どこまでも卑劣・姑息な浅井会長

ここも実に重大な浅井会長の文書捏造事件である。

宗務院公式機関紙「大日蓮」昭和49年12月号に浅井父子送られてきた文書の内容の一部が以下のように掲載されている。

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『七月一日、直接猊下に対し、「男子精鋭二千の憤りは抑えがたく、仏法守護の刀杖を帯びるに至りました。」「もし妙信講一死を賭して立つの時、流血の惨を見ること必至であります。」……「この時、妙信講も斃(たお)れ、同時に学会の暗雲もなく、宗務当局の奸策もなし。」「但し一万の命を以て供養にかえ」等々の脅迫文を送り、』

大日蓮昭和49年12月号P28

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ところがである。

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浅井会長著 「御遺命守護の戦い」(P137)では、

『男子精鋭二千の憤りは抑えがたきものがあります。もし妙信講一死を賭して立つの時、流血の惨を見ること必至であります。この時、一国は震憾として始めて御本仏の御遺命を知り、宗務当局また始めて御遺命に背くの恐ろしさ、正直の講中を欺くの深刻さをはだえに感じ、ここに誑惑は一挙に破れ、仏法の正義は輝くものと確信いたします。この時、妙信講も斃(たお)れ、同時に学会の暗雲もなく、宗務当局の奸策もなし。』

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どうだろうか。

●「男子精鋭二千の憤りは抑えがたく、仏法守護の刀杖を帯びるに至りました。

を 姑息にも、こっそり、

▼「男子精鋭二千の憤りは抑えがたきものがあります。

と改竄しているのである!

更に、この部分の解説文(P139)には、「流血の惨を見ること必至」について以下のように説明(というか弁解?言い逃れ?)している。

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▼『妙信講ある限り、断じて大聖人の御意に背く御遷座を許してはならない。
私は自ら男子精鋭を率いて総本山に登り、一命を賭しても戒壇の大御本尊を御守護申し上げる決意であった。
妙信講の決意を察知した学会は、すでに各地の暴力団にも手を廻わし、本山周辺に配置する計画を進めていた。
また本山内は学会の警備特殊部隊で埋められよう。
その中で妙信講が大御本尊を守護せんとすれば、彼等はこれを排除せんとして物理的な衝突は避けがたい。
ゆえに「流血の惨を見ること必至」と云ったのである。』

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「仏法守護の刀杖を帯びるに至りました。」 との文言をこっそり消去した「御遺命守護の戦い」での文と、この解説文を併せ読めば、あたかも、

★ 「浅井会長率いる妙信講青年部二千人は、健気に”非武装で”大御本尊を守護せんとして出向くが、創価学会が手配した暴力団や、創価学会の”警備特殊部隊”らに取りかこまれ、彼らの集団暴力によって傷を負わされるであろう。」

という筋書きになってしまうではないか!

これが浅井昭衛が常に駆使する、小狡い、姑息で卑怯な手口なのである!
浅井会長の著作には随所にこのような卑怯な細工が仕組まれており、常に”自分は正当で清浄であり、宗門が邪悪で腐敗している”との構図を顕正会員に植え続けているのである。
よくよく用心・警戒して読むべきである。

また、顕正会員は、このような小賢しい小細工によって構成された浅井会長の著作物に感動して真実を理解できないような愚かな状態から、一刻も早く抜け出るべきである。