痴犬へ鉄槌 14  投稿者:管理人(樋田昌志)  投稿日: 424()142111 p2253-ipbf11yosida.nagano.ocn.ne.jp

  引用

 

 

> DATE:  4月24日(月)01時53分57秒
> TITLE: 時間かかった割りには残念!マサシくん
> NAME: エロ如68号  MAIL:

さて、HP上での資料の整理上細かく区切っていきますかね。

当方> ▼やはり予想通りの莫迦犬であったか。
> この四恩抄の御文のどこに「条件付」とお示しなのか。
> 明示してみよ。
> どこにも痴犬が勝手に言うような「条件」などない。
> 痴犬は妄想でも見ているのか。
> それとも妄執深くして、明文が読めぬか。
>
痴犬> ●どこに三宝一体に入る無条件で南無する対象の僧宝と書かれているんだい?明確に示せ!

●こういうのを当方からの詰問に反論不能なので、その明文を出せずじまいのまま、必死に質問が返しをして逃げを打つ、惨めで卑劣な様である。

以下の御文に痴犬が言う「条件」など全くお説きになられていない。
痴犬が勝手に我意我見に任せて「条件付で歴代上人を僧宝と認めたり認めなかったりする」だなどという己義を構えているのである。
こいうところが「馬鹿」といわれる所以である。

■「次に僧の恩をいはゞ、仏宝・法宝は必ず僧によて住す。譬へば薪なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法・二千年過ぎて末法へも伝はるべからず。故に大集経に云はく「五箇の五百歳の後に、無智無戒なる沙門を失ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明を滅せんと思へ」と説かれたり。然れば僧の恩を報じ難し。されば三宝の恩を報じ給ふべし。古の聖人は雪山童子・常啼菩薩・薬王大士・普明王等、此等は皆我が身を鬼のうちがひとなし、身の血髄をうり、臂をたき、頭を捨て給ひき。然るに末代の凡夫、三宝の恩を蒙りて三宝の恩を報ぜず、いかにしてか仏道を成ぜん。」

まず、
■「五箇の五百歳の後に、無智無戒なる沙門を失ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明を滅せんと思へ」
1、「五箇の五百歳の後」とはいつのことを指すか。
⇒まさに末法万年ではないか。
2、「無智無戒なる沙門」とは誰か。
⇒末法無戒の僧←この「僧」とは仏宝・法宝を住せしめている方⇒御歴代上人 ではないか。
3、「失ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明を滅せんと思へ」
⇒歴代上人を「失ありと」云々することを誡めている⇒まさに、仏宝・法宝を住せしめている御内証を「無条件」に拝信せよ。との御教示ではないか。

しかも、次の仰せ、
■「古の聖人は雪山童子・常啼菩薩・薬王大士・普明王等、此等は皆我が身を鬼のうちがひとなし、身の血髄をうり、臂をたき、頭を捨て給ひき。」
とは、鬼に我が身を捨てて←供養して、法の悟りを得た故事を示された姿とは、これ、まさに「無条件」に信伏随従する姿ではないか。

こういう御文の文義が読めない者は、心根が謗法の毒気で濁り切って、根性が歪みきっているからである。