みなさまこんにちは!
妙相寺支部のM・Oでございます。
私はまだまだ信心歴の浅い駆け出し信徒でございます。  
このような私が、このような場でお話をさせて頂きますことは、正直気が重く、お恥
ずかしい限りでございますが、でも私のような者だからこそ、皆様にお伝えできるこ
とがあるのかもしれないと‥また、この正義顕揚750年の記念すべき尊い年にこのよ
うなお話を頂けましたことは、ご本尊様から頂戴いたしました功徳であると確信いた
し、本日この場に立たせて頂くことを決意させていただきました。 

私は、樋田昌志さんから折伏をして頂き、今から4年前にこの日蓮正宗に入信させて
頂きました。
妙相寺に初めて参詣させていただいた際に、石岡ご住職さまと樋田さんが唱えられた
お経・・それはもちろん法華経方便品と自我偈ですが・・・耳にした際に、その響き
の美しさに大変感動しました。
 その響きは魂にまで届くような、心地よい音楽のような響きでした。
あのときの感動は、今でも記憶も鮮やかに、昨日の事のように思い出されます。
そして、その場で直ぐにでも、ご本尊さまをお受けして、ご本尊様の前で、お経を読
みたい!‥と心の底から思いました。
尊い御本尊様をお迎えするには部屋を精一杯清浄にしてからお受けしたい、と一日準
備をして、明くる日、私は晴れて御本尊様をご下付頂く事が出来ました。
そして、その翌日には、妙相寺の支部総登山に参加をさせて頂くこととなりました。
初めて戒壇の大ご本尊様にお目通りさせて頂きましたあの感動は忘れられません!!
 心から何もかもが一遍にあふれ出し、周りの方に恥ずかしい程の涙が流れ落ち、抑
えることが出来ませんでした。
  ‥そしてその数日後。世間ではゴールデンウイークへと突入し、レジャー気分と
なる中‥私は、 当時は、まだ何が何だかよく意味がわからなかった折伏活動に、連
日参
加をさせていただく事となりました。   
子供のころから、直ぐに熱を出し体調不良となる私は、活動の第二日目に、案の定…
発熱しました。
‥朝、連絡を入れますと、「とにかく来るだけ来てごらん!」と言われ、なんとか参
加させていただきました。 
活動メンバーの先輩の皆様に気遣って頂きながら、ぐったりしながらも必死にその日
の活動を終えたことを、覚えております。
しかし、その時に体に不思議な感覚が起きておりました。
今までの生活では無理をすればその後は必ず寝込んでしまうのことが常でしたが、‥
何と、だるい身体が軽くなっていたのです。今まではあり得ないことでした。

 翌日からの私は、昨日の発熱が嘘のように、学会員宅を回って歩く程に回復し、連
日の活動の最終日、ある学会員宅へおじゃまさせて頂いた折り、老夫婦に、優しく慈
悲深く、学会がいかに謗法団体となってしまったかを丁寧にお話しされている樋田さ
んの横で、私も黙っていることができなくなり、つい先日参詣させて頂いたばかりの
富士大石寺のありがたさがこみ上げてきて「お母さん!一緒に、お山に行きましょ
う!」‥と、このご婦人を懸命にお誘いしておりました。  
この年のゴールデンウイーは毎日、折伏活動にあてさせて頂き、全てがウキウキ、ワ
クワクの連続で、修行とは思えない程、楽しかったことが思い出されます。一日の活
動が終わり帰路へ着く中、日頃目にしているものの全てが、感動的に美しく輝いて、
心に映りました。 世間では、先ず「修行」と言う言葉を耳に致しますと、身体や心
を限界まで至らしめ、断食したり、或いは、滝に打たれたり、又は、人里は離れた山
に篭ったりと…、辛抱し続ける、現実からおよそほど遠く、かけ離れた特別な行を想
像いたします。…が、こんなに感動的な有り難い修行がある事に驚きました。 これ
まで、こんなにも、毎日が歓喜に満ちた楽しくてたまらない日々を過ごした事が無
かったので、最終日に、明日からまた仕事だ‥と思うと急に心が重くなり、うつむき
加減の私に、樋田さんは「よく、頑張った!最高の折伏デビューだったな!」‥と
言って下さいました。 
 そして、その後週末の折伏活動参加が定番化し、生活の一部のようになっていき、
日々の生活も、仕事も、週末の活動に参加させて頂くために。‥また、お寺に参詣さ
せて頂くために、頑張ろうと思えるようになりました。 
そうさせて頂くことで、何時も心がすっきりと晴れやかで、職場におきましてもその
気持ちは持続し、何だか、エネルギッシュになっていくような自分を感じておりまし
た。   

私が入信するのと同時期に、職場の上司の移動があり、新たに男性と女性の上司がお
見えになられました。 事務所の中で一番職務歴の長い私は、必然的に日々の事務処
理における主要な立場となっていき、後輩を指導し、毎日忙しく仕事をするうちに、
一年が過ぎ、二年が過ぎ、変わられた上司が、仕事の内容が、段々に分かってこられ
た頃からか、急に、女性上司のご様子が変わってきたことに気づきました。
何かに付けてあらゆる行動チェックがはじまったのです。 
そしてそれを上の男性上司に報告されているようでした。
何をどのように報告なされていたのかは、知るよしもございませんが、その頃から
徐々に、男性上司の態度が、陰険で、冷ややかになってきました。
私は、其れを感じながらも、成すべき事をやっていれば、必ず報われると思っており
ましたので、日々、人手の足りない職場で、精一杯の仕事をさせて頂いておりまし
た。 
そんな日々の中、今から一年前、突如として事は起こりました。 
昨年12月。 勤続10年目を迎える直前に、私は、9年間通い慣れた事務所を突如
として、「会社都合」と称される理由にて解雇を告げられました。 
あまりに突然の出来事は想像もしていなかった事態でございました。 
この信心に入信させて頂いて、全てがゆっくりながらも順風満帆に進んで行くものと
ばかり思っておりましたから…。
  今、改めて考えますと労働者の権利として申立をする事も出来ました。
しかし、私は上司の宣告を無言のままただ聞いていました。
自分なりに9年の間務め上げた会社です。ショックが大き過ぎて言葉も返せず、全て
の思考が止まってしまい、涙さえ出てまいりませんでした。
もし、以前の私がこういう目にあったならば、きっと、ショックと悲しみで我を失
い、どうしていいか分からなくなっていたでしょう。…でも、今の私には、ご本尊様
と、石岡ご住職様、そして折伏の親であられます樋田さんがいて下さいました。 
御住職さまと樋田さんに、ご報告をさせて頂いた際に、唯一、涙が流れましたが、こ
れが、一度きりでした。 
この事態のご報告の最後には、ご住職さまからは、本当に仏様のような御慈悲溢れる
笑顔を、そして樋田さんからは
「正しい原因を積めば必ず結果が現れる!」‥また、「法華経を行ずる者の胃袋は、
必ずや諸天から保証される!」と、全く怯む様子も無く、笑みさえ浮かべられまして
「おめでとう! 正義顕揚 御命題達成の年を目前
に、信心三昧ができるではないですか!これを功徳と言わずして何を功徳と言うの
か!これは、貴方が今まで真面目に折伏活動をコツコツと続けてきた功徳ですよ!貴
方はこの時に、大聖人様に選ばれたのですから!頑張りなさい!明日から毎日、日蓮
正宗を一般に知らしめるチラシを軒並みに配りなさい!必ず道は開きます!!」‥
と、力のこもったお声で、激励して下さいました。
でも、最後にはそのお顔は笑顔ではありませんでした。むしろ、厳しく、強い視線を
私に向けられていらっしゃいました。 
私は、其の時、改めて事態は甘くないことを、察知しました。
しかし、何故か、気持ちが、晴れ晴れとして、明日からの、信心三昧の生活に浸れる
事に、喜びさえ感じて、翌朝から、お寺で御住職さまのお背について勤行をさせて頂
き、その後、最低一時間の唱題をし、最後は自らの太鼓で唱題を締めさせて頂き、つ
かの間ではございますが、もったいないことにお寺の御本尊様を私一人で独占させて
頂ける有り難い時間を持つことができました。 
それから歓喜した心と身体で「いざ出陣!!」です。
 でも、車がありませんから、電車と徒歩にて、目標地点に向かい、軒並みに、一軒
一軒玄関チャイムを押してのチラシ配布です。
 有り難い事に日蓮正宗がなぜ正しいのか簡潔に書かれたチラシです。 相手がお留
守であってもお伝えすることが出来ますので、全く無駄な時間も動きもございませ
ん。 
また、インターホンに出ていただいた方には、ほとんど玄関先まで出て頂き、お顔を
拝見しながらお話をさせていただくことが出来ましたので、一日に回ることができる
件数は、そう多くはございませんでしたが、当時の私は自分のペースで、時間の制約
も何もございませんでしたから、自ら思うままに日々 見知らぬ家々を訪問する中、
様々な感動や人様の情けを
感じさせて頂けるこの時が、有り難くて仕方ありませんでした。 「立ち話は、大変
だから」と家の中に入れて下さる方。 …缶ジュースやお菓子を下さる方…。 
すぐさま「そうですか!それでは、信心しましょう!」…と言ってくださる方はい
らっしゃいませんでしたが、真剣な面持ちで耳を傾けてくださいます方や、再度の訪
問を望んでくださいます方がいらっしゃいますと、身体も心も一気にパワーを取り戻
しておりました。
私は、まだまだ教義が身につかない、駆け出し者でございますが、教義が身について
から折伏に歩こう…などと言っておりましたら、何時になるか分かりません。 難し
い御文など、全く頭に入りませんし、覚えられませんから。 
家々を軒並に回らせて頂くには、学会あり、天理教あり、キリスト教あり、念仏あ
り、で、とにかく、“何でも有り”ですから、樋田さんのように相当な教学力が無け
れば邪宗を破折することなど到底できません。 
では…どうしたらいいのか? ご住職さまは、常日頃、仰ってくださいます。
「折伏は何も分からなくていいんですよ。ただ一言申し上げたら宜しいのです。
お釈迦様の本当のご本意は、最後にお説きになられた法華経なのですよ。 その教え
をそのまま正しく今に伝えているのが日蓮大聖人様の仏法なのです。

その尊い仏法は、今は富士大石寺に伝わる大御本尊様なのですよ!…今度一緒に行っ
てみませんか? 」 …と。
これでしたら、私のように覚えの悪い人間でも覚えられますし、お話しすることも出
来ます。 ただ必要なのは……勇気です。

このように日々、ひとりで修行をさせて頂く中、12月も半ばとなったある日、樋田
さんから、鬱病で休業している方がいるから一緒に折伏活動して欲しい。と頼まれま
した。
有り難いことに、その方が活動の為の車も出して頂ける事となり、当時、車が無かっ
た私には、足元の悪い寒い時期に、正しく、諸天のご加護でございました。 
この方は、毎日の軒並み訪問折伏を始められてから鬱の病状が見る見るよくなられ、
3カ月ほど続けましたら、完全に治られまして今では元気に職場復帰されていらっ
しゃいます。

 やがて、季節は雪の舞う凍える時期となり、ダウンジャケットを着込んでも、寒風
が体を突き刺し、降り積もる雪の中、足元が悪く滑って転びそうになったりしながら
も、年末、年始は、もちろんのこと、「たとえ数時間でも毎日続けましょう!」と目
標をもって、共々に日々、家々を回らせていただきました。 
そんな日々の中、年が明け、新年の初登山の日、朝、出ていた声が帰路に着く頃に
は、誰の声だか分からないような、擦れた、聞き取れないような声しか出ない状態と
なりました。 
声にならない声を何とかしたいと、無理に発声していましたら、数日後、全く、声が
出なくなりました。   
お医者様へ行きましても、特効薬は無く、「声を使わないように! 声を出さないよ
うに!」 とただ言われるだけで、毎日の折伏活動が、生きがいの私にとりましては
致命的な宣告を受け、「このまま、声が潰れてしまうのか…」とさえ思えました。 
正直、落ち込みましたが、日々の活動をやめる訳には参りません。
チラシ配布を中心に、身振り、手振り、そして…笑顔をもってカバーしました。  

そんな中、樋田さんが、現在、身も心も継ぎこんでいらっしゃいますネットをご覧に
なられた有志、有縁の方々の輪が日に日に増員増大し、全国にその輪が広がり、折伏
活動も長野の地に留まらず、県外折伏遠征が実施されることとなりました。 
その時、まだ私の声は、少し出るようになったものの…。 擦れてハスキーなままで
した。 大きな声を出すことは到底無理で歯がゆい状態のまま…毎日を送っておりま
した。 
県外遠征も、足を引っ張ることとなるのではないかと、参加させていただいても宜し
いものか、迷いましたが、樋田さんが、「声が出なくてもピンポンくらい出来るだろ
う!」…と、厳しくおっしゃってくださいましたので心が決まりました。 
数ヶ月間、随分と長いこと、声はハスキーなままで、自分が自分で無いような感覚
で、何時も心はどこか晴れませんでしたが、毎朝のお寺での勤行と、無声の唱題行。
 ピンポン訪問、チラシ配布行を続けているときは、元気になれました。 

そんな中、以前から欲しくてたまらなかったマイカーを、宮下青年部長さんのご紹介
で購入する事が出来ました。 
解雇された会社の退職金で購入できたのです。
思いますとそれがございませんでしたら、今だに、まだ手にすることは無かったであ
ろう新車でございます。
言ってみれば“解雇されたから手に入った”、そんな車でございます。 
小さな車ですが、現在、有縁の方の法の為の足となり、大活躍させていただいており
ます。 今では、広宣流布のための私の大切な相棒であります。  
この愛車のお陰で、行動範囲もグンと広がり、人並みならぬ方向音痴で、しかも人一
倍、良く言えば用心深い、悪く言えば臆病者だった私が、今では東京のみならず、大
阪までの道のりをも、ひとりでもなんとか往復できるまでになりました。
昔の自分の性格から考えましたら、およそ想像もできない事でございます。
  
そんなありがたい信心三昧の日々を送る中、気が付くと雇用保険の受給期間の終わり
が近づく時期となっておりました。 
6月から、訓練生として手当てを頂きながら、学校へ通っておりましたので、躍起に
なって職探しをする時間もございませんでした。  が、さすがに受給満了の9月の
声を聞きますと、胸騒ぎがしてまいりました。 
その日も、朝勤行のあと、ひとり唱題行を終えたとき、ご住職さまが、本堂へ御用の
為に入っていらっしゃいました。
ご住職さまのお姿を拝見した瞬間に、なぜか、突然心が叫び、お戻りになられるご住
職さまを声にならないような声でお呼びとめし、「 ご住職さま。ご本尊様は、私の
道をお示しくださいますよね?」…と、思わずお伺いさせていただきました。 
ご住職さまは、足を止められ、振り返り、目を細め… そっと頷かれ、優しく笑って
くださいました。 
そして、この日、不思議な事が起こりました。 お寺を出た足で、ハローワークへ
行った私の目に、二件の公開カードが目に留まりました。  双方とも、専門的な職
種で、今までの職歴を生かせるものでした。 しかも国家公務員に準ずる待遇、とい
うことで、きっとたくさん応募者がいて私などには絶対に無理だろうなぁ、と思いつ
つも、とりあえず相談コーナーでお話しさせていただきますと、やはり、一方は、昨
日出たばかりですが、応募者は、20人を超えていて、もう一方は、月初に出た求人
で、現在、59人も応募されているとのこと。しかも既に書類選考で結果送付が始まっ
ているとのことで、難関であり応募が遅くなっているうえ、しかも必要な免許、資格
の欄に載っているような、税理士、社会保険労務士、行政書士の資格は、持ち合わせ
ておりません。
半分諦めかけた気持ちになった時、その相談員さんが、「しかしまだ公開を締め切っ
ていませんから、聞いてあげますよ。」といって応募の手続きをしてくださいまし
た。
今考えますと、既にこの時から諸天善神が動いて下さっていたように思われます。 
その相談員さんから、その事業所が既にかなりの絞込みの段階に入っている様子だか
ら、履歴書を速達で大至急送るようにご指導をいただきました。
大急ぎで書類を送付すると翌日の夕方に連絡があり、即 面接日時が決められまし
た。 

面接の日の朝は、お寺でご住職さまに、ご祈念をして頂きました。 ご住職さまの気
の篭った力強いお経が、私の身体と心を包み込んでくださる感じがして、悔いの残ら
ないように、頑張ろう…と。 自分に言い聞かせました。 
あと半月で雇用保険も終わり、収入が全くなくなります。 もう、後がございませ
ん。


面接時間の10分前に試験会場に付きました。 面接が始まり、まず、いきなり私が最
終面接者である事を知らされ、物凄いプレッシャーを感じました。 
テーブルを囲まれ、三人の面接官から、質問が飛び交い降り掛かってまいりました。
そして、その一言一言、一部始終を記録されている感じでした。
緊迫した空気の中、やっとこれで終わるかと思うや否や、突然、試験問題が渡され、
「 この人を、どう調査したら救うことが出来ますか?」といきなり問われ、時間も
計られている様子でありました。 
三人の面接官の視線を感じながらも、不思議と何の恐れもなく、あまり考えこまず、
悩むことなく、調査方法がスラスラと口をついて出てまいりました。 その間も、一
部始終が記録されているのを、横目で見ている余裕もございました。 
「…以上です。」…と、申し上げた瞬間、今まで、きつい視線を向けられていた、三
人の面接官のお顔が、同時に綻ばれ、調査専門官と称される方が、先ず一声を発せら
れ、「 いやあ〜すばらしいですね!…いやあ驚きました。 」「 完璧ですね!」
 「 この時間で、よくお答えになられましたね!」…などと。信じがたいお言葉
が、飛び交い、ぽかんとしてしまいました。  

そして、二日後の夕方、内定のご連絡を頂く事が出来ました。
ほかに受けていた方々はみな、税理士、行政書士、社会保険労務士・・などの立派な
資格を持った方々ばかりで、私のような資格のないものが。と、本当にびっくりし、
そして御本尊様に心から感謝いたしました。
…すぐさま、樋田さんにご連絡を入れますとこの日は、ご住職さまと、折伏遠征の帰
路途中と言う事でございました。 異体同心の信心とは、こういうことなのかし
ら?? …ご住職さまの御祈念のお陰と、日々、信心修行に駆け抜ける樋田さんの功
徳を、共に分けて頂けたような思いさえいたしました。  
ご本尊様は、自分の浅はかな想像をはるかに超えて、慈悲深く、お手を差し伸べて下
さいます。
この度私は、身に余る…分に過ぎたような功徳を頂きましたが、しかし決して、それ
だけに執着していたわけではございませんでした。 生活の一部のように…日課のよ
うに、毎日折伏行に動いていましたら、結果として思いもかけない果報をいただく事
ができたのです。

そうして、その奇跡のような就職が決まった同じ月、大聖人様のお会式の月である1
0月。 私は、自分の誕生日、その仕事帰りに友人をお寺へお連れさせて頂く事がで
き、御受戒を受けさせることができました。この方は私が本年折伏をした三人目の入
信者となりました。
 そしてその数日後に、以前、職場でお世話になりました尊敬する先輩を、やはりお
寺にお連れして、御受戒をさせて頂く事ができ、さらに、10月末日には、二十年ほど
前に、お世話になりました、大変にご恩のあるご婦人をお寺にお連れし、御受戒をさ
せて頂くことができました。 
この最後のご婦人は、お寺を出た後、お寺でお経を読んだのは初めてであった事を頬
を紅潮させて、興奮気味にお話しになられました。そして、今まで思っていた、お寺
の印象や、ご僧侶の印象が変わった。との事を、しきりにお話しになられましたの
で、
「日蓮正宗のお寺と、ご僧侶さまだからですよ。本当の仏教だから清浄なんです。
邪宗のお寺や、僧侶は、法華経を誹謗する罪で汚れきっていますから、今までいい印
象がなかったのですよ。だからそれを嫌うお気持ちは、正しかったのですよ。その御
心が仏様に導かれて、今日、こうして日蓮正宗のお寺で、正しいご僧侶さまの後ろ
で、お経典の最高峰である法華経を一緒に読ませて頂きますことが出来たのです
ね。」と申し上げましたら、大きく頷かれて
「ずっとMちゃんのことが気になっていたけれど、久々に会えて元気でいてくれ
て、心の拠り所とするものが、出来ていたことに安心したよ。あのご僧侶も立派な方
だね。 」と、言ってくださいました。  
この方は私にとりましては、忘れられないご恩がある大切な方です。 この日蓮正宗
にお導きさせて頂き、今生、最大のご恩返しが出来たという満足感から涙が流れ落ち
ました。  

そのご婦人と別れて、心から満たされた気持ちで自宅へと向かう中、携帯電話のメー
ル音が鳴りました。 
先日、御受戒をお受けになられました先輩からのメールでした。
「ご住職さまに、お話を聞いて頂きたいことがある」との内容に、すぐさま、ご住職
さまのご都合をお伺いし、その先輩を、再びお寺にお連れすることとなりました。 
先輩はご住職さまのお話をしっかりと受け止められた後に、「問題解決には信心しか
ない!」と言うお気持ちになられ、ご自身からご住職さまに、「ご本尊様をお受けさ
せて頂きますのは、ご無理でしょうか?」と、お伺いになられました。
ご住職さまは、少し間をおかれましてから、重みのあるお声で「それは、もちろん壁
に向かわれて、お経をお読みになられますより、ご本尊様に向かわれてお経をお読み
になられました方が、お気持ちも違ってきますし、お仕事で、お忙しく、お寺にも、
中々参詣出来ないこともおありでしょうから、ご本尊様を、お受けになられたいお気
持ちは、大変に尊い事でございますよ」と。
‥このお一言で、先輩は、お心が決まったご様子でありました。 
あと数時間後には、11月となる、意義深い10月31日の最後の最後の刻に、先輩に
ご本尊様をお受けさせることが出来ました。
 
 本当に不思議な、本当に有り難いご本尊様の絶対のお力を改めて感じました。
  正にこれは、偏にご本尊様のお力であり、突然に失職して、どん底に突き落とされ
た状況から頑張ったこの一年間の集大成として奇跡的な再就職が叶うのみならず、こ
の折伏成就の大功徳を頂くことができました。
樋田さんがおっしゃられました「正しい原因を積めば、黙ってたって結果は必ず現れ
る!」ということ、そして「法華経を真面目に修行する者の胃袋を諸天は絶対に保証
する!」…正にその通りの結果でした。

悪夢の出来事から一年、あっという間に過ぎてしまいましたが、御命題達成の御年
に、私は、何ものにも変えがたい、体験と、功徳のすべてを、ご本尊さまから頂戴い
たしました。 私は、身をもって、学ばせて頂きました実体験は、決して無駄には致
しません。 ご本尊様のお力を…御慈悲溢れるお心を、身体をもって、心を持って、
己の全てをもって多くの方々にお伝えしてまいりたいと思います。 
とにかく精一杯に動いて動いて今まで以上に動き切ってご奉公してまいる決意でござ
います。

皆さま 折伏とは… 楽しく行なう行でございます。
…最後になりますが、私の折伏の心の糧としている言葉をお伝えいたします。
樋田さん曰く

「 エンジョイ 折伏です!」  

…ご静聴ありがとうございました…