全国地区教宣部長会より(要旨)
2007年10月2日 原田会長

抜粋

「事を権門に寄せて日蓮ををどさんより但正しき文を出せせよ」(御書1259�n)――権力を借りて脅すよりも、日蓮が間違っているという、一番肝心の証拠を出してみろと、どこまでも「正義」をもって、「道理」をもって、「言論」をもって、「邪悪」と戦い、「ウソ」と戦い、「権威・権力」と戦われた。
これが御本仏・日蓮大聖人の闘争であり、また御本仏直結たる三代会長の死身弘法の闘争なのであります。

(中略)

800万信徒が、身を削るような真心をもって建立・寄進したのが正本堂であります。
また、正本堂は、日達法主が「事の戒壇」と意義づけた建物であり、曲がりなりにも、その跡を受けたのなら、最高に大切にし、尊重するのが当たり前です。
しかし日顕は、それを壊し、解体費用だけで約48億円もかけて、※�@ その崩れ落ちる様子を、わざわざ自分の部屋で、テレビモニターで見て、薄ら笑いを浮かべていたという。まさしく狂気の沙汰であります。

何よりも、日顕の正本堂破壊は、裁判でも※2 「自語相違」と明確に認定され、断罪されました。
正本堂破壊をめぐる裁判で、正本堂の意義・定義についての日顕の発言が問題になりました。
正本堂ができた当時、「正本堂が広宣流布の時に『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒場になる」と言っていた日顕は突然、1998年初頭から、大地震が起きた時に危ないから正本堂を壊す、などと騒ぎ立て始めた。
2000年の元朝勤行では「正本堂は邪法の固まりだから壊した」とまで言い放った。
これを2004年12月、裁判所は
※2 「日顕は……自語相違を承知の上で、上記の宗門公式見解における正本堂の意義付けを改訂変更ないし撤回した」
とハッキリ認定したのです。

正本堂破壊――これ以上の先師違背、先師反逆はありません。徹底して責め、正邪を明らかにしてまいりたい。

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↑分析
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※1 その崩れ落ちる様子を、わざわざ自分の部屋で、テレビモニターで見て、薄ら笑いを浮かべていたという。

**提示された文章だけでは、「日顕上人が解体の様子をモニターで見ながら薄ら笑いを浮かべていた」という話は、裏付けの示されていない伝聞である。
これを事実として扱い、さらに「狂気の沙汰」と断定するのは、論証として不適切である。**

�@ **「〜という」 だけでは事実の証明にならない**

● 誰が、いつ、どこで目撃したのか。
● 目撃者本人の証言なのか、又聞きなのか。
● 映像・写真・同時期の記録があるのか。

そのいずれも、この文章には示されていない。

�A **解体の事実と、人物の表情・心理は別々に立証すべきである**

正本堂が解体されたことや解体費用を確認できたとしても、それによって「部屋で見ていた」「薄ら笑いを浮かべていた」という話まで証明されるわけではない。
約48億円という金額についても、別途、会計資料などの出典が必要である。

�B **仮に笑顔が確認されても、その意味は直ちには決まらない**

仮にその場の映像が存在し、笑顔が映っていたとしても、何に対して笑ったのか、どのような会話があったのかを確認しなければ、その心理は断定できない。
「薄ら笑い」という表現自体にも、語り手原田会長の否定的な評価が含まれている。

�C **「狂気の沙汰」は証拠に代わるものではない**

ここでは、出典を示さない逸話から、相手の人格・精神状態を強く否定する評価へ進んでいる。
聴衆の嫌悪感を誘う効果はあるが、正本堂解体の是非を証明するものではない。

�D **直前に掲げた「証拠を出せ」「道理・言論で戦う」という基準との整合性が問われる**

原田会長は同じ発言の中で、「一番肝心の証拠を出してみろ」「正義」「道理」「言論」を強調している。
ならば、自らの批判についても、目撃者や記録などの検証可能な根拠を示すべきである。

**「その話の出典は何か。
誰が直接目撃したのか。
根拠を提示できないのであれば、未確認の伝聞を用いて『狂気の沙汰』と断定することは、自ら掲げた証拠・道理重視の姿勢に反する」
――という批判が妥当である。**

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※2 

�@ **2004年12月の判決は実在する**

2004年12月8日、東京高裁は、正本堂解体について学会員らが大石寺・日顕上人に損害賠償を求めた訴訟で、一審の請求棄却を支持し、学会員側の控訴を棄却した。
当時の朝日新聞記事の転載で確認できる。

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�A **判決の結論は「正本堂解体の違法性を認めて賠償を命じた」というものではない**

同記事によれば、裁判所は、正本堂を維持管理する約束が当時の書面に記載されておらず、長期間使用されるという考えは願望・期待にとどまるとして、原告側の主張を退けている。

さらに、2005年7月8日、最高裁が原告側の上告を棄却し、大石寺側勝訴の一・二審が確定したことも、国際宗教研究所・宗教情報リサーチセンターの記録で確認できる。[宗教情報リサーチセンター]

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�B **「自語相違を承知の上で……」の一節は、原文確認が必要である**
今回の調査では、該当する判決全文を確保できていないため、次の点は未確認である。

- 引用が正確か。
- 省略された「……」に何が書かれているか。
- 裁判所自身の認定なのか、当事者の主張を紹介した部分なのか。
- 前後に、判断の意味を限定する説明がないか。

**学会員側が敗訴したからといって、判決理由中にこの記述が存在しないとは断定できない。
逆に、この記述が存在しても、それだけで「裁判所が日顕上人の宗教上の誤りや正本堂解体の違法性を断罪した」とは言えない。**

したがって、現時点での正確な回答は、
**「裁判の存在と学会員側敗訴の確定は確認できる。
しかし、原田会長が引用した『自語相違』の認定については、判決原文との照合が済んでおらず、事実と断定することはできない」**である。