| 沖浦対樋田法論を検証する。1 投稿者:管理人(樋田 昌志) 投稿日:2007年 6月25日(月)13時57分12秒 p3048-ipbf205yosida.nagano.ocn.ne.jp |
| 今回の法論で、実に多岐に亘り多数露見した沖浦親子の邪義。 その全てに対して詳細に検証していきましょう。 chapter 2 沖浦親子の開眼に対しての考え方 1 克治氏のラッピングの例えについて。 そもそも、沖浦氏は、何故、自分たちが口を極めて攻撃する「日蓮正宗」の御歴代上人が御書写された御本尊を拝むのか、その教義的裏付けを論証できていない。 ただ、▼「功徳があるから。」と繰り返すのみである。 しかし、その「”功徳”と感じるもの」については法論上で、 【魔の通力】 http://toyoda.tv/okiura.1.ma ↑の文献を用いて破折したが、それに対して沖浦氏は反論出来ていない。 (映像参照 http://video.google.com/videoplay?docid=6718645913611419246 ) であるから、▼「御本尊に「功徳」さえあれば、それを綺麗に包もうが(開眼をする)、粗雑に包もうが(開眼をしない)関係ない。」との例えは、その前提根拠自体が成立していないが故に、全く採用され得ない比喩である。 2 次に耕治氏の主張について。 @ 読誦の例えについて。 @ これは▼「読の題目の功徳も、誦の題目の功徳も同じだから、同様に、御本尊を開眼をしようがしまいが御本尊の功徳は同じ」と主張したいようであるが、ここも、そもそも、耕治氏は克治氏とは別意見である。と前置きした上で、「開眼不要」と宣言しているのであり、「不要」ということは、する必要がない、してはならない、ということであり、この点の論証には、上記の”比喩”は全く用を成していない。 A 後に耕治氏は▼「誦の題目は、御本尊の前できちんと読の題目を唱えないと、功徳が薄い」等と発言し、読誦の題目の厚薄・浅深を主張しており、この時点で既に自らの論拠と自語相違している。 (尚、これについては克治氏が▼「些末なこと」とフォローしていたが、それは見苦しい言い訳・言い逃れに過ぎない。) A ▼「破門の直後に功徳が直ちになくなる、ということが信じられない。」との発言について。 @ それは耕治氏の個人的な信心のレベルの問題であって、教義の本質論ではない。 A 例えば、電気料金を未納であれば電力会社から電力供給を停止されるのであり、また未納分を支払えば電力を供給してくれるのである。しかし、その間、供給を受けていた時も、そうでない時も、家庭内の電化製品の機能・性能自体には全く変化はない。 ただ、通電して使用できるか、使用できないか、だけの違いである。 電力の供給が止まれば、その”瞬間に”電化製品は使用不可能になり、通電すればこれまた直ちに使用可能状態になる。 この原理と現実を疑う者などおよそ文明社会ではいない。 もしいるとすれば、それは電気と電化製品の仕組みを知らない、ただ「無知な者」だけである。 沖浦親子は、そもそも、「御形木御本尊」という、御書に説かれていない、「日蓮正宗の化儀」に則った御本尊を、その意味も意義も分らずただ盲目的に拝んでいるだけであるから、こういう原理が理解できない。ただそれだけのことである。 よって、その不信・不解・無知・浅識の耕治氏個人の「感情・思い込み」を根拠に「開眼」を否定することができないことは、子供でも理解できる道理である。 |
| 沖浦対樋田法論を検証する。2 投稿者:管理人(樋田 昌志) 投稿日:2007年 6月25日(月)21時15分24秒 p3048-ipbf205yosida.nagano.ocn.ne.jp |
| ▼「牧口会長時代から御授戒の儀式が始まった。」について。 これなどは、全くの根拠がない。 ■ 一 等雨法雨の事 仰せに云はく、(中略)等しく法の雨をふらすとは能弘(のうぐ)につけたり。等しき法の雨ふりてと云ふ時は所弘(しょぐ)の法なり。(中略)等雨法雨の法体(ほったい)は南無妙法蓮華経なり。今末法に入りて日蓮等の類の弘通する題目は等雨法雨の法体なり。(中略)日本国の一切衆生の為に付嘱し給ふ法雨は題目の五字なり。所謂日蓮建立の御本尊、南無妙法蓮華経是なり云云。(中略)所詮等とは南無妙法蓮華経なり。法雨をふらすとは、今身(こんじん)より仏身に至るまで持(たも)つや否(いな)やと云ふ受持の言語なり云云。(御講聞書) ■第十に不謗三宝戒とは、爾前の諸経の心は仏は不謗三宝戒を持つと説けり。然りと雖も法華の意は、爾前の仏は謗三宝第一なり。所以は何。爾前の仏は一往世間の不謗三宝戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不謗三宝戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生の三宝を謗(そし)りて成仏せしめず。能化の仏未だ謗三宝罪を免れず、何に況んや所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の謗三宝罪を捨て、法華寿量品の久遠の不謗三宝戒を持つや不や、持つと三返。(本門戒体抄 弘安二年 五八歳) 等の御書の御文により、現在の形そのままではないにせよ、何等かしらの「授戒」の作法・儀式が大聖人の時代より存在したであろうことは間違いない。 であるから、▼「」の発言など、沖浦氏のただの妄言である。 |