私は本年の1月、樋田さんの紹介で妙相寺にてご授戒を受けさせていただきました。

以前は邪教顕正会で平成2年より平成19年まで活動していました。
その期間、浅井会長の矛盾した指導と組織内に疑問を抱えながら気持ちを押し殺して活動していましたので、重苦しく、虚しい
17年間となってしまいました。
思い切って自ら脱会しましたが、その害毒も強かった為、空虚感を引きずったままの生活は変わる事はありませんでした。
Youtubeでの樋田さんの命がけの映像を目にしなかったら、今頃私はどうなっていたのだろうと身のすくむ思いとなります。
この恩は一生涯忘れる事はありません。

ご授戒の意志は固まったものの、今まで顕正会に縁をさせてしまった方々に「顕正会は間違っていたなどと今更言えない。ご授戒を受けても絶対に折伏はしない」ともう一つの決意をしながら妙相寺のある長野に向かいました。

そして、厳粛にご授戒式を執り行っていただきました。
そのおりに「広宣流布に戦ってください」とのお言葉をご住職より頂くと自身の意志とは反対に「はい!」と返事をしてしまったのです。
すると凝り固まった考えは消え、「大事な友人たちを顕正会に残しておくわけにはいかない。」との思いがふつふつと湧いてきました。
上品の親孝行だと信じて、顕正会に縁をさせてしまった母の顔が浮かび、顕正会時代に姉のようにしたってくれていたRさん夫妻の事がとても心配になりました。
「絶対に折伏しない」との決意が、帰路の車中では「必ず顕正会員を救う」という決意に変わっていました。
とても晴れ晴れした思いと帰伏できました。
喜びで満ちあふれていました事、昨日のごとくです。

そしてその翌日、私が大聖人様の仏力・法力を大確信いたします出来事が起こりました。

「母が亡くなった」という知らせが入ったのです。
深呼吸をして母の死をまず受け止めました。
「大聖人様・・」と心の中でお題目を唱えました。
涙があふれました。
それは母を失った悲しみといいますより「間に合った」という安堵とありがたさの涙でした。

顕正会を唯一成仏できる団体と信じていた私は、脱会後、年老いた母の臨終だけが心配でならなかったのです。
ご住職は長野より何度も足を運んでくださり、供養の祈りを行って下さいました。
そして一生の別れとなる葬儀の日、母の顔を見て驚きました。
痩せこけた頬はふっくらとなり、シワは消え、
40代・50代の時を思わせるほど綺麗になっていたのです。
その姿を拝し、現役顕正会員であった娘も仏がおわしますのは宗門である事を確信し、顕正会脱会を決意しました。

そして四十九日法要後、何の迷いも無くなったわたしは大聖人様の御再誕の日であります216日、「いざ救わん」との思いで、Rさん宅を訪ねました。


(※この原稿はリレー体験談です。このつづきが、顕正会脱会したRさんの体験談が続きます。
いつかYouTubeでアップします。)