● 昭和46年11.15 浅井昭衛は 『「正本堂」に就き池田会長に糺し訴う』 を発表した。

この中で浅井昭衛は、戒壇の「事」と「義」について概ね正しい解釈をしている。
▼「「事の戒壇」とは広宣流布の暁の戒壇のみを言うのであって、それ以前は「義の戒壇」である!」 と目を剥いて声高に叫ぶ愚かな浅野君をはじめ、他顕正会員達、よくよく浅井昭衛の”御指導”を拝し給え。

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浅井発言

▼ 申すまでもなく、猊下がたまたま仰せになられた「事の戒壇」とは、宗門古来の定義とは全く別な意味であられる。
従来宗門に於ては、一天広布の暁に事相に立てられる国立戒壇を「事の戒壇」とし、その実現こそ宗門のいのちをかけた悲願であった。
だが、諸々の法相は所対によって異ると、さればいま猊下の仰せ給う「事の戒壇」とは、この広布の時の「事相」に約し給うものでなく、所住の法体の「事」に約し給うたものである。
即ち、戒壇の大御本尊おわします所は何処(いずこ)・何方(いずかた)にても直に「事の戒壇」と定義せられたのである。
従って、曾っての御宝蔵も、また現在の奉安殿も「事の戒壇」であり、将来正本堂にお遷り遊ばせば同じく「事の戒壇」であるとの御意であられる。

此のことは、昨年四月二十七日の大客殿に於ける御説法に明かである。
即ち
■「この御本尊在すところは事の戒壇で、この御本尊が事の御本尊である。
事の御本尊である故に、この御本尊在すところは事の戒壇でございます。
だからその御本尊が、たとえ御宝蔵にあっても、あるいは唯今奉安殿に安置し奉ってあっても、あるいは今正に出来んとする正本堂に安置し奉っても、その御本尊在すところは何処・何方でも、そのところは即ち事の戒壇であります」
と。猊下の御意は以て明か
である。

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凄いじゃないか、おい。
全く(ほぼ)この通りで御座いますよ。

さて、では顕正会教学部浅野君、今の君らが主張する 「事」と「義」 の怪釈と、浅井大先生の解釈がなぜ違うのか、道理を以って説明して見せよ。