金原明彦著「日蓮の本尊と伝承」

氏の「四天王」についての見解に反証する 

下写真 同書から転用 左 日禅師御本尊 右 戒壇の大御本尊

1 大毘沙門天王 について

上掲写真の 大毘沙門天王 の部分

�@ 日禅師御本尊 左上 大毘沙門天 �A 戒壇の大御本尊 同


表記の基準 基本的には戒壇の大御本尊に対して日禅師御本尊の差異を示す。(分かりにくい場合は双方の差異も記した)

1、「大」に対して「毘」が明かに中央ないし左よりに位置している。
2、「毘沙」の二字が左上から右下方向へ認められている。(戒壇の大御本尊の「毘沙」は逆に右上から左下方向に傾いている。)
3、「門」が横に広い。
4、「天」も横に広い。
5、全体の軸が左上から右下へ流れている。

目視だけでもこれだけの差異が確認される。

さらに、トレースして重ねてみる。

�B 日禅師御本尊 赤字でトレース �C 戒壇の大御本尊 に重ねる

「大」を基準に重ねてみたが、一目瞭然。全く重ならない。

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2 大時国天について

�@ 日禅師御本尊 右上 大時国天王 �A 戒壇の大御本尊 同

1 「大」字が上下に圧縮され横長な形体
2 「国」字の第二画の右角の転折部が大きく右上方へ吊り上っている。
  その上、「国」字全体が逆時計回りにに若干回転している。
3 「天」字の第三画 左払いの角度が上向き。

目視だけでもこれだけの差異が観察される

さらに、トレースして重ねてみる

�B 日禅師御本尊 赤字でトレース �C 戒壇の大御本尊 に重ねる

上部は重なるかに見えるが、中間部から下部にかけて全く重ならず。

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3 大増長天王について

�@ 日禅師御本尊 左下 大増長天王 �A 戒壇の大御本尊 同

1 全体に縦の長さが短い

トレースして重ねる

「大」字のみは重なるように見えるが、下部へいくほど長さのズレ幅が顕著。
特に最後の「王」字は縦横とも全く違う位置にある。

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4 「大広目天王」については上掲の写真では手前の鶴丸紋に隠れて見えないので、
熊田葦城著「日蓮上人」口絵より転用し、さらに縦横の歪みを補正した写真を使用。


�@日禅師御本尊 大広目天王 �A戒壇の大御本尊 同

1 「大」字の形体がかなり違う。第一画の横線の角度が大いに違う。日禅師御本尊は左下から入筆し、
そのまま直線的に真っ直ぐ右上方向へ抜ける。
2 「「大」字 第二画が左上もしくはほぼ中央から入筆し、やや右下へ向けて運筆した後に、左へ払われる。
払いも上に緩やかな弧を描くように運筆。
3、「広」字の第三画の左払いの角度が垂直寄り。
4、「目」の位置が左寄り。
5、「天」字はかなり左寄り。


トレースしてみる。

�B 日禅師御本尊 赤色でトレース �C 戒壇の大御本尊へ重ねる 
画像の大きさの比率が違うので、日禅師の赤字を
「大」字に合わせるようにして拡大した

「大」の位置だけは辛うじて重なるが、下にいくほど軸線の差異が開いていく。
これは「大」字の左払い、右払い双方の角度がほぼ一致しているので、
この「大広目天王」部分全体の恣意的な傾斜ではなく、双方の同箇所の軸線の差異である。

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さて、ではこの部分についての金原氏の解説を見てみよう。(68ページ)

▼ 模写に当たっては、※1「首題のみを籠抜きによって写し取り」、※2「その他は、料板の大きさに合わせて、臨写によって配置調整されたと推定される。」
※3「この配置調整を伴った臨写が首題以外の文字形状のニュアンスの違いを発生させたのである。」

※4「列衆、四大天も、それぞれ個々の文字形状は日禅授与本尊のそれに極めて酷似していながらも、全体の印象がやや違うのはこのためである。」
(中略)
※5「もとより、日禅授与本尊の模刻が目的ではなく、戒壇堂用、あるいは本堂用の新たな御本尊造立が目的であったとすれば、敢えて完全模写を避けたとみることもできようか。」 (引用以上)

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※1「首題のみを籠抜きによって写し取り」

については、その見解が全くの失当であることを検証した。

金原明彦著「日蓮と本尊伝承」
▼「戒壇の大御本尊と日禅師授与本尊の首題が完全一致」に反証す


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※2「その他は、料板の大きさに合わせて、臨写によって配置調整されたと推定される。」

↑上記の詳細な比較検証によって、この氏の説明では説明し切れないいくつもの個々の形体の差異が認められる。
そもそも▼「〜と推定される」など、単なる氏の主観的推測であって、およそ厳密な検証結果とは言えない。
字の形体が相違していることを、無理やりその理由を主観的・一方的に推測しこじつけているかに見える。

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※3「この配置調整を伴った臨写が首題以外の文字形状のニュアンスの違いを発生させたのである。」

↑「配置調整」をした 「臨写」した などという証拠など全くなく、ここも氏の一方的な思い込みによる無理やりのこじつけとしか見えない。
氏の論法は本書全体を通して言えるが、まず自らが決めた結論があって、そこへ向けて無理やり理屈を捏ね回している感が否めない。

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※4「列衆、四大天も、それぞれ個々の文字形状は日禅授与本尊のそれに極めて酷似していながらも、全体の印象がやや違うのはこのためである。」

↑近似はしているものの、「酷似」していないことは、上記の詳細な検証で反証した。
その上で、▼「全体の印象がやや違う」などと述べることは、単に氏の抱く「戒壇の大御本尊は日禅師本尊の模写」という結論と相違している事実を誤魔化して言い訳しているとしか思えない発言である。

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※5「もとより、日禅授与本尊の模刻が目的ではなく、戒壇堂用、あるいは本堂用の新たな御本尊造立が目的であったとすれば、敢えて完全模写を避けたとみることもできようか。」

↑これは究めつけの逃げを打った発言。
首題をはじめ、御署名・御花押その全てにおいて詳細に検証すれば近似しているとはいえ、ことごとく形体に差異があることを、最後の締めで、▼「結局完全には似ていませんでした。」と自ら認めて、反証の追及から逃れるために予め予防線を張っているわけである。
実にお粗末極まりない。