**全国総県長会議での原田会長の指導  聖教新聞(2014年11月8日付 抜粋)
根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法
末法の全民衆の成仏のために三大秘法、すなわち、本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇として具体的に顕された
末法の衆生のために日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現したものであり、等しく「本門の本尊」
”電源の端子”の関係であるかのような本尊観
「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」を信じること
「受持」とは、「受持即観心」の法理に示されている通り、南無妙法蓮華経という根本の法が具現された御本尊を信じ、唱題することによって自身の内にある仏界が湧現する
宗門はいつしか堕落し、衣の権威を笠に着て信者を蔑視し、創価学会を破門する暴挙に出ました。
法主詐称者の出現
大石寺はすでに大謗法の地とかし
弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。
参考文証
追記
広宣流布のための御本尊を認定
「慈折広布の御本尊」を安置
御本尊の力用は、自行化他の実践があるところに発揮される
創価学会こそ広宣流布を推進する教団
経緯
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▼ 学会の会則の第1章第2条の教義条項を、創価学会の宗教的独自性をより明確にし、世界広布新時代にふさわしいものとするとともに、現在の創価学会の信仰の実践・実態に即した文言にするために、改正いたしました。

これまでの条文では

「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命たる一閻浮提広宣流布を実現することを大願とする」

となっておりました。
この会則は平成14年(2002年)に改正されたものです。
当時、宗門との僧俗和合時代に信仰実戦に励んできた会員の皆さまの感情や歴史的な経緯を踏まえ、
この

「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊」

については、

「弘安2年(1279年)の大御本尊」

を指すとの説明を行っていました。
それを今回、次の通りにいたします。

▼「この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、
御本尊に自行化他にわたる題目を唱え、御書根本に、各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする」

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「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ」という部分について説明いたします。

▼大聖人は、宇宙と生命に内在する根本の法を南無妙法蓮華経であると明らかにされました。
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↑ ▼ 根本の法は南無妙法蓮華経である

法のみではない。

■ 伝教大師云はく「一念三千即自受用身、自受用身とは出尊形の仏なり」(1388)

根本の法である南無妙法蓮華経 とはそのまま久遠元初の自受用身である。
それが人法一箇ということである。
原田は初手から基本教学を誤っている。

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▼ そしてそれを、末法の全民衆の成仏のために三大秘法、すなわち、本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇として具体的に顕されたのであります。
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↑  ではその「三大秘法」とは何か?

日寛上人『依義判文抄』
■「三大秘法を合(がっ)すれば則(すなわ)ち但一大秘法の本門の本尊と成るなり。
故に本門戒壇の本尊を亦は三大秘法総在の本尊と名(な)づくるなり」(六巻抄八二頁)

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第六十四世日昇上人(大誓堂安置の慈折広布の御本尊を書写された)
■「三大秘法と申しまするにその究竟の眼目は戒壇の大御本尊に帰着致すのでありまして即ち皆様が今日篤くと拝せられました当山に護持し奉る戒壇の大御本尊に帰するのであります」(大日蓮・昭和二九年五月号三頁)

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創価学会発行『折伏教典』
◎ 「三大秘法とは、本門の本尊と、本門の題目と、本門の戒壇との三つであり、この本門の本尊すなわち弘安二年十月十二日にあらわされた一閻浮提総与の大御本尊に対して題目を唱えるのが大聖人のお教えである」(該書改訂二三版三二九頁)

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『創価学会入門』

◎ 「大聖人の仏法は三大秘法ですが、その根本は弘安二年十月十二日に御図顕された本門戒壇の大御本尊です。
それは、本門の大御本尊に向かって唱える題目が本門の題目、本門の本尊を安置する所が本門の戒壇だからです」(該書改訂版一〇〇頁)

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▼ 末法の衆生のために日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現したものであり、等しく「本門の本尊」であります。
そして、「本門の本尊」に唱える南無妙法蓮華経が「本門の題目」であり、その唱える場がそのまま「本門の戒壇」となります。
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↑ では、創価学会は身延(みのぶ)をはじめ他門の寺院に蔵(ぞう)される大聖人直筆の御本尊や、他宗の僧侶が書写した本尊も「等しく本門の本尊」として認定するのか。

本門の本尊とは、上記の文証通り、戒壇の大御本尊に究竟するのである。
そこから開いて血脈正統な各御本尊へ通じるのである。
どこの馬の骨か知らないニセ本尊に拝む題目が「本門の題目」であるわけがない。
したがってそこに「本門の戒壇」の義が備わるはずもない。

日寛上人
■「広宣流布の時至れば一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す。其の処は皆是れ義理の戒壇なり。然りと雖も仍是れ枝流にして、是れ根源に非ず。正に本門戒壇の本尊所住の処、即ち是れ根源なり」(法華取要抄文段・文段五四三頁)

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日寛上人 
■ 問う、当門流に於ては総体、別体の名自、これを立つべからざるや。
答う、若しその名を借りて以てその義を明かさば、本門戒壇の本尊は応にこれ総体の本尊なるべし。これ則ち一閻浮提の一切衆生の本尊なるが故なり。自余の本尊は応にこれ別体の本尊なるべし。これ則ち面々各々の本尊なるが故なり。(観心本尊抄文段・下)


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日達上人
■「戒壇の御本尊の、又、写しが、各末寺の御本尊であり(中略)また各家の御本尊である。
だからそこに戒壇の御本尊の、大聖人様の血脈が、正宗を信心する皆様の中に皆伝わっておる
のでございます。
その根本たる戒壇の御本尊を忘れてしまったならば、いかに信心しても、大聖人様の血脈は通じてこない」(達全一―ニ―二五六頁)

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▼ 大聖人の仏法は、万人に開かれたものであり、三大秘法はあくまで1人1人の信仰において受け止められなければなりません。
ある場所に特定の戒壇があり、そこに安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用が発揮されないという、
あたかも”電源の端子”の関係であるかのような本尊観は、世界広宣流布が事実の上で進展している現在と将来において、かえって世界広布を疎外するものとなりかねないのであります。
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↑  この原田発言と真反対のことをかつの折伏教典では言っていた。

◎ 「電灯にたとえて考えてみると(御本尊を電球にたとえることはもったいないことではあるが)ヒューズがとんで電流が流れてこない電灯は、電球が切れていないからといって、いくらつけても明るい光りを発しないようなもので、電球は本物であっても、電流が流れてこなければ光りが出ないのである。
御本尊が大聖人のご真筆であっても、大御本尊に直結しなければなんの功徳もないのである。
したがって富士大石寺の大御本尊を拝まないものはすべて謗法である」 (該書改訂二三版三一三頁)

学会員が所持している本尊が仮に日蓮正宗からの正統の御本尊であったとしても、戒壇の大御本尊につながっていなければ功徳はない。
「戒壇の大御本尊を受持の対象としない」などと言うのは「受持即観心」=「信心即成仏」の原理からして信仰心を持たない、と言っているに等しく、上掲の日達上人の御指南、折伏教典の指導からして、学会員の所持している本尊には電流が通っておらず、全く功徳はない。
ましてやニセ本尊などそもそも悪鬼魔神の棲家であるがゆえに罰こそあれ功徳などあるわけもない。

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▼大聖人の仏法における信仰の本義は、「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」を信じることにあります。
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↑ ▼「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」とは即ち戒壇の大御本尊である。

日寛上人
■「弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり。既に是れ三大秘法の随一なり、況んや一閻浮提総体の本尊なる故なり」(観心本尊抄文段・文段一九七頁)

随一=数多くあるものの中で、一番であること・第一位)

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▼「受持」とは、「受持即観心」の法理に示されている通り、南無妙法蓮華経という根本の法が具現された御本尊を信じ、唱題することによって自身の内にある仏界が湧現するのであります。
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↑ 学会会長にしてこの程度の教学か?と呆れ果てるレベル。

▼「南無妙法蓮華経という根本の法が具現された御本尊」とはまさに戒壇の大御本尊である。

その戒壇の大御本尊を捨てた創価学会に功徳などあるわけもない。

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▼創価学会は、大聖人の御遺命である広宣流布を実現するために、宗門と僧俗和合し、弘安2年の御本尊を信受してきました。
しかし、宗門はいつしか堕落し、衣の権威を笠に着て信者を蔑視し、創価学会を破門する暴挙に出ました。
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↑ 戒壇の大御本尊は全く不動 不染 不変 である。
僧侶の堕落などと論っても、戒壇の大御本尊とは全く別問題である。
ならばなぜ戒壇の大御本尊への信行を貫かないのか?
その点、まだ顕正会の方が信の一分があるといえまいか。
宗門の非を鳴らしながらでも、戒壇の大御本尊への一途な信は保っているからである。

■善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし。(開目抄上 文永九年二月 五一歳 572)

法華経とは現時では戒壇の大御本尊である。
その法華経=戒壇の大御本尊をどんな理由があろうと信仰しないとはまさに地獄の業である。
平成28年のこの会則改変以降の創価学会とその実質的な協力関係の公明党の凋落ぶりが何よりの現証ではないのか。
個人個人の厳罰はいよいよ悲惨の度を増している。

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▼ さらに法主詐称者の出現によって、永遠に法主が不在 となり、宗門のいう法主の血脈なるものも断絶しました。
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↑ 「法主詐称者」などとは、破門にされた団体の創価学会内で言っている事であって、宗門の唯授一人・血脈相承は不断である。

■ 直授(じきじゅ)結要(けっちょう)付嘱は唯一人なり。白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為し、日蓮が正義悉く以て毛頭程も之を残さず、悉く付嘱せしめ畢んぬ。上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり。(百六箇抄 弘安三年一月一一日 五九歳1702)

■ 仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。譬へば薪(たきぎ)なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法二千年過ぎて末法へも伝はるべからず。故に大集経に云はく「五箇(ごか)の五百歳の後に、無智無戒なる沙門(しゃもん)を失(とが)ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明(とうみょう)を滅(めっ)せんと思へ」と説かれたり。然れば僧の恩を報じ難し。されば三宝の恩を報じ給ふべし。古の聖人は雪山童子(せっせんどうじ)・常啼菩薩(じょうたいぼさつ)・薬王大士(やくおうだいし)・普明王(ふみょうおう)等、此等は皆我が身を鬼のうちがひ(打飼)となし、身の血髄(けつずい)をうり、臂(ひじ)をたき、頭(こうべ)を捨て給ひき。然るに末代の凡夫、三宝の恩を蒙りて三宝の恩を報ぜず、いかにしてか仏道を成ぜん。(四恩抄 弘長二年一月一六日 四一歳 269)

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▼ 大石寺はすでに大謗法の地とかし、世界広宣流布を目指す創価学会とは全く無関係の存在となったのであります。
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↑ 「大石寺が謗法の地と化」したという具体的な事実で証明してみたまえ。

戒壇の大御本尊は厳然と御安置されている。
戸田会長時代から堂宇は変われど学会員が嬉々として登山していた時と何も変わっていない。

一体、何を指して「大謗法の地」と呼ぶのか。責任ある回答ができるのか。

『法華取要抄文段』日寛上人
■ 広宣流布の時至れば、一閻浮提の山寺等、皆嫡々書写の本尊を安置す。その処は皆これ義理の戒壇なり。然りと雖も仍これ枝流にして、これ根源に非ず。正に本門戒壇の本尊所住の処、即ちこれ根源なり。妙楽云く「像末の四依、仏法を弘宣す。化を受け、教を禀け、須く根源を討ぬべし。若し根源に迷う則は増上して真証に濫る」等云云。今、日本国中の諸宗・諸門徒、何ぞ根源を討ねざるや。浅間し、浅間し云云。宗祖云く「根深ければ枝繁く、源遠ければ流れ長し」543

『文底秘沈抄』(68)日寛上人
■ 今謂わく、嗚呼我慢偏執抑何の益有りや、富士山を以て本山と仰ぐべきこと文理明白なり。
 一には富士山は是れ広宣流布の根源なるが故に。根源とは何ぞ、謂わく、本門戒壇の本尊是れなり、故に本門寺根源と云うなり、弘の一の本十五に云わく「像末の四依、仏化を弘宣す、化を受け教を禀く、須く根源を討ぬべし、若し根源に迷う則んば増上して真証を濫さん」云々。宗祖の云わく「本門の本尊、妙法蓮華経の五字を以て閻浮提に広宣流布せしめんか」等云々。既に是れ広布の根源の所住なり、蓋(なん)ぞ本山と仰がざらんや。

『文底秘沈抄』日寛上人
■ 「然るに三大秘法随一の本門戒壇の本尊は今富士の山下に在り、故に富士山は即ち法身の四処なり、是れ則ち法妙なるが故に人尊く、人尊きが故に処貴しとは是れなり」(六巻抄六四�n)

『寿量品談義』日寛上人
■ 「祖師より興師へ御付属亦是れ三大秘法なり。興師より目師へ御付属も亦是れなり。(中略)目師より代々今に於て、廿四代金口の相承と申して一器の水を一器に瀉すが如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり。未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も、既に本門の戒壇の御本尊存する上は其の住処は即戒壇なり。其の本尊に打ち向ひ戒壇の地に住して南無妙法蓮華経と唱ふる則ば本門の題目なり。志有らん人は登山して拝したまへ。(中略)其の三大秘法の住する処こそ何国にてもあれよ霊山会場寂光の浄刹なるべし。」(富要一〇―一三一�n)

『日寛上人御詠の詞書』
■ 「されば諸天も石劫打やめて嫡々付法の三大秘法のたたせ給ふ大いしの寺を守らせ給へ」(日寛上人伝九二�n)


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▼ 創価学会は、大聖人の御遺命の世界広宣流布を推進する仏意仏勅の教団であるとの自覚に立ち、その責任において広宣流布のための御本尊を認定します。
したがって、会則の協議事項に言う「御本尊」とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。
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↑ 創価首脳部へ内容証明書送付
↑ 戒壇の大御本尊否定破折文証

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参考文証  

日寛上人

■「『日興が身に宛(あ)て賜(たま)はる所の弘安二年の大本尊は、日目に之を授与す。本門寺に掛け奉るべし』云云。
今四百余年に至る。他流は皆是れ似(え)せ薬なるべし」(妙法曼陀羅供養抄記・文段七〇三頁・)

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『折伏教典』

◎ 「富士大石寺にそむく謗法のやからがもつご真筆の御本尊には、大聖人の御魂は住まわれるわけがないのである」 (該書改訂二三版三一四頁)
◎ 「日蓮正宗の本尊を除いては、ことごとく天魔外道(てんまげどう)の本尊である。
姿は仏に似せようと、神を表わそうと、みな内証においては天魔外道である」 (同三二−頁)

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『聖人御難事』

■「清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年雅なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計りなし。先々に申すがごとし。余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり」 (御書一三九六頁)

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日寛上人『観心本尊抄文段』

■「問う、弘安の御本尊、御本懐を究尽するや。
答う、実に所問の如し、乃ち是れ終窮究竟の極説なり(中略)
吾が大聖人は文永十年四月一一十五日に当抄を終わり、弘安二年、御年五十八歳の十月十二日に戒壇の本尊を顕わして四年後の弘安五年、御年六十一歳十月の御入滅なり(中略)
天台・蓮祖は同じく入滅四年已前に終窮究竟の極説を顕わす、寧ろ不思議に非ずや」 (文段一九六頁)

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第六十四世日昇上人(創価学会常住 「慈折広布の御本尊」を認められた)
■「久遠本仏たる宗祖日蓮大聖人は南無妙法蓮華経をお唱へ出された年から二十七年即ち弘安二年に出世の御本懐たる本門戒壇の大御本尊を一切衆生に総与遊ばされたのであります」(大白蓮華・昭和二七年六月号四頁)

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日寛上人
■「本地難思の境智の冥合・本有無作の事の一念三千の南無妙法蓮華経を証得するを、久遠元初の自受用身と名づくるなり。
此の時、法を尋ぬれば人の外に別の法無し、人の全体即ち法なり。
此の時、人を尋ぬれば法の外に別の人無し、法の全体即ち人なり。
既に境智冥合し人法体一なり」(観心本尊抄文段・文段二〇二頁)

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創価学会『仏教哲学犬辞典』

◎「日蓮大聖人の仏法において、人本尊と法本尊は、その名は異なるが、その体は一つであること」 (該書第三版一三二〇頁)

日寛上人

■「本地難思の境智冥合、久遠元初の自受用報身の当体、事の一念三千、無作本有、南無本門戒壇の大本尊」 (当家三衣抄・六巻抄二二五頁)

 改変した条文の上では
▼「日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ」 ながら、信仰の上では
▼ 日蓮大聖人の御当体に手を合わせない 
というのだから、これほど道理に合わない話はない。

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○ 第二祖日興上人
■「日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝(授与)す。(本門寺に懸け奉るべし)」 (日興跡条々事・御書一八八三頁)

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○ 第十四世日主上人(戦国時代の混乱期に東北・関東の布教に努められ、福島県の本法寺などを建立された御法主上人)
■「大石寺は御本尊を以て遺状と成され候、是れ則ち別付嘱唯授一人の意なり。
大聖より本門戒壇の御本尊、興師より正応の御本尊(※譲座御本尊)法体御付嘱なり」(歴全一四五九頁)

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○ 第二十六世日寛上人(創価学会が作製・販売する『ニセ本尊』のもととなった浄円寺所蔵の御本尊を認められた御法主上人)
■「本門戒壇の本尊は応に是れ総体の本尊なるべし。是れ則ち一閻浮提の一切衆生の本尊なるが故なり」(観心本尊抄文段・文段二四三頁)

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○ 第五十六世日應上人(明治期の東京において自ら街頭布教に立ち、教線拡大に努められた御法主上人)
■「戒壇本尊の造立は宗祖出世の本懐にして一期弘通の大事なり」(弁惑観心抄一九三頁)

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〇 第五十九世日亨上人(『第二代戸田会長の請いによって『日蓮大聖人御書全集』を編纂された御法主上人)
■「一期の弘法即三大秘法、三秘の中心即本門戒壇の大御本尊である」 (大白蓮華・昭和二八年九月号二六頁)

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○ 第六十世日開上人(昭和三年六月の御登座。同月に牧口・戸田両会長が入信している。創価教育学会発足当時の御法主上人)
■「吾が総本山に安置し奉る本門戒壇の大御本尊は、宗祖大聖一期の大事、本門三大秘法の随一にて在すなり」(日開上人全集二五三頁)

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○ 第六十四世日昇上人(創価学会総本部安置の「慈折広布の御本尊」を認められた御法主上人)
■「夫れ戒壇の本尊は宗祖日蓮大聖人の本懐、末法衆生の帰命の法体、一宗依止の当体なり。
宗祖大聖人弘安二年十月十二日之れを建立して、血脈付法の二祖日興上人に身に当て給るところなり」 (大日蓮・昭和三〇年一二月号一四頁)

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○ 第六十五世日淳上人(牧口・戸田両会長の指導教師であり、戸田会長の葬儀の大導師を勤められた御法主上人)
■「吾が総本山大石寺に安置し奉る戒壇の大御本尊が大聖人の施化の究竟と拝さなければならない。
若し此旨を失へば御一代の御示教は全く泡沫になって了ふのである」(淳全八二六頁)

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○ 第六十六世日達上人(創価学会の法人設立に尽力し、創価学会の善導に心を砕かれた御法主上人)
■「宗門の信仰の対象は、すなわち弘安二年、大聖人様のご本懐の戒壇の大御本尊様であります。
そして、その大聖人様はこの戒壇の大御本尊様をご建立あそばされ、すなわち大聖人様即戒壇の大御本尊様であります」(達全ニ―六―二七三頁)

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○ 初代牧口会長
◎ 「御本尊の中、総与の御本尊と称して、大石寺に伝へられる大御本尊を信じ奉る者が正しい信者である」(牧口常三郎全集一〇―一五一頁)

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○ 第二代戸田会長
◎ 「もっとも完全無けつな仏法が正宗なのである(中略)私達は無智な人々を導びく車屋である。
迷ってゐる人があれば車に乗せて大御本尊様の御もとへ案内して行くのが学会の唯一の使命である」(大白蓮華・昭和二四年二一月号一頁)

◎ 「現代に於ては時刻相応の教と云うならば、富士大石寺にいます一閻浮提総与の御本尊を信ずる事である。
大聖人の御命たる大曼荼羅を信ずる事でありその大曼荼羅中の極説中の最極説たる弘安二年十月十二日御出現の総与の御本尊こそ真の民衆救済の御本体であらせられる」(大白蓮華・昭和二九年七月号巻頭言)

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○ 第三代池田大作
◎ 「大聖人様はどのようにおおせになったか。
末法において成仏する道は、絶対の幸福生活を会得する直道は、弘安二年十月十二日の大御本尊様を拝む以外にない。
これが日蓮大聖人の出生の本懐であると、おんみずから御本尊様をお遺しくださったのであります」 (会長講演集ニー五六頁)

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第二代戸田会長は、創価学会が宗教法人を取得するに当たり、宗門に対して、
  一、折伏した人は信徒として各寺院に所属させること
  二、当山の教義を守ること
  三、三宝を守ること
との三原則の遵守を誓約し、昭和二十七(一九五二)年八月、東京都知事より宗教法人の認証を受けた。

戒壇の大御本尊を信仰の対象にしない、とは 二、当山の教義を守ること を破り捨てる事。
当然、本来なら宗教法人資格は失効。

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日寛上人『当家三衣抄』
■「南無仏・南無法・南無僧とは、若し当流の意は(中略)南無日蓮大聖人師(中略)南無本門戒壇の大本尊(中略)南無日興上人師。南無一閻浮提の座主、伝法・日目上人師。嫡々付法歴代の諸師」 (六巻抄二二五頁)

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戸田会長
◎「日蓮大聖人以来の正しい歴史と教義を、世に弘めるべく大いに努力しなければならない」 (戸田城聖全集六―四〇四頁)

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池田大作 会長就任式
◎「わが創価学会は、日蓮正宗の信者の団体であります。
したがって、私どもは、大御本尊様にお仕え申しあげ、御法主上人猊下に御奉公申しあげることが、学会の根本精神であると信じます」 (大白蓮華・昭和三五年六月号七頁)

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追記
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▼「創価学会は(中略)広宣流布のための御本尊を認定します。したがって、会則の教義条項にいう『御本尊』とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり云々」(本書139頁参照)
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↑
■「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ」(経王殿御返事・御書六八五頁)

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■「信心は順従を義と為す」(四教義・大正蔵四六―七五三頁)

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日寛上人
■「弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり。既に是れ三大秘法の随一なり、況んや一閻浮提総体の本尊なる故なり」(観心本尊抄文段・文段一九七頁)

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 第二代戸田会長
◎ 「大御本尊だけは、われわれは作るわけにはゆかない。
日蓮大聖人様のお悟り、唯授一人、代々の法主猊下以外にはどうしようもない」(大白蓮華・昭和三四年七月号九頁)

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日達上人 創価学会の教義逸脱が顕著になっていった昭和四十九年
■「日蓮正宗の教義が、一閻浮提に敷行していってこそ、広宣流布であるべきであります。
日蓮正宗の教義でないものが一閻浮提に広がっても、それは広宣流布とは言えないのであります。
みなさまの今の時にもし日蓮正宗の教義でもなく、大聖人の教義でないものが、世界に広がったからといって、決して我々は喜ぶべきでもないし、大聖人がお喜びになるとは思いません」(達全ニー六−二九五頁)

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『三大秘法禀承事』
■「戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ」 (御書一五九五頁)

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『日蓮一期弘法付嘱書』
■「日蓮一期の弘法、白蓮阿開梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」(同一六七五頁)

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日寛上人
■「一器の水を一器に瀉すが如く三大秘法を付属なされて大石寺にのみ止まれり、未だ時至らざる故に直ちに事の戒壇之れ無しと雖も既に本門の戒壇の御本尊在す上は其の住処は即戒壇なり」(寿量演説抄・歴全四―一四五頁)

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第二代戸田会長
◎「ほかの本尊、どこのを拝んでも絶対にだめなのです。
 弘安二年の十月十二日の大御本尊様から出発したものでなければ、法脈が切れてますから、絶対だめなのです」(戸田城聖全集四―三五〇頁)
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日蓮大聖人 『南条殿御返事』
■「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき」(御書一五六九頁)
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日寛上人『文底秘沈抄』
■「教主釈尊の一大事の秘法とは結要付嘱の正体、蓮祖出世の本懐、三大秘法の随一、本門の本尊の御事なり。
是れ則ち釈尊塵点劫より来心中深秘の大法なり、故に一大事の秘法と云うなり。
然るに三大秘法随一の本門戒壇の本尊は今富士の山下に在り、故に富士山は即ち法身の四処なり」 (六巻抄六四頁)

 「法身の四処」とは、法華経の存在する所であり、末法においては、御本仏大聖人の御魂魄である本門戒壇の大御本尊まします富士大石寺を指す。
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日寛上人
■「今に至るまで四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむる事無し、蓮師の心月豈此に移らざらんや、是の故に御心今は富山に住したもうなり」(同六六頁)
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▼ 聖教新聞 平成二十五年十一月五日、創価学会は東京信濃町の総本部に「広宣流布大誓堂」を建て、そこに通称「慈折広布の御本尊」を安置したと報道
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↑ 「慈折広布の御本尊」とは、昭和二十六(一九五一)年五月十九日に総本山第六十四世日昇上人によって書写されたもの
脇書き 「大法弘通 慈折広宣流布大願成就」

日昇上人 昭和三十(一九五五)年十二月十三日、創価学会関西本部の入仏式、
■「戒壇の大御本尊の御内証を、帯し奉って不肖日昇六十四世の法主として、御本尊様に信仰をそめておしたため申しあげている御本尊でございまする」(聖教新聞・昭和三〇年二一月一八日付)

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▼「御本尊の力用は、自行化他の実践があるところに発揮される」
▼「御本尊は広宣流布の誓願、信心で拝してこそ御本尊の力用が発揮されます」
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↑ 日寛上人『法華取要抄文段』
■「凡そ本尊とは所縁の境なり。境若し邪なる則んば智行も随って邪なり。境若し正なる則んば智行も随って正なり。故に須く本尊の邪正を簡び、以て信行を励むべし」(文段五四〇頁)

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▼「創価学会こそ広宣流布を推進する教団」
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↑日寛上人
■「文底深秘の大法、其の体如何。
答う、即ち是れ天台未弘の大法は三大秘法の随一・本門戒壇の御本尊の御事なり(中略)
此の本尊は広布の根源なり」(撰時抄愚記・文段二九〇頁)

↓ どの宗派でも「広宣流布」を謳っているが根本・根源の法体がない。
学会とどこが違うのか。

日蓮宗(身延派)宗制
▼「本宗の布教は、広宣流布の祖願達成を主眼とする」(日蓮宗宗憲第七条)

日蓮宗 一如日重(身延二十世)『見聞愚案記』
▼「誓願の事、広宣流布の願望肝心なり(該書二〇―一五頁)

本門仏立宗 長松清風(日扇)
▼「今生人界の思ひ出をはたさんと、弘通広宣の道に励み給ふべき事専要に侯」(仏立宗義書四―二八四頁)

国柱会 田中智学
▼「妙信妙行を具足したる一大主義は(中略)終に宇内万邦に広宣流布すべき、末法応時の憲教たる本化妙宗これ也」(日蓮主義教学大観一―四二三頁)

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経緯

原田
▼「宗門のいう法主の血脈なるものも断絶しました」 (本書139頁参照)
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↑ 池田大作(第六十七世日顕上人の血脈に疑義を呈して宗門から擯斥された自称正信会の輩)を、次のように非難。
◎「現代においては、いかなる理由があれ、御本仏日蓮大聖人の『遣使還告』であられる血脈付法の御法主日顕上人猊下を非難することは、これらの徒と同じであるといわなければならない。
批判する者は、正法正義の日蓮正宗に対する異流であり、反逆者であるからである」 (広布と人生を語る一―二三〇頁)

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創価学会
昭和五(一九三〇)年の発足以来二十余年間、日蓮正宗に所属する信徒の一グループ
昭和二十七(一九五二)年「宗教法人『創価学会』規則」を制定し、東京都知事の認証を受け、独立した宗教法人となった。

池田大作「昭和五十二年路線」による教義逸脱の責任を取って第三代会長と法華講総講頭を辞任
改めて日蓮正宗の信徒団体として出発することを誓い、同時に創価学会会則を制定した。
会則
◎「この会は、日蓮正宗の教義に基づき、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安二年一〇月一二日の本門戒壇の大御本尊を根本とする」(聖教新聞・昭和五四年四月二五日付)

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第六十七世日顕上人
平成十年に総本山の客殿を新築
平成十四年宗旨建立七百五十年を記念した法華講三十万総登山を成し遂げる
本門戒壇の大御本尊を御安置する奉安堂を建立。

その砌
■「完全な邪教と化した団体が中心となって建設した建物に、平成三年の破門以降においても限りなく本門戒壇の大御本尊を御安置申し上げておくことは、畢竟、正法護持と弘通の精神に背くことであり、故に平成十年、奉安殿に御遷座申し上げました(中略)
すなわち解体の処置は、邪義を破すとともに、仏法の正義を守るためであり、これが平成十年に断固として正本堂を解体した理由であります」 (大日蓮・平成一四年一一月号五一頁)

海外
平成五年 スペインに新寺院が建立
平成八年 ロサンゼルス寺院が移転 日顕上人が落慶法要の御親修を勤められた。
平成十年 アフリカ初の正宗寺院がガーナに建立
台湾、フランス、ブラジル、インドネシアにも寺院が建立 日顕上人が落慶法要を奉修された
スペイン、香港、台湾、アルゼンチン、ブラジル、マレーシア、シンガポール、フィリピン、パナマ、韓国に布教所や事務所・出張所が開設

日顕上人 平成十五年七月十五日、ニューヨークのグラウンド・ゼロにおいて、同時多発テロ犠牲者追悼法要を修す
平成十七年一月二十八日 インドネシアのジャカルタに赴き、スマトラ沖大地震・インド洋大津波犠牲者追悼法要を修されている。

平成十七年十二月、日顕上人は日如上人に血脈法水を相承されました。

第六十八世御法主 日如上人 平成二十一年には立正安国論正義顕揚七百五十年を記念した七万五千名大結集総会を総本山において開催
平成十九年五月 大聖人ゆかりの佐渡塚原跡に石碑を建立
総本山の総合的な整備事業として、塔中二十力坊の建て替えを行い、
平成二十五年には御影堂の全面解体大改修事業も成し遂げられた。

海外
合湾、カナダ、韓国に寺院・布教所が建立
日如上人の海外御親修
台湾、シンガポール、フィリピン、パナマ、ガーナ、フランスに及んでいる。
 
宗門の発展にともない、本門戒壇の大御本尊まします総本山大石寺も、国内のみならず、世界各国から多くの信徒が参詣。
 
御法主日如上人
■「不幸と混乱と苦悩の根本原因は、ひとえに三宝破壊の池田創価学会をはじめ邪義邪宗の間違った教えにあり、この邪義邪宗の謗法を退治して、『実乗の一善』に帰依しなければ、真の幸せも国土の安穏も築くことはできないのであります。
『実乗の一善』とは、文上の法華経ではなく、法華経本門寿量品文底秘沈の妙法蓮華経にして、三大秘法の随一、本門戒壇の大御本尊のことであります」 (大日蓮・平成二四年六月号四二頁)