事相における戒壇建立の指導者は誰か?
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■ 日蓮一期(いちご)の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、※1本門弘通の大導師たるべきなり。
国主此の法を立てらるれば、富士山に※2本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。
時を待つべきのみ。
事の戒法と謂ふは是なり。
就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり。
弘安五年壬 九月 日 日蓮花押
血脈の次第 日蓮日興
(日蓮一期弘法付嘱書 弘安五年九月 六一歳 1675)
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この日蓮一期弘法付嘱書にお示しの通り、日興上人が、※1本門弘通の大導師であられるが、日興上人以降は嫡嫡代々の御法主上人が、その任に当たられることは他の諸御書に照らして自明の理である。
本門弘通の大目的は何か?
広宣流布達成であることは論を待たない。
その時こそ、本門寺の戒壇が建立される。
その戒壇建立の大導師(=指導者・指揮者)はどなたか?
当然のごとく、その時の唯授一人・血脈相承を承けられた御法主上人である。
その時、もし専制君主国家体制であれば、国主である君主が日蓮正宗へ帰依し、君主の主導により一国広宣流布し、時の御法主上人の指導・教導の元に本門寺の戒壇が建立されることであろう。
その場合は「国立戒壇」と言えなくもない。(正確には「国主立」であるが)
しかし、本門寺の戒壇を建立する大導師は、あくまで時の御法主上人である。
広宣流布達成時の国家体制が専制君主主義ではない民主主義国家やまたは他の体制であった場合は、「国立戒壇」という概念は、”政治的に国家主導で戒壇を建立する”ということになるから、本門寺の戒壇を建立されるその大導師である時の御法主上人の主権を越権する意味合いにもなり、極めて不穏当なものとなる。
現時における弘教の実数を見つめた時、広宣流布の達成は未来に属することと言える。
(そもそも、顕正会の結集実績から言って、実数10万人も怪しい顕正会が、やれ200万だの300万だの、果ては6000万だの、憲法改正だの、一夜にして一国広宣流布だのと騒ぐのは、それは”確信”でも何でもなく、ただの誇大妄想に過ぎない。
■ 一丈のほり(堀)をこへぬもの十丈二十丈のほりを越ゆべきか。(種々御振舞御書
建治二年 五五歳 1058)
である。)
広宣流布達成、その時の政治体制は今からは全く予測できない。
であるならば、現時において「国立戒壇」という名称や概念に固執することは、我執・妄執であり、本門弘通の大導師の任に当たられる御法主上人に教戒されても従わない者は、まさに驕慢謗法の大謗法者、ということである。