一佐渡国より弟子共に内々申す法門とは何等の法門ぞや。
報恩抄に云く、問フて云く天台伝教の弘通し給ざる正法ありや、答ヘて云くあり、求メて云く何物ぞや、答て云く三ツあり未法のために仏留め置き給ふ、迦葉、阿難等、馬鳴竜樹等、天台伝教等、の弘通せさせ給はざる正法なり、求メて云く其ノ形貌如何、答ヘて云く一には日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の中の釈迦多宝外の諸仏●ニ上行等の四菩薩脇士となるべし、二には本門の戒壇、三には日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてゝ南無妙法蓮花経と唱ふべし、此ノ事いまだひろまらず閻浮提の内に仏滅後二千二百二十五年が間、一人も唱へず日蓮一人南無妙法蓮華経々々々々々々々等と声もをしまず唱フるなり文、此ノ文に本門ノ教主釈尊を本尊とすべし等と云へり常途の本尊に違せり、其ノ上或抄に本尊問答抄を引き法華経を以て本尊と為す可しと此ノ相違はいかんが心得可きや、答ヘて云ハく此ノ或ル抄を見るに一偏にかける故に諸御書一貫せず、其ノ上三箇の秘法の時は唯二箇となるの失あり今便に因ミて略して之を出サん、其ノ中に初には本尊にニあり先ツは惣躰の本尊、謂ク一幅の大曼荼羅なり、次には別躰の本尊なり、別体に付いて又ニツあり人の本尊と法の本尊となり、初に人の本尊とは右の報恩抄の文是なり類文あり。
 観心本尊抄に云く、正像二千年の間小乗の釈尊迦葉阿難脇士と為リ、権大乗●に涅槃法華経迹 門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す、此レ等の仏をば正像に造画すれども末タ寿量品の 仏有まさず、未法の初に来入して此ノ仏像出現せしめたまふ可きか文。
又云く、此ノ時地涌千界出現し本門の釈尊を脇士と為して一閻浮提第一の本尊を此ノ国に立つ可し文。
宝軽法重抄に云く、日蓮が弟子と成らん人々は易く之を知る可し、一閻浮提の内に法花経の寿量品の釈迦仏の形を画き作れる堂未タ候はず争か顕れさせ給はざるべき文、此レ等は人の本尊の証なりさて法の本尊は。
本尊問答抄に云く問ふ末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定む可きや、答ヘて云く法華経の題目を以て本尊とすべき也文。
 但し三大秘法の時は久成釈尊を以ツて本尊とするなり法の本尊を以て事行の南無妙法蓮花経と 名クるが故なり。
妙法曼荼羅供養抄に云く、妙法蓮花経の御本尊供養候、此妙法の曼荼羅は文字は五字七字にて候といへども三世の諸仏の御師、一切の女人成仏の印文なり。
 是等は皆法の本尊なり自余之レを略す。
 次に戒壇とは御自筆二箇処にあり。
佐渡御国抄に云く、本門の本尊と四菩薩の戒壇と南無妙法蓮花経の五字之レを残す文。
 文の如んば釈尊の脇士たる四菩薩造立書写する是戒壇の義なり、此レ人に約する戒壇なり又日 興給はる所の遺状に云く。
国主此法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇建立せらる可きなり、時を待つ可きのみ事の戒法と謂フは是なり文。
 此文を以て佐渡抄を見れば四菩薩の戒壇は理の戒壇に当るなり、其ノ故は人々己々に亘るが故 に理と云ふなり、さて富士の戒壇は一所に限るが故に事と云ふなり又は足を以ツて之を踏む故 に事と云ふなり。
 三に蓮祖所弘の妙法蓮花経は偏に本門の妙法是レ正意なり、之に就イて附文元意のニあり、附 文とは神力品に於イて寿量の妙法を以て上行等に附属したまふ其ノ証文は。
観心本尊抄に云ハく地涌千界ノ大菩薩を召し寿量品の肝心妙法蓮花経ノ五字を以ツて閻浮ノ衆生に授与せしめたまふ、乃至是好良薬は寿量品の肝要名躰宗用教ノ南無妙法蓮花経是なり、此ノ良薬をば仏猶迹化に授与せず何況他方をや文。
太田抄に云く、爾時に大覚世尊寿量品を演説し然して後に十神力を示現して四大菩薩に付属したまふ、其ノ所属の法とは○所謂妙法蓮花経の五字文。
復至他国遣使還告とは医父と釈迦なり、使は四依と云へる故に上行等なり、良薬は妙法なり、病者は未法今の衆生なり、
 具に観心本尊抄の如きなり皆是附文なり。次に元意を云はゞ釈尊理即名字の時、妙法蓮花経を 修行したまふ其ノ時弟子あり上行等是なり同く修行したまふ、是より後常に師弟の相を現した まふ故に師弟不二、師弟宛然なり、之に依て四菩薩本果の釈迦の付属を承けたまへり是最初付 属なり、されば血脈秒に云く元初の付属と云へるは是なり、又住本顕本の義あり此ノ故に第二 番已下の付属は但是化儀の一筋のみ、此ノ義を以ての故に蓮祖所弘の妙法華経は偏に本門の妙 法是レ正意と云ふなり、然るに三大秘法の義を取ること偏に取るが故に相違甚多なり此ノ故に 今之レを挙ケて以て支証とするなり。
或抄に云く、御書の中の本門の題目と云フに付て三義を成せり、一には妙法の五字は一部の通号 なれば広く該摂せり、しかるに本門の題目と云フことは久成の釈尊所証の法躰、本地難思の境 智なる故なり、玄一に云く此ノ妙法蓮華経は本地甚深の奥蔵なり文、此ノ義に約するが故に本 門の題目といへり、二には神力品の時塔中にて一部の肝心五重玄の妙法を本化の上首に付属し たまへり、神力品、結要付属の義による是ノ故ニ本門ノ題目といへり、三には上行等塔中に於 て妙法の付属を受ケたまへり、されば当今末法に妙法修行せる衆生は師資の次第を追ヒて本化 上首の付属を血脈とすべし是故に本門の題目といへり。此ノ三義を心得て異念を生することな かれ。
本門題目とあるを見て寿量品に限ると思はゞ誤の甚しきなるべし文、此ノ文を見るに当家に於て 本門寿量品の南蕪妙法蓮花経と勧進するは誤なるべきかいかん、答ヘて云く此の三義を出せる は祖師日蓮大聖人を破り奉らんところの謗法の書なり、全く之を信ず可からず、其ノ故は下山 抄【十八紙】云く又地涌の大菩薩末法の初に出現せさせ給フて本門寿量の肝心たる南無妙法蓮 花経の五字を一閻浮提の一切衆生に唱ヘさせ給フべき先序の為なり文。