堀日亨上人 富士宗門史
三位日順が本門心底抄に「本門の戒壇豈(あに)建たざらんや、佛像を安置すること本尊の圖(図)のごとし」について
三大秘法抄の真偽について
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小平 古代の富士門流ではどんな記録が残っているでしょうか。
第一に三位日順師についてお願いします。
猊下 三位日順は大本門寺主義だからね。大本門寺中心となると、大本門寺に戒壇が建つことになる。
つまり大聖人の御主義が全国一般に透徹して、そこに大本門寺が建つことになる。
伽藍がいくらか大きくなるから大本門寺というのではない。
小平 三位日順が本門心底抄に「本門の戒壇豈(あに)建たざらんや、佛像を安置すること本尊の圖(図)のごとし」と書いておりますね。
猊下 あれですが、あれは、日順が天台で育ったんですからね、天台流が残っている。残っているけれども日順師という人はちょっと、愚(おろか)だね。(笑聲)
というのはね、日順も叡山の戒壇というものをふんだんでしょう。
叡山の戒壇の本尊は何です、お釋迦でしょう、「本尊の圖のごとし」、というようなたくさんの佛像なんか、他にありはしない。
お釋迦一體じゃ、釋迦一體が後(うしろ)にあって、その前で座主が授戒をする。
お取次をするときには座主がお取次ぎする。
佛教の經過を眺めてみてもですね、佛像を安置するのは、だんだん簡單になっているでしょう。
叡山の四佛堂でも、いろいろの人がいっていることでもね、簡單になってきている。それを三位日順は簡単にしないで「御本尊の圖のごとし」、
そんな戒壇がどこにある!
印度から支那・日本にわたってですね、佛像をいくつも置いた戒壇なんていうものはありはしない。
簡單になっていろいろな式も簡略にされているところに、日順だけがコケシ人形みたいに並べようというのはどうかしている。
辻 だから盲になったんだ、そういうことをいうから。
猊下 そいつは、まあ、どういう原因かね。どうして盲になったのかとはっきりいうわけにはゆかん。
辻 目があくのがほんとうなんだもの。
猊下 あの人のは、特別にそれがありますね。
それから、要集の編纂に當って、あの要集の中に編入してあるものは一々それが宗旨になり模範になるものばかりではないんですからな。
最後には、その一書々々の辯明をしておこうと思うんです。
これは全部用いていい、
これは、この中には純でなくて雜なものもある。
正でなくて傍であると、
そういうことを並べておいておかんというと、ただ放っているとね、みんなおんなじに有りがたい御抄みたいに思われちゃ困るから。
小平 あの妙蓮寺日眼の、五人所破抄見聞は今のお話の中でどれに當りますか。
猊下 あの中にはですね、雜としか傍とかいうのは現れていないね。
立派なようですね。
ただ、そのいくらか足らないというところがあるね。
足らないといっても、間違ったことがあるんじゃないからね。
日順のは下らないものをもってきてある。「本尊の圖のごとし」なんてね。(笑聲)およそ意味ない。
とても、狹い戒壇じゃ置きどころがない。
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堀日亨上人 富士宗門史 126
龍 三大秘法抄の真蹟の伝持や、あるかはどうでしょうか。
猊下 それはわからん。
わからんけれどもですね、他で三大秘法抄は偽書だなんていうのはおかしいですね。三大秘法抄を引いておる古い本があるからね。
小平 その古いのは……。
猊下 古いのは、やっぱり左京日教あたりの本に三大秘法抄があったように思う。
池田 三大秘法抄の真蹟が本山にきたということは一ぺんもないわけですね。
猊下 本山にきたというような文献はありませんね。
中山にあれば文句ないんじゃ、あればですね、またあったということがあれば問題じゃない。
そういう確かなものがないもんじゃから問題になっている。
小平 日興上人の写しは……。
猊下 興尊の写しは他のものがたくさんありますけれども中に入っていない。
池田 太田金吾が死んでから持仏堂におられた日頂上人の手中に帰って、日頂上人が日興上人の許へもってこられたということはないのですか。
猊下 それは面白いね。ありそうなことだね。ありそうなことだけれども、そういうことを文書に書いたものはないね。
辻 文体についてとかくいう人もありますね。
猊下 文体はもう、もちろん、日蓮大聖人様のですよ。他にああいう文書は書けない。
龍 鍋冠り日親や、行学院日朝が、やはり三大秘法抄を用いているというのは、あれは一体どうなんですか。
猊下 日親やなんかが用いているというのは、別に特別な理由はないのですよ。
龍 日親は、三大秘法抄を写して弟子に与えているわけですが。
猊下 ええ、それで三大秘法抄を信じているわけですよ。
龍 行学院日朝は、彼の『立正安国論私抄』に、
「立正と云うは広く三大秘法を指すなり、安国の二字は殊更本門戒壇之を指すと習うなり、……霊山に似たる最勝の地を撰んで本門の戒壇を建立之あるべしと見えたる故に、安国の二字は本門戒壇の功用を顕わすと習うなり」
と、このようにありますが。
猊下 それは、ただ学理的にいっただけでね、戒壇を建立しなくちゃならないというほどじゃない。
小平 録内ならよいが、録外だから信用できないというのもあるが……。
猊下 昔の録内はですね、必ずしも、今の録内と、同じ編纂ぶりではない。
小平 一番古い録外には、三大秘法抄が入ってないのですか。今の録外には大抵三大秘法抄は入れているんじゃないですか。
猊下 そう、身延の録外にはないようだね。(笑声)