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さんだいひほう 【三大秘法】 

一 三大秘法の意義 


三大秘法とは、本門の本尊、本門の戒壇、本門の題目をいう。

日蓮大聖人の教義の根本であり、日蓮大聖人出世の本懐の法門である。

この三大秘法は、釈尊出世の本懐たる法華経の本門寿量品の文底に秘し沈められており、同じく法華経神力品において付嘱されている。
 

三大秘法は、仏法の通軌である戒定慧の三学に通じている。

戒とは非を防ぎ悪を止むる戒律をいい、

定とは心を一所に定めて不動にする禅定であり、

慧とは幸福生活をいとなむ智慧をうることである。

小乗教では三学を論じながらも戒が主体であり、権大乗の経教では、定または慧を主体として説くのもある。

末法における戒定慧を、

虚空不動戒、
虚空不動定
虚空不動慧

といい、、これこそ日蓮大聖人の三大秘法である。


 三大秘法を整足して、もっとも、くわしく説かれた御書は、日蓮大聖人が弘安四年四月八目(※平成新編では弘安5年に系年された)に著わされた三大秘法抄である。

すなわち、
 
三大秘法抄(一〇二一)には

■ 問ふ、所説の要言の法とは何物ぞや。答ふ、夫(それ)釈尊初成道より、四味三教乃至法華経の広開三顕(こうかいさんけん)一の席を立ちて、略開近顕遠(りゃっかいごんけんのん)を説かせ給ひし涌出品まで秘せさせ給ひし処の、実相証得の当初(そのかみ)修行し給ふ処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり。

とある。

同じく三大秘法抄(1022)は

■ 三大秘法其の体如何。答ふ、予が己心の大事之に如(し)かず。汝が志無二なれば少し之を言はん。寿量品に建立する所の本尊は、五百塵点の当初(そのかみ)より以来(このかた)、此土有縁深厚・本有無作三身の教主釈尊是なり。寿量品に云はく「如来秘密神通之力」等云云。疏(しょ)の九に云はく「一身即三身なるを名づけて秘と為し、三身即一身なるを名づけて密と為す。又昔より説かざる所を名づけて秘と為し、唯仏のみ自ら知るを名づけて密と為す。仏三世に於て等しく三身有り、諸教の中に於て之を秘して伝へず」等云云。題目とは二意有り。所謂正像と末法となり。正法には天親菩薩・竜樹菩薩、題目を唱へさせ給ひしかども、自行計りにして唱へてさて止(や)みぬ。像法には南岳・天台等は南無妙法蓮華経と唱へ給ひて、自行の為にして広く化他の為に説かず。是理行の題目なり。末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり。戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王(うとくおう)・覚徳比丘(かくとくびく)の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣(ちょくせん)並びに御教書(みぎょうしょ)を申し下して、霊山浄土(りょうぜんじょうど)に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり。三国並びに一閻浮提の人懺悔(さんげ)滅罪の戒法のみならず、大梵天王(だいぼんてんのう)・帝釈(たいしゃく)等の来下(らいげ)して踏(ふ)み給ふべき戒壇なり。

とある。

同じく三大秘法抄(1023)は

■ 此の三大秘法は二千余年の当初(そのかみ)、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決(くけつ)せし相承(そうじょう)なり。今日蓮が所行は霊鷲山(りょうじゅせん)の稟承に介爾(けに)計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。

とおおせである。
さらに三大秘法抄(1023)には

■ 法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり。秘すべし秘すべし。

とある。

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二 三大秘法の文証 

次に日蓮大聖人は、建長五年四月二十八日、初めて題目を建立され、ついで佐渡において御本尊の開顕があり、弘安二年十月十二日には本門戒壇の大御本尊を建立になり、本門戒壇の建立は未来に遺命なされたのである。

しかして、三大秘法についても、初めは三大事等といわれ、三大秘法の内容については、

文永十一年五月の法華取要抄で初めて正式に明かされ、

弘安四年(※5年)四月八日の三大秘法抄において本門の戒壇の形貌を含めて内容まで明らかにされた。

このことから三大秘法抄を古来、偽書視するものも現われたが、ことごとく偽書説は粉砕され、三大秘法抄は本門戒壇建立を遺命された重要書なることが宣揚されている。

御書の年代順に、三大秘法の文証を拝すれば、次のようになる。

■ 四条金吾殿御返事(一一一六)文永9年5月2日。51歳 には

「今日蓮が弘通する法門はせば(狭)きやう(様)なれどもはなはだふか(深)し。其の故は彼の天台伝教等の所弘(しょぐ)の法よりは一重立ち入りたる故なり。本門寿量品の三大事とは是なり。」  とある。

■ 義浄房御書(八九二)文永10年5月28日 51歳 には

「寿量品の自我偈に云はく「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず」云云。日蓮が己心の仏果を此の文に依って顕はすなり。其の故は寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事此の経文なり、秘すべし秘すべし。」  とある。

■ 法華行者逢難事(九六五)文永11年正月14日 53歳 には

「竜樹・天親は共に千部の論師なり。但権大乗を申(の)べて法華経をば心に存して口に吐きたまはず此に口伝有り。天台・伝教は之を宣(の)べて本門の本尊と四菩薩・戒壇・南無妙法蓮華経の五字と、之を残したまふ。」 とある。

■ 法華取要抄(三三六)文永11年5月 53歳 には

「 問うて云はく、如来滅後二千余年に竜樹・天親・天台・伝教の残したまへる所の秘法何物ぞや。答へて曰く、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり。」  とある。


■ 報恩抄(三二八)建治二年7月21日 には、

「 問うて云はく、天台伝教の弘通し給はざる正法ありや。答ふ、有り。求めて云はく、何物ぞや。答へて云はく、三つあり、末法のために仏留め置き給ふ。

(※補足 迦葉・阿難等、馬鳴・竜樹等、天台・伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり。求めて云はく、其の形貌(ぎょうみょう)如何(いかん)。答へて云はく、一つには日本乃至一閻浮提(えんぶだい)一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂(いわゆる)宝塔の内の釈迦・多宝、外(そのほか)の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士(きょうじ)となるべし。二つには本門の戒壇。三つには日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無知をきらはず一同に他事をすてヽ南無妙法蓮華経と唱ふべし。此の事いまだひろまらず。一閻浮提の内に仏滅後二千二百二十五年が間一人も唱えず。日蓮一人南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もを(惜)しまず唱ふるなり。」 とある。

 さらに御義口伝(七五二)には

■「此の品の題目は日蓮が身に当たる大事なり。神力品の付嘱是なり。如来とは釈尊、総じては十方三世の諸仏なり、別しては本地無作の三身なり。今日蓮等の類の意は、総じては如来とは一切衆生なり、別しては日蓮が弟子檀那なり。されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり。無作三身の宝号を南無妙法蓮華経と云ふなり。寿量品の事の三大事とは是なり。」 とある。

 また同じく

■ 御義口伝(七六〇)には

「建立(こんりゅう)御本尊等の事
 御義口伝に云はく、此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり。戒定慧の三学、寿量品の事の三大秘法是(これ)なり。日蓮慥(たし)かに霊山に於て面授口決(めんじゅくけつ)せしなり。(※補足 本尊とは法華経の行者の一身の当体なり)」とある。


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