●世間の無常
▲或時(あるとき)は人に生まれて諸の国王・大臣・公卿・殿上人等の身と成りて、「是程のたのしみなし」と思ひ、少なきを得て足りぬと思ひ悦びあへり。是を仏は「夢の中のさか(栄)へまぼろしのたのしみなり、唯法華経を持ち奉り速やかに仏になるべし」と説き給へり。主師親御書   建長七年  三四歳 49

▲願はくは一切の道俗(どうぞく)、一時の世事を止めて永劫(えいごう)の善苗(ぜんみょう)を種(う)ゑよ。守護国家論   正元元年  三八歳 118

▲今生の恩愛をば皆すてゝ仏法の実の道に入る、是実に恩をしれる人なりと見えたり。(聖愚問答抄 401)

▲生涯幾くならず。
一夜の仮の宿を忘れて幾くの名利をか得ん。
又得たりとも是夢の中の栄へ、珍しからぬ楽しみなり。
只先世の業因に任せて営むべし。
世間の無常をさとらん事は、眼に遮り耳にみてり。(持妙法華問答抄 弘長三年 四二歳 299)

▲寂光の都ならずば、何(いず)くも皆苦なるべし。本覚の栖(すみか)を離れて何事か楽しみなるべき。願はくは「現世安穏後生善処(げんぜあんのんごしょうぜんしょ)」の妙法を持つのみこそ、只今生の名聞後生の弄引(ろういん)なるべけれ。須(すべから)く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ、他をも勧(すす)めんのみこそ、今生人界の思出なるべき。(持妙法華問答抄 弘長三年 四二歳 300)

▲悲しいかな生者必滅の習ひなれば、設ひ長寿を得たりとも終には無常をのがるべからず。
今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり。
非想の八万歳未だ無常を免れず。?利の一千年も猶退没の風に破らる。況んや人間閻浮の習ひは露よりもあやうく、芭蕉よりももろく、泡沫よりもあだなり。水中に宿る月のあるかなきかの如く、草葉にをく露のをくれさきだつ身なり。若し此の道理を得ば後世を一大事とせよ。(402)

▲誠に生死を恐れ涅槃を欣ひ信心を運び渇仰を至さば、遷滅無常は昨日の夢、菩提の覚悟は今日のうつゝなるべし。
(402)

▲いづくも定めなし。仏になる事こそつゐ(終)のすみか(栖)にては候へとをも(思)ひ切らせ給ふべし。792

▲いかにいとを(愛)し、はな(離)れじと思ふめ(妻)なれども、死しぬればかひなし。いかに所領ををしヽとをぼすとも死しては他人の物、すでにさか(栄)へて年久し、すこしも惜(お)しむ事なかれ。1179

▲涅槃経に云はく「人命の停(とど)まらざることは山水にも過ぎたり。今日(こんにち)存(そん)すと雖も明日保(たも)ち難し」文。
摩耶(まや)経に云はく「譬へば旃陀羅(せんだら)の羊を駈(か)って屠家(とか)に至るが如く、人命も亦是くの如く歩々(ほほ)死地に近づく」文。
法華経に云はく「三界は安きこと無し、猶(なお)火宅の如し。衆苦充満(しゅうくじゅうまん)して甚(はなは)だ怖畏(ふい)すべし」等云云。
此等の経文は我等が慈父大覚世尊、末代の凡夫をいさめ給ひ、いとけなき子どもをさし驚かし給へる経文なり。然りと雖も須臾(しゅゆ)も驚く心なく、刹那(せつな)も道心を発(お)こさず、野辺(のべ)に捨てられなば一夜の中にはだかになるべき身をかざ(飾)らんがために、いとまを入れ衣を重(かさ)ねんとはげ(励)む。命終はりなば三日の内に水と成りて流れ、塵(ちり)と成りて地にまじはり、煙と成りて天にのぼり、あと(跡)もみへずなるべき身を養(やしな)はんとて多くの財(たから)をたくは(貯)ふ。松野殿御返事   建治四年二月一三日  五七歳 1200

▲地獄に堕ちて炎にむせぶ時は、「願はくは今度人間に生まれて諸事を閣(さしお)いて三宝を供養し、後世菩提をたす(助)からん」と願へども、たまたま人間に来たる時は、名聞名利の風はげしく、仏道修行の灯(ともしび)は消えやすし。1457