ワールドメイト・深見東州氏へ公開質問状。
及び公開対論もしくは公開文書対論申込み状。

私は日蓮正宗信徒・樋田昌志というものです。
今般、貴殿の主張を拝見する機会に接し、貴殿の宗教的見解に大きな矛盾を見出したので貴殿に標題の如く申し込みます。

以下その主旨です。

貴殿の著作から

【心の柔軟性を養う仏教】 深見東州の「大除霊」

▼「 どちらかというと人間は、いいものよりも悪いものに影響されやすくできている。つまり
「人心(じんしん)これ危うく道心(どうしん)これ微(かす)かなり」
というわけで、なかなか悪いものが来ても、パシッと払いのけるだけの意志力と覚醒力はもてないものなのだ。
 それを払うには、心の世界のバネが要る。悪い感覚、悪い霊覚、悪い思いになったときには、パシッといいほうへ戻すことのできる心のバネが必要なのだ。
だが、現実にはこれがなかなか難しい。人生に挫折して、ひとたび「もうダメだ」「人生おしまいだ」といった悪い感覚の中に入ってしまうと、なかなか立ちあがれないのが人間の常である。

 実は、この心のバネを身につける方法を教えているのが、ほかならぬ仏教なのだ。
もちろん、仏教だけではない。儒教も、道教も、イスラム教も、キリスト教もそれを教えているのであるが、
仏教が一番奥深く、しかも幅が広くて緻密だ。
細やかに最大漏らさず心の諸相を語り、かつ立て直しのあり方を具体的に示しているといえるのだ。
だから、正しく幅広く仏教を学んでいると、悪い感覚を受けてペチャンとつぶされたときでも、すぐに蘇っていい感覚の自分に還ることができるようになれるのである。

 これに対して、神界だけに心を向けている人は、悪い感覚を受けたときに、それをはね返す心のバネを身につけるのが難しい。その意味で、神界だけではこの現実界を雄々しく生きていくことが難しいのである。」  引用以上


では貴殿の言うが如く、「一番奥深く」、「幅が広く緻密」な仏教を学んでみると、以下の如くの御指南があります。

金光明(こんこうみょう)経に云はく

■「其(そ)の国土に於て此の経有りと雖(いえど)も未だ嘗(かつ)て流布(るふ)せず。捨離(しゃり)の心を生じて聴聞(ちょうもん)せんことを楽(ねが)はず、亦(また)供養し尊重(そんじゅう)し讃歎(さんだん)せず。四部(しぶ)の衆、持経(じきょう)の人を見るも、亦復(またまた)尊重し乃至(ないし)供養すること能(あた)はず。遂に我等(われら)及び余の眷属(けんぞく)、無量の諸天をして此の甚深(じんじん)の妙法を聞くことを得ず、甘露の味(あじ)はひに背き正法の流れを失ひて、威光及以(および)勢力(せいりき)有ること無からしむ。悪趣(あくしゅ)を増長(ぞうちょう)し、人天(にんでん)を損減して、生死(しょうじ)の河に堕(お)ちて涅槃の路(みち)に乖(そむ)かん。世尊、『我等四王(しおう)並びに諸(もろもろ)の眷属及び薬叉(やしゃ)等、斯(か)くの如き事(じ)を見て、其の国土を捨てゝ擁護(おうご)の心無けん。但(ただ)我等のみ是(こ)の王を捨棄(しゃき)するに非ず、必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉(ことごと)く捨去(しゃこ)せん。既(すで)に捨離し已(お)はりなば其の国当(まさ)に種々の災禍(さいか)有りて国位を喪失(そうしつ)すべし。※1』一切の人衆皆(みな)善心無く、但繋縛(けばく)・殺害(せつがい)・瞋諍(しんじょう)のみ有って、互ひに相讒諂(あいざんてん)して枉(ま)げて辜(つみ)無きに及ばん。疫病(やくびょう)流行し、彗星数(しばしば)出で、両の日並び現じ、薄蝕恒(はくしょくつね)無く、黒白(こくびゃく)の二虹不祥(にこうふしょう)の相を表はし、星流れ地動き、井の内に声を発し、暴雨悪風時節に依らず、常に飢饉(ききん)に遭(あ)ひて苗実成(みょうじつみの)らず、多く他方の怨賊(おんぞく)有りて国内を浸掠(しんりょう)せば、人民諸(もろもろ)の苦悩を受けて、土地として所楽(しょらく)の処(ところ)有ること無けん」已上(※『』筆者以下同)


大集経

■「是くの如き不善業(ふぜんごう)の悪王・悪比丘、我が正法(しょうぼう)を毀壊(きえ)し、天人の道(どう)を損減し、『諸天善神・王の衆生を悲愍(ひみん)する者、此の濁悪(じょくあく)の国を棄てゝ皆悉く余方に向かはん※2』」已上。

大集経

■「若(も)し国王有りて、無量世(むりょうせ)に於て施戒慧(せかいえ)を修すとも、我が法の滅せんを見て捨てゝ擁護(おうご)せずんば、是くの如く種(う)うる所の無量の善根悉く皆滅失(めっしつ)して、其の国当(まさ)に三(み)つの不祥の事(こと)有るべし。一には穀貴(こっき)、二には兵革(ひょうかく)、三には疫病なり。『一切の善神悉く之を捨離(しゃり)せば、※3』其の王教令(きょうりょう)すとも人随従(ずいじゅう)せず、常に隣国の為に侵(女偏+堯)(しんにょう)せられん。暴火(ぼうか)横(よこしま)に起こり、悪風雨多く、暴水増長して、人民を吹(さんずい+剽)(すいひょう)せば、内外(ないげ)の親戚其れ共に謀叛(むほん)せん。其の王久しからずして当に重病に遇(あ)ひ、寿終(じゅじゅう)の後大地獄の中に生ずべし。乃至王の如く夫人(ぶにん)・太子・大臣・城主・柱師(ちゅうし)・郡守・宰官(さいかん)も亦復(またまた)是くの如くならん」已上。


以上、貴殿が学ぶことを推奨する仏教のほんの一端を示しただけでも

■『我等四王(しおう)並びに諸(もろもろ)の眷属及び薬叉(やしゃ)等、斯(か)くの如き事(じ)を見て、其の国土を捨てゝ擁護(おうご)の心無けん。但(ただ)我等のみ是(こ)の王を捨棄(しゃき)するに非ず、必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉(ことごと)く捨去(しゃこ)せん。既(すで)に捨離し已(お)はりなば其の国当(まさ)に種々の災禍(さいか)有りて国位を喪失(そうしつ)すべし。※1』

■『諸天善神・王の衆生を悲愍(ひみん)する者、此の濁悪(じょくあく)の国を棄てゝ皆悉く余方に向かはん※2』

■『一切の善神悉く之を捨離(しゃり)せば、※3』

との如く、既に国土には諸天善神が棲んでいない、と述べられています。

にもかかわらず、「菊理姫大神、御親元素大御神(みおやもとすおおみかみ 別名「(す)の神様」)、天照皇大御神をはじめ、八百萬の神々」の名を挙げ、「救霊」だの「人形・形代」だの「九頭竜祈願」だの「薬寿祈願」だの、その他、全国各所で催される様々な神事を、全国の会員から膨大な玉串料を集金し営む貴殿は、「全く神のいない所へ、無意味な祈願をしている」ということになり、それは宗教的詐欺行為になるのではないか?と心配しています。


次に、貴殿が学ぶことを推奨している仏教を紐解くと、以下の如くの結論に至ります。

『大集経』分布閻浮提品には

■「次の五百年は(※第五の五〇〇年)、我が法の中に於て、闘諍言訟して白法隠没し損減すること堅固ならん」

と説かれ、釈尊の仏法が滅尽することが予証されています。

しかし『法華経薬王品』に

■「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん。悪魔、魔民、諸天、龍、夜叉、鳩槃荼等其の便を得ん」

と説かれ、釈尊入滅後、概ね2000年から2500年の間に、「末法の法華経」が建立され、広宣流布することが予言されています。

更に『妙法蓮華経如来神力品第二十一』に

■爾の時に仏、上行等の菩薩大衆に告げたまわく、
諸仏の神力は、是の如く無量無辺不可思議なり。若し我、是の神力を以て、無量無辺百千万億阿僧祇劫に於て、嘱累の為の故に、此の経の功徳を説かんに、猶尽すこと能わじ。
要を以て之を言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於て宣示頭説す。

と説かれ、釈尊の一切の仏法を上行菩薩を代表として、その他の眷属の菩薩方へも付嘱されたことが明示されています。

以上の教説から、釈尊の仏法は上行菩薩の再誕者によって再興もしくは建立されることは、釈尊の自らの言として明白です。


そこで、その上行菩薩の再誕者とはどのような姿を現じられるのか、以下の様な予証があります。

法華経勧持品二十行の偈

■『諸の無智の人の 悪口罵言等し  及び刀杖を加うる者有らん』

■『濁世の悪比丘は仏の方便 随宜所説の法を知らずして 悪囗して顰蹙し 数数擯出せられ塔寺を遠離せん』

釈尊が予言した年限に、この上記の予証の通りに振る舞われた方は、世界史上、日本国に出現された「日蓮」という方以外におりません。

となると、貴殿が高く評価した仏教の帰結として、末法である現時ではこの日蓮大聖人の掲げられる宗教に依ってのみ一切民衆が救われ、世界平和も為されるということになります。



その末法の真の救世主である日蓮大聖人は立正安国論で以下の如く仰せです。

■ 世皆(みな)正に背(そむ)き人悉(ことごと)く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ相(あい)去り、聖人所を辞して還らず。是(ここ)を以て魔来たり鬼(き)来たり、災(さい)起こり難(なん)起こる。言(い)はずんばあるべからず。恐れずんばあるべからず。

ここでも、やはり釈尊の予言と同様、今の日本国には善神は全く居らず、それのみならず全国津々浦々の神社には悪鬼・魔神が棲み込んでいる。と断言されています。
その悪鬼魔神乱入の神社へ多くの会員を誘導しての神事の開催は、会員のみならず社会へ大きな害毒をまき散らしている行為ではないかと心配するのですが、この件に関しても解答お願いします。

また、以下の同論での文では、

■ 夫(それ)四経の文(もん)朗(あき)らかなり、万人誰(たれ)か疑はん。而るに盲瞽(もうこ)の輩(やから)、迷惑の人、妄(みだ)りに邪説(じゃせつ)を信じて正教(しょうきょう)を弁(わきま)へず。故に天下世上(せじょう)諸仏衆経(しゅきょう)に於て、捨離(しゃり)の心を生じて擁護(おうご)の志(こころざし)無し。仍(よ)って善神聖人(しょうにん)国を捨て所を去る。是(ここ)を以て悪鬼外道災(さい)を成し難を致(いた)すなり。

悪い宗教指導者が、いい加減なことを言い立てて、それを宗教の正邪に暗い多くの無知な者達が信じ、真に救済される正しい法を実践しない。
その真の救済の法とは、まさにそれは末法の法華経・三大秘法の南無妙法蓮華経であるが、悪い宗教指導者などに誑かされて、その大事も知らず、省みもしない。
が故に、あらゆる神々がこの国を捨て去ってしまった。
そこへ乗じて悪鬼や、因果の道理を弁えていない、神道などの外道がはびこり、国中に災難を起こすのである。

と仰せです。

ここも、末法の真の救済者である日蓮大聖人から、貴殿が「邪師・魔師・悪師・外道」とお叱りされているのではないかと、大変心配するところです。
弁解もしくは解答をよろしくお願いします。

まだまだ続きます。

■ 主人喩(さと)して曰く、仏閣(ぶっかく)甍(いらか)を連(つら)ね経蔵軒(のき)を並べ、僧は竹葦(ちくい)の如く侶(りょ)は稲麻(とうま)に似たり。崇重年旧(そうじゅうとしふ)り尊貴(そんき)日(ひ)に新(あら)たなり。『但し法師は諂曲(てんごく)にして人倫を迷惑し、王臣は不覚にして邪正を弁(わきま)ふること無し。※4』

この『※4』のお言葉は、末法での宗教指導者のような者は、歪み偏狭な考えで人にこびへつらい、多くの信者や関係者を迷い惑わす。その交流は政治家達にも及び、彼らも、法の正邪には無知であるから、この似非宗教家の巧言綺語にまんまと騙されて、このような邪教が弘まることの手助けなどしてしまうのである。
とあります。
これなども多くの政治家との交流を持つ貴殿がそのまま当てはまるのではないかと、これまた心配です。
どうかご明答よろしくお願いします。

■ 仁王経に云はく

「諸の悪比丘多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て自(みずか)ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん。其の王別(わきま)へずして此の語(ことば)を信聴し、横(よこしま)に法制を作りて仏戒に依らず。是を破仏・破国の因縁と為す」已上。

これもやはり、末法の今の世では、悪い邪なエセ宗教指導者が自分の名声や富をを求めて、政治家へ擦り寄り、悪鬼魔神が乱入している神社への信仰などという邪教の義を、それを信仰することに依って国が滅びるということも知らず説き聞かせる。政治家達も法の正邪など全く知らないから、言われるままに、その邪教の肩入れなどして、正しい仏教の法則に則らない。それが正しい仏教を破壊する行為であり、国が滅びる原因である。
とも指弾されています。
ここもまた貴殿の行動に実にピッタリと当てはまるのではないかと、まさに仏様の予言は的確である!と感嘆するほどの御指南ですが、貴殿としては当然否定されるでしょうから、その根拠などを明示して下さい。

■涅槃経に云はく

「菩薩、悪象等に於ては心に恐怖(くふ)すること無かれ。悪知識に於ては怖畏(ふい)の心を生ぜよ。悪象の為に殺されては三趣(さんしゅ)に至らず、悪友の為に殺されては必ず三趣に至る」已上。

ここは、エセ宗教指導者などを信じると、今生で不幸になるのみならず、永劫の未来世までも地獄・餓鬼・畜生などの三悪道に墜ちるから、よくよく誡めて、そういうエセ宗教指導者を近づけてはいけない。という戒めです。
悪鬼魔神を信仰させる貴殿は、ここにも当てはまりませんでしょうか?
反論よろしくお願いします。

■法華経に云はく

「『悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲(てんごく)に、未だ得ざるを為(こ)れ得たりと謂(おも)ひ、我慢(がまん)の心充満せん。或は阿練若(あれんにゃ)に納衣(のうえ)にして空閑(くうげん)に在り、自ら真(しん)の道(どう)を行(ぎょう)ずと謂(おも)ひて人間を軽賤(きょうせん)する者有らん。利養に貪著(とんじゃく)するが故に白衣(びゃくえ)の与(ため)に法を説いて、世に恭敬(くぎょう)せらるゝこと六通の羅漢(らかん)の如くならん。※5』乃至(ないし)常に大衆の中に在りて我等を毀(そし)らんと欲(ほっ)するが故に、国王・大臣・婆羅門(ばらもん)・居士(こじ)及び余の比丘衆に向かって誹謗(ひぼう)して我が悪を説いて、是(これ)邪見の人外道の論議を説くと謂(い)はん。濁劫(じょっこう)悪世の中には多く諸の恐怖(くふ)有らん。悪鬼其(そ)の身に入って我を罵詈(めり)し毀辱(きにく)せん。濁世(じょくせ)の悪比丘は仏の方便随宜(ずいぎ)所説の法を知らず、悪口(あっく)して顰蹙(ひんじゅく)し数々擯出(しばしばしんずい)せられん」已上。

ここの『※5』は、末法の世の中でのエセ宗教指導者は、未だ真に何も悟ってもいないのに、悟った!(例えば「神人合一した!」)などと思って、自分を慢ずる心で充満している。一人特別な環境で涼しい顔をしている。自分だけが真の道を知っている、行じている、などと思って、(自分だけができる修法がある、、、例えば「血統転換」とか「星差し替え」など貴殿しかできないことになってますよね?)他の人を軽んじた態度で接している。金儲けや自分の欲望を満たすことに執着しているが故に、他の一般人に向かって、常に会員を増やそうと(玉串料などの収益を上げようと)法を説いて(本などを書いて、また様々なマスコミ媒体を利用し自分を喧伝し)、無知な者からはまるで霊能力者・全能者のごとく尊敬を集めている。(それ以下の箇所は、この公開質問状を読んだ貴殿がどうするか、という予言かも知れませんね)
これについても大いに正当なる反論を期待しています。

■ 涅槃経に云はく

「我涅槃の後(のち)無量百歳に四道の聖人悉く復(ねはん)涅槃せん。正法(しょうぼう)滅して後(のち)像法の中に於て当に比丘有るべし。持律に似像(じぞう)して少(すこ)しく経を読誦(どくじゅ)し、飲食(おんじき)を貪嗜(とんし)して其の身を長養(ちょうよう)し、袈裟(けさ)を著すと雖も、猶(なお)猟師の細視除するが如く猫の鼠を伺(うかが)ふが如し。常に是の言(ことば)を唱へん、我羅漢(われらかん)を得たりと。外には賢善(けんぜん)を現じ内には貪嫉(とんしつ)を懐(いだ)く。唖法(あほう)を受けたる婆羅門(ばらもん)等の如し。実には沙門(しゃもん)に非ずして沙門の像を現じ、邪見熾盛(しじょう)にして正法を誹謗せん」已上。

末法の世に、エセ宗教家が現れる。戒律をたもっているふりをして(貴殿は不犯(女性と交わらない)を誓っていますよね?)ほんの少し宗教的修行している姿を見せる。ウマイものが大好きで飽くことなく探し歩いたり、もしくは探させ手に入れさせる。そうして自分の身を可愛がっている。宗教儀式をしているようでいて、実は漁師が獲物を狙って目を凝らしてゆっくり行動するように、猫が獲物のネズミを捕まえる時のようにしている。(玉串料がいかにたくさん入るかを常に考え、収益があがるトリックや仕組みを常に考えている)そしていつも言う。自分は悟りを得た。(神人合一している)外に向かっては良き人のように振る舞い、あるいはボランティア活動や、社会事業。慈善事業に貢献しているように見せかけ(カンボジア24時間病院などなど)しかし、実は内心ではいつも収益が上がることのみを考え、自分の意見を聞かない者、自分を批判する者には、猛然と激しく怒り、排除行動を起こしたり、また部下に命じて排除させる。実際は仏教の深い義など全く知らず、法論を申し込まれても、全くまともに反論・反駁ができない。本当は宗教的指導者でも何でもないのに宗教家を装い、悪しき邪な宗教観だけは盛んで、結局正しい真の救済法である仏法を誹謗する。

いかがでしょうか。深見先生に大いに当てはまっていませんでしょうか?
切れ味のいい反論をお待ちしています。

■文に就(つ)いて世を見るに誠に以て然(しか)なり。

本当にその通りですね。いつの世でも、魔の眷属がエセ宗教家を騙り多くの人から金品を収奪し、その変わりに害毒をまき散らしている姿は全く同じです。
貴殿は、そうではない!と貴殿が推奨する仏法の原理で証明して見せて下さい。

■悪侶を誡(いまし)めずんば豈(あに)善事を成さんや。

そういうエセ宗教家を厳しく糾弾せずして、どうして天下国家が安寧になり繁栄しようか。
まさにその通りです。ですから、今回、貴殿の自説を根拠に貴殿の宗教的言動の矛盾を指摘しました。
貴殿が正当な宗教指導者というのであれば、貴殿の推奨された仏教原典と道理で証明していただきたく、勝手ながら送付させていただきました。

今件は全人類の幸福と、全世界の平和安寧にとって重要な事項ですので、返答期限を設定させていただきたく、平成二十五年二月末日を以て期限とさせていただきます。
どうかよろしくお願いします。