裁判所ホームページより

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 2月5日発売の「週刊文春」(2月12日号)に「宗教法人幸福の科学の記事に関するお詫び」という "お詫び"記事が1頁全面を使って掲載された。これほどのスペースを使ったお詫び記事は、ここ最近の週刊誌にとっても異例のケースだろう。

 発端は「週刊文春」(2012年7月19日号)が報じた「幸福の科学 大川隆法"性の儀式"一番弟子が懺悔告発!」という記事だ。大川総裁の女性信者(Y)への性的関係を、教団元幹部が実名で告発したものだが、幸福の科学側は「教団の名誉が毀損された」と文春を相手取り訴訟を起こしていた。

 記事は大川総裁の一番弟子による実名証言での告発であり、性的関係を受けたYが大川総裁に宛てた手紙も「文春」編集部は入手していた。また大川総裁は信者数公称1100万人(宗教年鑑 2014年版)という巨大宗教法人のトップに君臨する人物だ。真実性、公共性、物証ともに十分訴訟にたえうる記事だと思われた。

 実際に東京地裁で下された一審判決は幸福の科学側の請求はすべて棄却され、文春側の勝訴となった。しかし幸福の科学はこれを不服として控訴。そして二審では判決が逆転し文春が敗訴、そして最高裁は今年1月23日、文春の上告を認めず判決は確定した。その結果、冒頭に記した巨大お詫び広告が掲載されるにいたったのだ。

 この判決は常識的に考えてもかなり理不尽なものだ。もちろんそれを最も強く感じているのは「文春」編集部だろう。お詫び記事と共に、「本誌はなぜ『謝罪広告』を掲載するのか」との検証記事を4頁にわたり掲載している。そこには謝罪広告や、メディアと名誉毀損に関する多くの問題点、そして裁判所の内実が描かれている。

 驚くのが一審からの裁判所の訴訟指揮の流れだ。検証記事によると、それは以下のようなものだった。

「文春側は裁判で、記事は大川氏個人についての記載であり、教団と大川氏は"別異の人格"であるため、原告である教団の名誉を毀損したことにはならないと主張した。また、文春側は大川氏とYの証人尋問を申請したが、裁判所はこれを却下し、記事の真実性を立証対象にしなかった」

 名誉毀損だと訴訟を起こしたのは大川総裁ではなく、あくまで教団。この文春側の主張を東京地裁は認め、文春は勝訴した。その一方で肝心の「記事が真実かどうか」を立証させることを裁判所は拒んだことになる。

 だが、問題はその後だ。二審ではこれについて「真実性は証明されておらず、〈大川の全人格に対する社会的評価が控訴人幸福の科学の社会的評価に直結する〉」と"解釈"を逆転させ、文春側の主張を認めなかったのだ。真実性を証明できなかったのは、文春側の都合ではなく、あくまで一審を担当した裁判官の訴訟指揮にあったにもかかわらず。

 しかし、こういった理不尽な判決は何も今回にかぎったことではない。メディア、とくに週刊誌に対する名誉毀損訴訟は、明らかに公平性をかいた異常な判決だらけなのだ。たとえば、この2〜3年の判決をざっとあげてみると──。

・日経新聞の社長と女性デスクとの不適切な関係を報じた「週刊文春」に対し、東京地裁が1210万円の支払い命令。東京高裁も地裁判決を支持。(東京高裁14年7月18日)
・長嶋一茂が父親の肖像権などの管理を巡り家族トラブルになっていると報じた「週刊文春」に対する訴訟で440万円の支払い命令(東京地裁14年4月18日)。
・幸福の科学に訴えられた「週刊新潮」に対して30万円の支払いを命令(東京地裁13年8月9日)。
・「週刊新潮」で2012年4月に掲載された「貴乃花親方が日常的に暴力を振るっており、妻の景子もとめなかった」との記事に関して、275万円の支払いを命令(東京地裁14年8月4日)
・民主党参院議員で元法相の小川敏夫がプライバシー侵害を訴えた訴訟で「週刊新潮」に220万円の支払い命令(東京地裁13年1月21日)
・吉本興行の漫才師・中田カウスに対する報道で、「週刊現代」に198万円の支払い命令(大阪高裁13年2月5日)
・前長崎県知事・金子原二郎の諫早湾開拓事業の不正を報じた「フライデー」に対し、220万円の支払い命令(東京地裁14年2月26日)
・プロボクサーの亀田興穀の不正疑惑を報じた「週刊ポスト」に300万円の支払い命令(東京地裁12年3月27日)

 控訴や上告によって判決が確定していないもの、和解となる事案も多いが、これらの判決を見れば、メディア側が敗訴の山を築いていることがよくわかるだろう。しかも、これはたんにメディアが誤報を連発している結果ではない。訴訟を起こされれば、たとえ記事が真実であり、それを証明できても負ける。そんな状態が続いている。

 いったい、この裁判所の姿勢の背景に何があるのか。「文春」の検証記事では元裁判官で、『絶望の裁判所』(講談社新書)などの著書もある瀬木比呂志氏が登場し、 「〇一年を境に(名誉毀損裁判をめぐる:筆者注)状況は一変。賠償額が一気に高騰した。そこには知られざる『政治からの圧力』があった」ことを指摘している。

 たしかに、当時、自民党・公明党と裁判所の間で政治的な取引が行われたという話は指摘されていた。1999年から2000年にかけ、自民党は森喜朗政権をめぐって大量のスキャンダルを週刊誌、月刊誌に報道され、支持率が急落。公明党も週刊誌による創価学会攻撃に手を焼いていた。そこで、雑誌メディア対策として、両党が持ち出したのが名誉毀損の厳格適用と損害賠償金額高額化だった。

 国会で公明党が再三にわたって「損害賠償金額が安すぎる」と質問する一方、自民党はさまざまなルートを使って法務省、最高裁判所に圧力をかけ続けた。

 裁判所は当時、司法制度改革をめぐって政界に裁判官の増員などを陳情する立場にあり、それと引き換えに自民党からの圧力を受け入れたのではないかといわれている。

 実際、裁判所は自公の動きに呼応するように、東京地裁民事部判事による損害賠償額見直しのための勉強会を発足させ、01年には最高裁民事局が、東京、名古屋、大阪高裁の判事で構成される「損害賠償実務研究会」を設置。これらの機関で名誉毀損の賠償額を500万円程度に引き上げることを組織的に決定してしいる。

 しかも、この時、同時に決められた算定システムも非常に不可解なものだった。慰謝料の金額は被害者の職業別に点数化され、金額に差がつけられたのだが、その点数はタレントが10点、国会議員・弁護士などが8点、その他が5点。

 従来、名誉毀損は公人には成立しないとされており、その公人には国会議員も含まれるという考え方が有力だった。ところが、この算定システムはそれをくつがえしたばかりか、国会議員に反論の場を持たない一般人よりも高い賠償金を支払うことを求めているのだ。瀬木氏も「政治家に媚を売ったと見られても仕方ありません」と指摘しているが、これは明らかに政治家のスキャンダル報道を抑えるために作られたシステムだった。

 しかも、政治家だけを優遇する印象を避けるために、裁判所はタレントにも高い賠償額を支払う仕組みをつくった。そして、反論権を持たない"言論弱者"である一般人の損害賠償を一番低く見積もるという名誉毀損の本来の趣旨と逆行する方針。そこには言論、表現の自由を守るという意識はまったくない。あるのは、自分たちの利権を守ろうという官僚的な発想のみだ。

 恐るべき裁判所の姿だが、しかし、この名誉毀損の適用厳格化と損害賠償額高騰は予想以上に効果を発揮し、メディア、とくに週刊誌の萎縮は進んだ。

 独自の調査報道をしても、訴えられて高額の賠償金をとられることになるのなら、無難な記事でお茶を濁したほうがいい。各雑誌の編集部はそんな空気に支配され、すぐに訴訟を起こす政治家や芸能人、宗教団体を避け、報道しても訴えてきそうにない小物をリンチのように吊るし上げる報道が中心になっていった。政治家の疑惑についても、物的証拠をつかむのが困難な贈収賄や裏金報道はほとんどなくなり、政治資金収支報告書に記載されている小さな問題や失言などが中心になった。

 しかも、ここにきて、安倍政権によってメディアへの圧力はさらに強まっている。このままいくと、週刊誌は本当にただの弱い者イジメのメディアになってしまうかもしれない。
(伊勢崎馨)