| 沖浦対樋田法論を検証する 31 投稿者:管理人(樋田 昌志) 投稿日:2007年 7月17日(火)21時41分35秒 p4117-ipbf302yosida.nagano.ocn.ne.jp |
| 私が少し書けばこうして↓猛然と突っかかってくる姿は、やはり、魚類とか、畜類に近いのでは? よく人は急所を衝かれると、理性を失って思わず感情的になるものですが、沖浦さんの対応などはどうでしょうかね。 −−−−−−−−−−−−−−−−−− > DATE: 2007年 7月17日(火)18時31分24秒 > TITLE: 樋田さん > NAME: 沖浦克治 MAIL: > > 法論のテーマはね、開眼の証明ですよ。 > > それと、御形木様が和紙に限るの立証です。 > > この点は映像に明らかです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−− ↑ここですね。 御形木様が和紙に限る。 というのですから、当然「御形木」が本尊として成立し得る、ということが大前提でなければなりませんね。 そういうこと見越してこの沖浦さんの独善的且つ一方的に押し付けてきた”テーマ”を敢えて受け入れたわけですね。 その経緯は↓ http://toyoda.tv/okiura.wasi さて、であるならば、「和紙」云々以前に、沖浦さんは、何故、御書にない「御形木様」が本尊として成立するのか、まず証明しなければ、その材質が”和紙”であるかどうかなどは、次の問題です。 ですから、前段の論証と沖浦さんへの詰問↓は、未解決のままそのまま沖浦さんの肺腑に突き刺さったままです。 http://toyoda.tv/okiura.kensyo30 |