教学部長 阿部信雄師著 「国立戒壇論の誤りについて」 から

この著書は日顕上人が平成16年に以下のように御指南されている。

●「道理から言っても国立戒壇は誤りですから、『国立戒壇論の誤りについて』のなかにおいて国立戒壇が間違いだと言ったことは正しかったと思っております。
ただ「王法」の解釈と、正本堂の建物についてのことでは書き過ぎがあったという感じもしておる

であるから、以下の日寛上人の御指南を解釈された部分は、今でも正当な論として依用させていただき、「事の戒壇」 「義の戒壇」 の立て分けを理解していきたい。

(※は理解を深めるため筆者の覚書 他 読み易いように行変え、文字装飾など編集を加えた)

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 ここに至って日寛上人の戒壇論を学んだ人は、例えば文底秘沈抄の

■「夫れ本門の戒壇に事有り義有り。所謂義の戒壇とは即ち是れ本門本尊所住の処、義の戒壇に当る故なり、乃至正しく事の戒壇とは、一閻浮提の人懺悔滅罪の処なり。但然るのみにあらず梵天帝釈も来下して?給うべき戒壇なり。秘法抄に云く云々」

等の文を拝して、本尊所住の処は事の戒壇でなく、義の戒壇にあらざるやとの疑いを持つかも知れない。

日寛上人は一般論的な説明の上から、一大秘法、三大秘法、六大秘法の開合において、戒壇の義と事を述べ給うたのである。
(※本門戒壇 → 事 義  この場合、事相に約しての 事 と 義 を述べられたと拝すか)

ゆえにその広汎の著述中、戒壇の法門として義と事に触れるところは多い。
然るに「本門戒壇本尊」との名称を挙げて、そのおわしますところ(所住の処)を義の戒壇と説かせられる文は一か処も存しない。
いな、むしろ本門戒壇の本尊の処、義理の戒壇でないことを決し給うている。
ここに深意のある所以を拝さなくてはならない。

 以上の理由として更に一文を引こう。

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日寛上人の法華取要抄文段に

■ 「当に知るべし本門の戒壇に「事」有り「理」有り、「理」は謂く義理なり、是れ則ち事中の「事」「理」にして迹門の理戒に同じからず、
其の名に迷う勿れ、故に亦「義の戒壇」と名づけんのみ。

■ 「初に義理の戒壇とは本門本尊所住の処は即ち是れ義理、事の戒壇に当るなり、
経に云く「当に知るべし是の処、即ち是れ道場」とは是なり、
天台云く「仏其の中に住す。即ち是れ塔の義」等云々、
故に当山は本門戒壇の霊地なり、

亦復当に知るべし広宣流布の時至れば一閻浮提の山寺等皆嫡々書写の本尊を安置す、
其の処皆是れ義理の戒壇なり、
然りと雖もな仍是れ枝流にして是れ根源に非ず、
正に本門戒壇の本尊所住の処即ち是れ根源なり。


 妙楽云く「像未の四依仏法を弘宣す、化を受け教を稟く、須く根源を尋ぬべし、若し根源に迷うときは増上して真證に濫る」等云々、
今日本国中の諸宗諸門徒、何ぞ根源を討ねざる耶、浅間し々々々云々、
宗祖云く「根深ければ枝繁く、源遠ければ流れ長し」等云々、
凡そ此の本尊は久遠元初の自受用の当体なり、
豈根深く源遠きに非ずや、故に天台云く「本極法身微妙深遠」等云々」

次に正しく事の戒壇とは秘法抄十五三十一に伝く
「王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に三の秘法を持ちて、有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁世の未来に移さん時、勅宣并に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん景勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か、時を待つ可きのみ、事の戒法と申すは是なり」等云々、
問う景勝の地とは何処を指すべきや、
答う応に是れ富士山なるべし、故に富士山に於て之を建立すべきなり」(以下略)

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 と示されている。

右文を大別すると「当に知るべし」より「義の戒壇と名けんのみ」までは戒壇に「事」と「理」とあるを示す文である。

次に「初に義理の戒壇とは」より「微妙深遠等云々」
までは 義理の戒壇 を明し、

次に「正しく事の戒壇とは」より以降は 事の戒壇 を明されている。

 そして問題は義理の戒壇を明す部分の

■ 「広宣流布の時至れば」

以下○点(※下線)を付した文にある。

まず ■「広宣流布の時」 とは後に示される 事の戒壇 を相望して広布に約される言であるが、この場合は広布の条件を示す文ではない。(その理由は後述する)
従って以下の文意は、広宣流布の時至って始めて顕われる意味ではなく、それ以前の法相にも通ずるものである。

さてそれはいかなる文意か。

いわく、多くの山寺に嫡々血脈付法の書写の本尊を安置するが、その処は皆是れ義理の戒壇である。
然りと雖もなお枝流であって根源ではない。
本門戒壇の本尊所住の処すなわち根源である。
と拝するのである。

したがって各山各寺の本尊は義理の戒壇であり、技流であるが、本門戒壇本尊は根源であるから義理の戒壇ではないとして、戒壇本尊の所住と、義理の戒壇とをはっきり区別された文と思われる。

日寛上人の著書の各処に ■「本門の本尊所住の処 義の戒壇」 と示されるのは三秘六義に立て分けての説明であって、本門戒壇の本尊はその総体であるからである。

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但し右(※上)の拝し方については、左(※下)の二点の疑難が残ると思われる。

@ その一は、先にものべたが 

▼ 「■「広宣流布の時至れば」 とある以上、その時が来なければ決定しない筈である。
いわゆるこの文意は 「未来広布時に約すべく、現在に約すべきではない」、

との難である。

しかしこれは文になずんで義に達しない解釈である。

広布の時、とは一国全体の範囲に約されたのであって、その時であっても、山寺の本尊は枝流であって根源でない。(況んや現在も亦同様である。)との意を含んでいる。
その証拠に以下の法相は明らかに、広布の時を待たねば現われないというものではない。
広布以前に於ても、正宗門家の山寺に安置する本尊は義理の戒壇であり、また本門戒壇の本尊を根源と称することは変りないからである。

文底秘沈抄に

■「根源とは何ぞや、謂く本門戒壇の本尊是れなり、故に本門寺の根源というなり」

とあり、根源は全く広布の以前以後にかかわらないのである。

従ってこの文は再往現在に約して解釈すべきである。

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A その二は、この文を含めてその前後が 「義理の戒壇」 を明す部分に当るから、

▼「山寺等安置の嫡々書写の本尊が、義理の戒壇における枝流であるに対し、本門戒壇の本尊は義理の戒壇における根源であると解すべし」

という難である。

それなら前文の ■「広宣流布の時」 の文をどう拝するか。
もしその考えよると、「広宣流布の時、本門戒壇本尊安置の処は義理の戒壇で、事の戒壇ではない」 という解釈になる。

「本門戒壇の大御本尊が広布の時も義理の戒壇だ」ということは、次の事の戒壇の文と全く関係がないことになり、これは大変な誤りとなる。

また事をあえて理というのであるから(事の戒法)の文に明らかに背反する。

次に 「根源」 の文字そのものが 「義理の戒壇」 に当ることは絶対にありえない。
従ってこの 「根源」 の二字は 「枝流」 の二字を簡ぶ(※えらぶ、より分ける)と共に、「義理、戒壇」 の四字をも簡んでいる。

すなわちこの文は、本門戒壇本尊の所住の処は根源であって、義理の戒壇でないことを明されたのであり、その区別を示されたのである。

しからば何故に 義理の戒壇 の一連の文相中に、 義の戒壇 でない 「根源」 について示されたかといえば、これは
一閻浮提の山寺等の 義理の戒壇 と対当関連して表示する意味があるから、その便宜に随われたのである。

文になずんで意義を見失ってはならない。

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以上述べたごとく、本門戒壇本尊所往し給う処は、日寛上人の通途の御説明による 義 ないし 義理の戒壇 には含まれないことが明らかとなった。

この大御本尊の所住を日寛上人は 「根源」 と表現あそばされたが、今日達上人は 「現在の時に臨んで 「事の戒壇」 なり」 と御指南あそばしたのである。
これに対し諸寺諸山並びに檀信徒各位の奉安し守護する御本尊は、 「義の戒壇」 に当るのである。

かかる根本の事の戒壇ある故にこそ、その霊場を踏み奉るともがらは、無始の罪障忽ちに消滅し、妙法受持の功徳と確信を深めうるのである。
かくて五十展転の随喜による折伏教化を盛んにして、遂に三大秘法抄の王仏冥合の事相を顕現するに至らんことは必然である。

随って三大秘法抄の 「事相の事の戒壇」 は、根本の法体の 「事の戒壇」 まします放であることを見失ってはならない。
これを忘れて 「事相の戒壇」 のみを論ずるものは、遠きを見て足元を忘れ、高きを見て先ず昇ることを忘れるに等しいのである。

訓諭の 「現時における事の戒壇」 が国立戒壇でないのは勿論であるが、三大秘法抄の 「事の戒壇」 もこれを 「国立」 と見ることは、仏法の如実の展開上誤りであり、前来論ずる通りである。

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 最後に

「三国並に一閻浮提の人、懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王帝釈等も来下して?給うべき戒壇なり」

の文は、戒壇の意義内容および世界平和論を展開されたものである。
本門戒壇は、日本、中国、インドの三国のみならず、全世界の民衆が、ここに集って、金剛宝器戒、防非止悪、捨悪持善を誓い、過去遠々劫の宿命を転換し、そこから、世界平和、仏国土を現出していくとの御意と拝する。

大聖人の仏法は、一国のためのものではない。
全世界の人々のためのものである。

大事なことは、本門戒壇が何のために建てられるか、という意義内容である。
この御文によれば本門戒壇は、全世界の人々の幸福と平和の実現のために建立すべきであり、全人類に開かれたものである。

もし「勅宣並に御教書」という当時の時代背景を考慮された御文に固執し、大聖人の仏法の本質、そして仏法の全体観、また時代観を見失い、戒壇の目的自体をも失うならば、いたずらに、大聖人の仏法を「死(ころ)す」所行となろう。
現代において、いかにしたら戒壇の意義を実現させることができるか、これが、大聖人の末弟が最も心をくだくべき課題なのである。