痴犬へ鉄槌 57  投稿者:管理人(樋田昌志)  投稿日: 512()12158 p2253-ipbf11yosida.nagano.ocn.ne.jp

  引用

 

 

痴犬→創価学会が昭和35年から丁度10年毎に、順番に俗衆増上慢(妙信講、言論問題)、道門増上慢(正信会問題)を呼び起こし、云々

●さて、↑の痴犬の妄執のうち今回は、「道門増上慢(正信会問題)を呼び起こし」の愚執の箇所である。
正信会等の出現は、元を糺せば創価学会の謗法路線に端を発した問題であり、宗内僧侶が学会の謗法を責め糺したこと自体は、日達上人の御指示であり、創価学会の謗法行為の自業自得果である。
「正法」を強盛に流布する途上に出現する「道門増上慢」とは全く違う性格のものである。

既に、諸所で破折され尽くされている駄論なので、その転載で十分である。
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池田大作は法華経の行者に非ず

見出しをつけて論じるのもはばかられるほど、池田や創価学会が法華経の行者でないことは当たり前のことですが、池田大作の身から出た錆を利用して創価学会がこう宣伝していることは、創価学会員の折伏に回られている皆さんが御存知のとおりです。
(中略)
邪義極まってこのようなことを堂々と言っている以上は、ここで、名聞名利の池田大作などは、まったく法華経の行者に非ざる所以を述べたいと思います。

池田創価学会は、昭和35年から10年ごとに三類の強敵を呼び起こしたことによって、「経文通り『法華経の行者』になった」などと呆れ果てた妄言を述べています。
すなわち、俗衆増上慢は妙信講問題・言論問題であり、道門増上慢は正信会問題、僣聖増上慢は今回の宗門問題であると・・・。
彼らの言い分を引いてみます。

「要するに、末法に三類の強敵を呼び起こしながら妙法を広める『法華経の行者』を仏のように敬いなさい、というのが法華経の最上第一の相伝だといわれているのです。まさに今、池田先生をリーダーとして、創価学会が昭和35年から丁度10年毎に、順番に俗衆増上慢(妙信講、言論問題)、道門増上慢(正信会問題)を呼び起こし、そして昭和63年頃から心あるメンバーが叫んでいたとおり、次の10年目の創立60周年には、見事に僣聖増上慢(日顕宗)を出現させ、経文どおり、『法華経の行者』になったのです! 」
※↑あらあら?ここも痴犬の恥文にそっくりそのまま出てましたね。痴犬がいかにニセ本尊の害毒と三宝誹謗の悪果で、頭の弱い人種に成り果てたか窺い知れるサンプルです。呵々)
思い上がるにも加減を知らないようですが、邪義は団体維持のため、必要に迫られどんどんと教義をひねり出していかなければならないのでしょう。これに対して御法主上人猊下は、

■妙信講問題というのは、池田が正本堂の建立をもって『三大秘法抄』の戒壇としたいために、宗門にも様々な圧力をかけ、とどのつまり、仏勅(ぶっちょく)違背の不逞(ふてい)なる野望を全面的に押し通すことができなくなったことであります。

と、また言論問題に対しては、

■「創価学会が、学会批判の言論出版を妨害したことにより非難を受け、池田が世間に謝罪した事件 で、また正信会問題は、 その元の原因として、池田大作が創価仏法を標し、『学会主、宗門従』の反逆思想のもとに種々の偏見を説いたことに対する宗門の反発と指摘があり、このような流れの中で起こったのであります。
当時、大作が自らの誤りを認め、日達上人や宗門に対して行った謝罪の主なものを挙げてみれば、昭和52年12月、九州・定善寺における平身低頭してのいわゆる『御寛恕(かんじょ)願い』、同53年11月の通称『お詫び登山』における『お詫びと決意』、同54年4月、法華講総講頭および会長の『引責辞任の辞』、そして同55年4月の『恩師の23回忌に思う』の自己総括というように、毎年、お詫びと反省を繰り返したのです。 」

と御指摘の、まったくそのとおりであります。また、

■「10年目ごとに、順番に三類が出たと言うが、これは池田らの根底に巣食う下種三宝背逆誹謗の罪業が、池田の会長就任より10年ごとに出たのだ、と指摘しておきます。 」

と簡潔明快に喝破せられておられます。

ここで、池田大作が法華経の行者に非ざる理由を考えると、「法華経の行者」には必ず大難が起こるのです。
先にも述べたように、日蓮大聖人は流罪、死罪、刀杖瓦石、数々見擯出(さくさくけんひんずい)等の大難を受けられ、法華経の行者としての実証をお示しあそばされました。
しかし池田大作には法華経の行者として受けるべき大難など一切起きていません。
それどころか、己の犯した悪業を追及されると臆病風にふかれて逃げ回っています。
また信仰者は必ず正直でなければなりませんが、平気で嘘をつきます。
そして最大の悪業は、仏法の破壊者であることです。
このような不正直な池田大作ごとき者が日蓮大聖人に比肩(ひけん)する法華経の行者というのですから、仏罰をも恐れぬ大慢心というほかありません。御法主日顕上人猊下は、

■『日蓮一人計りこそ世間・出世正直の者にては候へ』と、正直の尊さ、大切さをお示しであります。どうして、このような不正直極まる池田大作ならびに下劣な団体が、おこがましく『法華経の行者』などと言えるのでしょうか。

と厳しく破折されております。また総本山第65世日淳上人も、

■「大聖人様は『総別の二義を違へば成仏思ひもよらず』と仰せられてございますが、此れは行人の最も心に置くべきことで此れを忘れると地獄へ堕することになるのであります。法華経の行者は大聖人唯御一人だけで、又末法の仏も大聖人御一人であります。 」

と御指南されているのです。
すなわち末法において、『法華経の行者』が何人も出てくる道理はまったくないのです。
創価学会が、ペテン師池田大作を法華経の行者に持ち上げたのは、次に予測される池田の本尊書写の極大謗法を正当化するための布石でしょうか? ともあれ、日蓮大聖人ただ御一人の、別しての意義の上からはもちろんのこと、総じての意義においても、三宝破壊、大謗法の池田大作が法華経の行者であることは、断じてないと言わねばなりません。
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次に、正信会問題について、少々。
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 本紙前号で、池田大作の「恩師の二十三回忌に思う」のことを紹介したが、前号でも述べたとおり、この所感は反省文の形をとりながら、自らはまったく反省していない、欺瞞に満ちたものであった。

 こうした、お為ごかしの反省を口にしながら、その実、何も反省しない学会の体質に猛反発した僧侶の一群が、後の自称正信会である。
 彼らは、日顕上人猊下御登座当初、自ら師僧変更し日顕上人への信伏随従を誓いながら、自分達の創価学会追及の意見が容れられないと見るや、その矛先を日顕上人に向け、ついには唯授一人の血脈を否定するに至った者たちである。

 簡単に経過を追ってみると、彼らは昭和五十五年七月四日に自称「正信会」を結成し、日顕上人猊下が制止せられたにもかかわらず、創価学会追及の矛を収めず、ついには、開催の中止を命じられていた第五回檀徒大会を強行した。
 この時、宗務院は二十日以上も前に院達を発令し、その後も十数回にわたって中止を呼び掛けたが、結局、彼ら正信会は、これを強行開催してしまったのであった。

 本宗は師弟相対の信心が根本である。にもかかわらず、師匠の命を無視し、さらに、多くの檀信徒を巻き添えにしての開催は、
■『化儀抄』の
 「門徒の僧俗の中に人を教えて仏法の義理を乖背(けはい)せらるる事は謗法の義なり。五戒の中には破和合僧の失(とが)なり、自身の謗法より堅く誡むべきなり」(聖典九八三頁)

との御制誡に背くものであり、まさしく謗法である。

 御宗門においては、これらの僧侶を、罷免(ひめん)、降級、停権、譴責(けんせき)等の処分に付されたのであった。
 ところが、彼ら正信会は、「創価学会こそ謗法であり、その謗法を責めることは大聖人の御精神である。にもかかわらず、自分たちが謗法扱いされるのは承伏できない。謗法の学会を責めない日顕上人は日和見主義だ」と、処分に不服を鳴らすのみならず、日顕上人猊下への反抗の度合いを強めていった。
 彼らの大半は末寺住職であったが、彼らは宗門から通達された内容を、寺院所属の信徒達に知らせない等の姑息(こそく)な手段を弄(ろう)していた。それ故、所属信徒たちの多くは、何ら事実を知ることなく、彼らに同調してしまったのであった。
 この事態に、もっとも心を痛められたのは日顕上人猊下であられた。

 日顕上人猊下は、御自ら『宗内檀徒の皆さんへ』と題する小冊子を認(したた)められ、それを檀徒各位に送付せられた。
 学会の問題からは少し外れるが、学会は「創価学会は正信会から攻撃されていた猊下を守ってきた」などと、とんでもないウソを撒き散らしているこので、真実を知ってもらうべく、ここにその一部を紹介する。

 まず、御法主上人猊下は、この冊子を出すに至った理由について、次のように述べられている。

■「私は一宗統率の責任ある立場にあって、現在の混乱した状況に対し、たいへん憂慮しております。ことに、近年の一連の経緯のなかで創価学会から脱会し、直接末寺に所属して住職の指導のもとに信心に励もうとしている皆さん方のなかに、不安定な気持ちで毎日を過ごし、本来の信心修行に精進できない姿が多く見られることに、心を痛めています。
 そこで、現状を正しく認識し、宗門の方針をよく理解したうえで、一日も早く落ち着きを取り戻して、自行化他の信心に励まれることを願い、一文を草(そう)する次第です。
 私は登座以来、この問題について皆さんに納得いくよう、機会あるごとに、たびたび述べてきました。(中略)しかし、残念なことに、あくまでも自分の考えを中心にしていこうとする一部の住職は、自分に都合の悪い内容については、これを手元に止めたままにして皆さんに伝えなかったり、いろいろな宗門の機関紙誌の購読中止を勧めるなどの方法で統制して、今日に至りました。」

 学会と同様に、正信会も、所属の信徒らに情報遮断して真実を伝えず、自らに都合よく歪曲した情報で寺院離れを防いでいた。それ故、それら寺院の頭越しに、直接、信徒に呼び掛けられた、と仰せられているのである。

 次に、正信会僧侶らが疑難を投げつけている「創価学会の謗法是正」について、日顕上人猊下は、理を尽くして説明されている。

■「たしかに、ここ数年前から、創価学会には本宗の化儀化法の上から見て種々の逸脱や行き過ぎが目立ってきました。これは本年(昭和五十五年)一月二十六日の第四回全国檀徒大会の折り、詳しく述べたとおり、未曽有の本尊流布の大業を行なったことに付随して起きた、凡夫の増上慢がもとになっているものと思われます。その起因が広布実現を念願するあまりのこととはいえ、非は非として改めなくてはなりません。
 そこで、先師日達上人が、率先してその誤りを指摘し、学会も池田前会長をはじめ、執行部の人々は猊下の御指南に従い奉ってそれを改め、さらに是正の徹底のため努力を傾けています。
 したがって、現在において、いまだに『学会は大謗法の団体である』とするのは大きな誤りであります。
 (中略)
 『大逆なれども懺悔すれば罪消えぬ』との仰せがあるように、たとえ、どのような謗法を犯したとしても、心からそれを改悔(かいげ)し、戒壇の御本尊を根本に仏道修行に励むならば、罪は消えるのであります。」

 かくのごとく、日顕上人猊下は、法門の道理の上から、いちおう、学会を許されたのであった。

 次に、自称正信会の者共がいう「日達上人は学会の謗法を責められたのに、現猊下は学会の謗法を容認している」との批判について、歴史的事実の上から、次のように諭(さと)されている。

■「前述のとおり、先師日達上人が一時の学会の謗法行為を指摘されたのも事実であります。また、日達上人の御指示に従って学会の過ちを是正しようとした人々の行為も、御仏意に従った行動であったと思います。しかし、その指摘を受けた学会が、率直に反省して是正を誓い、その徹底のために努力をしていることも事実であります。それ故に、日達上人は昨年四月末、池田氏の辞任を契機に、宗内の正信覚醒運動など学会批判を厳重に禁止して、はっきりとけじめをつけられました。(中略)
 また、全国檀徒新聞の『継命』にしても、たしかに日達上人の命名により発刊されはしました。しかし、その後まもなく、紙面の内容が上人の御意志に反する、学会の過去のことを批判するものであったため、上人の命により同年六月十六日付の院達で、同紙の編集者を戒めておられます。
(中略)
 これが日達上人の御真意であります。(中略)したがって、現在、正信会などというグループを作って宗門の意に反抗して学会を攻撃したり、宗内の問題を意図的に外部へ流したり、果ては法主を誹謗するような行動をとっている僧侶や、それに付き従っている一部の檀徒の人は、勝手に日達上人のお心を歪(ゆが)めてとらえているのであり、ひいては、大聖人の仏法の本義、血脈の仏法に違背した謗法の姿といえるのであります。」

 ここで、少々解説を加えておかなければならない。それは、創価学会では、当時、学会の是正に尽力された御僧侶方を、まとめて「正信会」あるいは「正信会くずれ」などと中傷している、ということである。
 日顕上人猊下の、「反省懺悔しつつある学会への攻撃をやめよ」との御指南に背き、学会攻撃の矛先を収めなかった自称・正信会は謗法であるが、日達上人の御指南のもと、創価学会の逸脱を戒めてきた、本来の「正信覚醒運動」は、もちろん、謗法ではない。
 学会は、この明確な差異を明らかにしないまま、本来の正信覚醒運動と正信会の活動を一緒くたに論じることで、自らを正当化しようとしているのである。姑息なやり口といわざるをえない。

 次に、創価学会の善導に関するお言葉を拝したい。

■「今年に入ってからも、池田名誉会長は四月二日、機関紙上において過去のいろいろな面を総合的に含み、要点をくくって根本的な反省をしております。これは深い信心のうえから発した、仏祖三宝への懺悔と思われます。(中略)
 もちろん、学会は大きな組織であり、今回の問題が一般会員にまで完全に浸透しているとは思われない姿も見受けられます。
 したがって宗門としては、今後いよいよその徹底を促していかなくてはなりませんし、現在および将来に向かって再び学会が過ちを犯すことのないよう、意を用いていくのもまた当然であります。ゆえに、このところに宗門全僧侶が一結していくことを切に望んでおります。」

 繰り返しになるが、日顕上人猊下の御真意は、創価学会の謗法を改めさせ、なんとしても日蓮正宗の正しい信仰に戻させよう、との善導にあられたのである。

 今日、こうした日顕上人猊下の御慈悲溢(あふ)れる善導を嘲(あざ)笑うかのように、誹謗を繰り返す創価学会であるが、この「宗内檀徒の皆さんへ」を読み直すならば、日顕上人猊下が創価学会を護り育てるためにどれほど御苦心されたかが、誰にも理解できよう。
 いま一度、創価学会員の猛省を促すものである。

 なお、誤解のないように付け加えておけば、創価学会は、「五十二年路線」における反省の弁をことごとく覆(くつがえ)し、正信会が指摘したごとく、また元の謗法路線に戻ってしまった。
 その意味では、正信会の言い分に一分の理があったかのごとく思われそうだが、それは、御先師日達上人・現御法主日顕上人の、善導を旨とされた御指南を無視した暴論であり、本師の命に背いて学会攻撃を続けた自称正信会は、やはり謗法の団体なのである。
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●ともあれ、痴犬の恥論など、道理・文証・現証から全く不可である。
速やかに詫び状を書いて、その中身(と外身?)の”薄い”頭を大石寺の石畳に擦り付け、脱会すべきである。