田昌志は顕正会教学部に敗北したものとみなす。
この期に及んで見え透いた時間稼ぎはするな。
四の五の言わずに雁首揃えて当方の前にその醜悪な姿をさらしに来い。
もし現時点で既に怖気づいてしまい、明日会場に行きたくないというのであれば、遅くとも明日の正午までに、その旨を連絡してこい。
では明日。